完璧(史記)
完璧(史記)
完璧帰趙(璧を完うして趙に帰る)
完璧帰趙(璧を完うして趙に帰る)
- 出典:『史記』廉頗藺相如列伝(ウィキソース「史記/卷081」参照)
- 解釈:完全でまったく欠点のないこと。原義は、借りた物を傷つけず無事に返却すること。趙の恵文王が楚から入手した和氏の璧という宝玉を秦の昭王が欲しがり、十五城と交換しようと申し込んできた。使者となった藺相如が璧を持って秦に行った。相如は秦の昭王が十五城を割譲する意思のないことを知り、その璧を無傷のまま趙に持ち帰ったという故事から。
於是王召見、問藺相如曰、秦王以十五城請易寡人之璧。
是に於いて、王召見し、藺相如に問いて曰く、秦王、十五城を以て寡人の璧に易えんことを請う。
- 於是 … 「ここにおいて」と読み、「そこで」と訳す。ちなみに「是以」は「ここをもって」と読み、「こういうわけで」と訳す。「以是」は「これをもって」と読み、「この点から」と訳す。
- 召見 … 召し寄せて会うこと。
- 藺相如 … 戦国時代の趙の名臣。生没年未詳。ウィキペディア【藺相如】参照。
- 秦王 … 秦の昭王。在位前306~前251。名は則。諡は昭襄。父は恵文王(秦)。ウィキペディア【昭襄王 (秦)】参照。
- 城 … 城壁で囲まれた町。城市。
- 寡人 … わたくし。諸侯が自分を謙遜していう言葉。「徳の少ない人」という意味。「寡」は「少」と同じ。
- 璧 … 和氏の璧。ウィキペディア【和氏の璧】参照。
- 易 … 交換する。取り替える。
可予不。
予う可きや不や、と。
- 予 … 与える。
- 不 … 「~やいなや」と読み、「~するのかしないのか」と訳す。
相如曰、秦彊而趙弱。
相如曰く、秦は彊くして趙は弱し。
- 彊 … 強国。「彊」は「強」に同じ。
不可不許。
許さざる可からず、と。
- 許 … (璧と城市との交換を)聞き入れる。
- 不可不~ … 「~ざるべからず」と読み、「~しないわけにはいかない」「~せねばならない」と訳す。二重否定で、強い肯定を表す。
王曰、取吾璧、不予我城、奈何。
王曰く、吾が璧を取りて、我に城を予えずんば、奈何せん、と。
- 王 … 趙王を指す。
- 不 … 「~ずんば」と読み、「もし~ないならば」と訳す。
- 奈何 … 「いかんせん」と読み、「どうすればよいか」「どのようにするか」と訳す。手段・方法を問う疑問詞。
相如曰、秦以城求璧、而趙不許、曲在趙。
相如曰く、秦、城を以て璧を求むるに、趙許さずんば、曲は趙に在り。
- 趙不許 … 趙が(璧と城市との交換を)聞き入れないのであれば。
- 曲 … 誤り。非。正しくないこと。
趙予璧而秦不予趙城、曲在秦。
趙、璧を予うるに、秦、趙に城を予えずんば、曲は秦に在り。
- 予 … 与える。
- 曲 … 誤り。非。正しくないこと。
均之二策、寧許以負秦曲。
之の二策を均るに、寧ろ許して以て秦に曲を負わしめん、と。
- 二策 … 二つの策。二つとは、璧と城市とを交換するという秦王の提案を聞き入れるか、聞き入れないかということ。
- 均 … ここでは公平に比べること。
- 寧許以負秦曲 … 秦王の提案を聞き入れ、非を秦に負わせる方がよい。
- 寧~ … 「むしろ~(せ)ん」と読み、「~の方がよい」「~の方がましだ」と訳す。一方を選択する意を示す。
王曰、誰可使者。
王曰く、誰か使いす可き者ぞ、と。
- 誰可使者 … 誰を使者にするのがよいか。「使」は使者。
