李衛公問対 巻上〔五〕
太宗曰、曹公云、奇兵旁擊。卿謂若何。
太宗云く、曹公云う、奇兵は旁より撃つ、と。卿は若何と謂う。
- ウィキソース「唐李問對/卷上」参照。
- 奇兵旁撃 … 奇兵とは側面から敵を攻撃するものである。『孫子』勢篇・曹操の注に「正は敵に当たり、奇兵は傍より不備を撃つなり」(正者當敵、奇兵從傍擊不備也)とある。
- 卿 … 君主が重臣を尊んで呼ぶ言葉。
- 若何 … 「いかん」と読み、「どうであるか」と訳す。内容・状態・真偽を問う疑問の意を示す。「如何」「云何」「何如」「何奈」「何若」等と同じ。
靖曰、臣按、曹公注孫子曰、先出合戰爲正、後出爲奇。此與旁撃之説異焉。
靖曰く、臣按ずるに、曹公、孫子を注して曰く、先ず出でて合戦するを正と為し、後に出づるを奇と為す、と。此れ旁より撃つの説と異なれり。
- 臣 … 臣下が君主に対し、へりくだっていう自称の言葉。わたくし。
- 按 … 「あんずるに」と読み、「考えてみると」と訳す。
- 曹公注孫子曰 … 『孫子』勢篇・曹操の注を指す。
- 先出合戦為正、後出為奇 … 先ず出て合戦するのが正であり、後から出て戦うのが奇である。
- 説 … 底本では「拘」に作るが、『直解』に従い改めた。
臣愚謂、大衆所合爲正、將所自出爲奇。烏有先後旁擊之拘哉。
臣愚にして謂えらく、大衆の合する所を正と為し、将の自ら出す所を奇と為す。烏くんぞ先後旁撃の拘り有らんや。
- 大衆所合為正 … 主力部隊の合戦を正とする。「大衆」は、ここでは主力部隊の意。
- 将所自出為奇 … 将軍自らが出撃するところを奇とする。
- 烏有先後旁撃之拘哉 … どうして先方とか後方とか、または両わきから撃つとかいうことと関係があろうか、いや関係ない。
- 烏 … 「いずくんぞ~」と読み、「どうして~か、いや~ない」と訳す。反語の意を示す。「安」「焉」「悪」と、意味・用法ともに同じ。
- 先後 … 先方と後方。底本では「失後」に作るが、『直解』に従い改めた。
- 旁撃 … 両わきから撃つこと。
- 拘 … 関わり。関係。
太宗曰、吾之正、使敵視以爲奇、吾之奇、使敵視以爲正。斯所謂形人者歟。以奇爲正、以正爲奇、變化莫測。斯所謂無形者歟。
太宗曰く、吾の正、敵をして視て以て奇と為さしめ、吾の奇、敵をして視て以て正と為さしむ。斯れ所謂人を形せしむる者か。奇を以て正と為し、正を以て奇と為し、変化測ること莫し。斯れ所謂形無き者か。
靖再拜曰、陛下神聖、逈出古人。非臣所及。
靖再拝して曰く、陛下は神聖にして、迥かに古人に出づ。臣の及ぶ所に非ず。
- 再拝 … 二度御辞儀をする。丁寧に御辞儀をすること。
- 神聖 … 清らかで尊いこと。
- 迥出古人 … 昔の兵法家を遥かに上回っている。「古人」は、昔の兵法家を指す。
- 非臣所及 … わたくしの遠く及ばないところです。