尉繚子 制談第三
凡兵、制必先定。制先定則士不亂。士不亂則刑乃明。金鼓所指、則百人盡闘。陥行亂陳、則千人盡闘。覆軍殺將、則萬人齊刃。天下莫能當其戰矣。
凡そ兵は、制必ず先ず定む。制先ず定まらば則ち士乱れず。士乱れざれば則ち刑乃ち明らかなり。金鼓の指す所には、則ち百人尽く闘う。行を陥れ陣を乱すには、則ち千人尽く闘う。軍を覆し将を殺すには、則ち万人、刃を斉しくす。天下能く其の戦いに当る莫し。
- ウィキソース「尉繚子 (四庫全書本)/卷1」参照。
古者、士有什伍、車有偏列。鼓鳴旗麾先登者、未嘗非多力國士也。先死者亦未甞非多力國士也。損敵一人而損我百人。此資敵而傷我甚焉。世將不能禁。
古は、士に什伍有り、車に偏列有り。鼓鳴り旗麾きて先ず登る者は、未だ嘗て多力の国士に非ずんばあらず。先ず死する者も亦た未だ嘗て多力の国士に非ずんばあらず。敵一人を損して我が百人を損す。此れ敵を資けて我を傷うこと甚だし。世の将は禁ずること能わず。
- 未嘗非多力國士也 … 底本では「未常非多力國士也」に作るが、『直解』に従い改めた。
- 先死者亦未甞非多力國士也 … 「也」の字は底本にはないが、『直解』に従い補った。
征役分軍而逃歸、或臨戰自北、則逃傷甚焉。世將不能禁。
征役に軍を分ちて逃げ帰り、或いは戦いに臨みて自ら北ぐれば、則ち逃傷甚だし。世の将は禁ずること能わず。
殺人於百歩之外者、弓矢也。殺人於五十歩之内者、矛戟也。將已鼓而士卒相嚻、拗矢折矛抱戟、利後發。戰有此數者、内自敗也。世將不能禁。
人を百歩の外に殺す者は、弓矢なり。人を五十歩の内に殺す者は、矛戟なり。将已に鼓して士卒相囂しく、矢を拗り、矛を折り、戟を抱き、後れて発するを利とす。戦いに此の数者有らば、内に自ら敗るるなり。世の将は禁ずること能わず。
士失什伍、車失偏列、奇兵捐將而走、大衆亦走。世將不能禁。
士は什伍を失い、車は偏列を失い、奇兵は将を捐てて走り、大衆も亦た走る。世の将は禁ずること能わず。
夫將能禁此四者、則高山陵之、深水絶之、堅陳犯之。不能禁此四者、猶亡舟楫絶江河。不可得也。
夫れ将、能く此の四つの者を禁ずれば、則ち高山も之を陵ぎ、深水も之を絶り、堅陣も之を犯す。此の四つの者を禁ずること能わざれば、猶お舟楫を亡いて江河を絶るがごとし。得可からざるなり。
民非樂死而惡生也。號令明、法制審、故能使之前。明賞於前、決罰於後。是以發能中利、動則有功。
民は死を楽しみて生を悪むに非ざるなり。号令明らかに、法制審らかなり、故に能く之をして前ましむ。賞を前に明らかにし、罰を後ろに決す。是を以て発すれば能く利に中り、動けば則ち功有り。
令百人一卒、千人一司馬、萬人一將、以少誅衆、以弱誅強。試聽臣言其術。足使三軍之衆、誅一人無失刑。父不敢舎子、子不敢舎父。况國人乎。
百人に一卒、千人に一司馬、万人に一将あらしめ、少なきを以て衆きを誅し、弱きを以て強きを誅す。試みに臣が其の術を言うを聴け。三軍の衆をして、一人を誅して、刑を失うこと無からしむるに足らん。父敢えて子を舎さず、子敢えて父を舎さず。况んや国人をや。
- 令 … 底本では「今」に作るが、『直解』に従い改めた。
- 強 … 底本では「疆」に作るが、『直解』に従い改めた。
一夫仗劔撃於市、萬人無不避之者。臣謂、非一人之獨勇、萬人皆不肖也。何則必死與必生、固不侔也。
一夫、剣に仗りて市に撃てば、万人之を避けざる者無し。臣謂えらく、一人の独り勇にして万人皆不肖なるに非ざるなり。何となれば、則ち必死と必生と固に侔しからざればなり。
- 夫 … 底本では「賊」に作るが、『直解』に従い改めた。
聽臣之術、足使三軍之衆爲一死賊、莫當其前、莫隨其後、而能獨出獨入焉。獨出獨入者、王霸之兵也。
臣の術を聴かば、三軍の衆をして一死賊と為し、其の前に当る莫く、其の後ろに随う莫くして、能く独り出で、独り入らしむに足らん。独り出で、独り入る者は、王覇の兵なり。
有提十萬之衆、而天下莫當者、誰。曰、桓公也。有提七萬之衆、而天下莫當者、誰。曰、呉起也。有提三萬之衆、而天下莫當者。誰。曰、武子也。
