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孫子 虚實きょじつ

孫子曰、凡先處戰地、而待敵者佚、後處戰地、而趨戰者勞。
そんわく、およさきせんりててきものいっし、おくれてせんりてたたかいにおもむものろうす。
  • 虚実篇 … 『武経本』では「虚実第六」に作る。
  • 先処戦地 … 先に戦地に到着して。
  • 待敵者佚 … 敵を待ち受けている者は、余裕をもって戦うことができる。
  • 佚 … 安佚。安楽。
  • 後処戦地 … 遅れて戦地に到着して。
  • 趨戦者労 … 急いで戦いを始める者は、苦しい戦いとなる。
故善戰者、致人而不致於人。
ゆえたたかものは、ひといたしてひといたされず。
  • 致人而不致於人 … 敵を思うがままに動かし、敵の思い通りには動かされない。「人」は敵。「致」は思うままに使う。
能使敵人自至者、利之也。
敵人てきじんをしてみずかいたらしむるは、これすればなり。
  • 能使敵人自至者 … 敵軍が自分からやって来るように仕向けられるのは。
  • 利之也 … 敵に利益を見せて誘うからである。
能使敵人不得至者、害之也。
敵人てきじんをしていたるをざらしむるは、これがいすればなり。
  • 能使敵人不得至者 … 敵軍が来られないように仕向けられるのは。
  • 害之也 … 敵に害があると思わせるからである。
故敵佚能勞之、飽能饑之、安能動之。
ゆえてきいっすればこれろうし、けばこれえしめ、やすんずればこれうごかす。
  • 敵佚能労之 … 敵が安楽な状態にあれば、疲労するように仕向ける。
  • 飽能饑之 … 敵の食糧が充分であれば、飢えるように仕向ける。「饑」は『武経本』では「飢」に作る。
  • 安能動之 … 敵が安定しているときは、動揺するように仕向ける。
出其所不趨、趨其所不意。
おもむかざるところで、おもわざるところおもむく。
  • 出其所不趨 … 敵が駆けつけられない所に進撃する。「趨」は、足早に行くこと。さっさとある方向に進むこと。
  • 趨其所不意 … 敵の思いもよらない所に急ぎ進出する。
行千里而不勞者、行於無人之地也。
せんきてろうせざるは、じんけばなり。
  • 行千里而不勞者 … 千里の長い道のりを行軍しても疲れないのは。
  • 千里 … 遥か彼方の意。古代中国の一里は約四百メートル。
  • 行於無人之地也 … 敵のいない所を行軍するからである。
攻而必取者、攻其所不守也。
めてかならるは、まもらざるところむればなり。
  • 攻而必取者 … 敵を攻撃して必ず奪取するのは。
  • 攻其所不守也 … 敵が守っていない所を攻撃するからである。
守而必固者、守其所不攻也。
まもりてかならかたきは、めざるところまもればなり。
  • 守而必固者 … 守備をすれば必ず守り抜くのは。
  • 守其所不攻也 … 敵が攻撃してこない所を守るからである。
故善攻者、敵不知其所守。
ゆえむるものには、てきまもところらず。
  • 善攻者 … 攻撃の巧みな者にかかると。
  • 敵不知其所守 … 敵はどこを守備すればよいかわからなくなる。
善守者、敵不知其所攻。
まもものは、てきむるところらず。
  • 善守者 … 守備の巧みな者にかかると。
  • 敵不知其所攻 … 敵はどこを攻撃すればよいかわからなくなる。
微乎微乎、至於無形。
なるかななるかな、けいいたる。
  • 微乎微乎 … 何と微妙なことであろうか。
  • 至於無形 … 陣形がないように見える。
神乎神乎、至於無聲。
しんなるかなしんなるかな、せいいたる。
  • 神乎神乎 … 何と神妙なことであろうか。
  • 神 … 人智では測り知れない不思議な働きのこと。神妙。
  • 至於無声 … 音を立てずに進撃してくる。
故能爲敵之司命。
ゆえてきめいす。
  • 故能為敵之司命 … だからこそ、敵の生殺与奪の権を自在に操ることができる。「司命」は、生殺与奪の権を握るもの。
