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完璧(史記)

完璧(かんぺき)(史記)
完璧帰趙(璧(へき)を完(まっと)うして趙(ちょう)に帰(かえ)る)
  • 出典:『史記』廉(れん)頗(ぱ)藺(りん)相(しょう)如(じょ)列伝・藺相如(ウィキソース「史記/卷081」参照)
  • 解釈:完全でまったく欠点のないこと。原義は、借りた物を傷つけず無事に返却すること。
     戦国時代、趙の恵文王が楚から入手した和氏(かし)の璧(へき)という宝玉を秦の昭王が欲しがり、十五城と交換しようと申し込んできた。使者となった藺(りん)相(しょう)如(じょ)が璧を持って秦に行った。相如は璧を捧げ持って秦王に渡したところ、秦王は大いに喜び、侍女や側近の者たちに見せ、側近の者たちは万歳を唱えた。
     相如は、秦王に城を割譲する意思のないことを見て取り、「璧には傷があります。お教えしましょう」と嘘をついて璧を秦王から取り上げ、柱に身を寄せた。相如は怒りのあまり、逆立った髪が冠(かんむり)を突き上げる勢いであった。
     相如は「先ほどから大王の様子を見ていると、城を渡す気がないと見て取りました。私に危害を加えようとするなら、その前に璧もろとも頭を柱に打ちつけて死ぬまでです」と言った。
     秦王はあわてて役人に地図を持ってこさせ、十五城をやろうと言ったが、それは本心でないと察した相如は、「趙王は私を送り出すとき、秦に敬意を払い五日間斎戒(さいかい)されました。大王も五日間斎戒なさり、その後正式に璧を受け取る儀式を執り行ってください」と要求した。秦王はしぶしぶ承知し、相如を客舎で休ませた。相如は従者に璧を持たせてひそかに趙に持ち帰らせた。
     秦王は五日の斎戒を終え、相如を引見した。相如は従者に璧を持ち帰らせたことを伝え、「私は大王を欺きました。どうか私は釜茹での刑にしてください」と言った。
     左右の家臣たちは相如を引っ立てようとしたが、秦王は「ここで相如を殺しても璧を手に入れることはできない。秦と趙とのよしみも絶つことになる。ここは手厚くもてなし、趙へ帰らせる方がよかろう」と言った。
     結局、秦も城を与えないかわりに趙も璧を渡さないということになり、相如は無事に帰国できた、という故事に基づく。
  • 史記 … 前漢の司馬遷がまとめた歴史書。二十四史の一つ。事実を年代順に書き並べる編年体と違い、人物の伝記を中心とする紀伝体で編纂されている。本紀十二巻、表十巻、書八巻、世家三十巻、列伝七十巻の全百三十巻。ウィキペディア【史記】参照。
  • 出典が『十八史略』のものは、「完璧(十八史略)」を参照。
於是王召見、問藺相如曰、秦王以十五城請易寡人之璧。可予不。相如曰、秦彊而趙弱。不可不許。王曰、取吾璧、不予我城、奈何。相如曰、秦以城求璧、而趙不許、曲在趙。趙予璧而秦不予趙城、曲在秦。均之二策、寧許以負秦曲。
是(ここ)に於(お)いて、王(おう)、召(しょう)見(けん)し、藺(りん)相(しょう)如(じょ)に問(と)いて曰(いわ)く、秦王(しんおう)、十(じゅう)五(ご)城(じょう)を以(もっ)て寡(か)人(じん)の璧(へき)に易(か)えんことを請(こ)う。予(あた)う可(べ)きや不(いな)や、と。相(しょう)如(じょ)曰(いわ)く、秦(しん)は彊(つよ)くして趙(ちょう)は弱(よわ)し。許(ゆる)さざる可(べ)からず、と。王(おう)曰(いわ)く、吾(わ)が璧(へき)を取(と)りて、我(われ)に城(しろ)を予(あた)えずんば、奈何(いかん)せん、と。相(しょう)如(じょ)曰(いわ)く、秦(しん)、城(しろ)を以(もっ)て璧(へき)を求(もと)むるに、趙(ちょう)許(ゆる)さずんば、曲(きょく)は趙(ちょう)に在(あ)り。趙(ちょう)、璧(へき)を予(あた)うるに、秦(しん)、趙(ちょう)に城(しろ)を予(あた)えずんば、曲(きょく)は秦(しん)に在(あ)り。之(こ)の二(に)策(さく)を均(はか)るに、寧(むし)ろ許(ゆる)して以(もっ)て秦(しん)に曲(きょく)を負(お)わしめん、と。
