聖治章第九
〔聖治章第十〕(古文)
曾子曰、敢問、聖人之徳、無以加於孝乎。
曾子曰、敢問、聖人之徳、無以加於孝乎。
曽子曰く、敢えて問う、聖人の徳、以て孝に加うること無きか。
- この章は、聖人による徳のある政治は、その拠り所として孝の教えに基づいていることを説いている。
- 聖治 … 聖人による孝道に基づいた政治のこと。
- 古文では、この章を聖治・父母生績・孝優劣の三章に分けている。
- 古文では「聖治章第十」に作る。
- 曾子 … 孔子の弟子で、姓は曾、名は参、字は子輿。ウィキペディア【曾子】参照。
- 敢問 … 失礼ながらお尋ねいたします。
- 無以加於孝乎 … 孝の徳に何か付け加えるものはないのでしょうか。
- 無 … 古文では「亡」に作る。
子曰、天地之性、人爲貴。
子曰く、天地の性、人を貴しと為す。
- 天地之性 … 天地の間で生あるもの。
- 人為貴 … 人間ほど貴い存在はない。
人之行、莫大於孝。
人の行いは、孝より大なるは莫し。
- 人之行 … 人間の行いの中で。
- 莫大於孝 … 孝行より大事なものはない。
孝、莫大於嚴父。
孝は、父を厳にするより大なるは莫し。
- 孝 … その孝行の中で。
- 莫大於厳父 … 父を尊ぶことより大事なものはない。
- 厳 … 尊厳。尊ぶ。
嚴父莫大於配天。
父を厳にするは天に配するより大なるは莫し。
- 厳父 … 父を尊ぶことの中で。
- 莫大於配天 … 天を祀るときに合わせて、父の霊を祀ることより大事なものはない。
則周公其人也。
則ち周公は其の人なり。
- 則周公其人也 … そうしたことを周公こそが始めてなされたお方である。
- 周公 … 文王の子。姓は姫、名は旦。兄の武王を助けて紂王を討った。武王の死後は、その子成王を補佐して周王朝の基礎を固めた。ウィキペディア【周公旦】参照。
昔者、周公郊祀后稷以配天、宗祀文王於明堂以配上帝。
昔者、周公は后稷を郊祀して以て天に配し、文王を明堂に宗祀して以て上帝に配す。
- 昔者 … 以前。むかし。「者」の読みが省略されるので、二字で「むかし」と読む。「者」は時を示す語に添える助字。「今者」なども同様。
- 周公郊祀后稷以配天 … 周公は南の郊外の円丘で天を祀ったとき、始祖の后稷も天に合わせて祀った。
- 后稷 … 周王朝の伝説上の始祖。姓は姫、名は棄。ウィキペディア【后稷】参照。
- 郊祀 … 天子が冬至の日に、南の郊外に円丘を築いて天地を祀る儀式。また、夏至の日には天子が北の郊外に行って祀ったという。ウィキペディア【郊祀】参照。
- 配天 … 祖先の霊を天とともに祀ること。
- 宗祀文王於明堂以配上帝 … 明堂において上帝を祀ったとき、父君の文王の霊も上帝に合わせて祀った。
- 文王 … 周王朝の始祖。姓は姫、名は昌。武王の父。ウィキペディア【文王 (周)】参照。
- 明堂 … 天子が政令を発布したり、諸侯を引見したり、国家的な祭祀を行ったりした宮殿。
- 宗祀 … 最も大切なものとして祀ること。
- 上帝 … 天上にあって、万物を支配する神。天帝。
是以四海之内、各以其職來祭。
是を以て四海の内、各〻其の職を以て来り祭る。
- 是以 … 「ここをもって」と読み、「こういうわけで」「このゆえに」「それゆえに」「だから」と訳す。「以是」は「これをもって」と読み、「この点から」「これにより」「これを用いて」と訳す。
- 四海 … 四方の海に囲まれたその中。天下。世の中。世界中。一説に、「四夷」をいう。「四夷」は、四方の野蛮人で東夷・西戎・南蛮・北狄のこと。ここでは天下の諸侯たちの意。
- 各以其職来祭 … それぞれの領内の産物を貢ぎ物として持参して入朝し、周王室の祭祀に奉賛した。
夫聖人之徳、又何以加於孝乎。
夫れ聖人の徳、又何を以てか孝に加えんや。
- 何以加於孝乎 … 孝行の上にさらに何を付け加える物があろうか、付け加える物など何もない。反語。
故親生之膝下、以養父母日嚴。
故に親しみ、之を膝下に生じ、以て父母を養い、日〻に厳にす。
- 故親生之膝下 … こういう訳で、親に対する親愛の情は幼少の頃から生まれる。古文では「是故親生毓之」に作る。
- 膝下 … 父母の膝下。幼少の頃。
- 以養父母日厳 … 成人して父母の世話をして、日に日に父母を尊敬するようになる。古文では「以養父母曰厳」に作る。
- 厳 … 尊厳。尊ぶ。
聖人因嚴以教敬、因親以教愛。
聖人厳に因りて以て敬を教え、親に因りて以て愛を教う。
- 聖人因厳以教敬 … 聖人は尊敬の心に基づいて敬の徳を教える。
- 因親以教愛 … 親を尊敬する心に基づいて愛情の徳を教える。
聖人之教不肅而成、其政不嚴而治。
聖人の教えは肅ならずして成り、其の政は厳ならずして治まる。
- 聖人之教不肅而成 … 聖人の教えは、ことさら厳粛にしなくても行われる。
- 其政不厳而治 … 聖人の政治は、ことさら厳格にしなくても自然に治まる。
其所因者本也。
其の因る所の者は本なり。
- 其所因者本也 … その基づくところが、根本的な道徳である孝の精神にあるからである。
〔父母生績章第十一〕(古文)
父子之道天性也。君臣之義也。
