>   漢詩   >   唐詩選   >   巻四 五排   >   早秋与諸子登虢州西亭観眺(岑参)

早秋与諸子登虢州西亭観眺(岑参)

早秋與諸子登虢州西亭觀眺
早(そう)秋(しゅう)、諸(しょ)子(し)と虢(かく)州(しゅう)の西亭(せいてい)に登(のぼ)りて観(かん)眺(ちょう)す
岑参(しんじん)
  • 五言排律。齊・低・西・溪・攜・迷(平声齊韻)。
  • ウィキソース「早秋與諸子登虢州西亭觀眺」参照。
  • 詩題 … 『四部叢刊本』『寛保刊本』『唐詩品彙』には、題下に「低の字を得たり」(得低字)とある。これは、数人で韻字をくじ引きで決め、作者は「低」の字が当たったということ。
  • 早秋 … 秋の初め。初秋。
  • 諸子 … 友人たち。諸友。
  • 虢州 … 今の河南省三門峡市一帯。隋の開皇三年(583)、東義州を改めて置いた。治所は盧氏県(今の河南省盧氏県)。大業三年(607)に廃し、唐の武徳元年(618)に再び置いた。貞観八年(634)、弘農県(今河南省霊宝市)に移して治めた。『読史方輿紀要』歴代州域形勢、唐上、虢州の条に「漢は弘農郡と曰い、唐に虢州を置く、亦た弘農郡と曰い、弘農等県の六つを領す。今の陝州霊宝県の西南三十里、故(もと)の弘農城は是なり」(漢曰弘農郡、唐置虢州、亦曰弘農郡、領弘農等縣六。今陝州靈寶縣西南三十里故弘農城是)とある。ウィキソース「讀史方輿紀要/卷五」参照。ウィキペディア【虢州】参照。
  • 西亭 … 虢州の西にあった亭。亭は、あずまや。休憩所。展望所。
  • 観眺 … 遥かに眺めて観察する。ここでは眺望すること。『隋書』虞慶則伝に「賢を平らげ、潭州の臨桂鎮に至るに曁(およ)び、慶則ち山川の形勢を観眺す」(曁平賢、至潭州臨桂鎭、慶則觀眺山川形勢)とある。賢は、北周の将軍、李賢。ウィキソース「隋書/卷40」参照。また『礼記』月(がつ)令(りょう)篇、仲夏の月の条に「以て遠く眺望す可し」(可以遠眺望)とある。ウィキソース「禮記/月令」参照。
  • 乾元二年(759)五月、作者は虢州の長史として赴任した。この詩は、この年の初秋のある日、友人たちと町の西にある亭に登り、酒を酌み交わしながら景色を眺望して詠んだもの。
  • 岑参 … 715~770。盛唐の詩人。荊州江陵(湖北省荊州市江陵県)の人。字(あざな)は不詳。天宝三載(744)、進士に及第。西域の節度使の幕僚として長く辺境に勤務したのち、右(う)補(ほ)闕(けつ)・虢(かく)州長史(次官)・嘉州刺史などを歴任した。辺塞詩人として高適(こうせき)とともに「高岑」と並び称される。『岑嘉州集』七巻がある。ウィキペディア【岑参】参照。
亭高出鳥外
亭(てい)高(たか)くして鳥(ちょう)外(がい)に出(い)で
  • 亭高 … この西亭は高く。
  • 出鳥外 … 鳥の通い路の上にそびえている。飛ぶ鳥の上に出ている。
客到與雲齊
客(かく)到(いた)れば雲(くも)と斉(ひと)し
  • 客到 … ここに人が登ると。
  • 与雲斉 … 空に浮かぶ雲と同じ高さである。「古詩十九首」第五首(『文選』巻二十九、『玉台新詠』巻一)に「西北に高楼(こうろう)有り、上(かみ)は浮(ふ)雲(うん)と斉(ひと)し」(西北有高樓、上與浮雲齊)とあるのを踏まえる。ウィキソース「西北有高樓」参照。
樹點千家小
樹(き)は点(てん)じて千(せん)家(か)小(ちい)さく
  • 樹点 … 見下ろせば、樹木が点々と散在している。
  • 千家小 … その間に数多くの家々が小さく見える。
  • 千家 … 何千軒もの家並み。無数の人家。鄂州の町を指す。
天圍萬嶺低
天(てん)は囲(かこ)みて万嶺(ばんれい)低(ひく)し
  • 天囲 … 大空に囲まれて。南朝斉の謝朓「随王殿下に和し奉る」詩(其七)に「玄冬 寂(せき)として脩(なが)き夜、天(てん)囲(い)は静かにして且つ開く」(玄冬寂脩夜、天圍靜且開)とある。ウィキソース「古詩紀 (四庫全書本)/卷070」参照。
