送柴司戸充劉卿判官之嶺外(高適)
送柴司戶充劉卿判官之嶺外
柴司戸が劉卿の判官に充てられて嶺外に之くを送る
柴司戸が劉卿の判官に充てられて嶺外に之くを送る
- 〔テキスト〕 『唐詩選』巻四、『全唐詩』巻二百十四、『高常侍集』巻七(『四部叢刊 初編集部』所収)、『高常侍集』巻下(『前唐十二家詩』所収)、『高常侍集』巻七(『唐五十家詩集』所収)、『文苑英華』巻二百七十、『唐詩品彙』巻七十四、『唐詩別裁集』巻十七、他
- 五言排律。旄・曹・高・濤・刀・勞(平声豪韻)。
- ウィキソース「送柴司戶充劉卿判官之嶺外」「高常侍集 (四部叢刊本)/卷第七」参照。
- 柴 … 柴は姓。柴某。人物については不明。
- 司戸 … 官名。司戸参軍。戸籍や土地のことを司る地方官。
- 劉 … 劉某。嶺南節度使。名は不明。
- 卿 … 中央官庁の長官級の人に対する敬称。『全唐詩』には「一作鄉」に作る。『文苑英華』では「鄉」に作る。
- 判官 … 官名。節度使・観察使などの属官。長官を補佐する職。
- 充 … 任用される。
- 嶺外 … 大庾嶺の南方一帯の地。今の広東省地方を指す。
- 之 … 行く。
- この詩は、司戸参軍の柴某が嶺南節度使の劉某の判官に任用されて嶺外へ赴任するのを送って作ったもの。
- 高適 … ?~765。盛唐の詩人。滄州渤海(山東省)の人。字は達夫または仲武。天宝八載(749)、有道科に推挙され、受験して及第。封丘(河南省封丘県)の尉に任ぜられたが辞任し、辺塞を遊歴した。晩年は刑部侍郎、左散騎常侍に至った。辺塞詩人として岑参とともに「高岑」と並び称される。『高常侍集』八巻がある。ウィキペディア【高適】参照。
嶺外資雄鎭
嶺外 雄鎮に資り
- 雄鎮 … 有力な藩鎮。重要な地にある藩鎮。嶺南節度使を指す。
- 資 … 頼りとする。
朝端寵節旄
朝端 節旄を寵す
- 朝端 … 朝臣の首位にある者。「端」は、首・かしらの意。ここでは劉卿を指す。
- 節旄 … 天子から節度使に授けられる任命のしるしの籏。
月卿臨幕府
月卿 幕府に臨み
- 月卿 … 朝廷に列する公卿。高位高官の人。劉卿を指す。『書経』洪範篇に「曰く、王は省みること惟れ歳、卿士は惟れ月、師尹は惟れ日」(曰王省惟歲、卿士惟月、師尹惟日)とあるのに基づく。ウィキソース「尚書/洪範」参照。
- 幕府 … 嶺南の幕府。本来は将軍の陣営の意。武官である節度使は地方の行政権も持っているので、その執務する役所を幕府という。
星使出詞曹
星使 詞曹より出づ
- 星使 … 朝廷からの使者。後漢の李郃が星占いで、朝廷から自分の住む地方に使者が来ることを知ったという故事を踏まえる。『後漢書』李郃伝に「和帝位に即けるとき、使者を分遣して、皆微服単行して、各〻州県に至って、風謡を観採す。使者二人当に益部に到るべし。郃の候舎に投ず。時、夏の夕露に坐せり。郃因って仰ぎ観て問いて曰く、二君京師を発する時に、寧ろ朝廷の二使を遣すを知るや。二人黙然として、驚きて相視て曰く、聞かざるなり。問う何を以て之を知る。郃星を指し示して云く、二使星有って益州の分野に向う。故に之を知るのみ」(和帝即位、分遣使者、皆微服單行、各至州縣、觀採風謠。使者二人當到益部。投郃候舍。時、夏夕露坐。郃因仰觀問曰、二君發京師時、寧知朝廷遣二使邪。二人默然、驚相視曰、不聞也。問何以知之。郃指星示云、有二使星向益州分野。故知之耳)とある。ウィキソース「後漢書/卷82上」参照。ここでは柴某を指す。
- 詞曹 … 文筆を司る役所。通常は翰林院を指すが、翰林は高官が兼任、もしくは学者や文士が勤める職であり、柴某の前職とは考えにくい。
- 出 … 選出される。
海對羊城闊
海は羊城に対して闊く
- 羊城 … 五羊城。広東省広州市の古名。ウィキペディア【広州市】参照。昔、五人の仙人が五匹の羊に乗って現れたので、五羊城と名づけられたという。『番禺雑記』に「広州、昔、五仙有り、五羊に騎して至る。逐に名づく」(廣州昔有五仙、騎五羊而至。逐名)とある。
- 闊 … 遠くまで広々と広がっている様子。
山連象郡高
山は象郡に連なって高し
