陪張丞相自松滋江東泊渚宮(孟浩然)
陪張丞相自松滋江東泊渚宮
張丞相に陪し、松滋江より東して渚宮に泊す
張丞相に陪し、松滋江より東して渚宮に泊す
- 〔テキスト〕 『唐詩選』巻四、『全唐詩』巻一百六十、『孟浩然詩集』巻上(宋蜀刻本唐人集叢刊、略称:宋本)、『孟浩然集』巻二(『四部叢刊 初編集部』所収)、『孟浩然集』巻二(『四部備要 集部』所収、略称:四部備要本)、『孟浩然集』巻三(『唐五十家詩集』所収)、『孟浩然詩集』(元文四年刊、『和刻本漢詩集成 唐詩1』所収、145頁、略称:元文刊本)、『孟浩然詩集』巻上(元禄三年刊、『和刻本漢詩集成 唐詩1』所収、162頁、略称:元禄刊本)、『唐詩品彙』巻七十四、他
- 五言排律。滋・師・時・茲・疑・維・遲・辭・之(平声支韻)。
- ウィキソース「陪張丞相自松滋江東泊渚宮」「孟浩然集 (四部叢刊本)/卷第二」参照。
- 詩題 … 『宋本』では「陪張丞相登當陽城樓」に作る。『元禄刊本』では「陪前人泊松滋」に作る。
- 張丞相 … 張九齢(673~740)のこと。玄宗に仕えて中書令(宰相)となったが、李林甫の讒言により荊州(湖北省江陵)に長史(副官)として左遷された。ウィキペディア【張九齢】参照。
- 陪 … 随従する。随行する。お伴する。
- 松滋江 … 今の湖北省松滋市のあたりを流れる長江の分流の一つ。下流で再び長江に合流して江陵に至る。
- 東 … 東に下る。
- 渚宮 … 湖北省江陵の東南にあった古跡。戦国時代、楚の襄王の離宮。
- この詩は、張九齢が荊州に左遷されたとき、作者がその幕下にあった頃の作。
- 孟浩然 … 689~740。盛唐の詩人。襄陽(湖北省)の人。名は浩、浩然は字。若い頃、科挙に及第できず、諸国を放浪した末、郷里の鹿門山に隠棲した。四十歳のとき、都に出て張九齢や王維らと親交を結んだが、仕官はできなかった。その後、張九齢が荊州(湖北省)の長史(地方長官の属官)に左遷されたとき、招かれて従事(輔佐官)となったが、まもなく辞任し、江南を放浪した末、郷里に帰ってまた隠棲生活に入り、一生を終えた。多く自然を歌い、王維と並び称される。「春眠暁を覚えず」で始まる「春暁」が最も有名。『孟浩然集』四巻がある。ウィキペディア【孟浩然】参照。
放溜下松滋
溜に放って松滋を下らんとし
- 放溜 … 舟を川の流れにまかせて進ませること。「溜」は、ここでは流れの意。梁の元帝(在位552~555)の「早に竜巣を発つ」(『先秦漢魏晋南北朝詩』梁詩巻二十五、『文苑英華』巻二百八十九)に「征人放溜を喜び、暁に発す晨陽の隈」(征人喜放溜、曉發晨陽隈)とある。ウィキソース「文苑英華 (四庫全書本)/卷0289」参照。
- 溜 … 『元禄刊本』『唐詩品彙』では「澑」に作る。異体字。
- 松滋 … 松滋江。
登舟命楫師
舟に登って楫師に命ず
- 登舟 … 舟に乗り込んで。
- 楫師 … 船頭。
- 楫 … 『宋本』『四部備要本』『唐五十家詩集本』では「檝」に作る。異体字。
- 命 … 出発を命じる。
寧忘經濟日
寧ぞ忘れん 経済の日
- 寧忘 … どうして忘れることがあろうか。まさか忘れることはあるまい。
- 寧 … 「いずくんぞ」「なんぞ」と読み、「どうして~であろうか」「まさか~ではあるまい」と訳す。反語の意を示す。「寧」は『全唐詩』では「詎」に作り、「一作寧」とある。『宋本』『唐詩品彙』では「詎」に作る。「詎」は「詎しくも」と読み、反問の意を表す。
- 経済 … 経世済民の略。国を治め、民を救うこと。宰相として国家の政治を行うこと。『宋史』王安石伝に「文章節行を以て一世に高く、而して尤も道徳経済を以て、己の任と為す」(以文章節行高一世、而尤以道德經濟、爲己任)とある。ウィキソース「宋史/卷327」参照。
不憚沍寒時
沍寒の時を憚らず
- 沍寒 … 凍て付くほどの寒さ。厳しい寒さ。『春秋左氏伝』昭公四年に「其の氷を蔵むるや、深山窮谷は、固陰沍寒なれば、是に於いてか之を取る」(其藏冰也、深山窮谷、固陰沍寒、於是乎取之)とあるのを踏まえる。ウィキソース「春秋左氏傳/昭公」参照。
- 不憚 … 厭わない。遠慮しない。
洗幘豈獨古
幘を洗うは豈に独り古のみならんや
- 洗幘 … 「幘」は、髪の毛を包む布製の頭巾。楚の陸通が頭巾を松の枝にかけて寝ていたところ、一羽の鶴がそれをくわえて川辺に運んだ。陸通はその頭巾を洗い、鶴に乗って飛び去ったという逸話を踏まえる。『広博物志』巻二十一に「楚の狂士陸通、松間に高臥し、以て霞気を受く。幘松頂に挂く。鶴有り銜んで水浜に去る。通之を洗い、因りて鶴と同じく去る」(楚狂士陸通高臥松間、以受霞氣。幘挂松頂。有鶴銜去水濱。通洗之、因與鶴同去)とある。ウィキソース「廣博物志 (四庫全書本)/卷21」参照。
