>   漢詩   >   唐詩選   >   巻三 五律   >   寄左省杜拾遺(岑参)

寄左省杜拾遺(岑参)

寄左省杜拾遺
左(さ)省(しょう)の杜(と)拾(しゅう)遺(い)に寄(よ)す
岑参(しんじん)
  • 五言律詩。微・歸・飛・稀(上平声微韻)。
  • ウィキソース「寄左省杜拾遺」参照。
  • 左省 … 唐代、門下省の別名。宣政殿の左にあったのでいう。詔勅の審査をしたり、天子の過失を諫(いさ)めたりする職。ちなみに宣政殿の右側には中書省があり、こちらは右省といった。『大唐六典』尚書工部に「興礼門の内を宣政殿と曰い、殿前の東廊を日華門と曰い、門の東は門下省なり。……宣政殿前の西廊を月華門と曰い、門の西は中書省なり」(興禮門内曰宣政殿、殿前東廊曰日華門、門東門下省。……宣政殿前西廊曰月華門、門西中書省)とある。ウィキソース「唐六典/卷07」参照。
  • 杜拾遺 … 左拾遺であった杜甫のこと。唐代、拾遺・補闕の二官が置かれ、ともに天子の過失を諫(いさ)める役であった。左省(門下省)に属したものを左拾遺・左補闕、右省(中書省)に属したものを右拾遺・右補闕と称した。岑参はこの時、右補闕であった。『文苑英華』では「杜拾遺甫」に作る。
  • この詩は、作者が右補闕として中書省に勤務していた時に詠んだもの。乾元元年(758)、四十四歳の作(『岑嘉州詩箋注』附録の「岑参年譜」による)。
  • 岑参 … 715~770。盛唐の詩人。荊州江陵(湖北省荊州市江陵県)の人。字(あざな)は不詳。天宝三載(744)、進士に及第。西域の節度使の幕僚として長く辺境に勤務したのち、右(う)補(ほ)闕(けつ)・虢(かく)州長史(次官)・嘉州刺史などを歴任した。辺塞詩人として高適(こうせき)とともに「高岑」と並び称される。『岑嘉州集』七巻がある。ウィキペディア【岑参】参照。
聯歩趨丹陛
歩(ほ)を聯(つら)ねて丹陛(たんぺい)に趨(はし)るも
  • 聯歩 … 歩を連ねる。連れ立って歩く。同行すること。『礼記』曲礼上篇に「主人先ず登り、客(かく)之に従う。級を拾(わた)り足を聚(あつ)め、連歩して以て上(のぼ)る」(主人先登、客從之。拾級聚足、連歩以上)とあり、その鄭玄注に「連歩は、足相随(したが)いて、相過ごさざるを謂うなり」(連歩、謂足相隨、不相過也)とある。拾級聚足は、一段登っては両足を揃えること。ウィキソース「禮記正義/03」参照。
  • 丹陛 … 朱で塗った陛(きざはし)。丹は、朱色。陛は、宮殿の階段。『隋書』薛道衡伝に「紫(し)宸(しん)に趨(すう)事(じ)し、丹陛に驅馳(くち)す」(趨事紫宸、驅馳丹陛)とある。ウィキソース「隋書/卷57」参照。また、盛唐の王維「張令公に上(たてまつ)る」詩に「筆を珥(はさ)みて丹陛に趨(はし)り、璫(たま)を垂れて玉(ぎょく)除(じょ)に上(のぼ)れり」(珥筆趨丹陛、垂璫上玉除)とある。張令公は、張九齢のこと。珥筆は、冠に筆を差し挟む。玉除は、玉(ぎょく)を散りばめた階(きざはし)。ウィキソース「上張令公」参照。
  • 陛 … 『寛保刊本』では「陸」に作る。
