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磧中作(岑参)

磧中作
せきちゅうさく
岑參しんじん
  • 七言絶句。天・圓・煙(下平声先韻)。
  • ウィキソース「磧中作」参照。
  • 詩題 … 砂漠の中で作った詩。
  • 磧 … 小石まじりの砂地。砂原。ここでは、砂漠を指す。
  • この詩は、作者が西征の途中、砂漠の中を通ったときに詠んだもの。天宝八載(749)の作。
  • 岑参 … 715~770。盛唐の詩人。荊州江陵(現在の湖北省荊州市江陵県)の人。天宝三載(744)、進士に及第。西域の節度使の幕僚として長く辺境に勤務したのち、けつかく州長史(次官)・嘉州刺史などを歴任した。辺塞詩人として高適こうせきとともに「高岑」と並び称される。『岑嘉州集』七巻がある。ウィキペディア【岑参】参照。
走馬西來欲到天
うまはしらせて西来せいらい てんいたらんとほっ
  • 走馬西来 … 馬を走らせて西へ西へと進んで行けば。
  • 走馬 … 馬を疾走させること。『詩経』大雅・めんの詩に「こうたんあしたきたって馬を走らせ、西水せいすいほとりしたがい、ふもとに至り、ここきょうじょと、ついきたりてる」(古公亶父、來朝走馬、率西水滸、至于岐下、爰及姜女、聿來胥宇)とある。古公亶父は、周の文王の祖父。及は「~と」と読む。ウィキソース「詩經/緜」参照。また、三国魏の曹植「名都篇」(『文選』巻二十七)に「鶏を東郊とうこうの道に闘わし、馬を長楸ちょうしゅうの間に走らす」(鬪雞東郊道、走馬長楸間)とある。長楸は、長いひさぎの並木道。ウィキソース「名都篇」参照。また『漢書』張敞伝に「よぎりて馬を章台の街に走らしむ」(過走馬章臺街)とある。ウィキソース「漢書/卷076」参照。
  • 西来 … 「西から来る」という意もあるが、ここでは西へ進む。西へ行く。西へ来る。盛唐の李白の楽府「梁甫吟」に「君見ずや、ちょうそうきょくしんを辞し、八十、西にきたってひんに釣す」(君不見朝歌屠叟辭棘津、八十西來釣渭濱)とある。朝歌は、地名。古代の衛の首都。現在の河南省県。屠叟は、屠殺の仕事をしていた老人。周の太公望呂尚を指す。棘津は、古代の黄河の渡口の名。現在の河南省延津県。八十は、八十歳。渭浜は、渭水の浜辺。ウィキソース「梁甫吟 (李白)」参照。
  • 欲到天 … 今にも天まで届きそうだ。
  • 欲 … 「~(んと)ほっす」と読み、「今にも~しそうだ」と訳す。「~したいと思う」の意ではない。
辭家見月兩囘圓
いえしてつきりょうかいまどかなるを
  • 辞家 … 家を出てから。西晋の陸機「彦先げんせんの為につまに贈る二首」詩(其一、『文選』巻二十四、『玉台新詠』巻三)に「家を辞して遠く行遊こうゆうす、悠悠さんぜん」(辭家遠行遊、悠悠三千里)とある。ウィキソース「為顧彥先贈婦二首」参照。
  • 辞 … 『四部叢刊本』『岑嘉州詩箋注』では「離」に作る。
  • 月両回円 … 月が二度満月になった。二か月経過したこと。
  • 両回 … 二度。二回。『漢書』李広利伝に「宛をつこと再反さいへんす」(伐宛再反)とあり、その顔師古注に「再反は、猶お今、両回と言うがごとし」(再反、猶今言兩迴)とある。宛は、大宛。漢代、天山山脈中のフェルガナ地方にあった国。西域の代表国。良馬の産地として有名。ウィキソース「漢書/卷061」参照。
