孫子 軍爭篇
- 01 孫子曰、凡用兵之法、将受命……
- 迂直の計
- 02 故軍争為利、軍争為危。……
- 03 故兵以詐立、以利動、以分合……
- 風林火山
- 04 軍政曰、言不相聞、故為金鼓。……
- 05 故三軍可奪気、将軍可奪心。……
- 佚を以て労を待つ
- 正正堂堂
01 孫子曰、凡用兵之法、將受命於君、合軍聚衆、交和而舍、莫難於軍爭。
孫子曰く、凡そ兵を用うるの法は、将、命を君より受け、軍を合し衆を聚め、和を交えて舎まるに、軍争より難きは莫し。
- 軍争篇 … 武経本では「軍争第七」に作る。
- 凡 … およそ。
- 用兵之法 … 戦闘を行なう場合の原則。
- 将 … 将軍。
- 受命於君 … 君主から命令を受けて。
- 合軍聚衆 … 一国の軍を統一し、兵士を集める。
- 交和 … 敵軍と対陣すること。「和」は、軍門。
- 舎 … 宿営する。
- 軍争 … 軍隊同士の争い。具体的には、軍隊が戦場に先着し、態勢を整えるまでの争い。軍隊同士の機先を制する争い。
- 莫難 … 難しいものはない。
軍爭之難者、以迂爲直、以患爲利。
軍争の難きは、迂を以て直と為し、患を以て利と為す。
- 軍争之難者 … 軍隊同士の機先を制する争いが難しいのは。
- 以迂為直 … 遠回りの道を近道に変える。
- 迂 … 遠回り。
- 直 … 直線。近道。
- 以患為利 … 不利な状態を有利な状態に変える。
- 患 … 災難。不利なこと。
- 利 … 有利。
故迂其途、而誘之以利、後人發、先人至。
故に其の途を迂にして、之を誘うに利を以てし、人に後れて発し、人に先んじて至る。
- 迂其途 … 遠回りの道を行くように見せかける。「途」は、道を指す。
- 誘之以利 … 敵を利益で誘って遅らせる。
- 後人発 … 敵より遅れて出発する。「人」は、敵を指す。
- 先人至 … 敵より先に到着する。
此知迂直之計者也。
此れ迂直の計を知る者なり。
- 迂直之計 … 遠回りの道を近道に変える計略。遠回りしているように見せかけて敵を油断させ、敵より早く到着する計略。
02 故軍爭爲利、軍爭爲危。
故に軍争は利たり、軍争は危たり。
- 故 … 武経本にはこの字なし。
- 軍争為利 … 軍隊同士の争いは上手くやれば利益となる。
- 為 … 「たり」と読み、「~である」と訳す。断定の意を示す。
- 軍争為危 … 軍隊同士の争いは危険に陥ることもある。「軍」は武経本では「衆」に作る。
舉軍而爭利、則不及、委軍而爭利、則輜重捐。
軍を挙げて利を争えば則ち及ばず、軍を委てて利を争えば則ち輜重捐てらる。
- 挙軍而争利 … 全軍をあげて有利な地を得ようとして争うならば。
- 不及 … 大軍のため機敏に動けず、敵より先に到着できない。
- 委軍而争利 … 遅れる軍の一部を捨ててでも有利な地を得ようとして争うならば。
- 委 … 捨てる。「棄」と同じ。
- 輜重捐 … 輜重(兵器・食糧などを輸送する)部隊を捨ててしまうことになる。
- 捐 … 捨てる。「棄」と同じ。
是故卷甲而趨、日夜不處、倍道兼行、百里而爭利、則擒三將軍。
是の故に甲を巻きて趨り、曰夜処らず、道を倍して兼行し、百里にして利を争えば、則ち三将軍を擒にせらる。
- 是故 … こういうわけで。
- 巻甲而趨 … よろいを外して、これを巻いて荷物として足ばやに行く。
- 甲 … よろい。
- 趨 … 小走りする。足ばやに行く。
- 日夜不処 … 昼も夜も休まず。
- 倍道兼行 … 道のりを倍にして強行軍を続ける。「倍道」も「兼行」も同じ意。二日かかる行程を夜も歩いて急いで一日で行くこと。
