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行軍九日思長安故園(岑参)

行軍九日思長安故園
行軍こうぐんにてきゅうじつちょうあんえんおも
岑參しんじん
  • 五言絶句。來・開(上平声灰韻)。
  • ウィキソース「行軍九日思長安故園」参照。
  • 詩題 … 『全唐詩』『四部叢刊本』『岑嘉州詩箋注』『岑参詩集編年箋注』には、題下に「時に未だ長安を収めず」(時未收長安)とあり、この時、長安では安禄山の乱がまだ鎮圧されていなかったことがわかる。『唐詩品彙』『唐詩解』には、題下に「時に未だ長安を復せず」(時未復長安)とある。『万首唐人絶句』『唐詩別裁集』では「九日思長安故園」に作る。
  • 行軍 … 臨時の軍営。臨時の司令部。
  • 九日 … 陰暦九月九日、重陽の節句。
  • 故園 … 故郷。作者の故郷は荊州江陵であるが、ここでは家族がいる長安のわが家を指す。南朝梁の何遜「興安こうあんと夜別る」詩に「まさしんの恨みを抱き、独り故園の秋を守らん」(方抱新離恨、獨守故園秋)とある。新離は、新たな別れ。ウィキソース「與胡興安夜别」参照。
  • この詩は、至徳二載(757)秋、ほうしょう(陝西省)での作。この二年前から安禄山の乱が起きており、粛宗皇帝が鳳翔に行在所あんざいしょを置いたとき、作者は西域からこの地に馳せ参じた。そして重陽の節句に会い、詠んだもの。なお、この詩は、南朝陳の江総「長安九日の詩」に次韻(和韻の一種。他人の詩と同じ韻字をその順序どおりに使って詩を作ること)したものと思われる。「心は南雲を逐って去り、身は北雁に随ってきたる。故園 籬下りかの菊、今日が為にか開く」(心逐南雲、身隨北雁。故園籬下、今日爲誰)。ウィキソース「古詩紀 (四庫全書本)/卷115」参照。
  • 岑参 … 715~770。盛唐の詩人。荊州江陵(現在の湖北省荊州市江陵県)の人。天宝三載(744)、進士に及第。西域の節度使の幕僚として長く辺境に勤務したのち、けつかく州長史(次官)・嘉州刺史などを歴任した。辺塞詩人として高適こうせきとともに「高岑」と並び称される。『岑嘉州集』七巻がある。ウィキペディア【岑参】参照。
強欲登高去
いてたかきにのぼらんとほっするも
  • 強欲 … 無理に~しようとする。
  • 登高 … 重陽の節句のならわしとして、小高い丘に登り、茱萸を髪にかざし、菊の花を浮かべた酒を飲むなどして一年の厄払いをする習慣があった。南朝梁の呉均『続斉諧記』に「汝南の桓景、費長房に随い、遊学して年をかさぬ。長房謂いて曰く、九月九日、汝の家中に当に災い有るべし。宜しく急ぎ去るべし。家人をして各〻あかふくろを作り、茱萸を盛りて以てうでに繋ぎ、高きに登りて菊花酒を飲ましむれば、此の禍い除かる可し、と。景、言の如くし、家をそろえて山に登る。夕べに還り、雞犬牛羊を見るに、一時ににわかに死す。長房之を聞きて曰く、此れう可きなり、と。今の世人の九日に、高きに登りて酒を飲み、婦人の茱萸のふくろを帯ぶるは、蓋し此れより始む」(汝南桓景、隨費長房、遊學累年。長房謂曰、九月九日、汝家中當有災。宜急去。令家人各作絳囊、盛茱萸以繋臂、登高飮菊花酒、此禍可除。景如言、齊家登山。夕還、見雞犬牛羊、一時暴死。長房聞之曰、此可代也。今世人九日、登高飮酒、婦人帶茱萸囊、蓋始於此)とある。ウィキソース「續齊諧記 (四庫全書本)」参照。
  • 去 … 動詞の後に添える助辞。動作が向こうへ向かうことを表す。「去っていく」の意ではない。