  • 両 … 『古今詩刪』では「幾」に作る。
今夜不知何處宿
こんらず いずれのところにか宿しゅくせん
  • 今夜 … 当夜。今晩。こよい。北周の庾信「夜、衣をつを聴く」詩に「今夜 長門の月、応にちゅうじつめいの如くなるべし」(今夜長門月、應如晝日明)とある。長門は、漢の宮殿の名。長門宮。ウィキソース「古詩紀 (四庫全書本)/卷125」参照。
  • 何処宿 … どこに泊まることになるのか。北周の庾信の楽府「烏夜うやてい」(『玉台新詠』巻九、『楽府詩集』巻四十七)に「ぎょちゅういずれの処にか宿しゅくせん、洛陽じょうとうなんむを得ん」(御史府中何處宿、洛陽城頭那得棲)とある。ウィキソース「烏夜啼 (庾信)」参照。
  • 何処 … 「いずれのところにか~」と読み、「どこに~か」と訳す。
平沙萬里絕人煙
へいばん 人煙じんえん
  • 平沙 … 広く平らな砂漠。沙は、砂に同じ。盛唐の李華「古戦場をとむらう文」(『古文真宝』後集、巻五)に「浩浩こうこうとしてへいかぎり無く、はるかに人を見ず」(浩浩乎平沙無垠、敻不見人)とある。ウィキソース「弔古戰場文」参照。また、南朝梁の何遜「慈姥磯じぼき」に「がん 平沙がっし、連山 えん浮ぶ」(野岸平沙合、連山遠霧浮)とある。こちらの平沙は、平らな河原の砂地。ウィキソース「古詩紀 (四庫全書本)/卷094」参照。
  • 万里 … きわめて広大であること。一万里の意から。南朝陳の江総の楽府「折楊柳」に「万里 音塵絶え、千条 楊柳結ぶ」(萬里音塵絶、千條楊柳結)とある。ウィキソース「樂府詩集/022卷」参照。
  • 絶人煙 … 人家から立ち上る炊事の煙は、まったく見えない。三国魏の曹植「おうを送る詩二首」(其一、『文選』巻二十)に「ちゅうなん蕭条しょうじょうたる、千里に人煙無し」(中野何蕭條、千里無人煙)とある。ウィキソース「送應氏詩二首」参照。
テキスト
  • 『箋註唐詩選』巻七(『漢文大系 第二巻』、冨山房、1910年)※底本
  • 『全唐詩』巻二百一(排印本、中華書局、1960年)
  • 『岑嘉州集』巻下([明]許自昌編、『前唐十二家詩』所収、万暦三十一年刊、内閣文庫蔵)
  • 『岑嘉州集』巻八(明銅活字本、『唐五十家詩集』所収、上海古籍出版社、1989年)
  • 『岑嘉州詩』巻七(『四部叢刊 初篇集部』所収、第二次影印本、蕭山朱氏蔵明正徳刊本)
  • 『岑嘉州詩』巻八(寛保元年刊、『和刻本漢詩集成 唐詩5』所収、汲古書院、略称:寛保刊本)
  • 『唐詩品彙』巻四十八([明]高棅編、[明]汪宗尼校訂、上海古籍出版社、1982年)
  • 『唐詩解』巻二十七(順治十六年刊、内閣文庫蔵)
  • 『唐詩別裁集』巻十九([清]沈徳潜編、乾隆二十八年教忠堂重訂本縮印、中華書局、1975年)
  • 『万首唐人絶句』七言・巻十八(明嘉靖本影印、文学古籍刊行社、1955年)
  • 『古今詩刪』巻二十一(寛保三年刊、『和刻本漢詩集成 総集篇9』所収、汲古書院)
  • 廖立箋注『岑嘉州詩箋注』巻七(中国古典文学基本叢書、中華書局、2004年)
  • 劉開揚箋注『岑参詩集編年箋注』(巴蜀書社、1995年)
  • 松浦友久編『校注 唐詩解釈辞典』(大修館書店、1987年)
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