- 百里而争利 … 強行軍をして百里先の有利な地を得ようとすると。古代中国の一里は約四百メートルであるから、百里は約四十キロメートル。
- 擒三将軍 … 上軍・中軍・下軍の三将軍が捕虜となってしまう。「擒」は、捕虜にする。
勁者先、疲者後、其法十一而至。
勁き者は先だち、疲るる者は後れ、其の法、十にして一至る。
- 勁者先 … 身体の頑健な兵士だけが先行する。「勁」は、強い。身体が丈夫なこと。
- 疲者後 … 疲労した兵士は遅れてしまう。
- 其法 … 強行軍の法則として。
- 十一而至 … 十人のうち一人だけが戦場に到着するに過ぎない。
五十里而爭利、則蹶上將軍。其法半至。
五十里にして利を争えば、則ち上将軍を蹶す。其の法、半ば至る。
- 五十里而争利 … 強行軍をして五十里先の有利な地を得ようとすると。古代中国の一里は約四百メートルであるから、五十里は約二十キロメートル。
- 蹶上将軍 … 上軍(先鋒部隊)の大将を敗死させてしまう。「蹶」は、倒す。相手を滅ぼす。「蹶」は『孫子集注』(明嘉靖刊本、『四部叢刊 初篇子部』所収)では「蹷」に作る。同字。
- 其法 … 強行軍の法則として。
- 半至 … 半分の兵しか戦場に到着するに過ぎない。
三十里而爭利、則三分之二至。
三十里にして利を争えば、則ち三分の二至る。
- 三十里而争利 … 強行軍をして三十里先の有利な地を得ようとすると。古代中国の一里は約四百メートルであるから、三十里は約十二キロメートル。
- 三分之二至 … 三分の二の兵しか戦場に到着するに過ぎない。
是故軍無輜重則亡、無糧食則亡、無委積則亡。
是の故に軍に輜重無ければ則ち亡び、糧食無ければ則ち亡び、委積無ければ則ち亡ぶ。
- 軍無輜重則亡 … 軍に輜重(兵器・食糧などを輸送する)部隊がなければ、戦いに敗れ滅びる。
- 糧食 … 食糧。糧秣(兵士の食糧と軍馬のまぐさ)。
- 委積 … 物資の蓄え。
故不知諸侯之謀者、不能豫交。
故に諸候の謀を知らざる者は、予め交わること能わず。
- この文は「九地篇」にも見える。
- 不知諸侯之謀者 … 近隣諸侯たちの胸の内を知らなければ。
- 不能予交 … 前もって諸侯たちと親交を結ぶことができない。
不知山林險阻沮澤之形者、不能行軍。
山林・険阻・沮沢の形を知らざる者は、軍を行ること能わず。
- この文は「九地篇」にも見える。
- 険阻 … 険しい場所。「嶮岨」とも書く。
- 沮沢 … 湿地帯。沼沢地。沮洳とも。
- 形 … 地形。
- 不能行軍 … 軍を進めることができない。行軍することができない。
不用郷導者、不能得地利。
郷導を用いざる者は、地の利を得ること能わず。
- この文は「九地篇」にも見える。
- 不用郷導者 … その土地の道案内を用いなければ。
- 郷導 … 道案内。
- 不能得地利 … 地形がもたらす利益を得ることができない。
03 故兵以詐立、以利動、以分合爲變者也。
故に兵は詐を以て立ち、利を以て動き、分合を以て変を為す者なり。
- 兵以詐立 … 戦争は敵を欺くことをもって根本方針とする。
- 以利動 … 利益を求めて行動する。
- 以分合為変者也 … 部隊を分散あるいは集合させることによって、様々な変化をなすものである。
- 分合 … 部隊の分散と集合。
故其疾如風、其徐如林、侵掠如火、不動如山、難知如陰、動如雷震、掠郷分衆、廓地分利、懸權而動。
故に其の疾きこと風の如く、其の徐かなること林の如く、侵掠すること火の如く、動かざること山の如く、知り難きこと陰の如く、動くこと雷震の如く、郷を掠めて衆を分かち、地を廓めて利を分かち、権を懸けて動く。
- 其疾如風 … 行動の速いことは、風のようである。
- 其 … 軍を指す。
- 疾 … 速い。
