封大夫破播仙凱歌二首其一(岑参)
封大夫破播仙凱歌二首其一
封大夫の播仙を破る凱歌二首 其の一
封大夫の播仙を破る凱歌二首 其の一
- 七言絶句。戎・宮・功(上平声東韻)。
- ウィキソース「獻封大夫破播仙凱歌 (漢將承恩西破戎)」参照。
- 詩題 … 『全唐詩』前唐十二家詩本』『唐五十家詩集本』『四部叢刊本』『『寛保刊本』『岑嘉州詩箋注』『岑参詩集編年箋注』では「封大夫の播仙を破るに献ずる凱歌(獻封大夫破播仙凱歌)六首(章)其一」に作る。『唐詩品彙』では「封大夫破播仙凱歌四章其一」に作る。『万首唐人絶句』では「封大夫破播仙凱歌六首其一」に作る。『楽府詩集』では「唐凱歌六首其一」に作る。『唐詩解』『唐詩別裁集』『古今詩刪』では「封大夫破播仙凱歌二首其一」に作る。
- 封大夫 … 安西四鎮節度使の封常清(?~755)のこと。蒲州猗氏県(今の山西省運城市臨猗県)の人。天宝十三載(754)、入朝して御史大夫の官職を加えられたので、封大夫と呼んだ。ウィキペディア【封常清】参照。
- 播仙 … 地名。播仙鎮。新疆ウイグル自治区且末県の東北、車爾臣河の北岸にあった。『新唐書』地理志七下に「播仙鎮、故の且末城なり、高宗の上元中に名を更む」(播仙鎮、故且末城也、高宗上元中更名)とある。ウィキソース「新唐書/卷043下」参照。
- 凱歌 … 戦いに勝ったときに歌う祝いの歌。勝ちいくさの歌。勝利祝賀の歌。愷歌とも書く。『周礼』春官、大司楽に「王の師、大献すれば、則ち令して愷楽を奏す」(王師大獻、則令奏愷樂)とあり、その鄭注に「愷楽とは、功を献ずるの楽なり」(愷樂、獻功之樂)とある。大献は、戦勝を祖廟に告げること。愷楽は、戦勝を祝う楽。ウィキソース「周禮正義/43」参照。また『周礼』夏官、大司馬に「若し師、功有れば、則ち左に律を執り、右に鉞を秉り、以て先んじて愷楽し、社に献ず」(若師有功、則左執律、右秉鉞、以先愷樂、獻于社)とあり、その鄭注に「兵楽を愷と曰う。社に献ずとは、功を社に献ずるなり。司馬法に曰く、意を得れば則ち愷楽す。愷歌は喜びを示すなり、と。鄭司農云う、故に城濮の戦、春秋伝に曰く、振旅し、愷し以て晋に入る、と」(兵樂曰愷。獻于社、獻功于社也。司馬法曰、得意則愷樂。愷歌示喜也。鄭司農云、故城濮之戰、春秋傳曰、振旅愷以入于晉)とある。ウィキソース「周禮正義/56」参照。また『周礼』春官、楽師に「凡そ軍、大献すれば、愷歌を教え、遂に之を倡う」(凡軍大獻、教愷歌、遂倡之)とある。ウィキソース「周禮/春官宗伯」参照。
- 天宝十三載(754)三月、安西四鎮節度使の封常清は入朝して御史大夫の官職を加えられ、さらに北庭都護の兼務も命じられた。作者は封常清に迎えられ、安西北庭節度判官に任ぜられて北庭(今の新疆ウイグル自治区ジムサル県)に赴いた。その冬、封常清が播仙を破って凱旋した。この詩は、これを祝ったもの。
- 岑参 … 715~770。盛唐の詩人。荊州江陵(現在の湖北省荊州市江陵県)の人。天宝三載(744)、進士に及第。西域の節度使の幕僚として長く辺境に勤務したのち、右補闕・虢州長史(次官)・嘉州刺史などを歴任した。辺塞詩人として高適とともに「高岑」と並び称される。『岑嘉州集』七巻がある。ウィキペディア【岑参】参照。
漢將承恩西破戎
漢将 恩を承けて西のかた戎を破る
