>   その他   >   孫子   >   行軍篇

孫子 行軍(こうぐん)篇

01 孫子曰、凡處軍、相敵、絶山依谷、視生處高、戰隆無登。
孫(そん)子(し)曰(いわ)く、凡(およ)そ軍(ぐん)を処(お)き、敵(てき)を相(み)るに、山(やま)を絶(わた)れば谷(たに)に依(よ)り、生(せい)を視(み)て高(たか)きに処(お)り、隆(たか)きに戦(たたか)うに登(のぼ)ること無(な)かれ。
  • この篇は『孫子集注』(明嘉靖刊本、『四部叢刊 初篇子部』所収)の本文が錯乱しているので、『十一家注孫子校理』(中華書局、1999年)により本文の順序を改めた。
  • 行軍篇 … 武経本では「行軍第九」に作る。
  • 処軍相敵 … 軍の配置と敵情の偵察について言えば。
  • 絶山依谷 … 山を越えるには谷沿いを進む。「絶」は、ここでは越えるの意。
  • 視生処高 … 高みを見つけては高い場所に布陣する。「生」は、ここでは高みの意。
  • 戦隆無登 … 敵が高い場所にいる場合は、攻め登ってはいけない。
此處山之軍也。
此(こ)れ山(やま)に処(お)るの軍(ぐん)なり。
  • 此処山之軍也 … これが山地にいる軍隊の注意すべきことである。
絶水必遠水。
水(みず)を絶(わた)れば必(かなら)ず水(みず)より遠(とお)ざかる。
  • 絶水必遠水 … 川を渡り終えたら、必ず川から遠ざかる。
客絶水而來、勿迎之於水内、令半濟而擊之利。
客(かく)、水(みず)を絶(わた)りて来(きた)らば、之(これ)を水(みず)の内(うち)に迎(むか)うること勿(な)く、半(なか)ば済(わた)らしめて之(これ)を撃(う)つは利(り)あり。
  • 客絶水而来 … 敵が川を渡って来たときは。「客」は敵を指す。
  • 勿迎之於水内 … 敵を川の中で迎え撃ったりせず。「之」は敵を指す。「迎」は迎え撃つ。
  • 令半済而撃之利 … 敵の半分が渡った時に攻撃すると有利である。
欲戰者、無附於水而迎客。
戦(たたか)わんと欲(ほっ)する者(もの)は、水(みず)に附(つ)きて客(かく)を迎(むか)うること無(な)かれ。
  • 欲戦者 … 戦おうとするときは。
  • 無附於水而迎客 … 川岸で待機して敵を迎え撃ってはいけない。
視生處高、無迎水流。
生(せい)を視(み)て高(たか)きに処(お)り、水(すい)流(りゅう)を迎(むか)うること無(な)かれ。
  • 視生処高 … 高みを見つけては高い場所に布陣する。「生」は、ここでは高みの意。
  • 無迎水流 … 下流にいて上流の敵を迎え撃ってはいけない。
此處水上之軍也。
此(こ)れ水(すい)上(じょう)に処(お)るの軍(ぐん)なり。
  • 此処水上之軍也 … これが川のほとりにいるときの軍隊の注意すべきことである。
絶斥澤、惟亟去無留。
斥沢(せきたく)を絶(わた)れば、惟(た)だ亟(すみや)かに去(さ)りて留(とど)まること無(な)かれ。
  • 斥沢 … 湿地帯。沼沢地。
  • 惟亟去無留 … ただ速やかに通過し、そこに留まってはいけない。
  • 惟 … 武経本では「唯」に作る。
  • 亟 … 「すみやかに」と読み、「すみやかに」「急いで」と訳す。
若交軍於斥澤之中、必依水草而背衆樹。
若(も)し軍(ぐん)を斥沢(せきたく)の中(うち)に交(まじ)うれば、必(かなら)ず水草(すいそう)に依(よ)りて衆(しゅう)樹(じゅ)を背(はい)にせよ。
