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和賈至舎人早朝大明宮之作(岑参)

和賈至舍人早朝大明宮之作
賈至かし舎人しゃじんの「つと大明たいめいきゅうちょうす」のさく
しんじん
  • 七言律詩。寒・闌・官・乾・難(上平声寒韻)。
  • ウィキソース「奉和中書舍人賈至早朝大明宮」参照。
  • 詩題 … 『全唐詩』『前唐十二家詩本』『唐五十家詩集本』『四部叢刊本』『寛保刊本』では「奉和中書舎人賈至早朝大明宮」に作る。『文苑英華』では崔顥の作とし、「一作岑參、附見杜集」と注する。『唐百家詩選』では「和賈舍人早朝大明宮」に作る。
  • 賈至 … 718~772。盛唐の詩人。洛陽の人。ウィキペディア【賈至】参照。
  • 舎人 … 中書舎人。詔勅の作成などを掌る。
  • 早 … 早朝。
  • 朝 … 参内すること。
  • 大明宮 … 長安の都の東の内裏。
  • この詩は、王維の「和賈至舎人早朝大明宮之作」同様、賈至の「早朝大明宮呈両省僚友」の詩に唱和して作ったもの。
  • 岑参 … 715~770。盛唐の詩人。荊州江陵(現在の湖北省荊州市江陵県)の人。天宝三載(744)、進士に及第。西域の節度使の幕僚として長く辺境に勤務したのち、けつかく州長史(次官)・嘉州刺史などを歴任した。辺塞詩人として高適こうせきとともに「高岑」と並び称される。『岑嘉州集』七巻がある。ウィキペディア【岑参】参照。
雞鳴紫陌曙光寒
にわとりはくいて曙光しょこうさむ
  • 雞鳴 … 鶏が鳴く。『詩経』鄭風・女曰じょえつ雞鳴に「女曰く雞鳴と、士曰く昧旦まいたんと」(女曰雞鳴、士曰昧旦)とある。士は、男。昧旦は、夜明け。ウィキソース「詩經/女曰鷄鳴」参照。
  • 紫陌 … 都の街路。都大路。陌は、道路。南朝梁の劉孝綽「春日、新亭にじゅうす 応制」詩に「紆余うよとして紫陌を出で、迤邐いりとして青楼せいろうわたる」(紆餘出紫陌、迤邐度青樓)とある。従駕は、天子の行幸に従うこと。迤邐は、曲がりくねって進むこと。青楼は、遊郭。ウィキソース「古詩紀 (四庫全書本)/卷097」参照。
  • 曙光 … あけぼのの光。唐の太宗「除夜」詩に「此れに対し終宴を歓び、壺を傾けて曙光を待つ」(對此歡終宴、傾壺待曙光)とある。ウィキソース「除夜 (李世民)」参照。また、隋の盧思道が北斉の時に作った「従駕し大慈照寺をたり」詩に「旌門せいもん 曙光転じ、輦道れんどう 夕雲せきうん蒸す」(旌門曙光轉、輦道夕雲蒸)とある。旌門は、はたで作った門。輦道は、天子の車の通る道。ウィキソース「從駕經大慈照寺」参照。
  • 曙 … 『文苑英華』では「曉」に作り、「集作曙」と注する。
鶯囀皇州春色闌
うぐいすこうしゅうさえずりて春色しゅんしょくたけなわなり
  • 皇州 … 天子の住む都。長安を指す。劉宋の鮑照の楽府「結客少年場行」(『文選』巻二十八)に「高きにのぼりてかんを臨み、表裏の皇州を望む」(升高臨四關、表裏望皇州)とある。四関は、洛陽の四つの関所。ウィキソース「昭明文選/卷28」参照。