進而不可禦者、衝其虚也。
すすみてふせからざるは、きょけばなり。
  • 進而不可禦者 … 進撃して敵がそれを防ぎきれないというのは。「禦」は「防」とほぼ同じ。
  • 衝其虚也 … 敵の盲点を衝くからである。
退而不可追者、速而不可及也。
退しりぞきてからざるは、すみやかにしておよからざればなり。
  • 退而不可追者 … 退却する時に、敵が追いつけないというのは。
  • 速而不可及也 … 我が軍がすばやく退却するので、追いつけないのである。
故我欲戰、敵雖高壘深溝、不得不與我戰者、攻其所必救也。
ゆえわれたたかわんとほっすれば、てきるいたかくしこうふかくすといえども、われたたかわざるをざるは、かならすくところむればなり。
  • 高塁深溝 … 土塁を高く築き、堀を深く掘って守りを固める。「塁」は、土を盛り上げて築いた小さなとりで。土塁。
  • 不得不与我戦者 … 我が軍と戦わざるを得なくなるのは。
  • 攻其所必救也 … 敵が必ず助けに行かなければならない所を攻撃するからである。
我不欲戰、畫地而守之、敵不得與我戰者、乖其所之也。
われたたかいをほっせざれば、かくしてこれまもるも、てきわれたたかうをざるは、ところそむけばなり。
  • 我不欲戦 … 我が軍が戦いたくないと思うときは。
  • 画地而守之 … 地面に防衛線を描いただけで、守りがどんなに手薄であっても。
  • 畫 … 『武経本』では「雖畫」に作る。
  • 敵不得与我戦者 … 敵が我が軍と戦うことができないのは。
  • 乖其所之也 … 敵が攻撃する我が陣地をらしてしまうからである。
故形人而我無形、則我專而敵分。
ゆえひとかたちせしめてわれかたちなければ、すなわわれあつまりててきは分かる。
  • 形人而我無形 … こちらには敵の陣形がよくわかり、敵には我が軍の陣形が見えなければ。
  • 我専而敵分 … 我が軍は兵力を集中でき、敵は兵力を分散することになる。
我專爲一、敵分爲十、是以十攻其一也。
われあつまりていつり、てきかれてじゅうらば、じゅうもっいつむるなり。
  • 我専為一 … 我が軍は集中して一つの部隊となる。
  • 我専為一 … 敵軍は分散して十の部隊となれば。
  • 是以十攻其一也 … 我が軍は敵の十倍の兵力でもって、こちらの十分の一の兵力である敵を攻めることになる。
則我衆而敵寡。
すなわわれおおくしててきすくなし。
  • 我衆而敵寡 … 我が軍の兵力が多く、敵の兵力が少ないのと同じことである。
  • 而 … 『武経本』にはこの字なし。
能以衆撃寡者、則吾之所與戰者約矣。
しゅうもってば、すなわわれともたたかところものやくなり。
  • 能以衆撃寡者 … 多くの兵で少ない兵を攻撃することができれば。「衆」は、人数の多いこと。「寡」は、人数の少ないこと。
  • 吾之所与戦者約矣 … 我が軍と戦う敵はいつも弱小である。「約」は、ここでは貧弱。弱小。
吾所與戰之地不可知。
ともたたかところからず。
  • 吾所与戦之地不可知 … 我が軍と戦う場所を敵は知ることができない。
不可知、則敵所備者多。
からざれば、すなわてきそなうるところものおおし。
  • 敵所備者多 … 敵は備えなければならない場所が多くなる。
敵所備者多、則吾所與戰者寡矣。
てきそなうるところものおおければ、すなわともたたかところものすくなし。
  • 吾所与戦者寡矣 … 我が軍と戦う敵は分散するので少数となる。
故備前則後寡、備後則前寡、備左則右寡、備右則左寡。
ゆえまえそなうればすなわうしすくなく、うしろにそなうればすなわまえすくなく、ひだりそなうればすなわみぎすくなく、みぎそなうればすなわひだりすくなし。
  • 備前則後寡 … 前方を守備すれば、後方が手薄となる。
  • 備後則前寡 … 後方を守備すれば、前方が手薄となる。
  • 備左則右寡 … 左側を守備すれば、右側が手薄となる。
  • 備右則左寡 … 右側を守備すれば、左側が手薄となる。