  • 若交軍於斥沢之中 … もし湿地帯で敵と交戦する事態になったならば。
  • 必依水草 … 必ず飲料水と飼料の草がある所に軍を配置する。
  • 背衆樹 … 多くの樹木を背にして布陣せよ。
此處斥澤之軍也。
此(こ)れ斥沢(せきたく)に処(お)るの軍(ぐん)なり。
  • 此処斥沢之軍也 … これが湿地帯にいるときの軍隊の注意すべきことである。
平陸處易、而右背高、前死後生。
平陸(へいりく)には易(やす)きに処(お)りて、高(たか)きを右背(ゆうはい)にし、死(し)を前(まえ)にして生(せい)を後(うし)ろにす。
  • 平陸処易 … 平地では平坦な場所に軍を駐留させる。
  • 平陸 … 平らな陸地。
  • 而 … 武経本にはこの字なし。
  • 右背高 … 高い所を右後方にする。
  • 前死後生 … 低地を前にし、高地を後ろにする。
此處平陸之軍也。
此(こ)れ平陸(へいりく)に処(お)るの軍(ぐん)なり。
  • 此処平陸之軍也 … これが平地にいるときの軍隊の注意すべきことである。
凡此四軍之利、黄帝之所以勝四帝也。
凡(およ)そ此(こ)の四(し)軍(ぐん)の利(り)は、黄帝(こうてい)の四(し)帝(てい)に勝(か)ちし所以(ゆえん)なり。
  • 四軍之利 … 山地・河川地帯・湿地帯・平地における軍隊の利益。
  • 黄帝之所以勝四帝也 … 黄帝が四人の帝王に勝った原因である。
  • 黄帝 … 伝説上の帝王。五帝の一人。名は軒轅(けんえん)。ウィキペディア【黄帝】参照。
02 凡軍好高而惡下、貴陽而賤陰、養生而處實。
凡(およ)そ軍(ぐん)は高(たか)きを好(この)みて下(ひく)きを悪(にく)み、陽(よう)を貴(たっと)びて陰(いん)を賤(いや)しみ、生(せい)を養(やしな)いて実(じつ)に処(お)る。
  • 軍好高而悪下 … 軍隊は高い所を好んで低い所を嫌う。
  • 貴陽而賤陰 … 日当たりの良い南面を尊び、日当たりの悪い北面を蔑(さげす)む。
  • 養生而処実 … 兵士の健康に留意し、水や草など補給物資の豊かな場所にいる。武経本には「而」の字なし。
軍無百疾、是謂必勝。
軍(ぐん)に百(ひゃく)疾(しつ)無(な)くんば、是(これ)を必(ひっ)勝(しょう)と謂(い)う。
  • 百疾 … 種々の病気。「百」は、数の多いこと。「疾」は、疾病(しっぺい)。
  • 必勝 … 必ず勝つこと。
丘陵隄防、必處其陽、而右背之。
丘陵(きゅうりょう)・隄防(ていぼう)には、必(かなら)ず其(そ)の陽(よう)に処(お)りて、之(これ)を右背(ゆうはい)にす。
  • 丘陵隄防 … 丘や堤防がある場合は。「隄」は「堤」と同義。
  • 必処其陽 … 必ず日当たりの良い場所にいる。
  • 右背之 … 丘や堤防が右後方になるようにする。「之」は丘や堤防を指す。
此兵之利、地之助也。
此(こ)れ兵(へい)の利(り)、地(ち)の助(たす)けなり。
  • 兵之利 … 戦闘上の利益。
  • 地之助 … 地形の援助。
03 上雨、水沫至、欲渉者、待其定也。
上(かみ)に雨(あめ)ふりて、水沫(すいまつ)至(いた)らば、渉(わた)らんと欲(ほっ)する者(もの)は、其(そ)の定(さだ)まるを待(ま)て。
  • 上雨 … 上流に雨が降って。
  • 水沫至 … 水かさが増してきたら。「水沫」は、水のあわ。
  • 欲渉者 … 川を渡ろうとする者は。
