行軍九日思長安故園(岑参)
行軍九日思長安故園
行軍にて九日、長安の故園を思う
行軍にて九日、長安の故園を思う
- 〔テキスト〕 『唐詩選』巻六、『全唐詩』巻二百一、『岑嘉州詩』巻六(『四部叢刊 初編集部』所収)、『岑嘉州集』巻下(『前唐十二家詩』所収)、『岑嘉州集』巻八(『唐五十家詩集』所収)、『岑嘉州詩』巻八・寛保元年刊(『和刻本漢詩集成 唐詩5』所収、165頁)、『唐詩品彙』巻四十、『唐詩別裁集』巻十九、趙宦光校訂/黄習遠補訂『万首唐人絶句』巻二(万暦三十五年刊、内閣文庫蔵)、『唐人万首絶句選』巻一、他
- 五言絶句。來・開(平声灰韻)。
- ウィキソース「行軍九日思長安故園」参照。
- 詩題 … 『全唐詩』『四部叢刊本』には題下に「時に未だ長安を収めず」(時未收長安)とあり、この時、長安では安禄山の乱がまだ鎮圧されていなかったことがわかる。『万首唐人絶句』『唐人万首絶句選』『唐詩別裁集』では「九日思長安故園」に作る。
- 行軍 … 臨時の軍営。臨時の司令部。
- 九日 … 陰暦九月九日、重陽の節句。
- 故園 … ふるさと。長安は作者の故郷ではないが、ここでは長年住み慣れた地の意。
- 安禄山の乱が起こり、粛宗皇帝が鳳翔(陝西省)に行在所を置いたとき、作者は西域からこの地に馳せ参じた。この詩は、至徳二載(757)秋、鳳翔での作。
- 岑参 … 715~770。盛唐の詩人。湖北省江陵の人。天宝三載(744)、進士に及第。西域の節度使の幕僚として長く辺境に勤務したのち、右補闕・虢州長史(次官)・嘉州刺史などを歴任した。辺塞詩人として高適とともに「高岑」と並び称される。『岑嘉州集』七巻がある。ウィキペディア【岑参】参照。
強欲登高去
強いて高きに登り去らんと欲するも
- 強欲 … 無理に~しようとする。
- 登高 … 重陽の節句のならわしとして、小高い丘に登り、茱萸を髪にかざし、菊の花を浮かべた酒を飲むなどして一年の厄払いをする習慣があった。
- 去 … 動詞の後に添える助辞。動作が向こうへ向かうことを表す。「去っていく」の意ではない。
無人送酒來
人の酒を送り来る無し
- 送酒来 … 陶淵明に江州の刺史王弘が酒を送り届けてくれた故事に基づく。『続晋陽秋』に「王弘は江州の刺史たり、陶潜、九月九日に酒無し、宅辺の東籬の下、菊の叢中に於いて、盈把を摘み、其の側に坐す。幾もなくして一白衣の人の至るを望見す。乃ち刺史王宏酒を送るなり。即便ち就いて酌んで後帰る」(王弘爲江州刺史、陶潛九月九日無酒、於宅邊東籬下菊叢中、摘盈把、坐其側。未幾望見一白衣人至。乃刺史王宏送酒也。即便就酌而後歸)とある。ウィキソース「續晉陽秋」参照。また『南史』陶潜伝に「嘗て九月九日に酒無し、宅辺に出でて菊の叢中に坐し、之を久しうす。弘の酒を送りて至るに逢い、即便ち就いて酌み、酔うて後に帰る」(嘗九月九日無酒、出宅邊菊叢中坐、久之。逢弘送酒至、即便就酌、醉而後歸)とある。ウィキソース「南史/卷75」参照。
遙憐故園菊
遥かに憐れむ 故園の菊
- 憐 … いとおしむ。懐かしむ。「可哀そうに思う」の意ではない。
- 故園菊 … わが家の庭の菊。江総の「長安より揚州に帰還するとき、九月九日薇山亭に行きて賦せる韻」(『古詩紀』巻一百十五)に「故郷籬下の菊、今日幾花か開く」(故郷籬下菊、今日幾花開)とある。籬下は、垣根のそば。ウィキソース「古詩紀 (四庫全書本)/卷115」参照。
應傍戰場開
応に戦場に傍うて開くべし
- 応 … 「まさに~すべし」と読み、「きっと~であろう」と訳す。再読文字。強い推量の意を示す。
- 戦場 … 賊軍に占領され、戦場と化した長安を指す。『戦国策』秦策に「是に於いて乃ち文を廃して武に任じ、厚く死士を養い、甲を綴り兵を厲ぎ、勝を戦場に効す」(於是乃廢文任武、厚養死士、綴甲厲兵、效勝於戰場)とある。死士は、命がけの武士。綴甲は、鎧の札を糸で綴ること。厲兵は、武器を研ぐこと。ウィキソース「戰國策/卷03」参照。
- 場 … 「塲」に作るテキストもある。異体字。
- 傍 … ~のそばに。傍らに。片隅に。
- 開 … 花を咲かせていることだろう。
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