尉繚子 治本第十一
凡治人者何。曰、非五穀無以充腹。非絲麻無以蓋形。故充腹有粒、蓋形有縷。夫在芸耨、妻在機杼。民無二事、則有儲蓄。
凡そ人を治むるとは、何ぞや。曰く、五穀に非ざれば、以て腹に充たす無し。絲麻に非ざれば、以て形を蓋う無し。故に腹を充たすに粒有り、形を蓋うに縷有り。夫は芸耨に在り、妻は機杼に在り。民、二事無ければ、則ち儲蓄有り。
- ウィキソース「尉繚子 (四庫全書本)/卷3」参照。
夫無彫文刻鏤之事、女無繍飾纂組之作。木器液、金器腥。聖人飲於土、食於土、故埏埴以爲器、天下無費。今也金木之性、不寒而衣繍飾、馬牛之性、食草飲水而給菽粟。是治失其本。而宜設之制也。
夫は彫文刻鏤の事無く、女は繍飾纂組の作無し。木器に液し、金器に腥す。聖人は土に飲し、土に食い、故に埏埴以て器と為し、天下、費無し。今や、金木の性、寒からざるに繍飾を衣、馬牛の性、草を食い水を飲むに、菽粟を給す。是れ治、其の本を失う。而して宜しく之に制を設くべきなり。
- 宜 … 底本では「冝」に作るが、『直解』に従い改めた。「冝」は「宜」の異体字。
春夏夫出於南畒、秋冬女練於布帛、則民不困。今短褐不蔽形、糟糠不充腹、失其治也。
春夏に夫、南畝に出で、秋冬に女、布帛を練れば、則ち民困しまず。今、短褐、形を蔽わず、糟糠、腹に充たざるは、其の治を失えばなり。
古者、土無肥磽、人無勤惰。古人何得、而今人何失邪。耕有不終畒、織有日斷機、而奈何饑寒。蓋古治之行、今治之止也。
古は土に肥磽無く、人に勤惰無し。古人何すれぞ得て、而して今人何すれぞ失うや。耕して畝を終えざる有り、織りて日に機を断ずる有り、而して奈何ぞ饑寒するや。蓋し古は治の行われ、今は治の止めばなり。
- 奈何 … 底本では「柰何」に作るが、『直解』に従い改めた。
- 饑寒 … 底本では「寒飢」に作るが、『直解』に従い改めた。
夫謂治者、使民無私也。民無私、則天下爲一家而無私耕私織、共寒其寒、共飢其飢。故如有子十人不加一飯、有子一人不損一飯。焉有喧呼酖酒、以敗善類乎。
夫れ治と謂うは、民をして私無からしむなり。民、私無ければ、則ち天下は一家と為りて、私に耕し私に織る無く、共に其の寒きを寒しとし、共に其の飢えを飢えとす。故に子十人有れども、一飯を加えず、子一人有れども、一飯を損ぜざるが如し。焉んぞ喧呼し酒に酖りて以て善類を敗ること有らんや。
- 共飢其飢 … 『直解』では「共饑其饑」に作る。「饑」は「飢」と同義。
民相輕佻、則欲心興、爭奪之患起矣。横生於一夫、則民私飯有儲食、私用有儲財。民一犯禁、而拘以刑治、烏有以爲人上也。善政執其制、使民無私。爲下不敢私、則無爲非者矣。反本縁理、出乎一道、則欲心去、爭奪止、囹圄空。野充粟多、安民懷遠、外無天下之難、内無暴亂之事。治之至也。
民、相軽佻すれば、則ち欲心興り、争奪の患い起らん。横、一夫に生ぜば、則ち民の私飯に儲食有り、私用に儲財有らん。民、一たび禁を犯し、而して拘して刑を以て治めなば、烏くんぞ以て人の上と為ること有らんや。善政は其の制を執り、民をして私無からしむ。下たるもの敢えて私せざれば、則ち非を為す者無からん。本に反り理に縁り、一道より出づれば、則ち欲心去り、争奪止み、囹圄空なり。野充ち粟多く、民を安んじ遠きを懐くれば、外、天下の難無く、内、暴乱の事無し。治の至りなり。
- 則欲心興 … 底本では「則欲心與」に作るが、『直解』に従い改めた。
蒼蒼之天、莫知其極。帝王之君、誰爲法則。往丗不可及、來丗不可待、求己者也。所謂天子者四焉。一曰、神明。二曰、垂光。三曰、洪叙。四曰、無敵。此天子之事也。
蒼蒼の天は、其の極を知る莫し。帝王の君は、誰をか法則と為さん。往世は及ぶ可からず、来世は待つ可からず、己に求むる者なり。所謂天子とは四なり。一に曰く、神明、二に曰く、垂光、三に曰く、洪叙、四に曰く、無敵。此れ天子の事なり。
野物不爲犠牲、雜學不爲通儒。今説者曰、百里之海、不能飲一夫。三尺之泉足止三軍渇。臣謂、欲生於無度、邪生於無禁。太上神化、其次因物、其下在於無奪民時、無損民財。夫禁必以武而成、賞必以文而成。
野物は犠牲と為さず、雑学は通儒と為さず。今、説く者曰く、百里の海は一夫に飲ましむること能わず。三尺の泉は三軍の渇を止むるに足る、と。臣、謂えらく、欲は度無きに生じ、邪は禁無きに生ず、と。太上は神化なり、其の次は物に因るなり、其の下は民の時を奪う無く、民の財を損ずる無きに在り。夫れ禁は必ず武を以て成り、賞は必ず文を以て成る。
- 足止三軍渇 … 底本では「足以止三軍渇」に作るが、『直解』に従い改めた。
天官第一 | 兵談第二 |
制談第三 | 戦威第四 |
攻権第五 | 守権第六 |
十二陵第七 | 武議第八 |
将理第九 | 原官第十 |
治本第十一 | 戦権第十二 |
重刑令第十三 | 伍制令第十四 |
分塞令第十五 | 束伍令第十六 |
経卒令第十七 | 勒卒令第十八 |
将令第十九 | 踵軍令第二十 |
兵教上第二十一 | 兵教下第二十二 |
兵令上第二十三 | 兵令下第二十四 |