  • 待其定也 … 水の流れが落ち着くまで待たなければならない。
凡地、有絶澗、天井、天牢、天羅、天陷、天隙、必亟去之、勿近也。
凡(およ)そ地(ち)に、絶澗(ぜっかん)・天井(てんせい)・天牢(てんろう)・天(てん)羅(ら)・天陥(てんかん)・天隙(てんげき)有(あ)らば、必(かなら)ず亟(すみや)かに之(これ)を去(さ)りて、近(ちか)づくこと勿(な)かれ。
  • 地 … 地形。
  • 絶澗 … 切り立って深くて険しい谷間。絶谷(ぜっこく)・絶壑(ぜつがく)とも。
  • 天井 … 四方が高くて中央が窪んでいる、天然の井戸のような所。
  • 天牢 … 入り口以外は山に囲まれて脱出困難な、天然の牢獄のような所。
  • 天羅 … 灌木が密生して進むのが困難な、天然の網のような所。
  • 天陥 … 沼地で足を取られてしまう、天然の落とし穴のような所。
  • 天隙 … 山間(やまあい)の細くて狭い、天然の裂け目のような所。
  • 必亟去之 … 必ず速やかに立ち去って。
  • 亟 … 「すみやかに」と読み、「すみやかに」「急いで」と訳す。
  • 勿近也 … 近づいてはならない。
吾遠之、敵近之、吾迎之、敵背之。
吾(われ)は之(これ)に遠(とお)ざかり、敵(てき)は之(これ)に近(ちか)づかせ、吾(われ)は之(これ)を迎(むか)え、敵(てき)は之(これ)に背(うしろ)にせしめよ。
  • 吾遠之 … 味方はこの地から遠ざかる。「之」は絶澗から天隙までの六地を指す。
  • 敵近之 … 敵はこの地に近づくように仕向ける。
  • 吾迎之 … 味方はこの地に向かって攻撃する。
  • 敵背之 … 敵はこの地を背後にするように追い込む。
軍行有險阻、潢井、葭葦、山林、翳薈者、必謹覆索之。
軍行(ぐんこう)に険(けん)阻(そ)・潢井(こうせい)・葭葦(かい)・山林(さんりん)・翳薈(えいわい)有(あ)れば、必(かなら)ず謹(つつし)んで之(これ)を覆索(ふくさく)せよ。
  • 軍行 … 行軍中に。武経本では「軍旁」に作る。こちらは「行軍している道のそばに」の意。
  • 険阻 … 険しい場所。「嶮岨」とも書く。
  • 潢井 … 水たまりと井戸。「潢」は、水たまり。水をためた池。
  • 葭葦 … 葦(あし)の密生地。武経本では「蒹葭」に作る。
  • 山林 … 武経本では「林木」に作る。
  • 翳薈 … 草木の生い茂っている所。
  • 必謹覆索之 … 必ず念入りに探索しなければならない。「謹」は、念を入れること。
  • 覆索 … 念入りに調べ探すこと。
此伏姦之所處也。
此(こ)れ伏姦(ふくかん)の処(お)る所(ところ)なり。
  • 伏姦 … 待ち伏せして不意に襲いかかる兵。伏兵。
  • 処 … 武経本にはこの字なし。
04 敵近而靜者、恃其險也。
敵(てき)近(ちか)くして静(しず)かなるは、其(そ)の険(けん)を恃(たの)むなり。
  • 敵近而静者 … 敵が近くにおりながら、静まり返っているのは。
  • 敵 … 武経本にはこの字なし。
  • 恃其険也 … 陣地の険しさを頼りとしているからである。
  • 恃 … 頼む。頼りとする。当てにする。期待する。
遠而挑戰者、欲人之進也。
遠(とお)くして戦(たたか)いを挑(いど)むは、人(ひと)の進(すす)むを欲(ほっ)するなり。
  • 遠而挑戦者 … 敵が遠くにいながら、戦いを挑んでくるのは。