- 其徐如林 … 静まり返って待機するのは、林のようである。
- 徐 … 「ゆるやか」とも読む。
- 侵掠如火 … 敵地を襲撃するときは、火の燃え広がるときのようである。
- 侵掠 … 他国に攻め入って領土などを奪い取ること。
- 不動如山 … 時に動かないでいるときは、山のようにどっしりしている。
- 難知如陰 … 軍の態勢の知りにくいのは、暗闇の中のようである。
- 陰 … 暗闇。
- 動如雷震 … 行動を起こすときは、雷が物を震わせるようである。
- 雷震 … 雷が鳴り響いて辺りを震わせること。
- 掠郷分衆 … 村里で物資を奪い取るときは、兵士を分散させる。
- 掠 … 奪い取る。
- 廓地分利 … 土地を奪って広げるときは、そこから生じる利益を兵士に分け与える。
- 廓 … 広げる。
- 懸権而動 … 物事の軽重を考え、適切に行動する。
- 懸権 … 秤に重りをかけて物の重さを測ること。「権」は、秤の重り。
先知迂直之計者勝。
先ず迂直の計を知る者は勝つ。
- 先知迂直之計者勝 … 先に遠回りの道を近道に変える計略を知っている者が勝つ。
此軍爭之法也。
此れ軍争の法なり。
- 此軍争之法也 … これが軍隊同士の争いに用いる原則である。
04 軍政曰、言不相聞、故爲金鼓。
軍政に曰く、言うとも相聞こえず、故に金鼓を為る。
- 軍政 … 古い兵法書。
- 言不相聞 … 口で命令しても遠くまで聞こえないから。
- 為金鼓 … 鐘や太鼓で伝達する。進軍するときは太鼓、止まるときには鐘を使う。武経本では「為之金鼓」に作る。
視不相見、故爲旌旗。
視すとも相見えず、故に旌旗を為る、と。
- 視不相見 … 手で指揮しても遠くまで見えないから。
- 為旌旗 … 旗や幟を使用する。武経本では「為之旌旗」に作る。
夫金鼓旌旗者、所以一人之耳目也。
夫れ金鼓・旌旗は、人の耳目を一にする所以なり。
- 所以一人之耳目也 … 耳目を統一するためのものである。
人既專一、則勇者不得獨進、怯者不得獨退。
人既に専一なれば、則ち勇者も独り進むことを得ず、怯者も独り退くことを得ず。
- 人既専一 … 兵士の心が統一されていれば。
- 勇者不得独進 … 勇猛な者であっても、自分だけが先駆けできない。
- 怯者不得独退 … 臆病者であっても、自分だけ退くことができない。
此用衆之法也。
此れ衆を用うるの法なり。
- 此用衆之法也 … これが大部隊を動かす方法である。
故夜戰多火鼓、晝戰多旌旗、所以變人之耳目也。
故に夜戦に火鼓多く、昼戦に旌旗多きは、人の耳目を変うる所以なり。
- 夜戦多火鼓 … 夜の戦いには、かがり火と太鼓を多く用いる。
- 火鼓 … かがり火と太鼓。武経本では「金鼓」に作る。
- 昼戦多旌旗 … 昼の戦いには、旗や幟を多く用いる。
- 所以変人之耳目也 … こうして敵の耳目を惑わすことができる。
05 故三軍可奪氣、將軍可奪心。
故に三軍には気を奪う可く、将軍には心を奪う可し。
- 故 … 武経本にはこの字なし。
- 三軍可奪気 … 敵の全軍については、その志気を奪い取ることができる。
- 将軍可奪心 … 敵の将軍については、その心を奪い取ることができる。
是故朝氣鋭、晝氣惰、暮氣歸。
是の故に朝の気は鋭、昼の気は惰、暮れの気は帰。
- 朝気鋭 … 朝方には気力が満ちて鋭い。
- 昼気惰 … 昼頃には気力がだらける。
- 暮気帰 … 夕暮れには気力がしぼむ。
故善用兵者、避其鋭氣、擊其惰歸。此治氣者也。
故に善く兵を用うる者は、其の鋭気を避けて、其の惰帰を撃つ。此れ気を治むる者なり。
- 故 … 武経本にはこの字なし。
- 善用兵者 … 戦争に巧みな者。
