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九曲詞(高適)

九曲詞
九曲(きゅうきょく)詞(し)
高適(こうせき)
  • 七言絶句。頭・侯・秋(下平声尤韻)。
  • ウィキソース「九曲詞 (鐵騎橫行鐵嶺頭)」「高常侍集 (四部叢刊本)/卷第八」参照。
  • 詩題 … 楽府題の一つ。九曲地方の歌。九曲は、今の青海省東南部、黄河の湾曲した所。『唐書』玄宗紀、天宝十三載の条に「三月、隴右(ろうゆう)河西節度使哥(か)舒(じょ)翰(かん)、吐蕃を敗(やぶ)り、河源の九曲を復す」(三月、隴右河西節度使哥舒翰、敗吐蕃、復河源九曲)とある。ウィキソース「新唐書/卷005」参照。『全唐詩』『四部叢刊本』『唐五十家詩集本』では「九曲詞三首其三」に作る。『楽府詩集』『万首唐人絶句』では「九曲詞三首其一」に作る。
  • この詩は、隴右河西節度使哥(か)舒(じょ)翰(かん)が吐蕃を敗り、九曲の地方を取り返した戦功を祝って詠んだもの。このとき作者は哥舒翰の幕下にいた。哥舒翰については、ウィキペディア【哥舒翰】参照。劉開揚『高適詩集編年箋註』(中華書局、1981年)の年譜には、天宝十二載(753)、五十歳の作とある。
  • 高適 … ?~765。盛唐の詩人。滄州渤海(山東省浜州市)の人。一説に渤海郡蓨(しゅう)県(河北省景県)の人。字(あざな)は達(たつ)夫(ふ)または仲武。天宝八載(749)、有道科(科挙の一科)に推挙され、受験して及第。汴(べん)州の封(ふう)丘(きゅう)(河南省封丘県)の尉となったが、後に辞任し、辺塞を遊歴した。晩年は刑部侍郎、左散騎常侍に至った。辺塞詩人として岑参とともに「高岑」と並び称され、王之渙・王昌齡・岑参と合わせて「辺塞四詩人」とも称される。『高常侍集』八巻がある。ウィキペディア【高適】参照。
鐵騎橫行鐵嶺頭
鉄(てっ)騎(き)横行(おうこう)す 鉄嶺(てつれい)の頭(ほとり)
  • 鉄騎 … 鉄の鎧をつけた騎兵。騎馬武者。転じて、勇敢で強い騎兵。『後漢書』公孫瓚伝に「且つ五千の鉄騎を厲(はげ)まし、北(ほく)隰(しゅう)の中(うち)に於いて、火を起して応(おう)を為(な)さしめ、瓚(さん)、内より出でて戦わんと欲す」(且厲五千鐵騎、於北隰之中、起火爲應、瓚欲自內出戰)とある。ウィキソース「後漢書/卷73」参照。
  • 騎 … 『唐詩選』では「馬」に作る。
  • 横行 … わがもの顔で駆け巡る。ここでは、自由自在に駆け巡ること。『史記』季布伝に「上(じょう)将軍樊噲(はんかい)曰く、臣願わくは十万の衆を得て、匈奴の中(うち)を横行せん、と」(上將軍樊噲曰、臣願得十萬衆、横行匈奴中)とある。ウィキソース「史記/卷100」参照。また『戦国策』西周策に「是れ天下、秦を罷(つか)らさんと欲す。故に王に周を攻めんことを勧むるなり。秦、天下と倶(とも)に罷(つか)るれば、則ち令、周に横行せざらん」(是天下欲罷秦。故勸王攻周。秦與天下俱罷、則令不橫行於周矣)とある。ウィキソース「戰國策 (士禮居叢書本)/西周」参照。
  • 鉄嶺 … 辺塞の山の名であろうが、所在は不明。
  • 頭 … ほとり。
西看邏逤取封侯
西(にし)のかた邏逤(らさ)を看(み)て封侯(ほうこう)を取(と)らん
  • 西 … 「にしのかた」と読み、「西に向かって」「また西のほうで」と訳す。盛唐の王維「元二の安西に使いするを送る」詩に「西のかた 陽関を出づれば 故人無からん」(西出陽關無故人)とある。ウィキソース「送元二使安西」参照。
  • 邏逤 … 今のチベット自治区ラサ市。唐代は吐蕃の都城。ウィキペディア【ラサ】参照。
  • 看 … 遥かに望んで。
  • 取封侯 … 軍功をあげて、諸侯に封ぜられること。『史記』項羽本紀に「労苦して功高きこと此(かく)の如し。未だ封侯の賞有らず」(勞苦而功高如此。未有封侯之賞)とある。ウィキソース「史記/卷007」参照。
靑海只今將飮馬
青海(せいかい) 只今(ただいま) 将(まさ)に馬(うま)に飲(みずか)わんとす
  • 青海 … 今の青海省東部にある湖。ココ・ノール。ウィキペディア【青海湖】参照。
  • 只今 … 今や。ただ今では。
  • 将 … 「まさに~(んと)す」と読み、「~しようとする」と訳す。再読文字。
  • 飲馬 … 飲は「みずかう」と読む。馬に水を飲ませる。青海の辺りに敵がなく、すっかりわが手に帰したことを意味する。
黃河不用更防秋
黄(こう)河(が)用(もち)いず 更(さら)に秋(あき)を防(ふせ)ぐを
  • 黄河 … 川の名。長江に次いで大きい。青海省から甘粛・陝西・山西・河南・山東省へと東に流れ、渤海に注ぐ。ウィキペディア【黄河】参照。
  • 不用 … ~するには及ばない。
  • 防秋 … 塞外異民族の侵入に備えること。彼らは秋に侵入することが多かったことから。『旧唐書』陸(りく)贄(し)伝に「河隴を以て蕃に陥りて已来、西北の辺は常に重兵を以て守備す。之を防秋と謂う」(以河隴陷蕃已來、西北邊常以重兵守備。謂之防秋)とある。ウィキソース「舊唐書/卷139」参照。また『漢書』趙充国伝に「秋に到れば馬肥(こ)ゆ、変(へん)必ず起らん」(到秋馬肥、變必起矣)とある。ウィキソース「漢書/卷069」参照。
テキスト
  • 『箋註唐詩選』巻七(『漢文大系 第二巻』、冨山房、1910年)※底本
  • 『全唐詩』巻二百十四(排印本、中華書局、1960年)
  • 『高常侍集』巻八(『四部叢刊 初編集部』所収)
  • 『高常侍集』巻八(明銅活字本、『唐五十家詩集』所収、上海古籍出版社、1989年)
  • 『万首唐人絶句』七言・巻四(明嘉靖本影印、文学古籍刊行社、1955年)
  • 『楽府詩集』巻九十一・新楽府辞(北京図書館蔵宋刊本影印、中津濱渉『樂府詩集の研究』所収)
  • 『古今詩刪』巻二十(寛保三年刊、『和刻本漢詩集成 総集篇9』所収、汲古書院)
  • 『唐詩品彙』巻四十八([明]高棅編、[明]汪宗尼校訂、上海古籍出版社、1982年)
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