尉繚子 戦威第四
凡兵、有以道勝、有以威勝、有以力勝。講武料敵、使敵之氣失而師散、雖形全而不爲之用。此道勝也。
凡そ兵は、道を以て勝つ有り、威を以て勝つ有り、力を以て勝つ有り。武を講じ敵を料り、敵の気をして失いて師散じ、形全しと雖も之が用を為さざらしむ。此れ道勝つなり。
- ウィキソース「尉繚子 (四庫全書本)/卷1」参照。
審法制、明賞罰、便器用、使民有必戰之心。此威勝也。破軍殺將、乗闉發機、潰衆奪地、成功乃返。此力勝也。王侯知此所以三勝者、畢矣。
法制を審らかにし、賞罰を明らかにし、器用を便にし、民をして必戦の心有らしむ。此れ威勝つなり。軍を破り将を殺し、闉に乗じ機を発し、衆を潰し地を奪い、功を成して乃ち返る。此れ力の勝なり。王侯、此の三勝する所以の者を知れば、畢んぬ。
- 王侯知此所以三勝者 … 底本に「所」の字はないが、『直解』に従い補った。
夫將之所以戰者、民也。民之所以戰者、氣也。氣實則闘、氣奪則走。刑未加、兵未接、而所以奪敵者五。
夫れ将の戦う所以の者は、民なり。民の戦う所以の者は、気なり。気、実つれば則ち闘い、気、奪わるれば則ち走る。刑未だ加えず、兵未だ接えずして、敵を奪う所以の者五つあり。
- 夫將之所以戰者 … 底本では「夫將卒所以戰者」に作るが、『直解』に従い改めた。
- 刑未加 … 底本では「刑如未加」に作るが、『直解』に従い改めた。
一曰、廟勝之論。二曰、受命之論。三曰、踰垠之論。四曰、深溝高壘之論。五曰、舉陳加刑之論。
一に曰く、廟勝の論。二に曰く、受命の論。三に曰く、踰垠の論。四に曰く、深溝高塁の論。五に曰く、挙陣加刑の論。
此五者、先料敵而後動、是以撃虚奪之也。善用兵者、能奪人而不奪於人。
此の五つの者は、先ず敵を料りて後動き、是を以て虚を撃ちて之を奪うなり。善く兵を用うる者は、能く人を奪いて人に奪われず。
奪者、心之機也。令者、一衆心也。衆不審、則數變。數變、則令雖出、衆不信矣。
奪うは、心の機なり。令は、衆の心を一にするなり。衆、審らかにせざれば、則ち数〻変ず。数〻変ずれば、則ち令出づと雖も、衆、信ぜず。
故令之之法、小過無更、小疑無中。
故に之に令するの法は、小過も更むること無く、小疑は中すること無かれ。
- 令之之法 … 底本では「令之法」に作るが、『直解』に従い補った。
- 中 … 底本では「申」に作るが、『直解』に従い補った。
故上無疑令、則衆不二聽。動無疑事、則衆不二志。未有不信其心而能得其力者也。未有不得其力而能致其死戰者也。
故に上に疑令なければ、則ち衆、聴くを二つにせず。動くに疑事無ければ、則ち衆、志を二つにせず。未だ其の心を信ぜずして能く其の力を得る者は有らざるなり。未だ其の力を得ずして能く其の死戦を致す者は有らざるなり。
- 能得其力者也 … 底本に「也」の字はないが、『直解』に従い補った。
故國必有禮信親愛之義、則可以飢易飽、國必有孝慈廉耻之俗、則可以死易生。古者率民、必先禮信而後爵禄、先廉耻而後刑罰、先親愛而後律其身。
故に国に必ず礼信親愛の義有らば、則ち飢を以て飽に易う可く、国に必ず孝慈廉恥の俗有らば、則ち死を以て生に易う可し。古は民を率いるに、必ず礼信を先にして爵禄を後にし、廉恥を先にして刑罰を後にし、親愛を先にして其の身を律するを後にす。
- 禮信親愛 … 底本に「信」の字はないが、『直解』に従い補った。
故戰者、必本乎率身以勵衆士、如心之使四肢也。志不勵則士不死節。士不死節則衆不戰。
故に戦いは、必ず身を率いて以て衆士を励ますに本づき、心の四肢を使うが如し。志、励まさざれば、則ち士、節に死せず。士、節に死せざれば、則ち衆、戦わず。
- 四肢 … 底本では「四支」に作るが、『直解』に従い改めた。
勵士之道、民之生不可不厚也。爵列之等、死喪之親、民之所營、不可不顯也。必也因民所生而制之、因民所營而顯之。
士を励ますの道、民の生は厚くせざる可からざるなり。爵列の等、死喪の親、民の営む所は、顕わさざる可からざるなり。必ずや民の生くる所に因りて之を制し、民の営む所に因りて之を顕わす。
