刎頸の交わり
刎頸の交わり
- 出典:『史記』廉頗藺相如列伝(ウィキソース「史記/卷081」参照)、『十八史略』巻一・春秋戦国・趙
- 解釈:友のためなら首を斬られても決して後悔しないほどの、固い友情で結ばれた交際。
- 史記 … 前漢の司馬遷がまとめた歴史書。二十四史の一つ。事実を年代順に書き並べる編年体と違い、人物の伝記を中心とする紀伝体で編纂されている。本紀十二巻、表十巻、書八巻、世家三十巻、列伝七十巻の全百三十巻。ウィキペディア【史記】参照。
〔史記、廉頗藺相如列伝、藺相如〕
既罷歸國。
既罷歸國。
既に罷めて国に帰る。
- 既罷 … (趙王と藺相如は澠池の会が)終わって。「澠池の会」とは、澠池で開かれた和睦会議のこと。藺相如の機転により、趙王は秦王の威勢に屈することなく、面目を保てた。「罷」は、終わる。
以相如功大、拜爲上卿。
相如の功の大なるを以て、拝して上卿と為す。
- 相如 … 戦国時代の趙の名臣、藺相如。生没年未詳。ウィキペディア【藺相如】参照。
- 功 … 澠池の会での功績。
- 上卿 … 周代、最上位の高官。
位在廉頗之右。
位廉頗の右に在り。
- 廉頗 … 戦国時代、趙の武将。生没年未詳。ウィキペディア【廉頗】参照。
- 右 … 当時は左より右が上位であった。
廉頗曰、我爲趙將、有攻城野戰之大功。
廉頗曰く、我、趙の将と為り、攻城野戦の大功有り。
- 攻城野戦 … 城攻めと、山野での交戦。
- 大功 … 大きなてがら。
而藺相如徒以口舌爲勞、而位居我上。
而るに藺相如は徒だ口舌を以て労を為し、而も位は我が上に居る。
- 而 … 「しかるに」と読み、「それなのに」「ところが」と訳す。逆接の意を示す。
- 徒 … 「ただ」と読み、「ただ~だけだ」と訳す。限定の意を示す。
- 口舌 … 口先。弁舌。
且相如素賤人。
且つ相如は素賤人なり。
- 且 … 「かつ」と読み、「その上」「まして」と訳す。
- 素 … もともと。
- 賤人 … 身分の低い人。
吾羞不忍爲之下。
吾羞じて之が下たるに忍びず。
- 之 … 藺相如を指す。
- 下 … 地位が低いこと。
- 不忍 … 我慢できない。
宣言曰、我見相如、必辱之。
宣言して曰く、我相如を見ば、必ず之を辱めん、と。
- 宣言 … 言いふらす。
- 之 … 藺相如を指す。
- 辱 … 恥をかかせてやる。
相如聞、不肯與會。
相如聞きて、与に会するを肯んぜず。
- 与 … 一緒に。
- 会 … (廉頗と)顔を合わせること。
- 不肯 … 承知しない。
相如毎朝時、常稱病、不欲與廉頗爭列。
相如朝する時毎に、常に病と称して、廉頗と列を争うを欲せず。
- 朝 … 朝廷に出仕する。
- 毎 … 「ごとに」と読み、「~するときはいつも」と訳す。
已而相如出、望見廉頗。
已にして相如出でて、廉頗を望見す。
- 已 … その後。
- 望見 … 遠くから眺めること。
相如引車避匿。
相如車を引きて避け匿る。
- 引 … 引き返す。
- 避匿 … (廉頗を)避けて隠れる。
於是舍人相與諫曰、
是に於いて舎人相与に諫めて曰く、
- 於是 … 「ここにおいて」と読み、「そこで」と訳す。ちなみに「是以」は「ここをもって」と読み、「こういうわけで」と訳す。「以是」は「これをもって」と読み、「この点から」と訳す。
- 舎人 … 家来。側近。
臣所以去親戚而事君者、徒慕君之高義也。
臣の親戚を去りて君に事うる所以の者は、徒だ君の高義を慕えばなり。
- 臣 … わたくし。臣下が君主に対してへりくだっていう自称の言葉。
- 所以 … 「~(す)るゆえん」と読み、「~する理由」と訳す。理由の意を示す。
- 徒 … 「ただ」と読み、「ただ~だけだ」と訳す。限定の意を示す。
- 高義 … 立派な徳。高く立派な人格。
今君與廉頗同列。
今、君廉頗と列を同じくす。
- 同列 … 序列を同じくする。同じ地位になる。
廉君宣惡言、而君畏匿之、恐懼殊甚。
廉君悪言を宣ぶるに、君は之を畏れ匿れ、恐懼すること殊に甚だし。
- 廉君 … 廉頗将軍。
- 悪言 … 悪口。
- 宣 … 言いふらす。
- 之 … 廉頗を指す。
- 恐懼 … 恐れおののく。
且庸人尚羞之。況於將相乎。
且つ庸人すら尚お之を羞ず。況んや将相に於いてをや。