父子之道天性也。君臣之義也。
父子の道は天性なり。君臣の義なり。
- 父子之道 … 父が子を慈しみ、子が父を敬うという、父と子とのあり方。古文では「子曰、父子之道」に作り、ここから「父母生績章第十一」とする。
- 君臣之義也 … それは、君主が臣下を慈しみ、臣下が君主を敬うという、君主と臣下との主従関係のあり方にも通じるものである。
- 義 … 古文では「誼」に作る。
- 也 … 古文ではこの字なし。
父母生之。續莫大焉。
父母之を生む。続くこと、焉より大なるは莫し。
- 父母生之 … 父母は子を生み、これを育てる。
- 続 … 親子の関係が連続すること。古文では「績」に作る。こちらは功績の意。
- 莫大焉 … これより大切なものはない。
- 焉 … 「これより」と読み、「これより」と訳す。一字で「於是」の意を示し、文末に置かれる。
君親臨之。厚莫重焉。
君親しみて之に臨む。厚きこと焉より重きは莫し。
- 君親臨之 … 父君が子に対して親愛の情をもって接する。「君」は、ここでは父君の意。
- 厚莫重焉 … 恩義の厚いこと、これより重大なものはない。
〔孝優劣章第十二〕(古文)
故不愛其親、而愛他人者、謂之悖徳。
故不愛其親、而愛他人者、謂之悖徳。
故に其の親を愛せずして、他人を愛する者、之を悖徳と謂う。
- 故不愛其親 … だから、自分の親を愛さないで。古文では「子曰、不愛其親」に作り、ここから「孝優劣章第十二」とする。
- 愛他人者 … 他人を愛する者は。他人の親を愛する者は。
- 悖徳 … 道徳に悖る。道徳に背く。道徳に外れる。
不敬其親、而敬他人者、謂之悖禮。
其の親を敬せずして、他人を敬する者、之を悖礼と謂う。
- 不敬其親 … 自分の親を敬わないで。
- 而敬他人者 … 他人を敬う者は。他人の親を敬う者は。
- 悖礼 … 礼に悖る。礼儀に反する。礼儀に外れる。
以順則、逆民無則焉。
順を以てすれば則り、逆なれば民則ること無し。
- 以順則 … 民心に従順であれば、民は手本としてならい従う。
- 順 … 古文では「訓」に作る。
- 則 … 模範としてならい従う。
- 逆民無則焉 … それに逆らえば、民は手本とせず従わなくなる。
- 逆 … 古文では「昏」に作る。
- 無 … 古文では「亡」に作る。
不在於善、而皆在於凶徳。
善に在らずして、皆凶徳に在り。
- 不在於善 … 自分の親を敬うという善行を行わないで。
- 在 … 古文では「宅」に作る。
- 皆在於凶徳 … みな道徳に反する悪い行為ばかりを行うようになる。
- 凶徳 … 道に背いた悪い行為。
雖得之、君子不貴也。
之を得と雖も、君子は貴ばざるなり。
- 雖得之 … たとえ高い地位に就けたとしても。「之」は、ここでは高い地位の意。
- 之 … 古文では「志」に作る。
- 君子不貴也 … 徳の高い立派な人からは尊重されない。
- 不貴 … 古文では「弗從」に作る。
君子則不然。
君子は則ち然らず。
- 君子則不然 … 徳の高い立派な人は、そのようなことはしない。
言思可道、行思可樂。
言は道う可きを思い、行いは楽しむ可きを思う。
- 言思可道 … 言葉を発するときは、そのことを言ってよいかどうかを判断した上で言う。
- 言 … 口に出して言うこと。言葉。
- 行思可楽 … 事を行うときは、人々を楽しませるかどうかを判断した上で行う。
徳義可尊、作事可法、容止可觀、進退可度。
徳義尊ぶ可く、作事法る可く、容止観る可く、進退度とす可し。
- 徳義可尊 … 道徳の筋道は尊重される。
- 義 … 古文では「誼」に作る。
- 作事可法 … 事業を起こせば模範とされる。
- 容止可観 … 身のこなしは注目される。
- 容止 … 身のこなし。立ち居振る舞い。
- 進退可度 … 動作は礼法の基準とされる。
- 進退 … 動作。
- 度 … 法度。礼法の基準。
以臨其民。
以て其の民に臨む。
- 以臨其民 … そういうふうにして人々に臨み接する。
是以其民畏而愛之、則而象之。
是を以て其の民畏れて之を愛し、則って之に象る。
- 是以 … 「ここをもって」と読み、「こういうわけで」「このゆえに」「それゆえに」「だから」と訳す。
- 其民畏而愛之 … 人々は畏れ入って、上を愛するようになる。
- 則而象之 … 上を手本として見倣うようになる。
故能成其徳教、而行其政令。
故に能く其の徳教を成して、其の政令を行う。
- 故能成其徳教 … だから道徳的教化を立派に成し遂げて。
- 徳教 … 道徳的教化。
- 行其政令 … 政治上の命令や法令をきちんと実行できるのである。
詩云、淑人君子、其儀不忒。
詩に云う、淑人君子、其の儀忒わず、と。
- 詩 … 『詩経』国風・曹風・鳲鳩篇の一節。「鳲鳩」は、かっこう。ウィキソース「詩經/鳲鳩」参照。
- 淑人 … 善良でつつましい人。善人。「君子」とほぼ同じ。
- 其儀不忒 … その威儀が法度(礼法の基準)に違うことがなく、人々の手本となる。
- 儀 … 威儀。容儀。
- 忒 … 違う。食い違う。
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