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逢入京使(岑参)

逢入京使
けい使つかいに
岑參しんじん
  • 七言絶句。漫・乾・安(上平声寒韻)。
  • ウィキソース「逢入京使」参照。
  • 詩題 … 都の長安へ向かう使者に出会って。
  • 京 … 唐の都、長安のこと。
  • 入 … 都へ上ること。また、中央の朝廷に仕えることを「入」といい、地方に赴任するのを「出」ともいう。
  • 使 … 使者。
  • この詩は、作者が西征の途中、長安へ向かう使者に出会い、長安のわが家を思って詠んだもの。天宝八載(749)から九載(750)の頃、安西に於いての作。清のしん徳潜は「人人きょうおく中の語、却って絶唱を成す」(人人胷臆中語、卻成絕唱)と評している(『唐詩別裁集』)。胸臆は、心の中の思い。
  • 岑参 … 715~770。盛唐の詩人。荊州江陵(現在の湖北省荊州市江陵県)の人。天宝三載(744)、進士に及第。西域の節度使の幕僚として長く辺境に勤務したのち、けつかく州長史(次官)・嘉州刺史などを歴任した。辺塞詩人として高適こうせきとともに「高岑」と並び称される。『岑嘉州集』七巻がある。ウィキペディア【岑参】参照。
故園東望路漫漫
えん ひがしのぞめば みち漫漫まんまん
  • 故園 … 故郷。作者の故郷は荊州江陵であるが、ここでは家族がいる長安のわが家を指す。南朝梁の何遜「興安こうあんと夜別る」詩に「まさしんの恨みを抱き、独り故園の秋を守らん」(方抱新離恨、獨守故園秋)とある。新離は、新たな別れ。ウィキソース「與胡興安夜别」参照。
  • 東望 … 東の方を望めば。『史記』呂不韋伝に「夏太后は独り別にの東にほうむる。曰く、東に吾が子を望み、西に吾が夫を望む。のち百年にして、かたわらに当にばんゆう有るべし、と」(夏太后獨別葬杜東。曰、東望吾子、西望吾夫。後百年、旁當有萬家邑)とある。ウィキソース「史記/卷085」参照。
  • 路 … 道。
  • 漫漫 … 果てしないさま。『楚辞』離騒に「みち曼曼まんまんとしてしゅうえんなり、われまさじょうしてきゅうさくせんとす」(路曼曼其脩遠兮、吾將上下而求索)とある。求索は、探し求めること。ウィキソース「楚辭/離騷」参照。
雙袖龍鍾淚不乾
そうしゅう 竜鍾りょうしょうとして なみだかわかず
  • 双袖 … 両方のそで。南朝陳の祖孫登「詠風」詩に「ひょうこう 双袖のうち乱曲らんきょく 五弦の中」(飄香雙袖裏、亂曲五弦中)とある。飄香は、よい香りが漂うこと。乱曲は、乱調の歌曲。ウィキソース「古詩紀 (四庫全書本)/卷116」参照。また、中唐の劉長卿の楽府「銅雀台」に「含啼がんてい 双袖に映じ、西せいりょうを看るに忍びず」(含啼映雙袖、不忍看西陵)とある。含啼は、泣きかけ。西陵は、魏の武帝(曹操)の陵墓。ウィキソース「銅雀臺 (劉長卿)」参照。
  • 竜鍾 … ここでは、涙がとめどなく流れるさま。涙がしたたるさま。畳韻(二字が同じ母音で終わる)の語。後漢の蔡邕さいようの撰と伝えられる琴書『琴操』の中のべん「退怨の歌」に「空山くうざんきょして、なみだ竜鍾りょうしょうたり」(空山歔欷、涕龍鍾兮)とあるのに基づく。歔欷は、すすり泣くこと。ウィキソース「琴操 (蔡邕)」参照。
  • 不乾 … 乾くいとまもない。
馬上相逢無紙筆
じょうあいうて ひつ
  • 馬上 … 馬に乗ったまま。北周の王褒「明君詞」に「唯だあます 馬上の曲、猶おす 出関の声」(唯餘馬上曲、猶作出關聲)とある。唯余は、ただ~だけが残っている。ウィキソース「古詩紀 (四庫全書本)/卷123」参照。
  • 相逢 … 出会った。
  • 相 … ここでは「互いに」という意味ではなく、動作に対象があることを示す接頭語。「(対象に)~する」「(対象を)~する」と訳す。
  • 無紙筆 … 手紙を書くための紙と筆の用意がない。東晋の陶淵明「子をむ」詩に「五男児有りと雖も、べて紙筆を好まず」(雖有五男兒、總不好紙筆)とある。こちらの紙筆は、学問の意。ウィキソース「責子」参照。
憑君傳語報平安
きみってでんして 平安へいあんほうぜん
  • 憑 … たよる。たのむ。
  • 伝語 … ことづける。伝言。ことづて。『国語』周語上に「庶人は伝語し、近臣は規を尽くす」(庶人傳語、近臣盡規)とある。規は、ここでは諫めること。ウィキソース「國語/卷01」参照。また『漢書』外戚伝に「太后の姉の子じゅんちょうちゅうと為り、数〻しばしば往来して伝語す」(太后姊子淳于長爲侍中、數往來傳語)とある。ウィキソース「漢書/卷097下」参照。
  • 平安 … 無事でいること。古楽府「隴西行」(『玉台新詠』巻一、『樂府詩集』巻三十七)に「腰を伸ばし再拝してひざまずき、客に問う、平安なりやいなや、と」(伸腰再拜跪、問客平安不)とある。ウィキソース「隴西行 (天上何所有)」参照。
テキスト
  • 『箋註唐詩選』巻七(『漢文大系 第二巻』、冨山房、1910年)※底本
  • 『全唐詩』巻二百一(排印本、中華書局、1960年)
  • 『唐詩三百首注疏』巻六下・七言絶句(廣文書局、1980年)
  • 『増註三体詩』巻一・七言絶句・実接(『漢文大系 第二巻』、冨山房、1910年)
  • 『岑嘉州集』巻下([明]許自昌編、『前唐十二家詩』所収、万暦三十一年刊、内閣文庫蔵)
  • 『岑嘉州集』巻八(明銅活字本、『唐五十家詩集』所収、上海古籍出版社、1989年)
  • 『岑嘉州詩』巻七(『四部叢刊 初篇集部』所収、第二次影印本、蕭山朱氏蔵明正徳刊本)
  • 『岑嘉州詩』巻八(寛保元年刊、『和刻本漢詩集成 唐詩5』所収、汲古書院、略称:寛保刊本)
  • 『唐詩品彙』巻四十八([明]高棅編、[明]汪宗尼校訂、上海古籍出版社、1982年)
  • 『唐詩解』巻二十七(順治十六年刊、内閣文庫蔵)
  • 『唐詩別裁集』巻十九([清]沈徳潜編、乾隆二十八年教忠堂重訂本縮印、中華書局、1975年)
  • 『万首唐人絶句』七言・巻十八(明嘉靖本影印、文学古籍刊行社、1955年)
  • 『古今詩刪』巻二十一(寛保三年刊、『和刻本漢詩集成 総集篇9』所収、汲古書院)
  • 『才調集』巻七(傅璇琮編撰『唐人選唐詩新編』、陝西人民教育出版社、1996年)
  • 廖立箋注『岑嘉州詩箋注』巻七(中国古典文学基本叢書、中華書局、2004年)
  • 劉開揚箋注『岑参詩集編年箋注』(巴蜀書社、1995年)
  • 松浦友久編『校注 唐詩解釈辞典』(大修館書店、1987年)
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