磧中作(岑参)
磧中作
磧中の作
磧中の作
走馬西來欲到天
馬を走らせて西来 天に到らんと欲す
- 走馬西来 … 馬を走らせて西へ西へと進んで行けば。
- 走馬 … 馬を疾走させること。『詩経』大雅・緜の詩に「古公亶父、朝に来って馬を走らせ、西水の滸に率い、岐の下に至り、爰に姜女と、聿に来りて宇を胥る」(古公亶父、來朝走馬、率西水滸、至于岐下、爰及姜女、聿來胥宇)とある。古公亶父は、周の文王の祖父。及は「~と」と読む。ウィキソース「詩經/緜」参照。また、三国魏の曹植「名都篇」(『文選』巻二十七)に「鶏を東郊の道に闘わし、馬を長楸の間に走らす」(鬪雞東郊道、走馬長楸間)とある。長楸は、長い楸の並木道。ウィキソース「名都篇」参照。また『漢書』張敞伝に「過りて馬を章台の街に走らしむ」(過走馬章臺街)とある。ウィキソース「漢書/卷076」参照。
- 西来 … 「西から来る」という意もあるが、ここでは西へ進む。西へ行く。西へ来る。盛唐の李白の楽府「梁甫吟」に「君見ずや、朝歌の屠叟、棘津を辞し、八十、西に来って渭浜に釣す」(君不見朝歌屠叟辭棘津、八十西來釣渭濱)とある。朝歌は、地名。古代の衛の首都。現在の河南省淇県。屠叟は、屠殺の仕事をしていた老人。周の太公望呂尚を指す。棘津は、古代の黄河の渡口の名。現在の河南省延津県。八十は、八十歳。渭浜は、渭水の浜辺。ウィキソース「梁甫吟 (李白)」参照。
- 欲到天 … 今にも天まで届きそうだ。
- 欲 … 「~(んと)ほっす」と読み、「今にも~しそうだ」と訳す。「~したいと思う」の意ではない。
辭家見月兩囘圓
家を辞して月の両回円かなるを見る
- 辞家 … 家を出てから。西晋の陸機「顧彦先の為に婦に贈る二首」詩(其一、『文選』巻二十四、『玉台新詠』巻三)に「家を辞して遠く行遊す、悠悠三千里」(辭家遠行遊、悠悠三千里)とある。ウィキソース「為顧彥先贈婦二首」参照。
- 辞 … 『四部叢刊本』『岑嘉州詩箋注』では「離」に作る。
- 月両回円 … 月が二度満月になった。二か月経過したこと。
- 両回 … 二度。二回。『漢書』李広利伝に「宛を伐つこと再反す」(伐宛再反)とあり、その顔師古注に「再反は、猶お今、両回と言うがごとし」(再反、猶今言兩迴)とある。宛は、大宛。漢代、天山山脈中のフェルガナ地方にあった国。西域の代表国。良馬の産地として有名。ウィキソース「漢書/卷061」参照。
- 両 … 『古今詩刪』では「幾」に作る。
今夜不知何處宿
今夜は知らず 何れの処にか宿せん
- 今夜 … 当夜。今晩。こよい。北周の庾信「夜、衣を搗つを聴く」詩に「今夜 長門の月、応に昼日の明の如くなるべし」(今夜長門月、應如晝日明)とある。長門は、漢の宮殿の名。長門宮。ウィキソース「古詩紀 (四庫全書本)/卷125」参照。
- 何処宿 … どこに泊まることになるのか。北周の庾信の楽府「烏夜啼」(『玉台新詠』巻九、『楽府詩集』巻四十七)に「御史府中何れの処にか宿せん、洛陽城頭那ぞ棲むを得ん」(御史府中何處宿、洛陽城頭那得棲)とある。ウィキソース「烏夜啼 (庾信)」参照。
- 何処 … 「いずれのところにか~」と読み、「どこに~か」と訳す。
平沙萬里絕人煙
平沙万里 人煙を絶つ
- 平沙 … 広く平らな砂漠。沙は、砂に同じ。盛唐の李華「古戦場を弔う文」(『古文真宝』後集、巻五)に「浩浩乎として平沙垠り無く、敻かに人を見ず」(浩浩乎平沙無垠、敻不見人)とある。ウィキソース「弔古戰場文」参照。また、南朝梁の何遜「慈姥磯」に「野岸 平沙合し、連山 遠霧浮ぶ」(野岸平沙合、連山遠霧浮)とある。こちらの平沙は、平らな河原の砂地。ウィキソース「古詩紀 (四庫全書本)/卷094」参照。
- 万里 … きわめて広大であること。一万里の意から。南朝陳の江総の楽府「折楊柳」に「万里 音塵絶え、千条 楊柳結ぶ」(萬里音塵絶、千條楊柳結)とある。ウィキソース「樂府詩集/022卷」参照。
- 絶人煙 … 人家から立ち上る炊事の煙は、まったく見えない。三国魏の曹植「応氏を送る詩二首」(其一、『文選』巻二十)に「中野何ぞ蕭条たる、千里に人煙無し」(中野何蕭條、千里無人煙)とある。ウィキソース「送應氏詩二首」参照。
テキスト
- 『箋註唐詩選』巻七(『漢文大系 第二巻』、冨山房、1910年)※底本
- 『全唐詩』巻二百一(排印本、中華書局、1960年)
- 『岑嘉州集』巻下([明]許自昌編、『前唐十二家詩』所収、万暦三十一年刊、内閣文庫蔵)
- 『岑嘉州集』巻八(明銅活字本、『唐五十家詩集』所収、上海古籍出版社、1989年)
- 『岑嘉州詩』巻七(『四部叢刊 初篇集部』所収、第二次影印本、蕭山朱氏蔵明正徳刊本)
- 『岑嘉州詩』巻八(寛保元年刊、『和刻本漢詩集成 唐詩5』所収、汲古書院、略称:寛保刊本)
- 『唐詩品彙』巻四十八([明]高棅編、[明]汪宗尼校訂、上海古籍出版社、1982年)
- 『唐詩解』巻二十七(順治十六年刊、内閣文庫蔵)
- 『唐詩別裁集』巻十九([清]沈徳潜編、乾隆二十八年教忠堂重訂本縮印、中華書局、1975年)
- 『万首唐人絶句』七言・巻十八(明嘉靖本影印、文学古籍刊行社、1955年)
- 『古今詩刪』巻二十一(寛保三年刊、『和刻本漢詩集成 総集篇9』所収、汲古書院)
- 廖立箋注『岑嘉州詩箋注』巻七(中国古典文学基本叢書、中華書局、2004年)
- 劉開揚箋注『岑参詩集編年箋注』(巴蜀書社、1995年)
- 松浦友久編『校注 唐詩解釈辞典』(大修館書店、1987年)
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