  • 春色 … 春の景色。南朝斉の謝朓「じょそうの新亭のなぎさを出づるに和す」詩(『文選』巻三十では「徐都曹に和す」に作る)に「宛洛は遨遊ごうゆうに佳く、春色は皇州に満つ」(宛洛佳遨遊、春色滿皇州)とある。遨遊は、気ままに遊ぶこと。ウィキソース「昭明文選/卷30」参照。
  • 色 … 『全唐詩』には「一作欲」と注する。『文苑英華』では「欲」に作り、「集作色」と注する。
  • 闌 … 盛りが少し過ぎた状態。劉宋の謝荘「宋の孝武の宣貴妃のるい」(『文選』巻五十七)に「さくを移してがんを変じ、白露は凝りてとしまさたけなわならんとす」(移氣朔兮變羅紈、白露凝兮歳將闌)とある。誄は、死者の生前の功績・徳行を褒めたたえ、哀悼の意を表す文。気朔は、季節。羅紈は、白いうすぎぬ。ウィキソース「宋孝武宣貴妃誄」参照。
金闕曉鐘開萬戸
金闕きんけつ暁鐘ぎょうしょう ばんひら
  • 金闕 … 天子の宮殿。金は、美称。闕は、もと宮殿の門。転じて宮殿。『神異経』西北荒経に「西北の荒中に二金闕有り、…相去ること百丈にして、上に明月珠有り、径は三丈にして、光は千里を照らす」(西北荒中有二金闕、…相去百丈、上有明月珠、徑三丈、光照千里)とある。ウィキソース「神異經」参照。また、陳の張正見の楽府「神仙篇」(『楽府詩集』巻六十四)に「らんほう 天台に集い、金闕銀宮 相向かいて開く」(鸞歌鳳舞集天台、金闕銀宮相向開)とある。鸞歌鳳舞は、美しい歌舞の喩え。ウィキソース「樂府詩集/064卷」参照。また、梁の武帝の楽府「遊女の曲」(『楽府詩集』巻五十、『玉台新詠』巻九・宋刻不収)に「たまびたる婐㛂わが 金闕にたわむる」(珠珮婐㛂戲金闕)とある。婐㛂は、女性が弱々しく美しいさま。ウィキソース「遊女曲 (蕭衍)」参照。
  • 闕 … 『全唐詩』『寛保刊本』には「一作鎖」と注する。
  • 闕曉 … 『文苑英華』では「闕曙」に作り、「集作鎖曉」と注する。
  • 暁鐘 … 夜明けを知らせる鐘。明けの鐘。南朝梁の劉緩「照鏡の賦」に「ちゅう已にき、暁鐘まさに絶えんとす」(夜籌已竭、曉鐘將絶)とある。夜籌は、夜の時間。ウィキソース「古儷府 (四庫全書本)/卷12」参照。
  • 万戸 … 宮殿のたくさんの扉。『史記』孝武本紀に「建章宮を作り、はかりて千門万戸をつくる」(作建章宮、度爲千門萬戶)とある。ウィキソース「史記/卷012」参照。また、後漢の班固「西都の賦」(『文選』巻一)に「千門を張りて万戸を立て、陰陽に順って以て開闔かいこうす」(張千門而立萬戶、順陰陽以開闔)とある。開闔は、開閉に同じ。ウィキソース「西都賦」参照。
玉階仙仗擁千官
ぎょくかいせんじょう 千官せんかんよう
  • 玉階 … 玉をちりばめた階段。宮殿の立派な階段のこと。後漢の班固「西都の賦」(『文選』巻一)に「是に於いてげん釦砌こうぜい、玉階彤庭とうていあり」(於是玄墀釦砌、玉階彤庭)とある。玄墀は、黒漆などを塗りこんだ階下の庭。釦砌は、玉をちりばめた軒下の石畳。彤庭は、朱色の中庭。ウィキソース「西都賦」参照。また、南朝梁の呉均「行路難」(『玉台新詠』巻九)の第一首に「玉階の行路に細草生じ、きんの香炭変じて灰と成る」(玉階行路生細草、金鑪香炭變成灰)とある。ウィキソース「行路難 (吳均)」参照。