  • 欲人之進也 … こちらが進撃するのを望んでいるからである。
其所居易者、利也。
其(そ)の居(お)る所(ところ)の易(やす)きは、利(り)あるなり。
  • 其所居易者 … 敵が陣地を敷いている場所が平坦な土地であるのは。
  • 利也 … 何か利便を見出しているからである。
衆樹動者、來也。
衆(しゅう)樹(じゅ)の動(うご)くは、来(きた)るなり。
  • 衆樹動者 … 多くの木々が揺れ動いているのは。
  • 来也 … 敵が進撃してくるからである。
衆草多障者、疑也。
衆(しゅう)草(そう)の障(しょう)多(おお)きは、疑(ぎ)なり。
  • 衆草多障者 … あちこちの草を結んで覆いかぶせてあるのは。「障」は、ここでは覆いかぶせる。
  • 疑也 … 伏兵がいるように疑い惑わせるためである。
鳥起者、伏也。
鳥(とり)の起(た)つは、伏(ふく)なり。
  • 鳥起者 … 鳥が飛び立つのは。
  • 伏也 … 伏兵がいるからである。
獸駭者、覆也。
獣(けもの)の駭(おどろ)くは、覆(ふく)なり。
  • 獣駭者 … 獣が驚いて走り出すのは。
  • 駭 … 驚く。
  • 覆也 … 伏兵がいるからである。「覆」も、伏兵の意。
塵高而鋭者、車來也。
塵(ちり)高(たか)くして鋭(するど)きは、車(くるま)の来(きた)るなり。
  • 塵高而鋭者 … 砂塵が高く舞い上がって、先端が尖っているのは。
  • 車来也 … 戦車が来るからである。
卑而廣者、徒來也。
卑(ひく)くして広(ひろ)きは、徒(と)の来(きた)るなり。
  • 卑而広者 … 砂塵が低く一面に広がって舞い上がるのは。
  • 徒来也 … 敵の歩兵がやって来るからである。
散而條達者、樵採也。
散(さん)じて条(じょう)達(たつ)するは、樵(しょう)採(さい)するなり。
  • 散而条達者 … 砂塵があちらこちらで細い筋のように舞い上がるのは。「条」は、すじ。「達」は、十分にのびること。
  • 樵採也 … 炊事のために薪を取っているからである。
少而往來者、營軍也。
少(すく)なくして往来(おうらい)するは、軍(ぐん)を営(いとな)むなり。
  • 少而往来者 … 砂塵が少しだけしか上がらず、兵士が行ったり来たりしているのは。
  • 営軍也 … 宿営の準備をしているからである。
辭卑而益備者、進也。
辞(じ)卑(ひく)くして備(そな)えを益(ま)すは、進(すす)むなり。
  • 辞卑而益備者 … 敵の使者の口上はへりくだっているのに、着々と守備を増強しているのは。
  • 進也 … 実は進撃しようとしているからである。
辭疆而進驅者、退也。
辞(じ)疆(つよ)くして進(しん)駆(く)するは、退(しりぞ)くなり。
  • 辞疆而進駆者 … 敵の使者の口上が強硬で、今にも進軍してくるかのように見せるのは。「疆」は武経本では「強」に作る。
  • 進駆 … 敵陣に向かって進むこと。
  • 退也 … 実は退却しようとしているからである。
輕車先出、居其側者、陳也。
軽車(けいしゃ)先(さき)に出(い)でて、其(そ)の側(かたわら)に居(お)るは、陣(じん)するなり。
  • 軽車先出 … 軽戦車が前面に出てきて。
  • 軽車 … 戦車。軽戦車。
  • 居其側者 … 敵軍の両側に配置しているのは。
  • 陣也 … 陣立てをしているのである。「陣」と「陳」は同義。
無約而請和者、謀也。
約(やく)無(な)くして和(わ)を請(こ)うは、謀(はか)るなり。
