李衛公問対 巻上〔三〕
太宗曰、凡兵却、皆謂之奇乎。靖曰、不然。夫兵却、旗參差而不齊、鼓大小而不應、令喧嚻而不一、此眞敗者也。非奇也。
太宗曰く、凡そ兵の却くは、皆之を奇と謂うか。靖曰く、然らず。夫れ兵却くとき、旗、参差にして斉しからず、鼓、大小にして応ぜず、令、喧囂にして一ならざるは、此れ真に敗るる者なり。奇に非ざるなり。
- ウィキソース「唐李問對/卷上」参照。
- 不然 … そうではありません。
- 参差 … 高低の差があって、ふぞろいな様子。
- 鼓 … 金鼓。進軍するときは太鼓、止まるときには鐘を使う。
- 不応 … 各隊が呼応しない。
- 令 … 号令。
- 喧囂 … やかましいこと。騒がしいこと。
- 不一 … 一致しない。まとまらない。
- 敗 … 敗走。
- 者 … 底本では「却」に作るが、『直解』に従い改めた。
若旗齊鼓應、號令如一、紛紛紜紜、雖退走、非敗也。必有奇也。法曰、佯北勿追。又曰、能而示之不能。皆奇之謂也。
若し旗斉しく鼓応じ、号令一の如きは、紛紛紜紜として、退き走ると雖も、敗るるに非ざるなり。必ず奇有るなり。法に曰く、佯って北ぐるは追うこと勿かれ、と。又曰く、能なるも之に不能を示す、と。皆奇の謂なり。
太宗曰、霍邑之戰、右軍少却、其天乎。老生被擒、其人乎。
太宗曰く、霍邑の戦いに、右軍少しく却きしは、其れ天なるか。老生の擒にせられしは、其れ人なるか。
- 霍邑之戦 … 617年、霍邑(現在の山西省臨汾市)において、宋老生が太宗に破れた戦いのこと。ウィキペディア【霍邑之战】(中文)参照。
- 右軍 … 陣立ての右にある軍。右翼の軍。
- 天 … 天の助け。天佑。
- 人 … 人力の致すところ。
靖曰、若非正兵變爲奇、奇兵變爲正、則安能勝哉。故善用兵者、奇正在人而已。變而神之。所以推乎天也。太宗俛首。
靖曰く、若し正兵変じて奇と為り、奇兵変じて正と為るに非ずんば、則ち安んぞ能く勝たんや。故に善く兵を用うる者は、奇正は人に在るのみ。変じて之を神にす。天に推す所以なり。太宗俛首す。
- 安能勝哉 … どうして勝つことができようか、いや勝てない。
- 安 … 「いずくんぞ~ん(や)」と読み、「どうして~(する)のか、いや~ない」と訳す。反語の意を示す。
- 神 … 神妙で人の知恵では測れない不可思議なこと。
- 推乎天 … 天の意思に任せている。
- 俛首 … 頷く。首肯すること。「俛」は、頭を垂れること。「俛」とも発音する。