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送張子尉南海(岑参)

送張子尉南海
張(ちょう)子(し)の南海(なんかい)に尉(い)たるを送(おく)る
岑参(しんじん)
  • 五言律詩。親・人・春・貧(上平声真韻)。
  • ウィキソース「送楊瑗尉南海」参照。
  • 張子 … 張某。人物については不詳。『全唐詩』では「楊瑗」に作り、「一作張子」と注する。『文苑英華』でも「楊瑗」に作り、「集作張子」と注する。楊瑗についても不詳。
  • 南海 … 現在の広東省仏山市南海区周辺。ウィキペディア【南海区】参照。『読史方輿紀要』広東、広州府、南海県の条に「本(も)と秦の南海郡番禺(ばんぐう)県の地なり。隋の開皇十年(590)、析(わ)かちて今の県を置き、尋(つ)いで番禺県を以て并入し、広州の治と為る」(本秦南海郡番禺縣地。隋開皇十年析置今縣、尋以番禺縣并入、爲廣州治)とある。ウィキソース「讀史方輿紀要/卷一百一」参照。
  • 尉 … 官名。県の検察事務を掌った属官。属官は、部下として付き従う下級の官吏。
  • 岑参 … 715~770。盛唐の詩人。荊州江陵(湖北省荊州市江陵県)の人。字(あざな)は不詳。天宝三載(744)、進士に及第。西域の節度使の幕僚として長く辺境に勤務したのち、右(う)補(ほ)闕(けつ)・虢(かく)州長史(次官)・嘉州刺史などを歴任した。辺塞詩人として高適(こうせき)とともに「高岑」と並び称される。『岑嘉州集』七巻がある。ウィキペディア【岑参】参照。
不擇南州尉
南(なん)州(しゅう)の尉(い)を択(えら)ばざるは
  • 南州 … 南方の州。南海を指す。『楚辞』遠遊に「南州の炎徳を嘉(よみ)し、桂樹の冬栄(とうえい)を麗(うるわ)しとす」(嘉南州之炎德兮、麗桂樹之冬榮)とある。ウィキソース「楚辭/遠遊」参照。
  • 不択~有老親 … より好みせずに引き受けたのは~年老いた両親がおられるからだ。『孔子家語』致思篇に「重きを負いて遠きを渉るときは、地を択ばずして休み、家貧しくして親老ゆるときは、禄(ろく)を択ばずして仕う」(負重渉遠、不擇地而休、家貧親老、不擇祿而仕)とある。ウィキソース「孔子家語/卷二」参照。また『説苑』建本篇にも「重きを負いて遠きを道する者は、地を択ばずして休み、家貧しくして親老ゆる者は、禄を択ばずして仕う」(負重道遠者、不擇地而休、家貧親老者、不擇祿而仕)とある。ウィキソース「說苑/卷03」参照。
高堂有老親
高堂(こうどう)に老親(ろうしん)有(あ)ればなり
  • 高堂 … 高い座敷。立派な家。ここでは、相手の両親がいる部屋。三国魏の繆襲(びゅうしゅう)の楽府「輓(ばん)歌(か)」(『楽府詩集』巻二十七)に「朝(あした)に高堂の上を発し、暮(ゆうべ)に黄泉の下(もと)に宿す」(朝發高堂上、暮宿黄泉下)とある。輓歌は、葬送のとき、死者の柩(ひつぎ)を乗せた車を引くときに歌う悲しみの歌。または、人の死を悲しみ嘆く歌。挽歌とも。ウィキソース「樂府詩集/027卷」参照。また、後漢の宋子侯の楽府「董(とう)嬌嬈(きょうじょう)」(『樂府詩集』巻七十三、『玉台新詠』巻一)に「帰り来(きた)って美酒を酌み、瑟(しつ)を挟(はさ)んで高堂に上る」(歸來酌美酒、挾瑟上高堂)とある。ウィキソース「董嬌嬈」参照。
  • 有老親 … 年老いた両親がおられるからである。『塩鉄論』孝養篇に「老親の腹は唐園に非ざるを害し、唯だ菜是れ盛る」(害老親之腹非唐園、唯菜是盛)とある。ウィキソース「鹽鐵論/卷05」参照。
樓臺重蜃氣
楼台(ろうだい) 蜃(しん)気(き)を重(かさ)ね