  • 無約而請和者 … 敵が窮迫した事情もないのに、講和を申し入れてくるのは。「約」は、ここでは困窮。貧窮。一説に、誓う、約束するの意。
  • 謀也 … 何か計略があるからである。
奔走而陳兵車者、期也。
奔走(ほんそう)して兵車(へいしゃ)を陳(つら)ぬるは、期(き)するなり。
  • 奔走而陳兵車者 … 敵が慌ただしく戦車を配置しているのは。
  • 兵車 … 戦車。武経本には「車」の字なし。
  • 期也 … 決戦を期しているからである。
半進半退者、誘也。
半進(はんしん)半退(はんたい)するは、誘(さそ)うなり。
  • 半進半退者 … 敵の軍隊が進んだり、退いたりしているのは。
  • 誘也 … こちらを誘い出そうとしているからである。
杖而立者、飢也。
杖(つえ)つきて立(た)つは、飢(う)うるなり。
  • 杖而立者 … 兵士が杖にすがって立っているのは。兵器を杖として身体を支えているのは。
  • 飢也 … 食糧が不足しているからである。
汲而先飮者、渇也。
汲(く)みて先(ま)ず飲(の)むは、渇(かつ)するなり。
  • 汲而先飲者 … 水汲みに出て、本人が先に飲んでしまうのは。
  • 渇也 … 飲料水が不足しているからである。
見利而不進者、勞也。
利(り)を見(み)て進(すす)まざるは、労(つか)るるなり。
  • 見利而不進者 … 敵が有利なものを見ても、進んで攻撃してこないのは。
  • 労也 … 疲労しているからである。
鳥集者、虚也。
鳥(とり)の集(あつ)まるは、虚(むな)しきなり。
  • 鳥集者 … 鳥が敵陣の上に集まっているのは。
  • 虚也 … 敵がそこにいないからである。
夜呼者、恐也。
夜(よる)呼(よ)ぶは、恐(おそ)るるなり。
  • 夜呼者 … 夜、敵陣から大声で呼び交わす声が聞こえるのは。
  • 恐也 … 敵の兵士が恐怖にかられているからである。
軍擾者、將不重也。
軍(ぐん)の擾(みだ)るるは、将(しょう)の重(おも)からざるなり。
  • 軍擾者 … 敵軍が乱れて騒がしいのは。
  • 将不重也 … 敵の将軍に威厳がないからである。
旌旗動者、亂也。
旌(せい)旗(き)の動(うご)くは、乱(みだ)るるなり。
  • 旌旗動者 … 敵の旗が揺れ動いているのは。
  • 旌旗 … 旗。旗指物。
  • 乱也 … 軍の秩序が乱れているからである。
吏怒者、倦也。
吏(り)の怒(いか)るは、倦(う)みたるなり。
  • 吏怒者 … 上官が部下を怒鳴り散らすのは。
  • 倦也 … 兵士たちが戦いに飽きて疲れているからである。
粟馬肉食、軍無懸缻、不返其舍者、窮寇也。
馬(うま)に粟(ぞく)して肉(にく)食(しょく)し、軍(ぐん)に缻(ふ)を懸(か)くること無(な)く、其(そ)の舎(しゃ)に返(かえ)らざるは、窮(きゅう)寇(こう)なり。
  • 粟馬 … 兵士の食べる食糧を馬に食べさせる。
  • 粟 … 穀物の総称。武経本では「殺」に作る。
  • 肉食 … 兵士が牛馬を殺してその肉を食べる。武経本では「肉食者」に作る。
  • 軍無懸缻 … 懸けている軍の炊事道具を取り片付けてしまう。「缻」は、鍋や釜などの炊事道具を指し、使用しないときは懸けておく。武経本では「軍無糧也懸缶」に作る。
  • 不返其舎者 … 野営の兵舎に戻ろうとしないのは。
  • 窮寇 … 進退窮まった敵。窮地に陥っている敵。
