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李衛公問対 巻上〔八〕

太宗曰、黃帝兵法、世握奇文。或謂爲握機文。何謂也。
太宗(たいそう)曰(いわ)く、黄帝(こうてい)の兵法(へいほう)、世(よ)に握(あく)奇(き)の文(ぶん)を伝(つた)う。或(ある)いは謂(い)いて握(あく)機(き)の文(ぶん)と為(な)す。何(なん)の謂(いい)ぞや。
  • ウィキソース「唐李問對/卷上」参照。
  • 黄帝 … 古代の伝説上の帝王。五帝の一人。名は軒轅(けんえん)。ウィキペディア【黄帝】参照。
  • 握奇文 … 兵法書『握(あく)奇(き)経(けい)』を指す。『握機経』『幄機経』とも。ウィキソース「握奇經」参照。「握奇」は、軍陣の名。全軍をまず九陣に分け、天・地・風・雲の四陣を正といい、龍・虎・鳥・蛇の四陣を奇といい、余りの一陣を握奇という。ウィキペディア【握奇陣】参照。
  • 何謂也 … 奇と機とは何を意味するのか。
靖曰、奇音機。故或傳爲機。其義則一。考其辞云、四爲正、四爲奇、餘奇爲握機。奇餘零也。因此音機。
靖(せい)曰(いわ)く、奇(き)の音(おん)は機(き)なり。故(ゆえ)に或(ある)いは伝(つた)えて機(き)と為(な)す。其(そ)の義(ぎ)は則(すなわ)ち一(いち)なり。其(そ)の辞(じ)を考(かんが)えるに云(いわ)く、四(し)を正(せい)と為(な)し、四(し)を奇(き)と為(な)し、余奇(よき)を握(あく)機(き)と為(な)すと。奇(き)は余(よ)零(れい)なり。此(こ)の音(おん)機(き)なるに因(よ)る。
  • 奇音機 … 奇と機とは発音が同じである。
  • 其義則一 … その意味するところは同一である。
  • 辞 … 言葉。底本では「詞」に作るが、『直解』に従い改めた。同義。
  • 四為正 … 天・地・風・雲の四陣を正とする。
  • 四為奇 … 龍・虎・鳥・蛇の四陣を奇とする。
  • 余奇為握機 … 余奇を握機とする。「余奇」は軍陣の名。握奇・握機と同じ。
  • 奇余零也 … 奇とは、割って余った数のことである。奇正の奇の意ではない。
  • 因此音機 … 奇と機とは発音が同じであるから、誤って奇を機に作ったのである。
臣愚謂、兵無不是機。安在乎握而言也。當爲餘奇則是。
臣(しん)愚(ぐ)にして謂(おも)えらく、兵(へい)は是(こ)れ機(き)ならざるは無(な)し。安(いずく)んぞ握(あく)に在(あ)りて言(い)わんや。当(まさ)に余奇(よき)に為(な)るは則(すなわ)ち是(ぜ)なるべし。
  • 臣愚謂 … わたくしの愚見を申し述べれば。
  • 兵無不是機 … 戦いはすべて謀(はかりごと)である。「機」は、機謀。機略。
  • 安在乎握而言也 … 何も謀(はかりごと)を掌握するという意味においてのみ、奇という言うわけではない。
  • 当為余奇則是 … 割り切れない奇数という意味にとれば、奇とするのが正しい。
夫正兵受之於君、奇兵將所自出。法曰、令素行以教其民者、則民服。此受之於君者也。
夫(そ)れ正兵(せいへい)は之(これ)を君(きみ)に受(う)け、奇(き)兵(へい)は将(しょう)の自(みずか)ら出(いだ)す所(ところ)なり。法(ほう)に曰(いわ)く、令(れい)、素(もと)より行(おこな)われ、以(もっ)て其(そ)の民(たみ)に教(おし)うれば、則(すなわ)ち民(たみ)服(ふく)す、と。此(こ)れ之(これ)を君(きみ)に受(う)くる者(もの)なり。
  • 夫正兵受之於君 … そもそも正兵は君主から受け取るもの。
  • 奇兵将所自出 … 奇兵は将軍の知略から繰り出すもの。
  • 令素行以教其民者、則民服 … 普段から法令が守られていて、動員された兵士に軍の法令を教えるならば、兵士は服従する。「民」は、ここでは人民ではなく、動員されたばかりの新兵を指す。『孫子』行軍篇の言葉。
  • 此受之於君者也 … これが君主から受け取る正兵である。
又曰、兵不豫言、君命有所不受。此將所自出者也。
又(また)曰(いわ)く、兵(へい)、予(あらかじ)め言(い)わず、君命(くんめい)も受(う)けざる所(ところ)有(あ)り、と。此(こ)れ将(しょう)の自(みずか)ら出(いだ)す所(ところ)の者(もの)なり。
  • 兵不予言、君命有所不受 … 戦略については、あらかじめ言明しない。君主の命令には、従ってはならないこともある。「君命有所不受」のみ『孫子』九変篇の言葉。
  • 奇兵将所自出 … これが将軍の知略から繰り出す奇兵である。
凡將、正而無奇、則守將也。奇而無正、則鬬將也。奇正皆得、國之輔也。
凡(およ)そ将(しょう)、正(せい)にして奇(き)無(な)きは、則(すなわ)ち守(しゅ)将(しょう)なり。奇(き)にして正(せい)無(な)きは、則(すなわ)ち闘(とう)将(しょう)なり。奇(き)正(せい)皆(みな)得(う)るは、国(くに)の輔(ほ)なり。
  • 凡将、正而無奇、則守将也 … 総じて将軍において、正のみで奇を行うことを知らない者は、守備だけの将軍である。
  • 守将 … 城を守る将軍。守備の大将。
  • 奇而無正、則闘将也 … 奇のみで正を行うことを知らない者は、攻撃だけの将軍である。
  • 闘将 … ここでは攻撃だけで守備が苦手な将軍。
  • 奇正皆得、国之輔也 … 奇と正とを兼ね備えた者こそが、国家を補佐する将軍である。
是故、握機、握奇、本無二法。在學者兼通而已。
是(こ)の故(ゆえ)に、握(あく)機(き)、握(あく)奇(き)は、本(もと)二(に)法(ほう)無(な)し。学者(がくしゃ)の兼(か)ねて通(つう)ずるに在(あ)るのみ。
  • 是故 … こういうわけで。
  • 本無二法 … もともと二種類の兵法ではない。
  • 在学者兼通而已 … 兵法を学ぶ者だけが奇と正の両方に精通していればよいのである。「学者」は、ここでは兵法を学ぶ者。
巻上
1 太宗曰、高麗数侵新羅……
2 太宗曰、朕破宋老生……
3 太宗曰、凡兵却、皆謂之奇乎……
4 太宗曰、奇正素分之歟……
5 太宗曰、曹公云、奇兵旁撃……
6 太宗曰、分合為変者、奇正……
7 太宗曰、古人臨陣出奇、攻人……
8 太宗曰、黄帝兵法、世握奇文……
9 太宗曰、陣数有九。中心零者……
10 太宗曰、漢張良、韓信、序次……
11 太宗曰、春秋楚子二廣之法……
12 太宗幸霊州回、召靖賜坐曰……
13 太宗曰、諸葛亮言、有制之兵……
14 太宗曰、蕃兵唯勁馬奔衝……
15 太宗曰、近契丹、奚皆内属……