背水の陣(史記)
背水の陣(史記)
- 史記 … 前漢の司馬遷がまとめた歴史書。二十四史の一つ。事実を年代順に書き並べる編年体と違い、人物の伝記を中心とする紀伝体で編纂されている。本紀十二巻、表十巻、書八巻、世家三十巻、列伝七十巻の全百三十巻。ウィキペディア【史記】参照。
- 出典が『十八史略』のものは、「背水の陣(十八史略)」を参照。
未至井陘口三十里止舍。
未だ井陘口に至らざること三十里にして止舎す。
- 井陘 … 関所の名。河北省石家荘市井陘県の北東、井陘山の上にある。ウィキペディア【井陘県】参照。
- 口 … (井陘の)入り口。
- 三十里 … 約12キロメートル。
- 止舎 … 宿営する。
夜半傳發。
夜半に伝もて発せしむ。
- 夜半 … 夜中。
- 伝発 … 伝令を出して出発させる。
選輕騎二千人、人持一赤幟、從閒道萆山而望趙軍。
軽騎二千人を選び、人ごとに一赤幟を持ち、間道より山に萆れて趙の軍を望ましむ。
- 軽騎 … 身軽な装備をした騎兵。
- 一赤幟 … 一本の赤いのぼり旗。漢軍の軍旗。
- 間道 … 抜け道。
- 萆山 … 山かげに隠れる。
誡曰、趙見我走、必空壁逐我。
誡めて曰く、趙、我の走るを見るや、必ず壁を空してして我を逐わん。
- 誡 … 戒める。注意を与える。
- 我 … 我が軍。
- 走 … 逃走する。
- 壁 … とりでの中。
- 空 … 空にする。
- 逐 … 追撃する。
若疾入趙壁、拔趙幟、立漢赤幟。
若、疾やかに趙の壁に入り、趙の幟を抜きて、漢の赤幟を立てよ、と。
- 若 … 「なんじ」と読み、「お前たち」「諸君」と訳す。
- 疾 … すばやく。
令其裨將傳飧曰、今日破趙會食。
其の裨将をして飧を伝えしめて曰く、今日、趙を破りて会食せん、と。
- 裨将 … 副将。
- 飧 … 簡単な食事。
- 会食 … 食事をする。
諸將皆莫信。
諸将皆信ずるもの莫し。
- 諸将 … 将軍たち。
- 莫 … 「なし」と読み、「~ない」と訳す。「無」と同じ。
詳應曰、諾。
詳り応えて曰く、諾、と。
- 詳 … いつわる。信じるふりをする。
- 応 … 相手の問いにこたえる。
- 諾 … 承知しました。
謂軍吏曰、趙已先據便地爲壁。
軍吏に謂いて曰く、趙已に先に便地に拠りて壁を為る。
- 軍吏 … 軍隊に属する役人。諸将の配下の参謀。
- 謂~曰 … 「~にいいていわく」と読み、「~に向かって言う」と訳す。
- 便地 … 戦うのに便利な土地。
- 拠 … 占拠する。
- 為壁 … とりでを築く。
且彼未見吾大將旗鼓、未肯撃前行。
且つ彼は未だ吾が大将の旗鼓を見ざれば、未だ肯えて前行を撃たざらん。
- 且 … 「かつ」と読み、「その上」「しかも」と訳す。
- 旗鼓 … 軍旗と太鼓。軍隊の進退の合図として使う。
- 前行 … 先行部隊。
恐吾至阻險而還。
吾の阻険に至りて還らんことを恐るればなり、と。
- 阻険 … 道の険しい所。
- 還 … 引き返す。
信乃使萬人先行、出背水陳。
信、乃ち万人をして先行せしめ、出でて水を背にして陳す。
- 信 … 前漢の高祖の名将、韓信。?~前196。淮陰(江蘇省)の人。高祖を助け、漢の建国に貢献した。統一後は楚王に封ぜられたが、のち淮陰侯に左遷され、反逆を疑われて殺された。蕭何・張良とともに「漢の三傑」の一人。ウィキペディア【韓信】参照。
- 乃 … 「すなわち」と読み、「そこで」と訳す。
- 万人 … 一万人の兵。
- 使 … 「使AB」の形で「AをしてB(せ)しむ」と読み、「AにBさせる」と訳す。使役を表す。
- 先行 … 先に進ませる。
- 出 … (井陘口を)出て。
- 水 … 川。
- 陳 … 陣を敷く。