諄諄翕翕、徐與人言者、失衆也。
諄諄翕翕(じゅんじゅんきゅうきゅう)として、徐(おもむろ)に人(ひと)と言(い)うは、衆(しゅう)を失(うしな)うなり。
  • 諄諄 … 丁寧に説き聞かせること。ねんごろに繰り返し話すこと。
  • 翕翕 … 相手に合わせるように努めること。下(した)手(て)に出ること。武経本では「mojikyo_font_035952mojikyo_font_035952」に作る。
  • 徐与人言者 … 静かにゆっくりと兵士に話しかけているのは。「徐」は、ゆっくりしている様子。
  • 失衆也 … 部下の信望を失っているからである。
數賞者、窘也。
数〻(しばしば)賞(しょう)するは、窘(くる)しむなり。
  • 数 … 「しばしば」と読み、「たびたび」と訳す。書き下し文では「〻」(二の字点)が用いられ、「数〻(しばしば)」と表記されることが多い。
  • 賞者 … 賞を与えるのは。
  • 窘也 … 行き詰まって苦しんでいるからである。
數罰者、困也。
数〻(しばしば)罰(ばっ)するは、困(くる)しむなり。
  • 罰者 … 罰を与えるのは。
  • 困也 … 苦境を脱しようとして苦しんでいるからである。「困」は「窘」と同じ。
先暴而後畏其衆者、不精之至也。
先(さき)に暴(ぼう)にして後(のち)に其(そ)の衆(しゅう)を畏(おそ)るるは、不(ふ)精(せい)の至(いた)りなり。
  • 先暴而後畏其衆者 … 始めは乱暴に兵士たちを扱っておきながら、後からその兵士たちの離反を恐れるのは。
  • 不精之至也 … まったく配慮が足りないことである。「不精」は、その道に精通していないの意。
來委謝者、欲休息也。
来(きた)りて委謝(いしゃ)するは、休(きゅう)息(そく)を欲(ほっ)するなり。
  • 来委謝者 … 敵の軍使がやって来て、穏やかに詫び言を言うのは。「委謝」は、穏やかに詫び言を言うこと。
  • 欲休息也 …しばらく休戦して兵士を休ませたいからである。
兵怒而相迎、久而不合、又不相去、必謹察之。
兵(へい)怒(いか)りて相(あい)迎(むか)え、久(ひさ)しくして合(がっ)せず、又(また)相(あい)去(さ)らざるは、必(かなら)ず謹(つつし)みて之(これ)を察(さっ)せよ。
  • 兵怒而相迎 … 敵の兵士がいきり立って、攻め寄せてきて我が軍と対峙し。
  • 久而不合 … しばらく経っても戦おうとせず。
  • 又不相去 … また撤退もしないのは。
  • 必謹察之 … 何か意図があるから、必ず慎重に観察しなければならない。
05 兵非益多也。
兵(へい)は多(おお)きを益(えき)とするに非(あら)ざるなり。
  • 兵非益多也 … 戦争は、兵士の数が多ければ多いほどよいというものではない。「益」は、有益。武経本では「兵非貴益多」に作る。
惟無武進、足以併力、料敵、取人而已。
惟(た)だ武(ぶ)進(しん)すること無(な)く、以(もっ)て力(ちから)を併(あわ)せて、敵(てき)を料(はか)るに足(た)らば、人(ひと)を取(と)らんのみ。
  • 惟無武進 … ただ猛進することなく。「惟」は武経本では「唯」に作る。
  • 武進 … 勇ましく進むこと。
  • 足以併力 … 味方の戦力を集中する。
  • 料敵 … 敵情をはかることが十分であれば。敵の力量を計算し、把握できれば。
  • 取人而已 … 敵を攻め取ることができる。「人」は、敵を指す。
