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李衛公問対 巻上〔四〕

太宗曰、奇正素分之歟。臨時制之歟。
太宗たいそういわく、せいもとよりこれかつか。ときのぞんでこれせいするか。
  • ウィキソース「唐李問對/卷上」参照。
  • 奇正 … 奇法と正法。奇法は、奇襲作戦。情況の変化に対応し、敵の思いもよらない戦術のこと。正法は、正規の作戦。基本的なじょうせき通りの戦術のこと。
  • 素 … もとより。もともと。平素から。平時から。
  • 分 … 区別する。
  • 制 … 制する。支配する。
靖曰、案、曹公新書曰、己二而敵一、則一術爲正、一術爲奇。己五而敵一、則三術爲正、二術爲奇。此言大略爾。
せいいわく、あんずるに、曹公そうこう新書しんしょいわく、おのれにしててきいちならば、すなわいちじゅつせいし、いちじゅつせ。おのれにしててきいちならば、すなわさんじゅつせいし、じゅつせ、と。たいりゃくうのみ。
  • 案 … 考えてみると。思うに。『直解』では「按」に作る。
  • 曹公 … 曹操。155~220。三国時代、魏の始祖。はいこくしょうあん省)の人。あざなは孟徳。幼名はまん。184年、黄巾の乱を平定して名を挙げ、196年、献帝を擁して大将軍となった。200年、官渡の戦いで袁紹を破り、華北を統一した。208年、赤壁の戦いに敗れ、三国が併存することとなった。216年、魏王に封ぜられた。死後、武帝と称された。ウィキペディア【曹操】参照。
  • 新書 … 曹操が著した兵法書。現在は伝わっていない。
  • 己二而敵一 … わが軍の兵力が敵軍の二倍ならば。
  • 一術為正、一術為奇 … 半分の兵力を正兵とし、もう半分の兵力を奇兵とする。
  • 己五而敵一 … わが軍の兵力が敵軍の五倍ならば。
  • 三術為正、二術為奇 … 五分の三の兵力を正兵とし、五分の二の兵力を奇兵とする。
  • 大略 … おおよそ。あらまし。
  • 爾 … 『直解』では「耳」に作る。
唯孫武云、戰勢不過奇正、奇正之變、不可勝窮。奇正相生、如循環之無端。孰能窮之。斯得之矣。安有素分之邪。
そんう、たたかいのいきおいはせいぎざるも、せいへんは、げてきわからず。せいあいしょうずること、じゅんかんはしきがごとし。たれこれきわめんや、と。これたり。いずくんぞもとよりこれかつことらんや。
  • 孫武 … 孫子のこと。孫子は尊称。ここでは孫子の兵法を指す。
  • 戦勢不過奇正~孰能窮之 … 戦闘の態勢は奇と正の二つ以外にはないが、奇と正との組み合わせによる変化は多すぎて、全部を窮め尽くすことができない。奇と正とが互いに生まれ出てくることは、丸い輪が廻って終点のないようなものである。誰がそれを窮めることができようか。『孫子』勢篇の言葉。
  • 斯得之矣 … これは奇正の説明の要点を得ている。
  • 安有素分之邪 … どうしてあらかじめ奇と正とを分けることができようか、いや分けられない。
  • 安 … 「いずくんぞ~ん(や)」と読み、「どうして~(する)のか、いや~ない」と訳す。反語の意を示す。
  • 邪 … 『直解』では「耶」に作る。
若士卒未習吾法、偏裨未熟吾令、則必爲之二術、教戰時、各認旗鼓、迭相分合。故曰、分合爲變。此教戰之術爾。
そついまほうならわず、へんいまれいじゅくさざれば、すなわかならこれじゅつし、たたかいをおしうるとき各〻おのおの旗鼓きこみとめて、たがいにあい分合ぶんごうせしむ。ゆえいわく、分合ぶんごうしてへんす、と。たたかいをおしうるのじゅつのみ。
  • 士卒 … 将校・下士官と、兵卒の総称。ここでは兵卒を指す。
  • 偏裨 … 副将・偏将。