趙軍望見而大笑。
趙の軍、望み見て大いに笑う。
- 望見 … 遠くから眺めること。
- 大笑 … 大いに嘲笑する。韓信の軍が川を背に陣を敷いたのが常識外であったため。
平旦、信建大將之旗鼓、鼓行出井陘口。
平旦、信、大将の旗鼓を建て、鼓行して井陘口より出づ。
- 平旦 … 明けがた。夜明け。
- 鼓行 … 太鼓を打ち鳴らして進軍すること。
趙開壁撃之、大戰良久。
趙、壁を開きて之を撃ち、大いに戦うこと良久し。
- 良久 … 「ややひさし」と読み、「しばらく」と訳す。
於是信・張耳、詳棄鼓旗、走水上軍。
是に於いて信・張耳、詳りて鼓旗を棄て、水上の軍に走る。
- 於是 … 「ここにおいて」と読み、「そこで」と訳す。ちなみに「是以」は「ここをもって」と読み、「こういうわけで」と訳す。「以是」は「これをもって」と読み、「この点から」と訳す。
- 張耳 … ?~前202。前漢初の武将。魏の大梁(今の河南省開封市)の人。のち、漢の高祖のもとに走り、韓信とともに井陘の戦いで趙を破って趙王に封ぜられた。ウィキペディア【張耳】参照。
- 詳 … 負けたふりをする。
- 水上軍 … 川のほとりに陣取った軍。
- 走 … 逃げ帰る。
水上軍開入之、復疾戰。
水上の軍開きて之を入れ、復た疾戦す。
- 復 … 「また」と読み、「もう一度」「再び」と訳す。
- 疾戦 … 激しく戦う。
趙果空壁爭漢鼓旗、逐韓信・張耳。
趙果たして壁を空しくして漢の鼓旗を争い、韓信・張耳を逐う。
- 果 … 「はたして」と読み、「思ったとおり」と訳す。
- 争 … 争奪する。
- 逐 … 追撃する。
韓信・張耳、已入水上軍、軍皆殊死戰、不可敗。
韓信・張耳、已に水上の軍に入り、軍皆殊死して戦い、敗るべからず。
- 殊死 … 死に物狂い。
信所出奇兵二千騎、共候趙空壁逐利、則馳入趙壁、皆拔趙旗、立漢赤幟二千。
信の出しし所の奇兵二千騎、共に趙の壁を空しくして利を逐うを候い、則ち馳せて趙の壁に入り、皆趙の旗を抜きて、漢の赤幟二千を立つ。
- 奇兵 … 奇襲部隊。
- 候 … うかがう。そっと様子を探る。
- 利 … 戦利品。
趙軍已不勝、不能得信等。
趙の軍已に勝たず、信等を得る能わず。
- 已 … 「すでに」と読み、「もはや」「もう」と訳す。
- 不能得 … 捕らえることができない。
欲還歸壁。
壁に還帰せんと欲す。
- 還帰 … (とりでに)引き揚げる。
壁皆漢赤幟而大驚、以爲、漢皆已得趙王將矣。
壁皆漢の赤幟にして大いに驚き、以為えらく、漢皆已に趙の王将を得たるならんと。
- 以為 … 「おもえらく~と」と読み、「~と思う」と訳す。「以て~と為す」と同じ。
- 趙王将 … 趙王と将軍たち。
- 得 … (漢軍がすでに趙王や将軍たちを皆)捕らえてしまった。
兵遂亂遁走。
兵遂に乱れ遁走す。
- 遂 … 「ついに」と読み、「かくして」「その結果」と訳す。
- 遁走 … 逃げ出す。逃走する。
趙將雖斬之、不能禁也。
趙の将之を斬ると雖も、禁ずる能わざるなり。
- 不能禁也 … 制することができなかった。
於是漢兵夾撃、大破虜趙軍、斬成安君泜水上、禽趙王歇。
是に於いて漢の兵夾撃し、大いに破りて趙の軍を虜にし、成安君を泜水の上に斬り、趙王の歇を禽う。
- 於是 … 「ここにおいて」と読み、「そこで」と訳す。
- 夾撃 … 挟み撃ちにする。
- 成安君 … 秦末の武将、陳余。ウィキペディア【陳余】参照。
- 泜水 … 川の名。今の河北省元氏県の西から東流する川。
- 禽 … 捕らえる。とりこにする。
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