開宗明義章第一
〔開宗明義章第一〕(古文)
仲尼居、曾子侍。
仲尼居、曾子侍。
仲尼居し、曾子侍す。
子曰、先王有至徳要道、以順天下。
子曰く、先王、至徳要道有って、以て天下を順む。
- 子 … 先生。孔子を指す。
- 先王 … 昔の優れた王様。堯・舜・禹・湯・文・武を指す。古文では先王の前に「参」の字がある。
- 至徳 … 無上の徳。孝徳。
- 要道 … 肝心な道。大事な道。正しい道。孝道。
- 天下 … 国家。
- 順 … 統治する。また「天下を順にす」「天下順う」と読んでもよい。古文では「訓」に作る。こちらは「訓う」と読み、「天下万民を教え導く」と訳す。
民用和睦、上下無怨。汝知之乎。
民用て和睦し、上下怨み無し。汝之を知るか、と。
- 民 … 万民。
- 用 … 「もって」と読む。「以」に同じ。
- 和睦 … 打ち解けて仲良くする。
- 上下 … 「上」は君父。「下」は臣子。身分の高い者も低い者もの意。
- 無怨 … 不平を抱いて恨み合うようなことがない。
- 無 … 古文では「亡」に作る。
- 汝 … 「なんじ」と読み、「お前」と訳す。今文は「汝」、古文は「女」に作る。ただし、今文である四部叢刊本では「女」に作る。
曾子避席曰、參不敏。何足以知之。
曾子席を避けて曰く、参不敏なり。何ぞ以て之を知るに足らん。
- 避席 … 起って席から離れる。辟席。当時の席は椅子ではなく、蓆を敷いて坐った。目上の人に対し、席から離れて起つのを礼とした。
- 参 … 曾子の名。弟子が師匠に対し、自ら名を言うのを礼とした。
- 不敏 … 賢くないこと。転じて自己の謙称。「不才」に同じ。
- 不 … 古文では「弗」に作る。
- 何足以知之 … どうしてそのようなことを心得ておりましょうか。「之」は先王の至徳要道を指す。古文では「之」の後に「乎」の字がある。
子曰、夫孝徳之本也。教之所由生也。
子曰く、夫れ孝は徳の本なり。教えの由って生ずる所なり。
- 夫 … 発語の助辞。そもそも。いったい。
- 徳之本 … 道徳の根本。
- 教之所由生也 … すべての教えが生まれてくる根源である。
- 由 … 古文では「繇」に作る。「繇る」と読む。「由」に同じ。
復坐、吾語汝。
坐に復れ。吾、汝に語らん。
- 復坐 … まあ、坐りなさい。元の席に帰ること。「復り坐せ」と読んでもよい。
- 吾語汝 … わたしがお前に篤と話してやろう。
- 汝 … 「なんじ」と読み、「お前」と訳す。今文は「汝」、古文は「女」に作る。ただし、今文である四部叢刊本では「女」に作る。
身體髮膚、受之父母。
身体髪膚、之を父母に受く。
- 身体髪膚 … 肉体と毛髪と皮膚。転じて、身体全体のこと。
- 受之父母 … すべて父母から頂戴したものである。
- 之 … 古文では「于」に作る。
不敢毀傷、孝之始也。
敢えて毀傷せざるは、孝の始めなり。
- 不敢毀傷 … 訳もなくいため傷つけないようにするのは。
- 不敢 … 「あえて~せず」と読み、「いわれもなく~しない」「軽々しく~しない」「決して~しない」と訳す。「不」は古文では「弗」に作る。
- 毀傷 … いため傷つける。
- 孝之始也 … 孝道の実践の始めである。孝道の出発点である。
立身行道、揚名於後世、以顯父母、孝之終也。
身を立て道を行い、名を後世に揚げ、以て父母を顕わすは、孝の終りなり。
- 立身 … 修養して人格を完成させ、立派な人物になる。
- 行道 … 人として行うべき道を実践する。孝道を実践する。
- 揚名於後世 … その名が後の世まで語り継がれるよう、広く行き渡らせる。
- 揚名 … 名をあげる。世間の評判を得て有名になること。
- 以顕父母 … あれは誰々の子だよ、と父母の名が世間に知られるようになることが。
- 孝之終也 … 孝道の実践の終りである。孝道の完成である。
夫孝、始於事親、中於事君、終於立身。
夫れ孝は、親に事うるに始まり、君に事うるに中し、身を立つるに終る。
- 夫 … 発語の助辞。いったい。
- 孝 … 孝ということは。孝行ということは。
- 始於事親 … 家にいて親に仕えることが始まりである。
- 中於事君 … 家を出て君主に仕えることがその中間である。
- 終於立身 … 立派な人物になることが終りである。
大雅曰、無念爾祖。聿脩厥徳。
大雅に曰く、爾の祖を念うこと無からんや。厥の徳を聿べ脩む、と。
- 大雅 … 『詩経』大雅・文王篇の一節。ウィキソース「詩經/文王」参照。
- 無念爾祖 … 汝の祖先のことを思わないでよいだろうか。祖先を忘れてはいけない。「無念」は「念うこと無からんや」と反語に読む。
- 念 … 思う。思慕する。
- 無 … 古文では「亡」に作る。
- 聿脩厥徳 … 祖先の徳を慕い、それを明らかにして修める。祖先の徳を受け継ぎ、一層盛んにしなければならない。
- 厥 … その。古文では「其」に作る。
- 聿脩 … 受け継いで盛んにする。「聿」は、述べる。一説に、リズムを整える助辞とし、「聿に」と読む。「脩」は、明らかにして修める。一層盛んにする。古文では「修」に作る。
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