送劉判官赴磧西(岑参)
送劉判官赴磧西
劉判官の磧西に赴くを送る
劉判官の磧西に赴くを送る
- 七言絶句。少・鳥・曉(上声篠韻)。
- ウィキソース「武威送劉判官赴磧西行軍」参照。
- 詩題 … 『全唐詩』『前唐十二家詩本』『唐五十家詩集本』『寛保刊本』『唐詩別裁集』『岑嘉州詩箋注』『岑参詩集編年箋注』では「武威にて劉判官の磧西行軍に赴くを送る」(武威送劉判官赴磧西行軍)に作る。『四部叢刊本』では「武軍送劉判官赴磧西行軍」に作る。また、作者には別に「武威にて劉単判官の安西の行営に赴くを送り、便ち高開府に呈す」(武威送劉單判官赴安西行營便呈高開府)という五言古詩もある。ウィキソース「武威送劉單判官赴安西行營便呈高開府」参照。武威は、現在の甘粛省武威市。河西節度使の幕府があったところ。
- 劉 … 劉単。人物については不詳。
- 判官 … 官名。節度使・観察使などの属官。長官を補佐する職。
- 磧西 … 砂漠の西。安西都護府を指す。
- この詩は、河西節度使の判官だった劉単という人が砂漠の西にある安西都護府に赴くことになり、それを見送って作ったもの。天宝十載(751)の作。
- 岑参 … 715~770。盛唐の詩人。荊州江陵(現在の湖北省荊州市江陵県)の人。天宝三載(744)、進士に及第。西域の節度使の幕僚として長く辺境に勤務したのち、右補闕・虢州長史(次官)・嘉州刺史などを歴任した。辺塞詩人として高適とともに「高岑」と並び称される。『岑嘉州集』七巻がある。ウィキペディア【岑参】参照。
火山五月行人少
火山 五月 行人少なり
- 火山 … 新疆ウイグル自治区吐魯番から東に連なる山脈。赤色の山肌で火が燃えているように見えるため、火焔山ともいう。ウィキペディア【火焔山】参照。また、作者には「火山を経たり」(經火山)という五言古詩もある。ウィキソース「經火山」参照。なお、底本に「火山は陝西の山丹衛の城北に在り」(火山在陝西山丹衞城北)とあるのは誤り。また、前漢の東方朔『神異経』南荒経に「南の荒外に火山有り。長さは四十里、広は五十里。其の中に不尽の木生い、昼夜火燃え、暴風を得るも猛からず、猛雨にも滅せず」(南荒外有火山。長四十里、廣五十里。其中生不盡之木、晝夜火燃、得暴風不猛、猛雨不滅)とある。ウィキソース「神異經」参照(ただし、文字に異同あり)。また、南朝梁の任昉『述異記』に「南方に災いする火山有り。四月に火を生じ、十二月に火滅す」(南方有災火山。四月生火、十二月火滅)とある。ウィキソース「述異記」参照。
- 五月 … 炎熱の五月。
- 行人 … 道を行く人。『前唐十二家詩本』『唐五十家詩集本』『四部叢刊本』『寛保刊本』『唐詩品彙』『万首唐人絶句』『古今詩刪』『岑嘉州詩箋注』『岑参詩集編年箋注』では「人行」に作る。『漢書』王莽伝に「赤眉、遂に長安の宮室市里を焼き、更始を害す。民飢餓し相食らい、死者数十万なり。長安虚と為り、城中人行無し」(赤眉遂燒長安宮室市里、害更始。民飢餓相食、死者數十萬。長安為虛、城中無人行)とある。赤眉は、赤眉軍。農民反乱軍の名称。更始は、後漢の皇帝、更始帝劉玄。在位23~25年。ウィキソース「漢書/卷099下」参照。
- 少 … 稀である。
看君馬去疾如鳥
看る 君が馬の去って疾きこと鳥の如くなるを
- 看 … 見れば。
- 君馬 … 君の馬。君の乗る馬。北周の庾信「侃法師に和する三絶」詩(其一)に「幾人か 応に涙の落つべき、君が馬の南に向かうを看る」(幾人應落淚、看君馬向南)とある。ウィキソース「古詩紀 (四庫全書本)/卷128」参照。
- 去疾 … 速く駆けて行く。速く馳せて行く。
- 去 … 『前唐十二家詩本』『万首唐人絶句』では「上」に作る。
- 如鳥 … 飛ぶ鳥のように。『詩経』小雅「斯干」に「鳥の斯に革まるが如く、翬の斯に飛ぶが如し」(如鳥斯革、如翬斯飛)とある。ウィキソース「詩經/斯干」参照。