- 豈独古 … (陸通のような高逸な精神は)昔の人だけのものであろうか。
濯纓良在茲
纓を濯うは良に茲に在り
- 濯纓 … 冠のひもを洗う。「纓」は、冠のひも。時の流れに従い、治まった世には官職に就き、平和な生活を楽しむこと。『楚辞』屈原の「漁父」に「滄浪の水清まば、以て吾が纓を濯う可し」(滄浪之水清兮、可以濯吾纓)とあるのに基づく。
- 良 … 「まことに」と読み、「本当に」「実に」「まったく」と訳す。
政成人自理
政成って人自ずから理まり
- 政成 … 張丞相の政治がよく行き届いて。
- 人自理 … 民が自然と正しくおさまる。
機息鳥無疑
機息んで鳥疑うこと無し
- 機 … 企み。術策。はかりごと。『荘子』天地篇に「機械有る者は、必ず機事有り。機事有る者は、必ず機心有り」(有機械者、必有機事。有機事者、必有機心)とあるのを踏まえる。ウィキソース「莊子/天地」参照。
- 息 … やめる。なくなる。
- 鳥無疑 … 鳥さえも警戒心を持たずに舟に近づいて来る。海岸に住む人が、日頃カモメの群れと無心に遊んでいたが、ある日父の言いつけで捕まえに行くと、カモメはまったく近づいてこなかったという、『列子』に見える寓話を踏まえる。『列子』黄帝篇に「海上の人に、漚鳥を好む者有り。毎旦海上に之き、漚鳥従って游ぶ。漚鳥の至る者、百住にして止まず。其の父曰く、吾聞く、漚鳥皆汝に従って游ぶ。汝取り来れ、吾之を玩ばん、と。明日海上に之くに、漚鳥舞いて下らず」(海上之人、有好漚鳥者。每旦之海上、從漚鳥游。漚鳥之至者、百住而不止。其父曰、吾聞、漚鳥皆從汝游、汝取來、吾玩之。明日之海上、漚鳥舞而不下也)とある。ウィキソース「列子/黃帝篇」参照。また、李白の「江上吟」に「海客心無くして白鷗に随う」(海客無心隨白鷗)とあるのと同じ。
雲物凝孤嶼
雲物 孤嶼に凝り
- 雲物 … 雲のたたずまい。雲の有様。『春秋左氏伝』僖公五年に「凡そ分至啓閉には、必ず雲物を書す」(凡分至啓閉、必書雲物)とあるのを踏まえる。「分」は、春分・秋分。「至」は、夏至・冬至。「啓」は、立春・立夏。「閉」は、立秋・立冬。ウィキソース「春秋左氏傳/僖公」参照。
- 孤嶼 … 川中の小島。
- 凝 … 停滞して動かない。『全唐詩』には「一作吟」とある。『宋本』『四部備要本』『唐五十家詩集本』『元文刊本』『元禄刊本』『唐詩品彙』では「吟」に作る。
江山辨四維
江山 四維を弁ず
- 江山 … 山や川の様子。
- 四維 … 四方の隅。『淮南子』天文訓に「帝四維を張り、之を運らすに斗を以てす」(帝張四維、運之以斗)とある。ウィキソース「淮南子/天文訓」参照。
- 弁 … 見通すことができる。
晚來風稍緊
晩来 風 稍く緊しく
- 晩来 … 日が暮れるにつれて。
- 稍 … 「ようやく」と読み、「少しずつ」「だんだんと」と訳す。状態・程度が変化する意を示す。
- 緊 … 強まる。『全唐詩』では「急」に作り、「一作緊」とある。『宋本』では「急」に作る。
冬至日行遲
冬至 日の行くこと遅し
- 冬至 … 二十四節気の一つ。陰暦十一月中の節で、一年中で太陽が最も南に寄る時をいう。ウィキペディア【冬至】参照。
- 日行遅 … 太陽の運行が遅く感じられる。
獵響驚雲夢
猟響 雲夢を驚かし
- 猟響 … 狩猟の響き。狩猟の音。
- 獵 … 『全唐詩』では「臘」に作る。
- 雲夢 … 雲夢の沢。今の湖北省南部から湖南省北部にかけてあったといわれる広大な湿地帯の名。『周礼』夏官に「其の沢薮を雲瞢と曰う」(其澤藪曰雲瞢)とある。ウィキソース「周禮/夏官司馬」参照。
- 驚 … あたりを驚かせるように響きわたる。
漁歌激楚辭
漁歌 楚辞を激す
渚宮何處是
渚宮 何れの処か是なる
- 渚宮何処是 … めざす渚宮はどのあたりがそれなのか。
- 渚宮 … 湖北省江陵の東南にあった古跡。戦国時代、楚の襄王の離宮。
川暝欲安之
川暝れて安くにか之かんと欲する
- 川 … 川面。
- 暝 … 薄暗くなる。暮れる。『元文刊本』『元禄刊本』では「瞑」に作る。
- 欲安之 … 我々の舟は、いったいどこへ向かっているのだろうか。
- 之 … 『宋本』では「抵」に作る。
こちらもオススメ!
歴代詩選 | |
古代 | 前漢 |
後漢 | 魏 |
晋 | 南北朝 |
初唐 | 盛唐 |
中唐 | 晩唐 |
北宋 | 南宋 |
金 | 元 |
明 | 清 |
唐詩選 | |
巻一 五言古詩 | 巻二 七言古詩 |
巻三 五言律詩 | 巻四 五言排律 |
巻五 七言律詩 | 巻六 五言絶句 |
巻七 七言絶句 |
詩人別 | ||
あ行 | か行 | さ行 |
た行 | は行 | ま行 |
や行 | ら行 |