黔驢の技
黔驢の技
- 出典:柳宗元「三戒・黔の驢」(『柳河東集』巻十九、ウィキソース「三戒(並序)」参照)
- 解釈:自分の技量が劣っていることを自覚せずに恥をかくこと。見掛け倒しで技量が劣っていること。「黔驢」は、黔州(今の貴州省)の驢馬のこと。黔州には驢馬がいなかった。そこへある人が驢馬を連れて行ったところ、虎は驢馬の大きさを見て驚き恐れた。そのうち、虎が驢馬に近づいて馴れ馴れしくもたれかかったりしたため、驢馬は怒って虎を蹴った。虎は驢馬にこれ以外の技がないことを知って喜び、ついに驢馬を食い殺してしまったという故事から。
- 柳宗元 … 773~819。中唐の文人・政治家。河東(山西省永済県)の人。字は子厚。貞元九年(793)、劉禹錫とともに進士に及第。校書郎、藍田県(陝西省)尉、監察御史裏行を歴任。政治改革に乗り出したが失脚。辺地に左遷され、柳州で死去した。唐宋八大家のひとり。韓愈とともに古文復興につとめた。詩においては王維・孟浩然・韋応物らと同様、自然をうたった詩が優れている。ウィキペディア【柳宗元】参照。
黔無驢。有好事者。船載以入至則無可用。放之山下。虎見之尨然大物也。以爲神。蔽林間窺之。稍出近之、憖憖然莫相知。
黔に驢無し。事を好む者有り。船載して以て入り至れば則ち用うべき無し。之を山下に放つ。虎之を見るに尨然として大物なり。以て神と為す。林間に蔽れて之を窺う。稍出でて之に近づくに、憖憖然として相知る莫し。
- 黔 … 黔州。現在の貴州省。ウィキペディア【黔州】参照。
- 驢 … 驢馬。
- 好事者 … 物好きな人。
- 尨然 … 大きいさま。
- 神 … 神聖。
- 稍 … 「やや」と読み、「少しばかり」「いくらか」と訳す。
- 憖憖然 … 敬いつつしむさま。
他日驢一鳴。虎大駭遠遁、以爲且噬已也。甚恐。然往來視之覺無異能者。益習其聲、又近出前後、終不敢搏。稍近益狎蕩倚衝冒。驢不勝怒蹄之。虎因喜計之曰、技止此耳。因跳踉大闞斷其喉盡其肉乃去。
他日驢一たび鳴く。虎大いに駭きて遠く遁れて、以為えらく且に已を噬まんとす。甚だ恐る。然れども往来して之を視るに異能無き者に覚ゆ。益〻其の声に習れ、又近づきて前後に出づれども、終に敢えて搏たず。稍近づきて益〻狎れて蕩倚衝冒す。驢、怒りに勝えずして之を蹄る。虎因りて喜びて之を計りて曰く、技此に止まるのみ、と。因りて跳踉大闞して其の喉を断ち、其の肉を尽くして乃ち去る。
- 異能 … 特別な才能。
- 蕩倚 … ほしいままに寄りかかる。
- 衝冒 … 突き当たる。
- 跳踉 … 躍り上がってはねまわること。
- 大闞 … 大声で吠えること。
噫、形之尨也、類有德、聲之宏也、類有能。向不出其技、虎雖猛疑畏卒不敢取。今若是焉。悲夫。
噫、形の尨なるや、有徳に類し、声の宏なるや、有能に類す。向し其の技を出さざれば、虎猛しと雖も疑い畏れて卒に敢えて取らざらん。今、是くの若し。悲しきかな。
- 其技 … この場合、蹴るという技。
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