無所不備、則無所不寡。
そなえざるところければ、すなわすくなからざるところし。
  • 無所不備 … すべての場所を守備しようとすれば。
  • 則無所不寡 … すべての場所で手薄となる。
寡者備人者也。
すくなきはひとそなうるものなり。
  • 寡者備人者也 … 兵力が少ないというのは、分散して敵に備えなければならないからである。
衆者使人備己者也。
おおきはひとをしておのれそなえしむるものなり。
  • 衆者使人備己者也 … 兵力が多いというのは、敵を分散させて我が軍の攻撃に備えさせるからである。
故知戰之地、知戰之日、則可千里而會戰。
ゆえたたかいのり、たたかいのれば、すなわせんにして会戦かいせんし。
  • 知戦之地 … 戦いの場所を知る。
  • 知戦之日 … 戦いの日時を知るならば。
  • 可千里而会戦 … 千里も離れた遠い所であっても合戦すべきである。
  • 千里 … 遥か彼方の意。古代中国の一里は約四百メートル。
不知戰地、不知戰日、則左不能救右、右不能救左、前不能救後、後不能救前。
たたかいのらず、たたかいのらざれば、すなわひだりみぎすくうことあたわず、みぎひだりすくうことあたわず、まえうしろをすくうことあたわず、うしろはまえすくうことあたわず。
  • 左不能救右 … 左側の部隊は右側の部隊を救援することができない。
  • 右不能救左 … 右側の部隊は左側の部隊を救援することができない。
  • 前不能救後 … 前方の部隊は後方の部隊を救援することができない。
  • 後不能救前 … 後方の部隊は前方の部隊を救援することができない。
而況遠者數十里、近者數里乎。
しかるをいわんやとおきはすうじゅうちかきはすうなるをや。
  • 而況遠者数十里、近者数里乎 … まして、数里も数十里も離れた所にいる味方の軍隊を救援できないのは当然である。
  • 而況 … まして、その上に。
以吾度之、越人之兵雖多、亦奚益於勝敗哉。
われもっこれはかるに、越人えつひとへいおおしといえども、なんしょうはいえきあらん。
  • 以吾度之 … 私が考えてみるのに。
  • 越人之兵雖多 … 越の国の兵が多いといっても。
  • 越 … 春秋時代にあった国。越王勾践の頃、最も栄えた。ウィキペディア【】参照。
  • 奚益於勝敗哉 … それがどうして勝敗に有利になるといえるのだろうか(いや、いえない)。
  • 奚 … 「なんぞ~(ならんや)」と読み、「どうして~であろうか(いや~ではない)」「どうして~しようか(いや~しない)」と訳す。反語の意を示す。
  • 敗 … 『武経本』にはこの字なし。
故曰、勝可爲也。
ゆえわく、かちきなり。
  • 勝可為也 … 勝利というのは、人が作り出すものである。
敵雖衆、可使無闘。
てきおおしといえども、たたかうことからしむし。
  • 敵雖衆 … 敵がいかに多くいようとも。
  • 可使無闘 … 敵を分散させて、戦えないように仕向ければよいのである。
故策之而知得失之計、作之而知動靜之理、形之而知死生之地、角之而知有餘不足之處。
ゆえこれはかりて得失とくしつけいり、これおこして動静どうせいり、これあらわしてせいり、これれてゆうそくところる。
  • 策之而知得失之計 … 敵の状況をあれこれ思案し、利害損得の計算をして知る。
  • 作之而知動静之理 … 敵を挑発して動かし、その行動の基準を知る。
  • 形之而知死生之地 … 敵の陣形をあらわにさせ、敗れる地勢と敗れない地勢とを知る。
  • 角之而知有余不足之処 … 敵と小競り合いをして、優勢な所と手薄な所とを知る。
故形兵之極、至於無形。
ゆえへいあらわすのきょくは、けいいたる。
  • 形兵之極 … 軍の形を現す最上の形は。
  • 至於無形 … 形をなくすことである。
無形、則深間不能窺、智者不能謀。
けいなれば、すなわ深間しんかんうかがうことあたわず、しゃはかることあたわず。
  • 深間不能窺 … 間者かんじゃも、軍の作戦計画を窺い知ることができない。