- 避其鋭気 … 敵の気力が満ちて鋭いときは避ける。
- 撃其惰帰 … 敵の気力がだらけたり、しぼんだりしているときに攻撃する。
- 此治気者也 … これが気力を掌握するということである。
以治待亂、以靜待譁。此治心者也。
治を以て乱を待ち、静を以て譁を待つ。此れ心を治むる者なり。
- 以治待乱 … 味方が整然と統治された状態で、敵が混乱した状態になるのを待つ。
- 以静待譁 … 味方が静まり返った状態で、敵が騒然とした状態になるのを待つ。
- 譁 … 喧しい。「譁」は「嘩」の異体字。
- 此治心者也 … これが心を掌握するということである。
以近待遠、以佚待勞、以飽待饑、此治力者也。
近きを以て遠きを待ち、佚を以て労を待ち、飽を以て饑を待つ。此れ力を治むる者なり。
- 以近待遠 … 味方は戦場の近くにいて、遠くからやって来る敵を待つ。
- 以佚待労 … 味方は十分な休養をとった状態で、疲労した敵を待つ。
- 佚 … 安佚。安楽。
- 以飽待饑 … 味方は腹いっぱいの状態で、飢えている敵を待つ。
- 饑 … 武経本では「飢」に作る。
- 此治力者也 … これが力を掌握するということである。
無邀正正之旗、勿擊堂堂之陳。
正々の旗を邀うること無かれ、堂々の陣を撃つこと勿かれ。
- 正正之旗 … 隊伍を整え、旗を立てて進撃してくる敵の形容。
- 無邀 … 迎え撃ってはならない。「邀」は、迎える。待ち受ける。
- 堂堂之陣 … 堂々と強大な陣を構えてやって来る敵の形容。「陣」と「陳」は同義。
- 勿撃 … 攻撃してはいけない。
- 勿 … 「なかれ」と読み、「~するな」と訳す。禁止・命令の意を示す。
此治變者也。
此れ変を治むる者なり。
- 此治変者也 … これが変化を掌握するということである。
故用兵之法、高陵勿向、背丘勿逆、佯北勿從、鋭卒勿攻、餌兵勿食、歸師勿遏、圍師必闕、窮寇勿迫、此用兵之法也。
故に兵を用うるの法は、高陵には向かう勿かれ、丘を背にするには逆う勿かれ、佯り北ぐるには従う勿かれ、鋭卒には攻むる勿かれ、餌兵には食らう勿かれ、帰師には遏むる勿かれ、囲師には必ず闕き、窮寇には迫る勿かれ。此れ兵を用うるの法なり。
- 用兵之法 … 戦闘を行なう場合の原則。
- 高陵勿向 … 高地にいる敵を攻撃してはならない。
- 高陵 … 高地。高い丘。「陵」は、丘より大きいおか。
- 勿 … 「なかれ」と読み、「~するな」と訳す。禁止・命令の意を示す。
- 背丘勿逆 … 丘を背後にした敵を攻撃してはならない。
- 逆 … 出迎える。
- 佯北勿従 … 偽ってわざと敗走する敵を追撃してはならない。
- 佯北 … わざと負けたふりをして逃げること。「佯」は、偽る。「北」は、敵に背を向けて逃げる。
- 従 … 後ろをついて行く。追撃する。
- 鋭卒勿攻 … よく訓練された強い敵兵を攻撃してはならない。
- 鋭卒 … よく訓練された強い兵士。
- 餌兵勿食 … 囮の敵兵の誘いに乗ってはいけない。
- 餌兵 … 囮の兵士。
- 帰師勿遏 … 逃げ帰ろうとする敵の大部隊を防ぎ止めてはいけない。
- 師 … 大軍。大部隊。「師団」の略。
- 遏 … 防ぎ止める。
- 囲師必闕 … 敵の大部隊を包囲したら、必ず逃げ道を開けておかなければならない。
- 闕 … 欠ける。ここでは囲みの一面を開けること。
- 窮寇勿迫 … 窮地に陥った敵を追いつめてはいけない。
- 窮寇 … 困難な状態に陥っている敵兵。「寇」は、外から攻めこんで荒らす賊。
- 此用兵之法也 … これが戦闘を行なう場合の原則である。
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