無人送酒來
ひとさけおくきた
  • 送酒来 … 陶淵明に江州の刺史王弘おうこうが酒を送り届けてくれた故事に基づく。『続晋陽秋』に「王弘は江州の刺史たり、陶潜、九月九日に酒無し、宅辺たくへんとうもと、菊のそうちゅうに於いて、えいみ、其の側に坐す。いくばくもなくしていちはくの人の至るを望見す。乃ち刺史王宏酒を送るなり。即便すなわいてんでのち帰る」(王弘爲江州刺史、陶潛九月九日無酒、於宅邊東籬下菊叢中、摘盈把、坐其側。未幾望見一白衣人至。乃刺史王宏送酒也。即便就酌而後歸)とある。ウィキソース「續晉陽秋」参照。また『南史』陶潜伝に「かつて九月九日に酒無し、宅辺たくへんでて菊のそうちゅうに坐し、之をひさしうす。こうの酒を送りて至るに逢い、即便すなわいてみ、うてのちに帰る」(嘗九月九日無酒、出宅邊菊叢中坐、久之。逢弘送酒至、即便就酌、醉而後歸)とある。ウィキソース「南史/卷75」参照。
遙憐故園菊
はるかにあわれむ えんきく
  • 憐 … いとおしむ。懐かしむ。「可哀そうに思う」の意ではない。
  • 故園菊 … わが家の庭の菊。南朝陳の江総の詩「長安より揚州に帰還するとき、九月九日山亭ざんていに行きて賦韻す」に「きょう籬下りかの菊、今日いくつの花か開く」(故郷籬下菊、今日幾花開)とある。籬下は、垣根のそば。ウィキソース「古詩紀 (四庫全書本)/卷115」参照。
應傍戰場開
まさせんじょううてひらくべし
  • 応 … 「まさに~すべし」と読み、「きっと~であろう」と訳す。再読文字。強い推量の意を示す。
  • 戦場 … 賊軍に占領され、戦場と化した長安を指す。『戦国策』秦策に「ここに於いて乃ち文を廃して武に任じ、厚く死士ししを養い、こうつづり兵をぎ、かちせんじょういたす」(於是乃廢文任武、厚養死士、綴甲厲兵、效勝於戰場)とある。死士は、命がけの武士。綴甲は、鎧のさねを糸で綴ること。厲兵は、武器を研ぐこと。ウィキソース「戰國策 (士禮居叢書本)/秦/一」参照。
  • 傍 … ~のそばに。傍らに。片隅に。
  • 開 … 花を咲かせていることだろう。
テキスト
  • 『箋註唐詩選』巻六(『漢文大系 第二巻』、冨山房、1910年)※底本
  • 『全唐詩』巻二百一(排印本、中華書局、1960年)
  • 『岑嘉州集』巻下([明]許自昌編、『前唐十二家詩』所収、万暦三十一年刊、内閣文庫蔵)
  • 『岑嘉州集』巻八(明銅活字本、『唐五十家詩集』所収、上海古籍出版社、1989年)
  • 『岑嘉州詩』巻六(『四部叢刊 初篇集部』所収、第二次影印本、蕭山朱氏蔵明正徳刊本)
  • 『岑嘉州詩』巻八(寛保元年刊、『和刻本漢詩集成 唐詩5』所収、汲古書院、略称:寛保刊本)
  • 『唐詩品彙』巻四十([明]高棅編、[明]汪宗尼校訂、上海古籍出版社、1982年)
  • 『唐詩解』巻二十二(順治十六年刊、内閣文庫蔵)
  • 『唐詩別裁集』巻十九([清]沈徳潜編、乾隆二十八年教忠堂重訂本縮印、中華書局、1975年)
  • 『万首唐人絶句』五言・巻四(明嘉靖本影印、文学古籍刊行社、1955年)
  • 『古今詩刪』巻二十(寛保三年刊、『和刻本漢詩集成 総集篇9』所収、汲古書院)
  • 廖立箋注『岑嘉州詩箋注』巻六(中国古典文学基本叢書、中華書局、2004年)
  • 劉開揚箋注『岑参詩集編年箋注』(巴蜀書社、1995年)
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