  • 仙仗 … 天子を警護する儀仗。天仗。『新唐書』儀衛志に「凡そ朝会の仗は、三衛ばんじょうし、分かれて五仗と為り、ない五衛と号す。一に曰くきょうほう仗、左右衛を以て之を為す。二に曰く親仗、親衛を以て之を為す。三に曰く勲仗、勲衛を以て之を為す。四に曰くよく仗、翊衛を以て之を為す。皆な鶡冠かっかん衫裌さんこうを服す。五に曰く散手仗、親・勲・翊衛を以て之を為し、緋絁ひしりょうとうを服し、野馬をいとる。皆な刀を帯び仗をり、東西の廊下に列坐し、月毎つきごとに四十六人を以て内廊閤外こうがいに立たしむ。号して内仗と曰う」(凡朝會之仗、三衞番上、分爲五仗、號衙内五衞。一曰供奉仗、以左右衞爲之。二曰親仗、以親衞爲之。三曰勳仗、以勳衞爲之。四曰翊仗、以翊衞爲之。皆服鶡冠、緋衫裌。五曰散手仗、以親、勳、翊衞爲之、服緋絁裲襠、繡野馬。皆帶刀捉仗、列坐於東西廊下、毎月以四十六人立内廊閤外。號曰内仗)とある。鶡冠は、山鳥の尾羽の飾りをつけた冠。閤外は、宮殿の外。ウィキソース「新唐書/卷023上」参照。
  • 千官 … 数多くの役人。百官にほぼ同じ。『荀子』正論篇に「いにしえは天子に千官あり、諸侯に百官あり」(古者天子千官、諸侯百官)とある。ウィキソース「荀子/正論篇」参照。また『呂氏春秋』審分覧、君守篇に「大聖たいせいこと無くして、千官、能を尽くす」(大聖無事、而千官盡能)とある。大聖は、偉大なる聖王。無事は、自ら手を下さないこと。能は、職能。ウィキソース「呂氏春秋/卷十七」参照。
  • 擁 … 儀仗兵が多くの役人たちを抱きかかえるようにして守ること。警護すること。
花迎劍佩星初落
はな剣佩けんぱいむかえてほしはじめて
  • 花迎 … 春の花が正装した役人たちを迎えるように咲き誇る。
  • 迎 … 『全唐詩』には「一作明」と注する。
  • 剣佩 … 腰に下げる剣と佩玉。参内する役人の正装。底本では「佩劒」に作るが、諸本に従った。『晋書』輿服志に「漢制かんせい、天子より百官に至るまで、剣をびざるは無く、其ののちちょうにのみ剣を帯ぶ」(漢制、自天子至於百官、無不佩劍、其後惟朝帶劍)とある。漢制は、漢代の制度。ウィキソース「晉書/卷025」参照。また、劉宋の鮑照の楽府「こう行に代う」に「虚容 剣佩をのこし、実貌 衣巾をおさむ」(虚容遺劒佩、實貌戢衣巾)とある。ウィキソース「古詩紀 (四庫全書本)/卷060」参照。
  • 星初落 … 夜が明けて星が見えなくなるのは、太陽が沈むように星が西の空から落ちると考えられていた。
  • 落 … 『文苑英華』では「没」に作り、「集作落」と注する。
柳拂旌旗露未乾
やなぎせいはらってつゆいまかわかず
  • 柳払旌旗 … 柳の枝は立ち並ぶ旗指物はたさしものを払って揺れる。
  • 旌旗 … 旗指物。ここでは、天子の旗を指す。北周の庾信「命をってぎょうに至り、祖正員にこたう」詩に「乏しきを承けて騏驥ききを駆り、旌旗もて琬珪えんけいを事とす」(承乏驅騏驥、旌旗事琬珪)とある。承乏は、人材の欠乏を補って登用されること。騏驥は、駿しゅん。琬珪は、王の使者がしるしとして与えられる玉。ウィキソース「古詩紀 (四庫全書本)/卷125」参照。
  • 露未乾 … 柳の枝の露はまだ乾いていない。しっとりと濡れている様子。
獨有鳳皇池上客
ひと鳳皇ほうおうじょうかく
  • 獨 … 『文苑英華』では「別」に作り、「集作獨」と注する。