  • 趨 … 小走りに行く。足早(あしばや)に歩く。
分曹限紫微
曹(そう)を分(わか)って紫微(しび)に限(かぎ)らる
  • 分曹 … 役所の部署が分かれていること。曹は、仲間。ここでは、役所の部局。この時、杜甫は左拾遺で左省(門下省)に属し、岑参は右補闕で右省(中書省)に属していた。
  • 紫微 … もとは北斗星の北東にある十五の星の名。伝説では、その一つが天の軸にあたり、天帝の住む宮殿とされる。転じて、王宮のこと。ここでは天子の宮殿を指す。紫微宮・紫微星・紫(し)垣(えん)・紫宮とも。『晋書』天文志に「紫(し)宮(きゅう)垣(えん)の十(じゅう)五(ご)星(せい)、其(そ)の西番(せいばん)七(なな)つ、東番(とうばん)八(や)つ、北(ほく)斗(と)の北(きた)に在(あ)り。一(いつ)に紫微(しび)と曰(い)う。大帝(たいてい)の坐(ざ)なり。天(てん)子(し)の常(じょう)居(きょ)なり。命(めい)を主(つかさど)り度(ど)を主(つかさど)るなり」(紫宮垣十五星、其西番七、東番八、在北斗北。一曰紫微。大帝之坐也。天子之常居也。主命主度也)とある。ウィキソース「晉書/卷011」参照。
  • 微 … 『四部叢刊本』『瀛奎律髄』では「薇」に作る。
  • 限 … 紫微宮によって隔てられている。
曉隨天仗入
暁(あかつき)には天(てん)仗(じょう)に随(したが)って入(い)り
  • 曉 … 夜明けとともに。
  • 天仗 … 天子を護衛する儀仗(兵)。仙仗。『新唐書』儀衛志に「凡そ朝会の仗は、三衛番(ばん)上(じょう)し、分かれて五仗と為り、衙(が)内(ない)五衛と号す。一に曰く供(きょう)奉(ほう)仗、左右衛を以て之を為す。二に曰く親仗、親衛を以て之を為す。三に曰く勲仗、勲衛を以て之を為す。四に曰く翊(よく)仗、翊衛を以て之を為す。皆な鶡冠(かっかん)、緋(ひ)衫裌(さんこう)を服す。五に曰く散手仗、親・勲・翊衛を以て之を為し、緋絁(ひし)の裲(りょう)襠(とう)を服し、野馬を繡(ぬ)いとる。皆な刀を帯び仗を捉(と)り、東西の廊下に列坐し、月毎(つきごと)に四十六人を以て内廊閤外(こうがい)に立たしむ。号して内仗と曰う」(凡朝會之仗、三衞番上、分爲五仗、號衙内五衞。一曰供奉仗、以左右衞爲之。二曰親仗、以親衞爲之。三曰勳仗、以勳衞爲之。四曰翊仗、以翊衞爲之。皆服鶡冠、緋衫裌。五曰散手仗、以親、勳、翊衞爲之、服緋絁裲襠、繡野馬。皆帶刀捉仗、列坐於東西廊下、毎月以四十六人立内廊閤外。號曰内仗)とある。鶡冠は、山鳥の尾羽の飾りをつけた冠。閤外は、宮殿の外。ウィキソース「新唐書/卷023上」参照。
  • 入 … 朝廷に入る。朝会の御殿に入る。
暮惹御香歸
暮(くれ)には御香(ぎょこう)を惹(ひ)いて帰(かえ)る
  • 暮 … 夕方。日暮れ時。『文苑英華』では「夕」に作り、「集作暮」と注する。
  • 惹御香 … 宮中で焚かれる香の香りを衣に染み込ませて。南朝梁の何遜「九日 楽游苑に侍宴す」詩に「晴軒 瑞気を連ね、同(とも)に惹(そ)まりて香芬(こうふん)を御す」(晴軒連瑞氣、同惹御香芬)とある。ウィキソース「九日侍宴樂游苑」参照。