- 漢将 … 漢の将軍。ここでは封常清を指す。唐代のことを漢代に擬するのは、唐の詩人の常套的な表現。隋の楊素の楽府「出塞二首」(其一)に「漠南 胡 未だ空しからず、漢将 復た戎に臨む」(漠南胡未空、漢將復臨戎)とある。漠南は、ゴビ砂漠の南方の地。現在の内モンゴル自治区の辺り。胡は、北方の遊牧民族。ウィキソース「樂府詩集/021卷」参照。
- 承恩 … 天子の恩命(情け深い命令)を受けること。隋の姚察「笛を賦し得たり」詩に「長く随う 画堂の裏、恩を承けて 譲る所無し」(長隨畫堂裏、承恩無所讓)とある。ウィキソース「古詩紀 (四庫全書本)/卷131」参照。
- 戎 … 西方に住む異民族の蔑称。ここでは、吐蕃を指す。『礼記』王制篇に「東方を夷と曰う、髪を被り身に文し、火食せざる者有り。南方を蛮と曰う、題を雕み趾を交え、火食せざる者有り。西方を戎と曰う、髪を被り皮を衣て、粒食せざる者有り。北方を狄と曰う、羽毛を衣て穴居し、粒食せざる者有り」(東方曰夷、被髮文身、有不火食者矣。南方曰蠻、雕題交趾、有不火食者矣。西方曰戎、被髮衣皮、有不粒食者矣。北方曰狄、衣羽毛穴居、有不粒食者矣)とある。雕題は、額に入れ墨をすること。交趾は、両足の指を向かい合わせて歩くこと。粒食は、穀物を食べること。ウィキソース「禮記/王制」参照。
捷書先奏未央宮
捷書 先ず奏す 未央宮
- 捷書 … 戦勝の報告書。捷は、勝とほぼ同じ。西晋の張協「七命」(『文選』巻三十五)に「簞醪川に投ずれば、三軍をして捷を告げしむ可し」(簞醪投川、可使三軍告捷)とある。簞醪は、一樽の酒。醪は、もろみ酒。ウィキソース「七命」参照。また、盛唐の杜甫「洗兵馬」詩に「中興の諸将 山東を収む、捷書 夜報じて清昼も同じ」(中興諸將收山東、捷書夜報清晝同)とある。清昼は、晴れた昼。ウィキソース「洗兵馬」参照。
- 奏 … 君主に申し上げる。奏上する。
- 未央宮 … 漢の高祖の九年(前198)、丞相の蕭何によって建てられた宮殿。ここでも唐の宮殿に擬したもの。漢の高祖が天下を統一したばかりの頃、各地ではまだ反乱が勃発していた。蕭何が未央宮を造営し、それがあまりにも豪勢だったので高祖がびっくりして怒った。蕭何は「天下が安定していないからこそ、宮殿を造営する必要があるのです。天子は四海をもって家となすものですから、壮麗でなければ天子の威光を重くすることができません」と言った。これを聞いて高祖は納得し、喜んだという。『史記』高祖本紀に「蕭丞相、未央宮を営作す。東闕・北闕・前殿・武庫・太倉を立つ。高祖還り、宮闕の壮んなること甚だしきを見、怒りて蕭何に謂いて曰く、天下匈匈として、戦いに苦しむこと数歳、成敗未だ知る可からず。是れ何ぞ宮室を治むること度に過ぎたるや、と。蕭何曰く、天下方に未だ定まらず。故に因りて遂に宮室を就す可し。且つ夫れ天子は四海を以て家と為す。壮麗に非ざれば、以て威を重くする無し。且つ後世をして以て加うる有らしむる無からん、と。高祖乃ち説ぶ」(蕭丞相營作未央宮。立東闕、北闕、前殿、武庫、太倉。高祖還、見宮闕壯甚、怒謂蕭何曰、天下匈匈苦戰數歲、成敗未可知。是何治宮室過度也。蕭何曰、天下方未定。故可因遂就宮室。且夫天子以四海爲家。非壯麗、無以重威。且無令後世有以加也。高祖乃說)とある。ウィキソース「史記/卷008」参照。ウィキペディア【未央宮】参照。