十万の衆を提げて天下当る莫き者有り。誰ぞや。曰く、桓公なり。七万の衆を提げて天下当る莫き者有り。誰ぞや。曰く、呉起なり。三万の衆を提げて天下当る莫き者有り。誰ぞや。曰く、武子なり。
今天下諸國、士所率、無不及二十萬之衆。然不能濟功名者、不明乎禁舎開塞也。明其制、一人勝之、則十人亦以勝之也。十人勝之、則百千萬人亦以勝之也。
今、天下諸国、士の率いる所、二十万の衆に及ばざる無し。然れども功名を済すこと能わざる者は、禁舎開塞に明らかならざればなり。其の制を明らかにして一人之に勝たば、則ち十人にも亦た以て之に勝たん。十人之に勝たば、則ち百千万人にも亦た以て之に勝たん。
- 二十萬之衆 … 底本では「二十萬之衆者」に作るが、『直解』に従い改めた。
故曰、便吾器用、養吾武勇、發之如鳥撃、如赴千仭之谿。
故に曰く、吾が器用を便にし、吾が武勇を養い、之を発すること、鳥の撃つが如く、千仭の谿に赴くが如し。
今國被患者、以重幣出聘、以愛子出質、以地界出割、得天下助卒、名爲十萬、其實不過數萬爾。其兵來者、無不謂其將、曰無爲人下、先戰。其實不可得而戰也。
今、国の、患いを被る者、重幣を以て出し聘し、愛子を以て出し質とし、地界を以て出し割き、天下の助卒を得て、名づけて十万と為すも、其の実は数万に過ぎざるのみ。其の兵の来る者、其の将に謂いて、人の下と為ること無かれ、先ず戦え、と曰わざるは無し。其の実は得て戦う可からざるなり。
- 重幣 … 底本では「重寶」に作るが、『直解』に従い改めた。
- 曰無爲人下先戰 … 底本では「曰無爲天下先戰」に作るが、『直解』に従い改めた。
量吾境内之民、無伍莫能正矣。經制十萬之衆、而王必能使之衣吾衣、食吾食、戰不勝、守不固者、非吾民之罪、内自致也。天下諸國助我戰、猶良驥騄駬之駛、彼駑馬鬐興角逐。何能紹吾氣哉。
吾が境内の民を量るに、伍無ければ、能く正す莫し。十万の衆を経制して、王必ず能く之をして吾が衣を衣、吾が食を食わしめて、戦い勝たず、守り固からざる者は、吾が民の罪に非ず、内自ら致すなり。天下の諸国、我を助けて戦うは、猶お良驥騄駬の駛きに、彼の駑馬の鬐興して角逐するがごとし。何ぞ能く吾が気を紹がんや。
- 騄駬 … 底本では「騄耳」に作るが、『直解』に従い改めた。
吾用天下之用爲用、吾制天下之制爲制。修吾號令、明吾刑賞、使天下非農無所得食、非戰無所得爵、使民揚臂争出農戰、而天下無敵矣。
吾、天下の用を用いて用と為し、吾、天下の制を制して制と為す。吾が号令を修め、吾が刑賞を明らかにし、天下をして農に非ずんば食を得る所無からしめ、戦いに非ずんば爵を得る所無からしめ、民をして臂を揚げ争い出でて農戦せしめば、天下に敵無からん。
故曰、發號出令、信行國内。民言有可以勝敵者、毋許其空言、必試其能戰也。
故に曰く、号を発し令を出して、信、国内に行わる、と。民、以て敵に勝つ可き有りと言う者は、其の空言を許すこと毋く、必ず其の能く戦うを試みよ。
視人之地而有之、分人之民而畜之、必能内有其賢者也。不能内有其賢、而欲有天下、必覆軍殺將。如此、雖戰勝而國益弱、得地而國益貧。由國中之制弊矣。
人の地を視て之を有ち、人の民を分ちて之を畜うは、必ず能く内に其の賢者有ればなり。内に其の賢有ること能わずして、天下を有たんと欲せば、必ず軍を覆し将を殺さん。此の如くんば、戦い勝つと雖も国益〻弱く、地を得れども国益〻貧し。国中の制弊るるに由りてなり。
- 弊 … 底本では「」に作る。
天官第一 | 兵談第二 |
制談第三 | 戦威第四 |
攻権第五 | 守権第六 |
十二陵第七 | 武議第八 |
将理第九 | 原官第十 |
治本第十一 | 戦権第十二 |
重刑令第十三 | 伍制令第十四 |
分塞令第十五 | 束伍令第十六 |
経卒令第十七 | 勒卒令第十八 |
将令第十九 | 踵軍令第二十 |
兵教上第二十一 | 兵教下第二十二 |
兵令上第二十三 | 兵令下第二十四 |