  • 万嶺 … 多くの峰々。千山万岳。劉宋の謝霊運「嶺門山に遊ぶ」詩に「千(せん)圻(き) 邈(ばく)として同じからず、万嶺 状は皆な異なり」(千圻邈不同、萬嶺状皆異)とある。千圻は、千もの曲岸。邈は、はるか。ウィキソース「古詩紀 (四庫全書本)/卷057」参照。
  • 低 … 低く続いている。
殘虹挂陝北
残虹(ざんこう) 陝北(せんほく)に挂(かか)り
  • 残虹 … 消えかかった虹。初唐の褚亮「御史韋大夫の霽(は)るを喜ぶの作に和す」詩(『全唐詩』巻三十二)に「晴天 旅雁を度し、斜影 残虹を照らす」(晴天度旅雁、斜影照殘虹)とある。ウィキソース「和御史韋大夫喜霽之作」参照。
  • 陝北 … 陝州の北の空。陝州は、今の河南省三門峡市陝州区。『読史方輿紀要』歴代州域形勢、唐上、陝州の条に「漢は弘農郡の地、後魏は陝州と曰い、隋・唐は之に因る。天宝の初め陝府と曰い、亦た陝郡と曰う、陝県等県の五つを領す。天祐の初め洛を遷し、改めて興唐府と為し、哀帝の初め故(もと)に復す。今河南府に属す」(漢弘農郡地、後魏曰陝州、隋唐因之。天寶初曰陝府、亦曰陝郡、領陝縣等縣五。天祐初遷洛、改爲興唐府、哀帝初復故。今屬河南府)とある。ウィキソース「讀史方輿紀要/卷五」参照。ウィキペディア【陝州】参照。
  • 挂 … かかる。掛に同じ。
急雨過關西
急(きゅう)雨(う) 関西(かんさい)を過(す)ぐ
  • 急雨 … にわか雨。中唐の白居易の楽府「琵琶行」に「大絃(たいげん)は嘈嘈(そうそう)として急雨の如く、小(しょう)絃(げん)は切切として私語の如し」(大絃嘈嘈如急雨、小絃切切如私語)とある。ウィキソース「琵琶行」参照。
  • 関西 … 函谷関の西のあたり。
  • 過 … 通り過ぎていく。
酒榼緣靑壁
酒榼(しゅこう) 青壁(せいへき)に縁(よ)り
  • 酒榼 … 酒樽(さかだる)。榼は、樽。西晋の劉伶「酒徳の頌」(『文選』巻四十七)に「止(とど)まれば則ち卮(し)を操(と)り觚(こ)を執(と)り、動けば則ち榼(こう)を挈(さ)げ壺(こ)を提(さ)ぐ」(止則操卮執觚、動則挈榼提壺)とある。ウィキソース「酒德頌」参照。
  • 青壁 … 青々と草木の茂った絶壁。青ずんだ断崖。西晋の左思「呉都の賦」(『文選』巻五)に「青壁に臨んで、紫の房(み)を係(か)く」(臨靑壁、係紫房)とあり、その張銑注に「青壁は山の石壁、色青し」(青壁山之石壁、色青)とある。ウィキソース「六臣註文選 (四庫全書本)/卷05」参照。
  • 縁 … (断崖に)寄せて据えられている。(絶壁に)寄りそって置かれている。
瓜田傍綠溪
瓜(か)田(でん) 緑(りょく)渓(けい)に傍(そ)う
  • 瓜田 … うり畑。古楽府「君子行」(『楽府詩集』巻三十二)に「瓜田に履(くつ)を納(い)れず、李下に冠を正さず」(瓜田不納履、李下不正冠)とある。ウィキソース「樂府詩集/032卷」参照。
  • 緑渓 … 緑水流れる谷川。
  • 溪 … 『全唐詩』では「谿」に作る。
  • 傍 … (うり畑が谷川に)沿って続いている。古楽府「木蘭の詩」(其一、『楽府詩集』巻二十五)に「両(りょう)兎(と)地に傍(そ)いて走る、安(いず)くんぞ能く我が是れ雄(ゆう)雌(し)なるを弁ぜん」(両兎傍地走、安能辨我是雄雌)とある。ウィキソース「樂府詩集/025卷」参照。
微官何足道
微(び)官(かん) 何(なん)ぞ道(い)うに足(た)らん
  • 微官 … 私のつまらぬ官職。西晋の潘岳の詩「河陽県の作」(其二、『文選』巻二十六)に「豈に敢えて微官を陋(ろう)なりとせんや、但だ恐る 所(しょ)荷(か)を忝(はずか)しめんことを」(豈敢陋微官、但恐忝所荷)とある。所荷は、職責。ウィキソース「河陽縣作二首」参照。
  • 何足道 … とやかく言うほどのことはない。
愛客且相攜
愛客(あいかく) 且(しばら)く相(あい)携(たずさ)う