天子預開麟閣待
天子 預め麟閣を開いて待つ
- 預 … 前もって。事前に。
- 麟閣 … 未央宮の中にあった麒麟閣のこと。宣帝の甘露三年(前51)、霍光ら十一人の功臣の肖像を麒麟閣の壁に描かせ、その功績を顕彰した。ウィキペディア【麒麟閣十一功臣】参照。『漢書』蘇武伝に「甘露三年、単于始め入朝す。上、股肱の美を思いて、乃ち其の人を麒麟閣に図画し、其の形貌に法りて、其の官爵姓名を署す」(甘露三年、單于始入朝。上思股肱之美、乃圖畫其人於麒麟閣、法其形貌、署其官爵姓名)とある。ウィキソース「漢書/卷054」参照。
- 天子預開麟閣待 … 天子は前もって麒麟閣の扉を開けて、将軍の凱旋をお待ちかねだ。封常清も辺境で軍功をあげたので、天子からこれらの功臣に匹敵する待遇を受けられるだろうという意味。
祗今誰數貳師功
祗今 誰か数えん 弍師の功
- 祗今 … 今となっては。「只今」と同じ。
- 誰数 … 誰が数え立てたりするものか。数え立てたりするものは誰もいない。
- 誰 … 「たれか~ん(や)」と読み、「だれが~するのか、いやだれも~しない」と訳す。反語の意を示す。
- 弍師 … 漢の武将、李広利(?~前88)を指す。武帝の太初元年(前104)、大宛国(中央アジアのフェルガナにあった)の弐師城を陥落させた功により弍師将軍に任命された。『史記』大宛伝に「李広利を拝して弐師将軍と為し、属国六千騎及び郡国の悪少年数万人を発し、以て往きて宛を伐たしむ。弐師城に至りて善馬を取るを期す。故に弐師将軍と号す」(拜李廣利爲貳師將軍、發屬國六千騎及郡國惡少年數萬人、以往伐宛。期至貳師城取善馬。故號貳師將軍)とある。ウィキソース「史記/卷123」参照。ウィキペディア【李広利】参照。
- 功 … 武功。軍功。戦功。
テキスト
- 『箋註唐詩選』巻七(『漢文大系 第二巻』、冨山房、1910年)※底本
- 『全唐詩』巻二百一(排印本、中華書局、1960年)
- 『岑嘉州集』巻下([明]許自昌編、『前唐十二家詩』所収、万暦三十一年刊、内閣文庫蔵)
- 『岑嘉州集』巻八(明銅活字本、『唐五十家詩集』所収、上海古籍出版社、1989年)
- 『岑嘉州詩』巻七(『四部叢刊 初篇集部』所収、第二次影印本、蕭山朱氏蔵明正徳刊本)
- 『岑嘉州詩』巻八(寛保元年刊、『和刻本漢詩集成 唐詩5』所収、汲古書院、略称:寛保刊本)
- 『唐詩品彙』巻四十八([明]高棅編、[明]汪宗尼校訂、上海古籍出版社、1982年)
- 『楽府詩集』巻二十・鼓吹曲辞(北京図書館蔵宋刊本影印、中津濱渉『樂府詩集の研究』所収)
- 『唐詩解』巻二十七(順治十六年刊、内閣文庫蔵)
- 『唐詩別裁集』巻十九([清]沈徳潜編、乾隆二十八年教忠堂重訂本縮印、中華書局、1975年)
- 『万首唐人絶句』七言・巻十八(明嘉靖本影印、文学古籍刊行社、1955年)
- 『古今詩刪』巻二十一(寛保三年刊、『和刻本漢詩集成 総集篇9』所収、汲古書院)
- 廖立箋注『岑嘉州詩箋注』巻七(中国古典文学基本叢書、中華書局、2004年)
- 劉開揚箋注『岑参詩集編年箋注』(巴蜀書社、1995年)
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