敗軍の将は兵を語らず
敗軍の将は兵を語らず
- 出典:『史記』淮陰侯列伝(ウィキソース「史記/淮陰侯列傳」参照)
- 解釈:戦いに敗れた将軍は兵法について語る資格がないように、失敗した者は、その事について意見を述べる資格がないということ。兵は、兵士ではなく、兵法の意。原文は「敗軍の将は以て勇を言う可からず」となっている。勇は、武勇の意。
漢の三年(前204)、漢の将軍韓信が趙軍と井陘の戦いで、川を背にした背水の陣で趙軍を破った。韓信は敵将の広武君李左車を殺さず生け捕りにした者には大金を出すと全軍に指令していたため、李左車は捕縛されて韓信のもとに届けられた。韓信は李左車の縄を解き、上座に座らせて軍略について教えを請うた。李左車は「敗軍の将は武勇について語るべきではないし、亡国の臣は一国の存亡について語るべきではない、と私は聞いています」と言って辞退したという故事に基づく。その後、李左車は結局、韓信の熱意にほだされ、あらゆる策を授けたという。
- 史記 … 前漢の司馬遷がまとめた歴史書。二十四史の一つ。事実を年代順に書き並べる編年体と違い、人物の伝記を中心とする紀伝体で編纂されている。本紀十二巻、表十巻、書八巻、世家三十巻、列伝七十巻の全百三十巻。ウィキペディア【史記】参照。
信乃令軍中毋殺廣武君、有能生得者購千金。於是有縛廣武君而致戲下者。信乃解其縛、東郷坐、西郷對、師事之。
信乃ち軍中に広武君を殺す毋かれ、能く生きて得る者有らば千金に購わんと令す。是に於いて広武君を縛して戯下に致す者有り。信乃ち其の縛を解き、東郷して坐せしめ、西郷して対し、之に師事す。
……於是信問廣武君曰、僕欲北攻燕、東伐齊。何若而有功。
……是に於いて信、広武君に問いて曰く、僕、北のかた燕を攻め、東のかた斉を伐たんと欲す。何若せば功有らん、と。
- 僕 … 謙遜していうときの一人称代名詞。
廣武君辭謝曰、臣聞、敗軍之將、不可以言勇。亡國之大夫、不可以圖存。今臣敗亡之虜、何足以權大事乎。
広武君、辞謝して曰く、臣聞く、敗軍の将は以て勇を言う可からず。亡国の大夫は以て存するを図る可からず。今、臣は敗亡の虜なれば、何ぞ以て大事を権るに足らんや、と。
- 辞謝 … 断りの言葉をのべて辞退する。
- 勇 … 武勇。
- 存 … 国家の存続。
- 虜 … 捕虜。

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