  • 鳳皇池 … 鳳池に同じ。鳳皇池のそばに中書省があったことから、中書省を指す。『晋書』荀勗じゅんきょく伝に「きょくを以て守尚書令とす。勗久しく中書に在りて、専ら機事を管す。之を失うに及び、甚だ罔罔もうもうちょうこんたり。或いは之を賀する者有り、勗曰く、我が鳳皇池を奪う、諸君我を賀せんや、と」(以勖守尙書令。勖久在中書、專管機事。及失之、甚罔罔悵恨。或有賀之者、勖曰、奪我鳳皇池、諸君賀我邪)とある。ウィキソース「晉書/卷039」参照。
  • 皇 … 「凰」に作るテキストもある。
  • 客 … 池のほとりを訪れた人。中書舎人であった賈至を指す。『文苑英華』では「閣」に作り、「集作客」と注する。
陽春一曲和皆難
ようしゅんいっきょく することみなかた
  • 陽春一曲 … 格調の高い陽春の曲。陽春は、古代の楽曲の名で、「陽春白雪」の略。戦国時代、楚の宋玉「楚王の問いにこたう」(『文選』巻四十五)に「客えいちゅうに歌う者有り。其の始めを下里かりじんと曰う、国中のしょくして和する者数千人なり。其のようかいを為す、国中のしょくして和する者数百人なり。其の陽春白雪を為す、国中のしょくして和する者数十人に過ぎず。……是れ其の曲弥〻いよいよ高ければ、其の和するもの弥〻いよいよすくなし」(客有歌於郢中者。其始曰下里巴人、國中屬而和者數千人。其爲陽阿薤露、國中屬而和者數百人。其爲陽春白雪、國中屬而和者不過數十人。……是其曲彌高、其和彌寡)とあるのに基づく。ウィキソース「對楚王問」参照。
  • 和皆難 … (陽春の曲は格調が高く、あまりにも見事なので)誰も唱和することが難しい。
テキスト
  • 『箋註唐詩選』巻五(『漢文大系 第二巻』、冨山房、1910年)※底本
  • 『全唐詩』巻二百一(排印本、中華書局、1960年)
  • 『岑嘉州集』巻下([明]許自昌編、『前唐十二家詩』所収、万暦三十一年刊、内閣文庫蔵)
  • 『岑嘉州集』巻八(明銅活字本、『唐五十家詩集』所収、上海古籍出版社、1989年)
  • 『岑嘉州詩』巻五(『四部叢刊 初篇集部』所収、第二次影印本、蕭山朱氏蔵明正徳刊本)
  • 『岑嘉州詩』巻七(寛保元年刊、『和刻本漢詩集成 唐詩5』所収、汲古書院、略称:寛保刊本)
  • 『唐詩三百首注疏』巻五・七言律詩(廣文書局、1980年)
  • 『唐詩品彙』巻八十三([明]高棅編、[明]汪宗尼校訂、上海古籍出版社、1982年)
  • 『唐詩別裁集』巻十三([清]沈徳潜編、乾隆二十八年教忠堂重訂本縮印、中華書局、1975年)
  • 『唐詩解』巻四十三(順治十六年刊、内閣文庫蔵)
  • 『古今詩刪』巻十七(寛保三年刊、『和刻本漢詩集成 総集篇9』所収、汲古書院)
  • 『文苑英華』巻一百九十(影印本、中華書局、1966年)
  • 『瀛奎律髄彙評』巻二([元]方回選評、李慶甲集評校点、上海古籍出版社、1986年)
  • 『唐百家詩選』巻三([北宋]王安石編、世界書局、1979年)
  • 廖立箋注『岑嘉州詩箋注』巻五(中国古典文学基本叢書、中華書局、2004年)
  • 劉開揚箋注『岑参詩集編年箋注』(巴蜀書社、1995年)
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