  • 楼台重蜃気 … 楼台がそびえているかと見れば、蜃気楼が幾重にも重なったものだった。蜃気は、蜃気楼。古くは、蜃(大(おお)蛤(はまぐり))の吐き出す気によって空中に現出する幻と考えられていた。『礼記』月(がつ)令(りょう)篇に「季秋の月、……爵(すずめ)大水に入りて蛤(はまぐり)と為る。孟冬の月、……雉(きじ)大水に入りて蜃(しん)と為る」(季秋之月、……爵入大水爲蛤。孟冬之月、……雉入大水爲蜃)とある。ウィキソース「禮記/月令」参照。また『史記』天官書に「海旁(かいぼう)の蜄(しん)気(き)は楼台に象(かたど)り、広野の気は宮(きゅう)闕(けつ)を成す」(海旁蜄氣象樓臺、廣野氣成宮闕)とある。海旁は、海辺。宮闕は、宮殿。ウィキソース「史記/卷027」参照。
  • 樓臺 … 『文苑英華』『唐百家詩選』では「縣樓」に作る。
邑里雜鮫人
邑(ゆう)里(り) 鮫人(こうじん)を雑(まじ)う
  • 邑里 … 村里。『周礼』地官、小司徒の条に「九夫を井(せい)と為し、四井を邑と為す」(九夫爲井、四井爲邑)とある。九夫は、九百畝。一夫の耕すべき百畝の地。井は、一里四方の区画。ウィキソース「周禮/地官司徒」参照。また『列子』楊朱篇に「奉養の余は、先ず之を宗族に散じ、宗族の余は、次いで之を邑里に散ず」(奉養之餘、先散之宗族、宗族之餘、次散之邑里)とある。ウィキソース「列子/楊朱篇」参照。また、南朝斉の謝朓「始めて尚書省を出づ」詩(『文選』巻三十)に「邑里は疎蕪(そぶ)に向かい、寒流は自ずから清泚(せいせい)なり」(邑里向疎蕪、寒流自清泚)とある。疎蕪は、住む人がまばらになり、その土地が荒廃すること。清泚は、澄んで清らかなこと。ウィキソース「始出尚書省」参照。
  • 鮫人 … 人魚の一種。西晋の張華『博物志』巻二、異人の条に「南海の外に鮫人有り。水居すること魚の如く、織(しょく)績(せき)を廃(や)めず、其の眼能く珠を泣(なみだ)にす」(南海外有鮫人。水居如魚、不廢織績、其眼能泣珠)とある。ウィキソース「博物志/卷之二」参照。また、西晋の木華「海の賦」(『文選』巻十二)に「其の垠(きし)には則ち天琛(てんちん)水怪(すいかい)、鮫人の室(しつ)有り」(其垠則有天琛水怪、鮫人之室)とある。垠は、海岸の崖。天琛は、天然の宝物。ウィキソース「海賦 (木華)」参照。
海暗三山雨
海(うみ)は暗(くら)し 三山(さんざん)の雨(あめ)
  • 三山 … 南海付近にある三つの山。一説に番山・禺(ぐう)山・堯山を指すというが、ここでは東海の中にある三つの仙山、蓬萊(ほうらい)・方丈・瀛(えい)州(しゅう)のことであろう。『史記』封禅書に「人をして海に入り、蓬萊・方丈・瀛洲を求めしむ。此の三神山は、其の伝に勃海の中に在り」(使人入海、求蓬萊方丈瀛洲。此三神山者、其傳在勃海中)とある。ウィキソース「史記/卷028」参照。また、劉宋の謝霊運「初めて石首城を発す」詩(『文選』卷二十六)に「海を越えては三山を凌(しの)ぎ、湘(しょう)に遊びては九(きゅう)嶷(ぎ)を歴(へ)ん」(越海凌三山、遊湘歴九嶷)とある。湘は、湘江。九嶷は、洞庭湖にある山。ウィキソース「初發石首城」参照。『四部叢刊本』では「三江」に作る。三江は、広東省の北江・西江・東江のことで、珠江の三つの支流。ウィキペディア【珠江】参照。
花明五嶺春
花(はな)は明(あき)らかなり 五(ご)嶺(れい)の春(はる)
  • 花明 … 花が明るく咲く。初唐の陳子良「上越国公楊素を讃徳す」詩に「川長くして蔓草(まんそう)緑なり、峰迥(はる)かにして雑(ざっ)花(か)明らかなり」(川長蔓草綠、峰逈雜花明)とある。ウィキソース「讚德上越國公楊素」参照。
  • 花 … 『全唐詩』には「一作江」と注する。『寛保刊本』『文苑英華』『瀛奎律髄』『唐百家詩選』では「江」に作る。