夫惟無慮而易敵者、必擒於人。
夫(そ)れ惟(た)だ慮(おもんぱか)り無(な)くして敵(てき)を易(あなど)る者(もの)は、必(かなら)ず人(ひと)に擒(とりこ)にせらる。
  • 惟無慮而易敵者 … 思慮が浅く、敵を軽視するならば。「惟」は武経本では「唯」に作る。
  • 必擒於人 … 必ず敵の捕虜にされるであろう。「人」は、敵を指す。「擒」は、捕虜にする。
卒未親附而罰之、則不服。
卒(そつ)、未(いま)だ親(しん)附(ぷ)せざるに而(しか)も之(これ)を罰(ばっ)すれば、則(すなわ)ち服(ふく)せず。
  • 卒 … 兵士。歩兵。兵卒。
  • 未親附 … まだ将軍に親しみ懐(なつ)いていないのに。
  • 親附 … 親しむ。懐(なつ)く。
  • 罰之 … 懲罰を行なうと。「之」は卒を指す。
  • 不服 … 心服しなくなる。服従しなくなる。
不服、則難用也。
服(ふく)せざれば、則(すなわ)ち用(もち)い難(がた)きなり。
  • 不服則難用也 … 心服しない者は使いにくい。
  • 也 … 武経本にはこの字なし。
卒已親附而罰不行、則不可用也。
卒(そつ)、已(すで)に親(しん)附(ぷ)せるに而(しか)も罰(ばつ)行(おこな)われざれば、則(すなわ)ち用(もち)う可(べ)からざるなり。
  • 已親附而罰不行 … すでに将軍に親しみ懐(なつ)いているのに、懲罰を行なわないでいると。
  • 不可用也 … 用いることができない。働かせることができない。
  • 也 … 武経本にはこの字なし。
故令之以文、齊之以武。
故(ゆえ)に之(これ)に令(れい)するに文(ぶん)を以(もっ)てし、之(これ)を斉(ととの)うるに武(ぶ)を以(もっ)てす。
  • 令之以文 … 兵士に対し、徳をもって教える。「之」は、兵を指す。「令」は、教令する。教育する。「文」は、ここでは徳。恩徳。温情。
  • 斉之以武 … 軍の法令をもって兵士を統制する。「武」は、軍の法令を指す。
是謂必取。
是(これ)を必取(ひっしゅ)と謂(い)う。
  • 必取 … 敵を必ず攻め取る方法。
令素行以教其民、則民服。
令(れい)、素(もと)より行(おこな)われて以(もっ)て其(そ)の民(たみ)を教(おし)うれば、則(すなわ)ち民(たみ)服(ふく)す。
  • 令素行以教其民 … 普段から法令が守られていて、動員された兵士に軍の法令を教えるならば。「民」は、ここでは人民ではなく、動員されたばかりの新兵を指す。
  • 民服 … 兵士は服従する。
令不素行以教其民、則民不服。
令(れい)、素(もと)より行(おこな)われずして以(もっ)て其(そ)の民(たみ)を教(おし)うれば、則(すなわ)ち民(たみ)服(ふく)せず。
  • 令不素行以教其民 … 普段から法令が守られていないのに、動員された兵士に軍の法令を教えるならば。「民」は、ここでは人民ではなく、動員されたばかりの新兵を指す。
  • 民不服 … 兵士は服従しない。
令素行者、與衆相得也。
令(れい)、素(もと)より行(おこな)わるる者(もの)は、衆(しゅう)と相(あい)得(う)るなり。
  • 令素行者 … 日頃から法令が徹底していれば。
  • 与衆相得也 … 将軍と兵士は心が相通じ合う。兵士の信頼を勝ち取ることができる。「衆」は、ここでは大衆ではなく、兵士を指す。
計篇 作戦篇
謀攻篇 形篇
勢篇 虚実篇
軍争篇 九変篇
行軍篇 地形篇
九地篇 火攻篇
用間篇