  • 深間 … 間者。間諜。スパイ。
  • 智者不能謀 … 敵の知恵者もあれこれ対策を立てることができない。
因形而錯勝於衆、衆不能知。
かたちりてかちくも、しゅうることあたわず。
  • 因形而錯勝於衆 … 敵の形に応じて勝利を得られるが。「錯」は、元は置くの意。「錯勝」は、ここでは勝利を得る。勝利を収める。
  • 錯 … 『武経本』では「措」に作る。
  • 衆不能知 … 多くの味方の兵は知ることができない。「衆」は、多くの味方の兵、多くの敵兵、一般の人々等、解釈が分かれる。
人皆知我所以勝之形、而莫知吾所以制勝之形。
ひとみな所以ゆえんかたちるも、かちせいする所以ゆえんかたちることし。
  • 人 … 一般の人、敵人、味方の人等、解釈が分かれる。
  • 知我所以勝之形 … 我が軍が勝った形を知ることはできるが。
  • 莫知吾所以制勝之形 … 我が軍が戦う前にすでに勝ちを制していた形を知らない。
故其戰勝不復、而應形於無窮。
ゆえたたかつやふたたびせずして、かたちきゅうおうず。
  • 其戦勝不復 … 敵と戦い勝つのに、二度と同じ陣形は繰り返さない。
  • 応形於無窮 … 勝つ陣形は、敵の態勢に応じて無限に変化するものである。
  • 無窮 … 窮まりがない。限りがない。果てしがない。無限。
夫兵形象水。
へいかたちみずかたどる。
  • 夫 … そもそも。
  • 兵形 … 軍隊の取る形。
  • 象水 … 水の形に似ている。
  • 象 … 「かたどる」と読む。似る。似ている。俗語。
水之形避高而趨下、兵之形避實而撃虚。
みずかたちたかきをけてひくきにおもむき、へいかたちじつけてきょつ。
  • 水之形避高而趨下 … 水の形は高い所を避けて、低い所へ向かって行く。
  • 下 … 「低」と同じ。
  • 趨 … 向かって行く。
  • 兵之形避実而撃虚 … 軍の形も兵力の充実している所を避けて、隙のある所を攻撃する。
  • 実 … 兵力の充実している所。
  • 虚 … 備えが手薄な所。隙のある所。
水因地而制流、兵因敵而制勝。
みずりてながれをせいし、へいてきりてちをせいす。
  • 水因地而制流 … 水は地形に従って流れを決める。
  • 兵因敵而制勝 … 戦いも敵の態勢に応じて勝利を勝ち取る。
故兵無常勢、水無常形。
ゆえへいじょうせいく、みずじょうけいし。
  • 兵無常勢 … 戦いには常に決まった態勢というものはない。
  • 常勢 … 常の有様。定まった状態のこと。
  • 水無常形 … 水には常に決まった形というものはない。
能因敵變化而取勝者、謂之神。
てきりてへんしてかちものこれしんう。
  • 能因敵変化而取勝者 … 敵の態勢に従って変化しながら勝利を得る者。
  • 謂之神 … これを神妙という。
  • 神 … 人智では測り知れない不思議な働きのこと。神妙。
故五行無常勝、四時無常位、日有短長、月有死生。
ゆえぎょう常勝じょうしょうく、しいじょうく、たんちょうり、つきせいり。
  • 五行 … 万物を構成する五つの元素。もくごんすいの五つ。ウィキペディア【五行思想】参照。
  • 無常勝 … 常に勝つものがない。水は火に勝ち、火は金に勝ち、金は木に勝ち、木は土に勝ち、土は水に勝つという「五行相克そうこくせつ(または五行そうしょうせつ)」を指す。
  • 四時 … 「しいじ」と読む。「しじ」の延音。四季。春夏秋冬。
  • 無常位 … いつまでも居座るものはない。常に止まっているものはない。常に移り変わる。「常位」は『武経本』では「恒位」に作る。
  • 日 … 太陽。
  • 有短長 … 日の出から日の入りまでの時間に長短の変化がある。
  • 月有死生 … 月にも満ち欠けがある。
計篇 作戦篇
謀攻篇 形篇
勢篇 虚実篇
軍争篇 九変篇
行軍篇 地形篇
九地篇 火攻篇
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