相如曰、王必無人、臣願奉璧往使。
相如曰く、王必ず人無くんば、臣願わくは璧を奉じて往きて使いせん。
- 必無人 … どうしても適任の人がいないならば。
- 願 … 「ねがわくは~せん」と読み、「どうか~したい」と訳す。自らの願望の意を示す。
- 奉璧 … 璧を両手でささげ持つ。
城入趙而璧留秦。
城趙に入らば璧は秦に留めん。
- 留 … 置いてくる。
城不入、臣請完璧歸趙。
城入らずんば、臣請う璧を完うして趙に帰らん。
- 請 … 君主にお願いする。
- 完 … 傷つけることなく。無事に。
趙王於是、遂遣相如奉璧西入秦。
趙王是に於いて、遂に相如をして璧を奉じて西して秦に入らしむ。
- 於是 … 「ここにおいて」と読み、「そこで」と訳す。
- 遂 … 「ついに」と読み、「そのまま」と訳す。
- 遣 … 「遣AB」の形で「AをしてB(せ)しむ」と読み、「AにBさせる」と訳す。使役の意を示す。
秦王坐章臺見相如。
秦王、章台に坐して相如を見る。
- 章台 … 秦の都咸陽の西南隅にあった楼台の名。また、その楼台のある宮殿の名。外国の使者と接見する場合、通常宮廷の正殿を用いるが、章台を用いたのは相如を軽視している態度の表れである。
相如奉璧奏秦王。
相如、璧を奉じて秦王に奏む。
- 奏 … 君主の前に差し出す。奉呈する。
秦王大喜、傳以示美人及左右。
秦王大いに喜び、伝えて以て美人及び左右に示す。
- 美人 … 侍女、または愛妾。また、女官の位の名称でもある。
- 左右 … 左右に仕える臣下。近臣。側近。
左右皆呼萬歳。
左右皆万歳と呼ぶ。
相如視秦王無意償趙城、乃前曰、璧有瑕。
相如、秦王の趙に城を償うに意無きを視て、乃ち前みて曰く、璧に瑕有り。
- 乃 … 「すなわち」と読み、「そこで」と訳す。
- 前 … 進み出て。
請指示王。
請う王に指示せん、と。
- 請 … 君主にお願いする。
- 指示 … 教え示す。
王授璧。
王、璧を授く。
- 授 … (相如に)渡した。
相如因持璧、卻立倚柱、怒髮上衝冠。
相如、因りて璧を持ち、却立して柱に倚り、怒髪上りて冠を衝く。
- 因 … この機に乗じて。
- 却立 … 後ろへさがって立つ。
- 怒髪 … はげしい怒りで逆立った髪のこと。
- 衝冠 … 逆立った髪が冠を突きあげる。激しく怒るさま。
謂秦王曰、大王欲得璧、使人發書至趙王。
秦王に謂いて曰く、大王、璧を得んと欲し、人をして書を発して趙王に至らしむ。
- 謂~曰 … 「~にいいていわく」と読み、「~に向かって言う」と訳す。
- 書 … 書簡。
趙王悉召群臣議。
趙王悉く群臣を召して議せしむ。
- 悉 … 細かいところまですべて。
- 群臣 … 多くの家臣。ここではすべての家臣。
- 召 … 召集する。
- 議 … 議論させる。「ぎせしむ」と使役に読む。
皆曰、秦貪負其彊、以空言求璧。
皆曰く、秦は貪にして其の彊きを負み、空言を以て璧を求む。
- 貪 … 欲深い。貪欲。
- 彊 … 国力の強さ。「彊」は「強」に同じ。
- 負 … 力として頼りにする。
- 空言 … うそ。
償城恐不可得。
償城恐らくは得可からざらん、と。
- 償城 … (璧の)代償としての城市。
- 恐不可得 … 多分手に入れられないだろう。
- 恐~ … 「おそらくは~ん」と読み、「きっと~だろう」「多分~だろう」と訳す。
議不欲予秦璧。
議、秦に璧を予うるを欲せず。
- 議 … 議論の結果。協議。結論。