白髮悲花落
白髪(はくはつ) 花(はな)の落(お)つるを悲(かな)しみ
  • 白髪 … 白髪の目立つこの頃では。東晋の陶潜「子を責(せ)む」詩に「白髪は両鬢を被い、肌膚(きふ)復た実(ゆたか)ならず」(白髮被両鬢、肌膚不復實)とある。ウィキソース「責子」参照。
  • 悲花落 … 散りゆく花を眺めても悲しく。南朝梁の江淹「潘黄門 哀しみを述ぶ」詩(『文選』巻三十一、『玉台新詠』巻五・宋刻不収)に「雨絶えては雲を還(めぐ)らす無く、花落ちては豈に英(はなぶさ)を留めんや」(雨絶無還雲、花落豈留英)とある。ウィキソース「潘黃門述哀」参照。
靑雲羨鳥飛
青雲(せいうん) 鳥(とり)の飛(と)ぶを羨(うらや)む
  • 青雲羨鳥飛 … 青空を眺めては、鳥が高く飛ぶさまをうらやましく思う。ここでは解釈が二つに分かれる。前者は鳥が自由自在に飛んでいるのを見て、自分も俗世間を離れ、自由な境地になりたいと願っているとする。『呉越春秋』越王勾踐五年に「夫れ飛鳥の青雲の上に在るは、尚お微矢を繳(いぐるみ)にして以て之を射んと欲す」(夫飛鳥在青雲之上、尚欲繳微矢以射之)とあるのを踏まえる。ウィキソース「吳越春秋/勾踐入臣外傳」参照。また、後者は鳥が高く飛ぶことを杜甫の立身出世に喩え、それに対しての自分の境遇を嘆いているとする。前漢の揚雄「解嘲」(『文選』巻四十五)に「塗(みち)に当たる者は青雲に升(のぼ)り、路を失う者は溝渠(こうきょ)に委(す)てらる」(當塗者升青雲、失路者委溝渠)とあるのを踏まえる。ウィキソース「解嘲」参照。また、西晋の陸機の詩「洛に赴く二首」(『文選』巻二十六)の第二首に「仰いで霄(そら)を陵(しの)ぐの鳥を瞻(み)て、爾(そ)の帰飛の翼を羨む」(仰瞻陵霄鳥、羨爾歸飛翼)とある。ウィキソース「昭明文選/卷26」参照。
  • 雲 … 『四部叢刊本』では「春」に作り、「春一作雲」と注する。
  • 羨 … 『前唐十二家詩本』では「得」に作る。
聖朝無闕事
聖(せい)朝(ちょう) 闕(けつ)事(じ)無(な)く
  • 聖朝 … 時の朝廷を尊んでいうことば。聖天子の御代。『漢書』師丹伝に「聖朝を詿(かい)誤(ご)す」(詿誤聖朝)とある。詿誤は、欺いて惑わす。誤る。ウィキソース「漢書/卷086」参照。
  • 闕事 … 天子の政治上の欠陥。岑参はこの時、右補闕の職にあったため、このように言ったもの。『詩経』大雅・烝民に「袞(こん)職(しょく)闕(か)くること有れば、維れ仲(ちゅう)山(ざん)甫(ぽ)之を補う」(袞職有闕、維仲山甫補之)とある。袞職は、天子の職務。仲山甫は、周の宣王の時の政治家。樊侯(はんこう)の字(あざな)。ウィキソース「詩經/烝民」参照。また『旧唐書』職官志に「補闕・拾遣の職は、供(きょう)奉(ほう)訥諫(とっかん)を掌り、乗(じょう)輿(よ)に扈(こ)従(じゅう)す。凡そ令を発し事を挙ぐるに、時に便ならず、道に合(がっ)せざること有れば、大なれば則ち廷(てい)議(ぎ)し、小なれば則ち封(ふう)を上(たてまつ)る」(補闕拾遣之職、掌供奉訥諫、扈從乘輿。凡發令舉事、有不便於時、不合於道、大則廷議、小則上封)とある。乗輿は、天子の乗り物。扈従は、天子のお供としてつき従うこと。廷議は、朝廷で行う、政治についての議論。上封は、意見を封書で差し出すこと。ウィキソース「舊唐書/卷43」参照。