  • 於是 … 「ここにおいて」と読み、「そこで」と訳す。ちなみに「是以」は「ここをもって」と読み、「こういうわけで」と訳す。「以是」は「これをもって」と読み、「この点から」と訳す。
  • 召見 … 召し寄せて会うこと。
  • 藺相如 … 戦国時代の趙の名臣。生没年未詳。ウィキペディア【藺相如】参照。
  • 秦王 … 秦の昭王。在位前306~前251。名は則。諡(おくりな)は昭襄(しょうじょう)。父は恵文王。ウィキペディア【昭襄王 (秦)】参照。
  • 城 … 城壁で囲まれた町。城(じょう)市(し)。
  • 寡人 … わたくし。諸侯が自分を謙遜していうことば。「徳の少ない人」という意。寡は、少に同じ。
  • 璧 … 和氏(かし)の璧(へき)。ウィキペディア【和氏の璧】参照。
  • 易 … 交換する。取り替える。
  • 予 … 与える。
  • 不 … 「~やいなや」と読み、「~するのかしないのか」と訳す。
  • 彊 … 強国。彊は、強に同じ。
  • 許 … (璧と城市との交換を)聞き入れる。
  • 不可不~ … 「~ざるべからず」と読み、「~しないわけにはいかない」「~せねばならない」と訳す。二重否定で、強い肯定を表す。
  • 王 … 趙王を指す。
  • 不予 … 「予(あた)えずんば」と読み、「もし与えないならば」と訳す。
  • 奈何 … 「いかんせん」と読み、「どうすればよいか」「どのようにするか」と訳す。手段・方法を問う疑問詞。
  • 趙不許 … 趙が(璧と城市との交換を)聞き入れないのであれば。
  • 曲 … 誤り。非。正しくないこと。
  • 二策 … 二つの策。二つとは、璧と城市とを交換するという秦王の提案を聞き入れるか、聞き入れないかということ。
  • 均 … ここでは公平に比べること。
  • 寧許以負秦曲 … 秦王の提案を聞き入れ、非を秦に負わせる方がよい。
  • 寧~ … 「むしろ~(せ)ん」と読み、「~の方がよい」「~の方がましだ」と訳す。一方を選択する意を示す。
王曰、誰可使者。相如曰、王必無人、臣願奉璧往使。城入趙而璧留秦。城不入、臣請完璧歸趙。趙王於是、遂遣相如奉璧西入秦。
王(おう)曰(いわ)く、誰(たれ)か使(つか)いす可(べ)き者(もの)ぞ、と。相(しょう)如(じょ)曰(いわ)く、王(おう)必(かなら)ず人(ひと)無(な)くんば、臣(しん)願(ねが)わくは璧(へき)を奉(ほう)じて往(ゆ)きて使(つか)いせん。城(しろ)趙(ちょう)に入(い)らば璧(へき)は秦(しん)に留(とど)めん。城(しろ)入(い)らずんば、臣(しん)請(こ)う璧(へき)を完(まっと)うして趙(ちょう)に帰(かえ)らん。趙(ちょう)王(おう)是(ここ)に於(お)いて、遂(つい)に相(しょう)如(じょ)をして璧(へき)を奉(ほう)じて西(にし)して秦(しん)に入(い)らしむ。
  • 誰可使者 … 誰を使者にするのがよいか。使は、使者。
  • 必無人 … どうしても適任の人がいないならば。
  • 願 … 「ねがわくは~せん」と読み、「どうか~したい」と訳す。自らの願望の意を示す。
  • 奉璧 … 璧を両手でささげ持つ。
  • 留 … 置いてくる。
  • 請 … 君主にお願いする。
  • 完 … 傷つけることなく。無事に。
  • 於是 … 「ここにおいて」と読み、「そこで」と訳す。
  • 遂 … 「ついに」と読み、「そのまま」と訳す。
  • 遣 … 「遣AB」の形で「AをしてB(せ)しむ」と読み、「AにBさせる」と訳す。使役の意を示す。
秦王坐章臺見相如。相如奉璧奏秦王。秦王大喜、傳以示美人及左右。左右皆呼萬歳。