臣以爲布衣之交、尚不相欺。況大國乎。
臣以為えらく、布衣の交わりすら、尚お相欺かず。況んや大国をや。
- 臣 … わたくし。臣下が君主に対してへりくだっていう自称の言葉。
- 以為 … 「おもえらく~」と読み、「~と思う」と訳す。
- 布衣 … 庶民。庶民は布の衣を着たことから。
- 尚~況 … 「A尚(猶)B、況C」の形で「AすらなおBす、いわんやCをや」と読み、「AでさえもBなのだから、ましてCならなおさらだ」と訳す。抑揚の意を示す。
- 相 … お互いに。
- 布衣之交、尚不相欺。況大国乎 … 庶民でさえもお互いに欺かないのだから、まして大国ならなおさらだ。
且以一璧之故、逆彊秦之驩、不可。
且つ一璧の故を以て、彊秦の驩に逆らうは、不可なり、と。
- 且 … 「かつ」と読み、「その上」「しかも」と訳す。
- 一璧 … 僅か璧一つ。
- 彊秦 … 強大な秦。「彊」は「強」と同じ。
- 驩 … 友好関係。好。
於是趙王乃齋戒五日、使臣奉璧、拜送書於庭。
是に於いて、趙王乃ち斎戒すること五日、臣をして璧を奉ぜしめ、書を庭に拝送す。
- 於是 … 「ここにおいて」と読み、「そこで」と訳す。
- 乃 … 「すなわち」と読み、「なんと」「意外にも」と訳す。感嘆の意を示す。
- 斎戒 … ある期間、飲食や行動を慎んで心身を清めること。物忌み。
- 臣 … わたくし。臣下が君主に対してへりくだっていう自称の言葉。
- 庭 … 秦の宮廷。
- 拝送 … 謹んで届ける。物を送ることの謙譲語。
何者、嚴大國之威、以修敬也。
何となれば、大国の威を厳れて、以て敬を修むればなり。
- 何者 … 「なんとなれば」と読み、「なぜならば」「というのも」と訳す。
- 大国 … 秦を指す。
- 威 … 威勢。権威。
- 厳 … 畏れつつしむ。憚る。
- 修敬 … 敬意を払う。
今臣至、大王見臣列觀、禮節甚倨。
今、臣至るに、大王、臣を列観に見て、礼節甚だ倨る。
- 列観 … ありきたりの建物。相如は趙の正式な使者であるので、宮廷の正殿で会わなければならない。
- 礼節 … 礼儀と節度。
- 甚 … 「はなはだ~」と読み、「ひどく~」「ひじょうに~」「ふかく~」と訳す。
- 倨 … おごり高ぶる。
得璧傳之美人、以戲弄臣。
璧を得るや之を美人に伝え、以て臣を戯弄す。
- 美人 … 侍女、または愛妾。また、女官の位の名称でもある。
- 戯弄 … 戯れもてあそぶ。愚弄する。
臣觀大王無意償趙王城邑、故臣復取璧。
臣、大王の趙王に城邑を償うに意無きを観、故に臣復た璧を取る。
- 城邑 … 城市。
- 償 … 代償として。
- 復 … 「また」と読み、「もう一度」「再び」と訳す。
大王必欲急臣、臣頭今與璧倶碎於柱矣。
大王必ず臣に急にせんと欲せば、臣の頭は今璧と倶に柱に砕けん。
- 必 … ここでは「どうしても~ならば」と訳す。
- 欲急臣 … 私に危害を及ぼそうと思うのならば。
- 与 … 「と」と読み、「~と」と訳す。「A与B」の場合は、「AとB与」と読む。「與」は「与」の旧字体。
- 倶 … 「ともに」と読み、「そろって」「両方とも」と訳す。
- 矣 … 置き字。訓読しない。断定の意を示す。
相如持其璧、睨柱、欲以撃柱。
相如其の璧を持ちて、柱を睨み、以て柱に撃たんと欲す。
- 撃 … 打ちつける。
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