  • 為之二術 … 部隊を二つに分けること。
  • 教戦時 … 軍事について訓練するとき。
  • 旗鼓 … 軍旗と太鼓。軍隊の進退の合図として使う。
  • 迭相分合 … 部隊を互いに分散あるいは集合させる。
  • 分合 … 部隊の分散と集合。
  • 分合為変 … 部隊を分散あるいは集合させることによって、様々な変化をなす。『孫子』軍争篇の言葉。
  • 此教戦之術爾 … これは軍事についての訓練だけである。
  • 爾 … 『直解』では「耳」に作る。
教閲既成、衆知吾法、然後如驅羣羊、由將所指。孰分奇正之別哉。
きょうえつすでり、しゅうほうりて、しかのち群羊ぐんようるがごとく、しょうところるのみ。たれせいべつかたんや。
  • 教閲 … 教練。訓練。
  • 衆 … すべての兵士。
  • 成 … 終了する。完了する。
  • 法 … 戦い方。戦法。
  • 群羊 … 多くの羊。
  • 由将所指 … 将軍の指揮するがままに行動する。「指」は、「ゆびさす」と読んでも良い。
  • 孰分奇正之別哉 … 誰が奇と正とを区別するだろうか、いや誰も区別しない。奇と正との区別を設ける必要などない。
  • 孰 … 「たれか~ん(や)」と読み、「だれが~するのか、いやだれも~しない」と訳す。反語。「誰」と同じ。
孫武所謂、形人而我無形、此乃奇正之極致。是以素分者教閲也。臨時制變者、不可勝窮也。
そん所謂いわゆるひとけいせしめてわれけいしとは、すなわせいきょくなり。ここもっもとよりけるものきょうえつなり。ときのぞんでへんせいするものは、げてきわからざるなり。
  • 孫武 … 孫子のこと。孫子は尊称。ここでは孫子の兵法を指す。
  • 形人而我無形 … こちらには敵の陣形がよくわかるが、敵には我が軍の陣形が見えない。『孫子』虚実篇の言葉。
  • 極致 … 最高の状態。
  • 是以 … 「ここをもって」と読み、「こういうわけで」「このゆえに」「それゆえに」「だから」と訳す。「以是」は「これをもって」と読み、「この点から」「これにより」「これを用いて」と訳す。
  • 素分者教閲 … あらかじめ奇と正とを区別したのは訓練のための便宜である。
  • 制変 … 変化を制する。変化を支配する。
  • 不可勝窮也 … 多すぎて窮め尽くすことができない。
  • 不可勝 … 「~はあげて…すべからず」「~は…するにたうべからず」と読み、「~は(多すぎて)…しきれない」と訳す。
太宗曰、深乎、深乎。曹公必知之矣。但新書所以授諸將而已。非奇正本法。
太宗たいそういわく、ふかきかな、ふかきかな。曹公そうこうかならこれれり。新書しんしょしょしょうさずくる所以ゆえんのみ。せい本法ほんぽうあらず。
  • 深乎 … 深遠なるかな。
  • 曹公 … 曹操。
  • 必知之矣 … 奇正の根本の意義を悟っていたに違いない。
  • 新書所以授諸將而已 … 『新書』は配下の将軍たちに、兵法の極意を授けるためだけに書かれたものである。
  • 而已 … 「のみ」と読み、「~だけ」と訳す。強い限定・断定の意を示す。
  • 本法 … 本義。根本の意義。
巻上
1 太宗曰、高麗数侵新羅……
2 太宗曰、朕破宋老生……
3 太宗曰、凡兵却、皆謂之奇乎……
4 太宗曰、奇正素分之歟……
5 太宗曰、曹公云、奇兵旁撃……
6 太宗曰、分合為変者、奇正……
7 太宗曰、古人臨陣出奇、攻人……
8 太宗曰、黄帝兵法、世握奇文……
9 太宗曰、陣数有九。中心零者……
10 太宗曰、漢張良、韓信、序次……
11 太宗曰、春秋楚子二廣之法……
12 太宗幸霊州回、召靖賜坐曰……
13 太宗曰、諸葛亮言、有制之兵……
14 太宗曰、蕃兵唯勁馬奔衝……
15 太宗曰、近契丹、奚皆内属……