秦王(しんおう)、章(しょう)台(だい)に坐(ざ)して相(しょう)如(じょ)を見(み)る。相(しょう)如(じょ)、璧(へき)を奉(ほう)じて秦王(しんおう)に奏(すす)む。秦王(しんおう)大(おお)いに喜(よろこ)び、伝(つた)えて以(もっ)て美(び)人(じん)及(およ)び左(さ)右(ゆう)に示(しめ)す。左(さ)右(ゆう)皆(み)な万歳(ばんざい)と呼(よ)ぶ。
  • 章台 … 秦の都咸陽(かんよう)の西南隅にあった楼台の名。また、その楼台のある宮殿の名。外国の使者と接見する場合、通常宮廷の正殿を用いるが、章台を用いたのは相如を軽視している態度の表れである。
  • 奏 … 君主の前に差し出す。奉呈する。
  • 美人 … 侍女、または愛妾。また、女官の位の名称でもある。
  • 左右 … 左右に仕える臣下。近臣。側近。
相如視秦王無意償趙城、乃前曰、璧有瑕。請指示王。王授璧。相如因持璧、卻立倚柱、怒髮上衝冠。
相(しょう)如(じょ)、秦王(しんおう)の趙(ちょう)に城(しろ)を償(つぐな)うに意(い)無(な)きを視(み)て、乃(すなわ)ち前(すす)みて曰(いわ)く、璧(へき)に瑕(きず)有(あ)り。請(こ)う王(おう)に指示(しじ)せん、と。王(おう)、璧(へき)を授(さず)く。相(しょう)如(じょ)、因(よ)りて璧(へき)を持(も)ち、却(きゃく)立(りつ)して柱(はしら)に倚(よ)り、怒(ど)髪(はつ)上(のぼ)りて冠(かんむり)を衝(つ)く。
  • 乃 … 「すなわち」と読み、「そこで」と訳す。
  • 前 … 進み出て。
  • 請 … 君主にお願いする。
  • 指示 … 教え示す。
  • 授 … (相如に)渡した。
  • 因 … この機に乗じて。
  • 却立 … 後ろへさがって立つ。
  • 怒髪 … はげしい怒りで逆立った髪のこと。
  • 衝冠 … 逆立った髪が冠を突きあげる。激しく怒るさま。
謂秦王曰、大王欲得璧、使人發書至趙王。趙王悉召群臣議。皆曰、秦貪負其彊、以空言求璧。償城恐不可得。議不欲予秦璧。
秦王(しんおう)に謂(い)いて曰(いわ)く、大王(だいおう)、璧(へき)を得(え)んと欲(ほっ)し、人(ひと)をして書(しょ)を発(はっ)して趙(ちょう)王(おう)に至(いた)らしむ。趙(ちょう)王(おう)悉(ことごと)く群臣(ぐんしん)を召(め)して議(ぎ)せしむ。皆(み)な曰(いわ)く、秦(しん)は貪(たん)にして其(そ)の彊(つよ)きを負(たの)み、空言(くうげん)を以(もっ)て璧(へき)を求(もと)む。償(しょう)城(じょう)恐(おそ)らくは得(う)可(べ)からざらん、と。議(ぎ)、秦(しん)に璧(へき)を予(あた)うるを欲(ほっ)せず。
  • 謂~曰 … 「~にいいていわく」と読み、「~に向かって言う」と訳す。
  • 書 … 書簡。
  • 悉 … 細かいところまですべて。
  • 群臣 … 多くの家臣。ここではすべての家臣。
  • 召~議 … ~を召集して議論させる。議は「ぎせしむ」と使役に読む。
  • 貪 … 欲深い。貪欲。
  • 彊 … 国力の強さ。彊は、強に同じ。
  • 負 … 力として頼りにする。
  • 空言 … うそ。
  • 償城 … (璧の)代償としての城市。
  • 恐不可得 … 多分手に入れられないだろう。
  • 恐~ … 「おそらくは~ん」と読み、「きっと~だろう」「多分~だろう」と訳す。
  • 議 … 議論の結果。協議。結論。
臣以爲布衣之交、尚不相欺。況大國乎。且以一璧之故、逆彊秦之驩、不可。於是趙王乃齋戒五日、使臣奉璧、拜送書於庭。何者、嚴大國之威、以修敬也。
臣(しん)以為(おも)えらく、布衣(ふい)の交(まじ)わりすら、尚(な)お相(あい)欺(あざむ)かず。況(いわ)んや大国(たいこく)をや。且(か)つ一(いち)璧(へき)の故(ゆえ)を以(もっ)て、彊(きょう)秦(しん)の驩(かん)に逆(さか)らうは、不可(ふか)なり、と。是(ここ)に於(お)いて、趙(ちょう)王(おう)乃(すなわ)ち斎戒(さいかい)すること五(ご)日(じつ)、臣(しん)をして璧(へき)を奉(ほう)ぜしめ、書(しょ)を庭(てい)に拝送(はいそう)す。何(なん)となれば、大国(たいこく)の威(い)を厳(おそ)れて、以(もっ)て敬(けい)を修(おさ)むればなり。