- 象郡 … 柳州の古名。今の広東省西南部から広西チワン族自治区・ベトナム北部一帯の地。ウィキペディア【象郡】参照。
風霜驅瘴癘
風霜 瘴癘を駆り
- 風霜 … 風と霜。厳粛な気風の喩え。劉卿の威光を指す。『文献通考』に「御史風霜の任と為す、不法を弾糾し、百僚震恐す、官の雄峻なること、之に比する莫し」(御史爲風霜之任、彈糾不法、百僚震恐、官之雄峻、莫之比焉)とある。ウィキソース「文獻通考/卷五十三」参照。
- 瘴癘 … 南方の湿地に立ち込める毒気。これに当たるとマラリアなどの熱病や皮膚病にかかるという。
- 駆 … 追い払う。
忠信涉波濤
忠信 波濤を渉る
- 忠信 … まごころを尽くし、いつわりのないこと。忠実と信義。
- 波濤 … 高い波。「濤」は、うねり。
- 忠信渉波濤 … 孔子が衛から魯に帰るとき、駕をとめて休息しながら河源を眺めていると、一人の男が水をくぐって渉るのを見た。孔子は驚いて「何か道術でもあるのか」と尋ねたところ、その男は「水に入るときには忠信をもって入り、出るときも忠信に従って出る。身を波流にまかせて私心を用いないので、安全に渡れるのだ」と答えたという、『孔子家語』致思篇や『列子』説符篇などに見える故事を踏まえる。『孔子家語』致思篇に「孔子衛より魯に反るとき、駕を河梁に息めて観る。懸水の三十仞なるもの、圜流九十里なるもの有り。魚鼈も道くこと能わず、黿鼉も居ること能わず。一丈夫有りて方に将に之を厲らんとす。孔子人をして涯に並べて之を止めしめて曰く、此の懸水三十仞、圜流九十里、魚鼈・黿鼉も居ること能わざるなり。意うに、済る可きこと難からん、と。丈夫以て意を措かず。遂に渡りて出づ。孔子之に問いて曰く、子は巧みなるか。道術有るか。能く入りて出づる所以の者は何ぞや、と。丈夫対えて曰く、始め吾の入るや、先ず忠信を以てす。吾の出づるに及びてや、又従うに忠信を以てし、吾が軀を波流に措きて、吾敢えて以て私を用いず。能く入りて復た出づる所以なり、と。孔子、弟子に謂いて曰く、二三子之を識せ。水すら且つ猶お忠信を以て身を成さば之に親しむ可し。而るに況んや人に於いてをや、と」(孔子自衞反魯、息駕於河梁而觀焉。有懸水三十仞、圜流九十里。魚鼈不能道、黿鼉不能居。有一丈夫方將厲之。孔子使人竝涯止之曰、此懸水三十仞、圜流九十里、魚鼈黿鼉不能居也。意者、難可濟也。丈夫不以措意。遂渡而出。孔子問之曰、子巧乎。有道術乎。所以能入而出者何也。丈夫對曰、始吾之入也、先以忠信。及吾之出也、又從以忠信、措吾軀於波流、而吾不敢以用私。所以能入而復出也。孔子謂弟子曰、二三子識之。水且猶可以忠信成身親之。而況於人乎)とある。ウィキソース「孔子家語/卷二」参照。
別恨隨流水
別恨 流水に随い
- 別恨 … 別れの恨めしさ。別れの悲しみ。
- 随流水 … 流れ去る水のまにまに、尽きることがない。
交情脫寶刀
交情 宝刀を脱す
- 交情 … 君との友情。
- 脱宝刀 … 宝刀を腰からはずして相手に贈る。友情の証として餞別とするもの。「宝刀」は、宝物として大切にしている刀。「脱」は、はずす。魏の呂虔が長史の王祥に「ふさわしくない人物には、この刀は害となるが、君は大官の器があるのでこれをつけなさい」と言って宝刀を贈った故事を踏まえる。『晋書』王祥伝に「虔、祥に謂いて曰く、苟くも其の人に非ざれば、刀は或いは害と為す。卿、公輔の量有り、故に以て相与う」(虔謂祥曰、苟非其人、刀或爲害。卿有公輔之量、故以相與)とある。「公輔」は、三公と四輔。ともに天子を補佐する大官。ウィキソース「晉書/卷033」参照。
有才無不適
才有れば適せざる無し
- 有才 … 才能さえあれば。
- 無不適 … どこへ行っても思うままにならぬことはない。「適」は、思いどおりになること。
行矣莫徒勞
行けや 徒らに労すること莫かれ
- 行矣 … さあ行きたまえ。「矣」は、助辞。
- 莫徒労 … つまらぬことにくよくよしてはいけないよ。「労」は、くよくよすること。
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