自覺諫書稀
自(みずか)ら覚(おぼ)ゆ 諫書(かんしょ)の稀(まれ)なるを
  • 自覚 … 自分でも気づいている。
  • 諫書 … 天子を諫(いさ)める書。『漢書』儒林伝に「王式、字(あざな)は翁思、東平の新桃の人なり。免中の徐公及び許生に事(つか)う。式は昌邑王の師たり。昭帝崩じて昌邑王嗣(し)立(りつ)す。行い淫乱なるを以て廃せらる。昌邑の群臣皆な獄に下(くだ)って誅せらる。唯だ中尉王吉、郎中令龔(きょう)遂(すい)数〻諫むるを以て、死を減じて論ぜらる。式獄に繫がれ死に当たる。事を治むる使者責問(せきもん)して曰く、師何を以てか諫書無きや、と」(王式字翁思、東平新桃人也。事免中徐公及許生。式爲昌邑王師。昭帝崩、昌邑王嗣立。以行淫亂廢。昌邑群臣皆下獄誅。唯中尉王吉、郎中令龔遂以數諫、減死論。式繫獄當死。治事使者責問曰、師何以無諫書)とある。嗣立は、王位を継ぐこと。ウィキソース「漢書/卷088」参照。
  • 稀 … 滅多にない。政(まつりごと)に落度がないため、天子を諫(いさ)める書を呈出することが稀であるということ。
テキスト
  • 『箋註唐詩選』巻三(『漢文大系 第二巻』、冨山房、1910年)※底本
  • 『全唐詩』巻二百(排印本、中華書局、1960年)
  • 『岑嘉州集』巻下([明]許自昌編、『前唐十二家詩』所収、万暦三十一年刊、内閣文庫蔵)
  • 『岑嘉州集』巻六(明銅活字本、『唐五十家詩集』所収、上海古籍出版社、1989年)
  • 『岑嘉州詩』巻三(『四部叢刊 初篇集部』所収、第二次影印本、蕭山朱氏蔵明正徳刊本)
  • 『岑嘉州詩』巻六(寛保元年刊、『和刻本漢詩集成 唐詩5』所収、汲古書院、略称:寛保刊本)
  • 『唐詩三百首注疏』巻四・五言律詩(廣文書局、1980年)
  • 『唐詩品彙』巻六十一([明]高棅編、[明]汪宗尼校訂、上海古籍出版社、1982年)
  • 『唐詩別裁集』巻十([清]沈徳潜編、乾隆二十八年教忠堂重訂本縮印、中華書局、1975年)
  • 『唐詩解』巻三十六(順治十六年刊、内閣文庫蔵)
  • 『古今詩刪』巻十四(寛保三年刊、『和刻本漢詩集成 総集篇9』所収、汲古書院)
  • 『文苑英華』巻二百五十三(影印本、中華書局、1966年)
  • 『瀛奎律髄彙評』巻二([元]方回選評、李慶甲集評校点、上海古籍出版社、1986年)
  • 廖立箋注『岑嘉州詩箋注』巻三(中国古典文学基本叢書、中華書局、2004年)
  • 劉開揚箋注『岑参詩集編年箋注』(巴蜀書社、1995年)
歴代詩選
古代 前漢
後漢 魏
晋 南北朝
初唐 盛唐
中唐 晩唐
北宋 南宋
金 元
明 清
唐詩選
巻一 五言古詩 巻二 七言古詩
巻三 五言律詩 巻四 五言排律
巻五 七言律詩 巻六 五言絶句
巻七 七言絶句
詩人別
あ行 か行 さ行
た行 は行 ま行
や行 ら行