- 且 … 「かつ」と読み、「その上」「まして」と訳す。
- 庸人 … 平凡な人。並の人。
- 庸人尚羞之。況於將相乎 … 並の人でさえ恥ずかしいと思う。まして将軍や大臣ならばなおさらである。「A尚B。況C乎」は「AすらなおB。いわんやCをや」と読み、「AでさえBだ。ましてCはなおさらだ」と訳す。抑揚の意を示す。
臣等不肖。
臣等不肖なり。
- 臣等 … 私どもは。私たちは。
- 不肖 … 愚か者です(が、我慢できません)。「不肖」は自分をへりくだっていう語。
請辭去。
請う辞去せん、と。
- 請 … 「こう~ん」と読み、「どうか~させてほしい」と訳す。願望の意を示す。
- 辞去 … いとまごいをする。
藺相如固止之曰、公之視廉將軍、孰與秦王。
藺相如固く之を止めて曰く、公の廉将軍を視ること、秦王に孰与れぞ、と。
- 固止 … 強く引きとどめて。
- 公 … あなた(たち)。他人に対する尊称。ここでは藺相如が家来に対してこの語を使っている。
- 孰与~ … 「~にいずれぞ」と読み、「どちらか」と訳す。
- 孰与秦王 … 秦王とどちらが上か。
曰、不若也。
曰く、若かざるなり。
- 不若也 … 廉将軍は秦王に及びません。
- 不若 … 比較形。「A不若B」の形で「AはBにしかず」と読み、「AはBに及ばない」「AよりBの方がよい」と訳す。Aの部分が省略されることもある。「不如」も同じ。
相如曰、夫以秦王之威、而相如廷叱之、辱其群臣。
相如曰く、夫れ秦王の威を以てして、相如之を廷叱し、其の群臣を辱む。
- 夫 … 「それ」と読み、「そもそも」と訳す。文頭におかれる。
- 威 … 威力。威光。権威。
- 之 … 秦王を指す。
- 廷叱 … 朝廷の中で、多くの人の面前でしかりつけること。
- 群臣 … たくさんの臣下。
相如雖駑、獨畏廉將軍哉。
相如駑なりと雖も、独り廉将軍を畏れんや。
- 駑 … 愚か者。「駑」は「にぶい」の意。
- 独畏廉将軍哉 … どうして廉将軍を恐れることがあろうか、いや恐れない。
- 独~哉 … 「ひとり~んや」と読み、「どうして~か、いや~ない」と訳す。反語を表す。
顧吾念之、彊秦之所以不敢加兵於趙者、徒以吾兩人在也。
顧だ吾之を念うに、彊秦の敢えて兵を趙に加えざる所以の者は、徒だ吾が両人の在るを以てなり。
- 顧 … 「ただ」と読み、「ただ」「けれども」と訳す。前とは逆の状況を以下で示す接続詞。
- 念 … 思う。
- 彊秦 … 強大な秦。「彊」は「強」と同じ。
- 所以不敢加兵於趙 … 思いきって趙の国に攻めてこない理由。「不敢」は、思いきって~しない。
- 徒 … 「ただ」と読み、「ただ~だけだ」と訳す。限定の意を示す。
- 両人 … 我々二人。藺相如と廉頗将軍を指す。
今兩虎共鬪、其勢不倶生。
今両虎共に闘わば、其の勢い倶には生きざらん。
- 今 … 「いま」と読み、「もし~ならば」と訳す。順接の仮定を表す。
- 両虎 … 二頭の虎。藺相如と廉頗の喩え。
- 不倶 … 「ともには~ず」と読み、「一緒には~ない」「一緒に~ということはない」と訳す。
吾所以爲此者、以先國家之急、而後私讎也。
吾の此を為す所以の者は、国家の急を先にして、私讎を後にするを以てなり、と。
- 吾所以為此者 … 私が廉将軍を避けている理由は。
- 急 … 危急。
- 私讎 … 個人的な恨み。
廉頗聞之、肉袒負荊、因賓客、至藺相如門、謝罪曰、
廉頗之を聞き、肉袒して荊を負い、賓客に因りて、藺相如の門に至り、罪を謝して曰く、
- 肉袒 … 上体の肌を現す。罪人の姿で謝罪の意を示す。
- 負荊 … 茨の鞭を背負う。謝罪の意志を表す。
鄙賤之人、不知將軍寬之至此也。
鄙賤の人、将軍の寬なることの此に至るを知らざるなり、と。
- 鄙賤 … 心がいやしい。
- 寬 … 寛容。
卒相與驩、爲刎頸之交。
卒に相与に驩び、刎頸の交わりを為す。
- 卒 … 「ついに」と読み、「結局」「とうとう」と訳す。「終」「竟」「畢」も同じ。一方、「遂」だけは「そのまま」と訳す。
- 驩 … 喜ぶ。
- 刎頸之交 … 友人のためなら首をはねられても後悔しないほどの親しい交わり。「刎頸」は、首をはねる。
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