  • 臣 … わたくし。臣下が君主に対してへりくだっていう自称の言葉。
  • 以為 … 「おもえらく~」と読み、「~と思う」と訳す。
  • 布衣 … 庶民。庶民は布(ふ)の衣を着たことから。
  • 尚~況 … 「A尚(猶)B、況C」の形で「AすらなおBす、いわんやCをや」と読み、「AでさえもBなのだから、ましてCならなおさらだ」と訳す。抑揚の意を示す。
  • 相 … お互いに。
  • 布衣之交、尚不相欺。況大国乎 … 庶民でさえもお互いに欺かないのだから、まして大国ならなおさらだ。
  • 且 … 「かつ」と読み、「その上」「しかも」と訳す。
  • 一璧 … 僅か璧一つ。
  • 彊秦 … 強大な秦。彊は、強に同じ。
  • 驩 … 友好関係。好(よしみ)。
  • 於是 … 「ここにおいて」と読み、「そこで」と訳す。
  • 乃 … 「すなわち」と読み、「なんと」「意外にも」と訳す。感嘆の意を示す。
  • 斎戒 … ある期間、飲食や行動を慎んで心身を清めること。物忌み。
  • 庭 … 秦の宮廷。
  • 拝送 … 謹んで届ける。物を送ることの謙譲語。
  • 何者 … 「なんとなれば」と読み、「なぜならば」「というのも」と訳す。
  • 大国 … 秦を指す。
  • 威 … 威勢。権威。
  • 厳 … 畏れつつしむ。憚る。
  • 修敬 … 敬意を払う。
今臣至、大王見臣列觀、禮節甚倨。得璧傳之美人、以戲弄臣。臣觀大王無意償趙王城邑、故臣復取璧。大王必欲急臣、臣頭今與璧倶碎於柱矣。相如持其璧、睨柱、欲以撃柱。
今(いま)、臣(しん)至(いた)るに、大王(だいおう)、臣(しん)を列観(れっかん)に見(み)て、礼節(れいせつ)甚(はなは)だ倨(おご)る。璧(へき)を得(う)るや之(これ)を美(び)人(じん)に伝(つた)え、以(もっ)て臣(しん)を戯(ぎ)弄(ろう)す。臣(しん)、大王(だいおう)の趙(ちょう)王(おう)に城(じょう)邑(ゆう)を償(つぐな)うに意(い)無(な)きを観(み)、故(ゆえ)に臣(しん)復(ま)た璧(へき)を取(と)る。大王(だいおう)必(かなら)ず臣(しん)に急(きゅう)にせんと欲(ほっ)せば、臣(しん)の頭(こうべ)は今(いま)璧(へき)と倶(とも)に柱(はしら)に砕(くだ)けん。相(しょう)如(じょ)其(そ)の璧(へき)を持(も)ちて、柱(はしら)を睨(にら)み、以(もっ)て柱(はしら)に撃(う)たんと欲(ほっ)す。
  • 列観 … ありきたりの建物。相如は趙の正式な使者であるので、宮廷の正殿で会わなければならない。
  • 礼節 … 礼儀と節度。
  • 甚 … 「はなはだ~」と読み、「ひどく~」「ひじょうに~」「ふかく~」と訳す。
  • 倨 … おごり高ぶる。
  • 美人 … 侍女、または愛妾。また、女官の位の名称でもある。
  • 戯弄 … 戯れもてあそぶ。愚弄する。
  • 城邑 … 城市。
  • 償 … 代償として。
  • 復 … 「また」と読み、「もう一度」「再び」と訳す。
  • 必 … ここでは「どうしても~ならば」と訳す。
  • 欲急臣 … 私に危害を及ぼそうと思うのならば。
  • 与 … 「と」と読み、「~と」と訳す。「A与B」の場合は、「AとB与(と)」と読む。「與」は「与」の旧字体。
  • 倶 … 「ともに」と読み、「そろって」「両方とも」と訳す。
  • 矣 … 置き字。訓読しない。断定の意を示す。
  • 撃 … 打ちつける。
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