  • 愛客 … 敬愛する客人。ここでは気の合った友人たちの意。三国魏の曹植「公讌(こうえん)の詩」(『文選』巻二十)に「公子客(かく)を敬愛し、宴(えん)を終うるまで疲るるを知らず」(公子敬愛客、終宴不知疲)とある。ウィキソース「公讌詩 (曹子建)」参照。また、南朝梁の劉峻「広絶交論」(『文選』巻五十五)に「田文(でんぶん)の客(かく)を愛するに類す」(類田文之愛客)とある。田文は、孟嘗君。ウィキソース「廣絕交論」参照。
  • 且 … 「しばらく」と読み、「それはそれとして」「とりあえず」「ひとまず」と訳す。
  • 相携 … 互いに連れだって、遊ぶことにしよう。『淮南子』覧冥訓に「人は羸(つか)れ車は弊(やぶ)れ、泥(でい)塗(と)膝に至り、道に相(あい)携(たずさ)え、首(かしら)を路に奮い、身は格を枕として死す」(人羸車弊、泥塗至膝、相攜於道、奮首于路、身枕格而死)とある。ウィキソース「淮南子/覽冥訓」参照。また『列子』黄帝篇に「飲めば則ち相携え、食らえば則ち鳴き群(ぐん)す」(飮則相攜、食則鳴羣)とある。ウィキソース「列子/黃帝篇」参照。
唯有鄉園處
唯(た)だ郷(きょう)園(えん)の処(ところ)有(あ)り
  • 唯 … しかし。
  • 有郷園処 … ここから眺める故郷の辺りだけは。
  • 郷園 … 故郷。家郷。南朝梁の何遜「春暮 晴れたるを喜び、袁戸曹の苦雨に酬ゆ」詩に「郷園 見る可からず、江水 独自(ひと)り清し」(郷園不可見、江水獨自清)とある。ウィキソース「古詩紀 (四庫全書本)/卷093」参照。
依依望不迷
依依(いい)として望(のぞ)んで迷(まよ)わず
  • 依依 … 懐かしく、心ひかれるさま。『詩経』小雅・采薇に「昔我(われ)往(ゆ)きしとき、楊柳依依たり」(昔我往矣、楊柳依依)とある。ウィキソース「詩經/采薇」参照。また、前漢の蘇武「詩四首」(其二、『文選』巻二十九)に「胡馬 其の群を失い、思心 常に依依たり」(胡馬失其群、思心常依依)とあり、その李善注に「依依は、思(し)恋(れん)するの貌(さま)なり」(依依、思戀之貌也)とある。思恋は、慕うこと。ウィキソース「昭明文選/卷29」参照。また、東晋の陶潜「園田の居に帰る」詩の第一首に「曖曖(あいあい)たり 遠人の村、依依たり 墟(きょ)里(り)の煙」(曖曖遠人村、依依墟里煙)とある。曖曖は、はっきりしないさま。墟里は、村里。ウィキソース「歸園田居」参照。
  • 望不迷 … そちらにばかり目が奪われて、迷い動くことはない。
テキスト
  • 『箋註唐詩選』巻四(『漢文大系 第二巻』、冨山房、1910年)※底本
  • 『全唐詩』巻二百一(排印本、中華書局、1960年)
  • 『岑嘉州集』巻下([明]許自昌編、『前唐十二家詩』所収、万暦三十一年刊、内閣文庫蔵)
  • 『岑嘉州集』巻七(明銅活字本、『唐五十家詩集』所収、上海古籍出版社、1989年)
  • 『岑嘉州詩』巻四(『四部叢刊 初篇集部』所収、第二次影印本、蕭山朱氏蔵明正徳刊本)
  • 『岑嘉州詩』巻七(寛保元年刊、『和刻本漢詩集成 唐詩5』所収、汲古書院、略称:寛保刊本)
  • 『唐詩品彙』巻七十六([明]高棅編、[明]汪宗尼校訂、上海古籍出版社、1982年)
  • 『唐詩別裁集』巻十七([清]沈徳潜編、乾隆二十八年教忠堂重訂本縮印、中華書局、1975年)
  • 『唐詩解』巻四十九(順治十六年刊、内閣文庫蔵)
  • 『古今詩刪』巻十九(寛保三年刊、『和刻本漢詩集成 総集篇9』所収、汲古書院)
  • 廖立箋注『岑嘉州詩箋注』巻四(中国古典文学基本叢書、中華書局、2004年)
  • 劉開揚箋注『岑参詩集編年箋注』(巴蜀書社、1995年)
歴代詩選
古代 前漢
後漢 魏
晋 南北朝
初唐 盛唐
中唐 晩唐
北宋 南宋
金 元
明 清
唐詩選
巻一 五言古詩 巻二 七言古詩
巻三 五言律詩 巻四 五言排律
巻五 七言律詩 巻六 五言絶句
巻七 七言絶句
詩人別
あ行 か行 さ行
た行 は行 ま行
や行 ら行