  • 五嶺 … 広東・広西と江西・湖南の省境にある嶺。大庾嶺・始安嶺(現在の越(えつ)城(じょう)嶺)・臨賀嶺(現在の萌渚(ほうしょ)嶺)・桂陽嶺(現在の騎(き)田(でん)嶺)・掲陽嶺(現在の都(と)龐(ほう)嶺)の五つを指す。南嶺とも。ウィキペディア【南嶺山脈】参照。『漢書』張耳伝に「南に五領の戍(じゅ)有り」(南有五領之戍)とあり、その顔師古注に「裴氏の廣州記に云う、大庾・始安・臨賀・桂陽・掲陽、是れを五領と為す、と」(裴氏廣州記云、大庾、始安、臨賀、桂陽、掲陽、是爲五領)とある。ウィキソース「漢書/卷032」、『漢書評林』巻三十二(国立国会図書館デジタルコレクション)参照。
此郷多寶玉
此(こ)の郷(きょう) 宝(ほう)玉(ぎょく)多(おお)し
  • 此郷 … この土地。この地方。南海を指す。
  • 郷 … 『文苑英華』では「方」に作る。
  • 多宝玉 … 南海の地方では真珠や貴重な玉を多く産出する。『晋書』呉隠之伝に「広州は山海を包帯し、珍異出づる所、一(いっ)篋(きょう)の宝、数世に資(し)す可し」(廣州包帶山海、珍異所出、一篋之寶、可資數世)とある。一篋は、一箱。ウィキソース「晉書/卷090」参照。また、中唐の韓愈「鄭(てい)尚書を送る序」に「嶺の南、其の州七十、其の二十二は、嶺南節度府に隷す。……外国の貨日〻に至り、珠香・象犀(ぞうさい)・玳瑁(たいまい)・奇物、中国に溢(あふ)れて、用うるに勝(た)う可からず」(嶺之南、其州七十、其二十二、隸嶺南節度府。……外國之貨日至、珠香象犀玳瑁奇物、溢於中國、不可勝用)とある。ウィキソース「送鄭尚書序」参照。
愼勿厭清貧
慎(つつし)んで清貧(せいひん)を厭(いと)う勿(なか)れ
  • 勿厭清貧 … 清貧の境涯を嫌わないでほしい。『晋書』呉隠之伝に「州に在るに及び、清操は逾〻(いよいよ)厲(たか)く、常に食は菜及び幹魚のみに過ぎず。……帰舟の日、装に余資無し」(及在州、清操逾厲、常食不過菜及幹魚而已。……歸舟之日、裝無餘資)とある。ウィキソース「晉書/卷090」参照。また『南斉書』周顒(しゅうぎょう)伝に「周顒、字(あざな)は彦倫、汝南安城の人なり。……清貧寡欲にして、終日長(とこ)しえに蔬(そ)食(しょく)す」(周顒字彦倫、汝南安城人。……清貧寡欲、終日長蔬食)とある。ウィキソース「南齊書/卷41」参照。
  • 勿 … 「莫」に作るテキストもある。
テキスト
  • 『箋註唐詩選』巻三(『漢文大系 第二巻』、冨山房、1910年)※底本
  • 『全唐詩』巻二百(排印本、中華書局、1960年)
  • 『岑嘉州集』巻下([明]許自昌編、『前唐十二家詩』所収、万暦三十一年刊、内閣文庫蔵)
  • 『岑嘉州集』巻五(明銅活字本、『唐五十家詩集』所収、上海古籍出版社、1989年)
  • 『岑嘉州詩』巻三(『四部叢刊 初篇集部』所収、第二次影印本、蕭山朱氏蔵明正徳刊本)
  • 『岑嘉州詩』巻五(寛保元年刊、『和刻本漢詩集成 唐詩5』所収、汲古書院、略称:寛保刊本)
  • 『唐詩品彙』巻六十一([明]高棅編、[明]汪宗尼校訂、上海古籍出版社、1982年)
  • 『唐詩別裁集』巻十([清]沈徳潜編、乾隆二十八年教忠堂重訂本縮印、中華書局、1975年)
  • 『唐詩解』巻三十六(順治十六年刊、内閣文庫蔵)
  • 『古今詩刪』巻十四(寛保三年刊、『和刻本漢詩集成 総集篇9』所収、汲古書院)
  • 『文苑英華』巻二百七十一(影印本、中華書局、1966年)
  • 『瀛奎律髄彙評』巻二十四([元]方回選評、李慶甲集評校点、上海古籍出版社、1986年)
  • 『唐百家詩選』巻三([北宋]王安石編、世界書局、1979年)
  • 廖立箋注『岑嘉州詩箋注』巻三(中国古典文学基本叢書、中華書局、2004年)
  • 劉開揚箋注『岑参詩集編年箋注』(巴蜀書社、1995年)
歴代詩選
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