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李衛公問対 巻上〔七〕

太宗曰、古人臨陳出奇、攻人不意。斯亦相變之法乎。
太宗たいそういわく、じんじんのぞんでいだし、ひと不意ふいむ。あいへんずるのほうか。
  • ウィキソース「唐李問對/卷上」参照。
  • 古人 … 昔の将軍。
  • 臨陣 … 戦陣に臨んで。敵と対陣して。
  • 陳 … 「陣」と同義。
  • 出奇 … 奇兵を繰り出す。
  • 攻人不意 … 敵に不意討ちを食わせる。「人」は、敵人。
  • 斯亦相変之法乎 … これもまた奇正の変化に従った戦法か。
靖曰、前代戰闘、多是以小術而勝無術、以片善而勝無善。斯安足以論兵法也。
せいいわく、前代ぜんだい戦闘せんとうおおくは小術しょうじゅつもっじゅつち、片善へんぜんもっぜんつ。いずくんぞもっ兵法へいほうろんずるにらんや。
  • 前代戦闘 … 昔の戦争。
  • 以小術而勝無術 … わずかな戦術をもって無策の者に勝つ。
  • 以片善而勝無善 … 戦い方がわずかに巧みなことをもって全く巧みでない者に勝つ。「善」は、よい。上手な。巧みな。
  • 斯安足以論兵法也 … そんなものをもって兵法を論ずるに値しない。
若謝玄之破苻堅、非謝玄之善也。蓋苻堅之不善也。
謝玄しゃげんけんやぶるがごときは、謝玄しゃげんぜんあらざるなり。けだけんぜんなるなり。
  • 謝玄 … 343~388。東晋の名将。字は幼度。陳郡陽夏(河南省)の人。383年、すいの戦いにおいて前秦の苻堅率いる大軍を破り、大勝した。ウィキペディア【謝玄】参照。
  • 苻堅 … 338~385。五胡十六国時代、前秦の第三代皇帝。在位357~385。けんの甥。すいの戦いで東晋に大敗、やがて後秦のようちょうに捕らえられ自殺した。ウィキペディア【苻堅】参照。
  • 非謝玄之善也 … 謝玄の戦い方が巧みであったのではない。
  • 蓋苻堅之不善也 … 思うに苻堅の戦い方がまずかっただけである。
太宗顧侍臣、檢謝玄傳、閲之曰、苻堅甚處是不善。
太宗たいそうしんかえりみて、謝玄しゃげんでんしらべせしめ、これけみしていわく、けんいずれのところぜんなる。
  • 侍臣 … 君主のそば近くに仕える家臣。近侍。
  • 顧 … ここでは呼びつける。
  • 伝 … 伝記。
  • 検 … 調べる。
  • 閲 … 調べながら読む。閲読。
  • 甚処是不善 … どこに戦い方のまずい点があったのか。
  • 甚処 … 「いずれのところ」と読み、「どこに」と訳す。「何処」と同じ。
靖曰、臣觀苻堅載記曰、秦諸軍皆潰敗。唯慕容垂一軍獨全。堅以千餘騎赴之。垂子寶勸垂殺堅。不果。
せいいわく、しんけんさいるに、いわく、しん諸軍しょぐんみな潰敗かいはいす。ようすい一軍いちぐんひとまったし。けんせんもっこれおもむく。すいほうすいけんころすをすすむ。はたさず、と。
  • 苻堅載記 … 『晋書』巻一百十四、載記第十四を指す。ウィキソース「晉書/卷114」参照。「載記」とは、歴史書の中で列国の事情を記録した箇所。ウィキペディア【載記】参照。
  • 秦諸軍~不果 … 『晋書』では「諸軍ことごとついゆ。惟だ慕容垂の一軍独り全し。堅、千余騎を以て之に赴く。垂の子宝、垂に堅を殺すを勧む。垂従わず」(諸軍悉潰。惟慕容垂一軍獨全。堅以千餘騎赴之。垂子寶勸垂殺堅、垂不從)に作る。
  • 秦諸軍 … 前秦の諸軍。
  • 潰敗 … 敗れて壊滅状態となること。
  • 慕容垂 … 326~396。五胡十六国時代、後燕こうえんの初代皇帝。在位384~396。もともと前燕の将軍だったが、すいの戦いでは苻堅の前秦軍側で戦い、苻堅が東晋に大敗するや、後燕を建国した。ウィキペディア【慕容垂】参照。
  • 独全 … ひとりの負傷兵もなく完全に残っていること。
  • 赴之 … 苻堅が慕容垂に保護を求めたこと。ウィキペディア【ヒ水の戦い】参照。
  • 宝 … 355~398。五胡十六国時代、後燕こうえんの第2代皇帝。在位396~398。慕容垂の第4子。ウィキペディア【慕容宝】参照。
  • 不果 … 殺さなかった。「果」は、殺す。
此有以見秦軍之亂、慕容垂獨全。蓋堅爲垂所陷明矣。夫爲人所陷、而欲勝敵、不亦難乎。
もっ秦軍しんぐんみだるるをて、ようすいひとまったきあり。けだけんすいおとしいるるところりしことあきらかなり。ひとおとしいるるところりて、しかしててきたんとほっするは、かたからずや。
  • 秦軍 … 底本では「秦師」に作るが、『直解』に従い改めた。
  • 堅為垂所陥明矣 … 苻堅は慕容垂の術中に陥っていたのは明白である。
  • 為人所陥、而欲勝敵、不亦難乎 … 味方の術中に陥っていながら、それを知らずに敵に勝とうと思うのは無理であろう。
臣故曰、無術焉苻堅之類是也。
しんゆえいわく、じゅつとはけんたぐいれなり、と。
  • 無術焉苻堅之類是也 … 無策とは苻堅のような連中を言うのである。
太宗曰、孫子謂多筭勝少筭。有以知少筭勝無筭。凡事皆然。
太宗たいそういわく、そんえり、さんおおきはさんすくなきにつ、と。もっさんすくなきはさんきにつをり。およことみなしかり。
  • 多算勝少算。有以知少算勝無算 … 敵と味方の軍備の優劣を比較計量した結果、敵より得点が多ければ得点が少ない敵に勝つ。従って味方の得点が少なくても、得点のない敵には勝てることがわかる。『孫子』計篇の言葉。
  • 凡事皆然 … これはすべての事に当てはまる。
巻上
1 太宗曰、高麗数侵新羅……
2 太宗曰、朕破宋老生……
3 太宗曰、凡兵却、皆謂之奇乎……
4 太宗曰、奇正素分之歟……
5 太宗曰、曹公云、奇兵旁撃……
6 太宗曰、分合為変者、奇正……
7 太宗曰、古人臨陣出奇、攻人……
8 太宗曰、黄帝兵法、世握奇文……
9 太宗曰、陣数有九。中心零者……
10 太宗曰、漢張良、韓信、序次……
11 太宗曰、春秋楚子二廣之法……
12 太宗幸霊州回、召靖賜坐曰……
13 太宗曰、諸葛亮言、有制之兵……
14 太宗曰、蕃兵唯勁馬奔衝……
15 太宗曰、近契丹、奚皆内属……