苜蓿烽寄家人(岑参)
苜蓿烽寄家人
苜蓿烽にて家人に寄す
苜蓿烽にて家人に寄す
- 〔テキスト〕 『唐詩選』巻七、『全唐詩』巻二百一、『岑嘉州詩』巻七(『四部叢刊 初編集部』所収)、『岑嘉州集』巻下(『前唐十二家詩』所収)、『岑嘉州集』巻八(『唐五十家詩集』所収)、『岑嘉州詩』巻八・寛保元年刊(『和刻本漢詩集成 唐詩5』所収、167頁、略称:寛保刊本)、『唐詩品彙』巻四十八、趙宦光校訂/黄習遠補訂『万首唐人絶句』巻十二(万暦三十五年刊、内閣文庫蔵)、『才調集』巻七(『唐人選唐詩新編』所収)、『唐百家詩選』巻三、他
- 七言絶句。春・巾・人(平声真韻)。
- ウィキソース「題苜蓿峰寄家人」参照。
- 詩題 … 『全唐詩』『前唐十二家詩本』『唐五十家詩集本』『唐百家詩選』では「題苜蓿峯寄家人」に作る。『四部叢刊本』『寛保刊本』では「題首蓿烽寄家人」に作る。『唐詩品彙』『才調集』では「苜蓿峯寄家人」に作る。『万首唐人絶句』では「苜蓿峰寄家人」に作る。「峯」は「峰」の異体字。
- 苜蓿烽 … のろし台の名。苜蓿は、草の名。うまごやし。『全唐詩』等が「烽」を「峰・峯」にするのは誤り。玉門関西方の塞外にあった。塞外は砂漠地帯で駅亭もないので、五つののろし台を等間隔に配置して一つの駅亭に相当させ、旅人の目印とした。『箋註唐詩選』(『漢文大系』冨山房)に「唐の三蔵の西域記に曰く、塞上に駅亭無し。又山嶺無し。止烽火を以て識と為す。玉門関の外に五烽有り。苜蓿烽は其の一なり」(唐三藏西域記曰、塞上無驛亭。又無山嶺。止以烽火爲識。玉門關外有五烽。苜蓿烽其一也)とあるが、『大唐西域記』には、この文章は見当たらない。『大唐大慈恩寺三蔵法師伝』巻一に「関外西北には又五烽有り、候望する者之に居る。各〻相去ること百里、中に水草無し。五烽の外は即ち莫賀延磧にして、伊吾国の境なり」(關外西北又有五烽、候望者居之。各相去百里、中無水草。五烽之外即莫賀延磧、伊吾國境)とある。ウィキソース「大唐大慈恩寺三藏法師傳/卷01」参照。
- 家人 … ここでは妻を指す。
- 寄 … 詩を人に託して送り届けること。「贈」は、詩を直接手渡すこと。
- この詩は、作者が封常清の軍に従って西征した時、家人である妻に寄せたもの。『岑嘉州詩箋注』(中華書局、2004年)の附録「岑参年譜」によると、天宝十四載(755)の作。
- 岑参 … 715~770。盛唐の詩人。湖北省江陵の人。天宝三載(744)、進士に及第。西域の節度使の幕僚として長く辺境に勤務したのち、右補闕・虢州長史(次官)・嘉州刺史などを歴任した。辺塞詩人として高適とともに「高岑」と並び称される。『岑嘉州集』七巻がある。ウィキペディア【岑参】参照。
苜蓿烽邊逢立春
苜蓿烽辺 立春に逢い
- 苜蓿烽辺 … 苜蓿烽のほとり。苜蓿烽の辺り。
- 烽 … 『全唐詩』『前唐十二家詩本』『唐五十家詩集本』『万首唐人絶句』『才調集』『唐百家詩選』では「峯」に作る。『唐詩品彙』では「峰」に作る。
- 立春 … 二十四気の一つ。陰暦の正月節。陽暦で二月四日頃。暦の上で春が始まる日。
- 逢 … 迎える。
葫蘆河上淚沾巾
葫蘆河上 涙 巾を沾す
- 葫蘆河 … 西方の塞外にある川の名。葫蘆は、ひょうたんの別称。上流が狭くて下流が広く、ひょうたんの形に似ているところから名付けられたという。『大唐大慈恩寺三蔵法師伝』巻一に「此より北行すること五十余里にして瓠蘆河有り、下広く上狭く、洄波甚だ急に、深くして渡る可からず。上に玉門関を置き、路は必ず之に由る、即ち西境の襟喉なり」(從此北行五十餘里有瓠蘆河、下廣上狹、洄波甚急、深不可渡。上置玉門關、路必由之、即西境之襟喉也)とある。襟喉は、襟と喉。要害の地の喩え。ウィキソース「大唐大慈恩寺三藏法師傳/卷01」参照。
- 上 … ほとり。
- 葫 … 『全唐詩』『四部叢刊本』『前唐十二家詩本』『唐五十家詩集本』『唐詩品彙』『万首唐人絶句』『才調集』『唐百家詩選』では「胡」に作る。
- 沾巾 … ハンカチを濡らす。巾は、手巾(手ぬぐい)。沾は、うるおす。水で濡らす。「霑」と同じ。ここでは涙が多く流れることをいう。
閨中只是空相憶
閨中 只だ是れ空しく相憶うも
- 閨中 … 妻の寝室を指す。閨は、婦人の部屋。寝室。
- 只是 … 「ただこれ」と読み、「ただ~だけだ」と訳す。『近思録』に「人の学の進まざるは、只だ是れ勇ならざればなり」(人之學不進、只是不勇)とある。ウィキソース「近思錄/卷02」参照。
- 只 … 『才調集』では「占」に作る。
- 空相憶 … 私のことを空しく思ってくれているだろうが。
- 相憶 … 『四部叢刊本』『唐五十家詩集本』『寛保刊本』では「思想」に作る。
- 相 … ここでは「互いに」という意味ではなく、動作に対象があることを示す言葉。
不見沙場愁殺人
沙場の人を愁殺するを見ず
- 沙場 … 砂漠。戦いの場としての砂漠。王巾の「頭陀寺碑文」(『文選』巻五十九)に「炎区は九訳し、沙場に一候あり」(炎區九譯、沙場一候)とある。炎区は、南方の国。九訳は、何回もの通訳をはさんで朝貢すること。九は、数の多い意。一候は、国境地帯を監視する官。「一候あり」とは、わずかな監視官で、広大な版図を平穏に保つこと。ウィキソース「頭陀寺碑文」参照。張銑の注に「沙場は亦た辺方なり。一候は以て非常の事を伺候するなり。一候は言うこころは辺の患いを少なくするなり」(沙場亦邊方也。一候者以伺候非常之事也。一候者言少邊患也)とある。ウィキソース「六臣註文選 (四部叢刊本)/卷第五十九」参照。
- 場 … 『四部叢刊本』『万首唐人絶句』では「塲」に作る。異体字。
- 愁殺 … ひどく悲しませる。深い愁いに沈ませる。殺は、程度の強いことを示す助辞。
- 不見沙場愁殺人 … 砂漠というものが、これほどまで人を深い愁いに沈ませるさまは、お前の目には見えまい。戦場としての砂漠の凄惨な光景は想像もつくまい。
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