都使行營太白西
都使の行営 太白の西
- 都使 … 節度使(地方長官)。ここでは安西都護府の節度使を指す。この時の節度使は高仙芝(?~755)。ウィキペディア【高仙芝】参照。『全唐詩』『前唐十二家詩本』『唐五十家詩集本』『四部叢刊本』『寛保刊本』『唐詩別裁集』『万首唐人絶句』『岑嘉州詩箋注』『岑参詩集編年箋注』では「都護」に作る。こちらは安西都護府を指す。
- 行営 … 節度使の幕府。劉判官が行くところ。中唐の柳宗元「段太尉の逸事の状」に「太尉始め涇州の刺史たり。時に汾陽王副元帥を以て蒲に居る。王の子晞尚書たり。行営節度使を領す」(太尉始爲涇州刺史。時汾陽王以副元帥居蒲。王子晞爲尚書。領行營節度使)とある。ウィキソース「段太尉逸事狀」参照。
- 太白 … 太白星。金星のこと。明け方に東の空に出る明けの明星。日没後に西の空に出る宵の明星。どちらも同じ金星の別称であるが、ここでは宵の明星を指す。『爾雅註疏』釈天篇に「明星、之を啓明と謂う」(明星謂之啟明)とあり、その注に「太白星なり。晨に東方に見わるるを啓明と為し、昏に西方に見わるるを太白と為す」(太白星也。晨見東方爲啟明、昏見西方爲太白)とある。ウィキソース「爾雅註疏/卷06」参照。また、底本に「水経注に曰く、太白山は武功県に在り。長安を去ること二百里」(水經注曰、太白山在武功縣。去長安二百里)とあるのは誤り。陝西省にある太白山とは関係ない。なお武功縣は、原文では「武功縣南」に作る。ウィキソース「水經注/18」参照。
- 西 … 太白星よりさらに西の方にある。
角聲一動胡天曉
角声一たび動いて胡天暁く
- 角声 … 軍中で吹く角笛の音。角笛は、軍隊で時刻を告げるために打ち鳴らす。『楽書』に「革角は長さ五尺、形は竹筒の如し。本細く末大なり。唐の鹵簿及び軍中に之を用う。或いは竹木を以てし、或いは皮を以てし、定制有ること非ざるなり」(革角長五尺、形如竹筒。本細末大。唐鹵簿及軍中用之。或以竹木、或以皮、非有定制也)とある。鹵簿は、天子の行列。ウィキソース「樂書 (四庫全書本)/卷140」参照。
- 一動 … ひとたび鳴り響くと。
- 胡天暁 … 「胡天の暁」と読んでもよい。胡地の空が明けゆくであろう。古楽府「満歌行」に「遥かに辰極を望めば、天暁け月移らんとす」(遙望辰極、天曉月移)とある。辰極は、北斗星。ウィキソース「樂府詩集/043卷」参照。
テキスト
- 『箋註唐詩選』巻七(『漢文大系 第二巻』、冨山房、1910年)※底本
- 『全唐詩』巻二百一(排印本、中華書局、1960年)
- 『岑嘉州集』巻下([明]許自昌編、『前唐十二家詩』所収、万暦三十一年刊、内閣文庫蔵)
- 『岑嘉州集』巻八(明銅活字本、『唐五十家詩集』所収、上海古籍出版社、1989年)
- 『岑嘉州詩』巻七(『四部叢刊 初篇集部』所収、第二次影印本、蕭山朱氏蔵明正徳刊本)
- 『岑嘉州詩』巻八(寛保元年刊、『和刻本漢詩集成 唐詩5』所収、汲古書院、略称:寛保刊本)
- 『唐詩品彙』巻四十八([明]高棅編、[明]汪宗尼校訂、上海古籍出版社、1982年)
- 『唐詩別裁集』巻十九([清]沈徳潜編、乾隆二十八年教忠堂重訂本縮印、中華書局、1975年)
- 『唐詩解』巻二十七(順治十六年刊、内閣文庫蔵)
- 『万首唐人絶句』七言・巻十八(明嘉靖本影印、文学古籍刊行社、1955年)
- 『古今詩刪』巻二十一(寛保三年刊、『和刻本漢詩集成 総集篇9』所収、汲古書院)
- 廖立箋注『岑嘉州詩箋注』巻七(中国古典文学基本叢書、中華書局、2004年)
- 劉開揚箋注『岑参詩集編年箋注』(巴蜀書社、1995年)
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