田禄之實、飲食之親、郷里相勸、死喪相救、兵役相從、此民之所勵也。使什伍如親戚、卒伯如朋友、止如堵牆、動如風雨、車不結轍、士不旋踵、此本戰之道也。
田禄の実、飲食の親、郷里相勧め、死喪相救い、兵役相従う、此れ民の励む所なり。什伍は親戚の如く、卒伯は朋友の如く、止まること堵牆の如く、動くこと風雨の如く、車は轍を結ばず、士は踵を旋さざらしむ。此れ本戦の道なり。
- 死喪 … 底本では「死生」に作るが、『直解』に従い改めた。
地所以養民也。城所以守地也。戰所以守城也。故務耕者民不飢。務守者地不危。務戰者城不圍。三者先王之本務也。本務者、兵最急。
地は民を養う所以なり。城は地を守る所以なり。戦いは城を守る所以なり。故に耕を務むれば民飢えず。守りを務むれば地危うからず。戦いを務むれば城囲まれず。三つの者は先王の本務なり。本務は兵最も急なり。
- 先王之本務也 …「也」の字は底本にはないが、『直解』にあるので補った。
- 者 … 底本にはないが、『直解』に従い補った。
- 本務者、兵最急 … 底本では「本務、兵最急本者」に作るが、『直解』に従い改めた。
故先王專於兵有五焉。委積不多則士不行。賞禄不厚則民不勸。武士不選則衆不強。器用不備則力不壯。刑賞不中則衆不畏。
故に先王、兵に専らにすること、五つ有り。委積多からざれば則ち士行かず。賞禄厚からざれば則ち民勧まず。武士選ばざれば則ち衆強からず。器用備わらざれば則ち力壮ならず。刑賞中らざれば則ち衆畏れず。
- 器用不備 … 底本では「備用不便」に作るが、『直解』に従い改めた。
務此五者、靜能守其所固、動能成其所欲。夫以居攻出、則居欲重、陣欲堅、發欲畢、闘欲齊。
此の五つの者を務むれば、静なれば能く其の固き所を守り、動なれば能く其の欲する所を成す。夫れ居を以て攻の出づるには、則ち居は重からんことを欲し、陣は堅からんことを欲し、発は畢くさんことを欲し、闘は斉しからんことを欲す。
- 闘 … 底本では「闕」に作るが、『直解』に従い改めた。
王國冨民、霸國冨士、僅存之國冨大夫、亡國冨倉府。所謂上滿下漏、患無所救。
王国は民を富まし、覇国は士を富まし、僅かに存するの国は大夫を富まし、亡国は倉府を富ます。所謂上満ちて下漏るるは、患い救う所無し。
故曰、舉賢任能、不時日而事利。明法審令、不卜筮而獲吉、貴功養勞、不禱祠而得福。
故に曰く、賢を挙げ能を任ずれば、時日ならずして事、利あり。法を明らかにし令を審らかにすれば、卜筮せずして吉を獲、功を貴び労を養えば、禱祠せずして福を得、と。
- 獲吉 … 底本では「事吉」に作るが、『直解』に従い改めた。
又曰、天時不如地利、地利不如人和。聖人所貴、人事而已。
又曰く、天の時は地の利に如かず、地の利は人の和に如かず、と。聖人の貴ぶ所は、人事のみ。
夫勤勞之師、將必先己。暑不張蓋、寒不重衣、險必下歩、軍井成而後飲、軍食熟而後飯、軍壘成而後舎、勞佚必以身同之。如此、師雖久而不老不弊。
夫れ勤労の師は、将必ず己を先にす。暑さにも蓋を張らず、寒さにも衣を重ねず、険には必ず下りて歩き、軍井成りて後に飲み、軍食熟して後に飯し、軍塁成りて後に舎し、労佚必ず身を以て之を同じくす。此の如くんば、師久しと雖も、老せず弊せず。
- 將必先己 … 底本では「將不先己」に作るが、『直解』に従い改めた。
- 蓋 … 底本では「盖」に作るが、『直解』に従い改めた。「盖」は「蓋」の異体字。
- 軍井成而後飲 … 底本では「軍井成而飲」に作るが、『直解』に従い改めた。
天官第一 | 兵談第二 |
制談第三 | 戦威第四 |
攻権第五 | 守権第六 |
十二陵第七 | 武議第八 |
将理第九 | 原官第十 |
治本第十一 | 戦権第十二 |
重刑令第十三 | 伍制令第十四 |
分塞令第十五 | 束伍令第十六 |
経卒令第十七 | 勒卒令第十八 |
将令第十九 | 踵軍令第二十 |
兵教上第二十一 | 兵教下第二十二 |
兵令上第二十三 | 兵令下第二十四 |