左袒
左袒
- 出典:『史記』呂后本紀(ウィキソース「史記/卷009」参照)
- 解釈:左の片肌を脱ぐこと。転じて、人を助ける。味方すること。袒は、はだぬぐ。着物の袖を脱いで、肌を現すこと。襢とも書く。
前漢の高祖劉邦の死後、皇后の呂氏一族が実権を握り、帝位まで簒奪しようとしていた。やがて呂后が死去し、高祖の功臣たちが呂氏一族を討伐しようと起ち上がった。太尉(軍事長官)の周勃が、呂禄の率いる北軍の駐屯地に入り、呂禄に将軍の印綬を返上させ、全軍に向かって、「呂氏に味方する者は右肩を脱げ。劉氏に味方するものは左肩を脱げ」と言ったところ、全軍みな左肩を脱いで劉氏に味方することを示したという故事に基づく。
- 史記 … 前漢の司馬遷がまとめた歴史書。二十四史の一つ。事実を年代順に書き並べる編年体と違い、人物の伝記を中心とする紀伝体で編纂されている。本紀十二巻、表十巻、書八巻、世家三十巻、列伝七十巻の全百三十巻。ウィキペディア【史記】参照。
太尉將之、入軍門、行令軍中曰、爲呂氏右襢。爲劉氏左襢。
太尉、之に将とし、軍門に入り、行くゆく軍中に令して曰く、呂氏の為にするものは右袒せよ。劉氏の為にするものは左袒せよ、と。
- 太尉 … 軍事を掌る官の長官。ここでは、周勃(?~前169)を指す。周勃は、前漢の将軍で高祖の功臣。沛(江蘇省)の人。陳平とともに呂氏の乱を平定して、丞相となった。ウィキペディア【周勃】参照。
- 右袒 … 右の片肌を脱ぐこと。
- 左袒 … 左の片肌を脱ぐこと。転じて、人を助ける。加勢する。味方すること。
軍中皆左襢、爲劉氏。太尉行至。將軍呂祿亦已解上將印去。太尉遂將北軍。
軍中皆な左袒し、劉氏の為にす。太尉行き至る。将軍呂禄も亦た已に上将の印を解き去る。太尉、遂に北軍に将たり。

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