李衛公問対 巻上〔一〕
太宗曰、高麗數侵新羅。
太宗曰く、高麗数〻新羅を侵す。
- ウィキソース「唐李問對/卷上」参照。
- 高麗 … 国名。高句麗の別称。918年から1392年まで朝鮮半島に存在した王朝の「高麗」とは別の国。紀元前1世紀から紀元7世紀にかけて、中国東北部(旧満州)から朝鮮北部を支配し、新羅・百済とともに朝鮮半島を三分した。668年、唐と新羅の連合軍に滅ぼされた。「高麗」とも。ウィキペディア【高句麗】参照。
- 新羅 … 国名。四世紀中頃から台頭し、六世紀半ばに任那を、七世紀後半には百済や高句麗を滅ぼして、朝鮮で最初の統一王朝となった。935年、高麗に滅ぼされた。「新羅」とも。ウィキペディア【新羅】参照。
- 数 … 「しばしば」と読み、「たびたび」と訳す。書き下し文では「〻」(二の字点)が用いられ、「数〻」と表記されることが多い。
- 侵 … 侵略する。
朕遣使諭、不奉詔、將討之。如何。
朕、使いを遣わして諭せども、詔を奉ぜず、将に之を討たんとす。如何。
- 朕 … 古代の一人称代名詞。われ。わが。なお、秦の始皇帝から、天子だけが用いる一人称代名詞となった。
- 使 … 使者。
- 遣 … 命令して出向かせること。派遣すること。『直解』では「譴」に作る。
- 諭 … 言いきかせる。
- 詔 … 天子の命令。
- 奉 … 目上の人からの命令を謹んで受け、それに従うこと。
靖曰、探知蓋蘇文、自恃知兵、謂中國無能討。
靖曰く、蓋蘇文を探知するに、自ら兵を知るを恃んで、中国能く討つこと無しと謂う。
故違命。臣請師三萬擒之。
故に命に違う。臣、師三万を請うて之を擒にせん。
- 違命 … 命令に従わない。
- 臣 … 臣下が君主に対し、へりくだっていう自称の言葉。わたくし。
- 師 … 軍隊。「師団」の略。
- 擒 … 生けどりにすること。虜。俘虜。捕虜。
太宗曰、兵少地遥。以何術臨之。
太宗曰く、兵少なく地遥かなり。何の術を以てか之に臨まん。
- 地遥 … 戦場がはるか遠いこと。
- 術 … 戦術。
靖曰、臣以正兵。
靖曰く、臣、正兵を以てせん。
- 正兵 … 正々堂々と陣を組んで敵と戦う軍隊のこと。反対語は「奇兵」。
太宗曰、平突厥時用奇兵。今言正兵何也。
太宗曰く、突厥を平げし時、奇兵を用いたり。今、正兵と言うは何ぞや。
- 突厥 … 六世紀中頃から八世紀にかけて、モンゴルから中央アジアを支配したトルコ系遊牧民族とその遊牧国家。ウィキペディア【突厥】参照。
- 奇兵 … 敵の不意を討つ役割をする軍隊のこと。反対語は「正兵」。
靖曰、諸葛亮七擒孟獲。無他道也。正兵而已矣。
靖曰く、諸葛亮、七たび孟獲を擒にせり。他の道無し。正兵のみ。
- 諸葛亮 … 181~234。三国時代、蜀の忠臣。琅邪陽都(現在の山東省沂南県)の人。字は孔明。はじめ襄陽の隆中に隠棲し臥竜といわれていた。劉備の三顧の礼に応じて仕え、活躍した。詩文に「出師表」「梁父吟」などがある。ウィキペディア【諸葛亮】参照。
- 孟獲 … 三国時代の南中の武将。ウィキペディア【孟獲】参照。
- 七擒 … 七度虜にする。諸葛亮が孟獲を七度逃がしてやり、七度捕らえた故事に基づく。『三国志』蜀書・諸葛亮伝の注に「亮笑いて縦ち、更に戦わしめ、七縦七禽するも、亮猶お獲を遣らんとす。獲、止まりて去らず」(亮笑縱、使更戰、七縱七禽、而亮猶遣獲。獲止不去)とある。ウィキソース「三國志/卷35」参照。
太宗曰、晉馬隆討涼州、亦是依八陳圖、作偏箱車。
太宗曰く、晋の馬隆、涼州を討ちしときも、亦た是れ八陣の図に依り、偏箱車を作る。
地廣則用鹿角車營、路狹則爲木屋施於車上。且戰且前。信乎、正兵古人所重也。
地広ければ則ち鹿角車を用いて営し、路狭ければ則ち木屋を為りて車上に施す。且つ戦い且つ前めり。信なるかな、正兵は古人の重ずる所なり。
- 鹿角車 … 古代の兵車の名。車の前に戈戟(長い柄の先に両刃の剣をつけ、槍のように敵を突いて攻める武器)をつけたもの。広い場所で使用する。
- 営 … 舎営すること。
- 木屋 … 木の屋根。
- 且戦且前 … 戦いながら前進する。
靖曰、臣討突厥、西行數千里。若非正兵、安能致遠。
靖曰く、臣、突厥を討ちしとき、西に行くこと数千里。若し正兵に非ずんば、安んぞ能く遠きを致さん。
- 安 … 「いずくんぞ~ん(や)」と読み、「どうして~(する)のか、いや~ない」と訳す。反語の意を示す。
- 遠 … 遠征。
偏箱、鹿角、兵之大要。
偏箱、鹿角は兵の大要なり。
- 偏箱 … 偏箱車。
- 鹿角 … 鹿角車。
- 兵之大要 … 用兵の最も肝要なところ。
一則治力、一則前拒、一則束部伍、三者迭相爲用。斯馬隆所得古法深矣。
一には則ち力を治め、一には則ち前み拒ぎ、一には則ち部伍を束ね、三者迭いに用を相為す。斯れ馬隆の古法を得る所深きなり。
- 治力 … 人力を貯え節約する。人力を掌握する。『孫子』軍争篇に「近きを以て遠きを待ち、佚を以て労を待ち、飽を以て饑を待つ。此れ力を治むる者なり」(以近待遠、以佚待勞、以飽待饑、此治力者也)とある。
- 前拒 … 前進しながら敵を防ぐ。
- 束部伍 … 部隊の隊形を整え、結束をはかる。
- 三者 … 三つの目的。「治力」「前拒」「束部伍」を指す。
- 迭相為用 … 互いによい作用をする。
- 古法 … 古い兵法の精神。ここでは諸葛亮の兵法を指す。