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奉送五叔入京兼寄綦毋三(李頎)

奉送五叔入京兼寄綦毋三
五(ご)叔(しゅく)の京(けい)に入(い)るを送(おく)り奉(たてまつ)り、兼(か)ねて綦毋(きぶ)三(さん)に寄(よ)す
李頎(りき)
  • ウィキソース「奉送五叔入京兼寄綦毋三」参照。
  • この詩は、作者の叔父が都へ上ることになったので、送別の詩を作り、あわせて綦毋(きぶ)潜(せん)にも言づけたもの。
  • 五叔 … 排行(一族中の兄弟やいとこなどの年齢による序列)第五番目に当たる叔父。人物については不詳。
  • 入京 … 都(長安)へ上る。
  • 綦毋三 … 作者の友人で盛唐の詩人、綦毋(きぶ)潜(せん)。排行第三。692?~755?。荊南(湖北省)の人。字(あざな)は孝通(こうつう)。『唐詩選』には一首のみ「竜興寺に宿る」詩を収める。ウィキペディア【綦毋潜】参照。
  • 寄 … 詩を人に託して送り届けること。ちなみに「贈」は、詩を直接手渡すこと。ここでは、綦毋潜に言づけた。
  • 李頎 … 690~751?。盛唐の詩人。本籍は趙州(ちょうしゅう)(河北省趙県)の人。開元二十三年(735)、進士に及第。新郷県(河南省新郷市)の尉となったが、官を辞し、神仙を慕って隠棲生活を送ったという。ウィキペディア【李頎】参照。
陰雲帶殘日
陰雲(いんうん) 残日(ざんじつ)を帯(お)ぶ
  • 陰雲 … どんよりとした重苦しい雨雲(あまぐも)。『漢書』五行志に「其の旱(ひでり)は陰雲にして雨ふらず、変じて赤く、因りて除(さ)る」(其旱陰雲不雨、變而赤、因而除)とある。ウィキソース「漢書/卷027」参照。また、三国魏の陳琳「宴会」詩(『古詩紀』巻二十六)に「凱風(がいふう) 陰雲を飄(ひるがえ)し、白日 素暉(そき)を揚(あ)ぐ」(凱風飄陰雲、白日揚素暉)とある。凱風は、初夏に吹くそよ風。南風。素暉は、白い光。ウィキソース「古詩紀 (四庫全書本)/卷026」参照。『全唐詩』では「雲陰」に作る。
  • 残日 … 残(のこ)んの夕日の光。南宋の陳造「郭家洲」詩(『江湖長翁集』巻四)に「荒凉たり 郭家洲、籬(り)落(らく) 残日に映ず」(荒凉郭家洲、籬落映殘日)とある。籬落は、まがき。ウィキソース「江湖長翁集 (四庫全書本)/卷04」参照。
  • 帯 … 帯びる。陰雲が夕日を取り巻くこと。
悵別此何時
別(わか)れを悵(いた)む 此(こ)れ何(なん)の時(とき)ぞ
  • 悵別 … 別れを悼む。別れを悲しむ。
  • 此何時 … これはまた何という(悲しい)時なのか。西晋の張協「雑詩十首」(『文選』巻二十九)の第八首に「借問す此れ何の時ぞ、胡蝶は南園に飛ばん」(借問此何時、胡蝶飛南園)とある。ウィキソース「昭明文選/卷29」参照。
欲望黃山道
黄山(こうざん)の道(みち)を望(のぞ)まんと欲(ほっ)すれども
  • 黄山 … 長安の西北、現在の陝西省咸陽市興平市の近くにある山。前漢の恵帝がここに黄山宮を建てた。『漢書』地理志、右(ゆう)扶(ふ)風(ふう)、槐(かい)里(り)の条に「黄山宮有り、孝恵二年(前193)起こす」(有黃山宮、孝惠二年起)とある。ウィキソース「漢書顏師古註/地理志」参照。また『三輔黄図』巻三、甘泉宮の条に「黄山宮は、興平県の西三十里に在り。武帝微(ひそ)かに行き、西のかた黄山宮に至る、即ち此れなり」(黃山宮、在興平縣西三十里。武帝微行、西至黃山宮、即此也)とある。ウィキソース「三輔黃圖/卷之三」参照。また、後漢の張衡「西京の賦」(『文選』巻二)に「長(ちょう)楊(よう)を掩(おお)いて五(ご)柞(さく)を聯(つら)ね、黄山を繞(めぐ)りて牛首に款(いた)る」(掩長楊而聯五柞、繞黄山而款牛首)とある。長楊は、長楊宮。五柞は、五柞宮。牛首は、牛首山。ウィキソース「西京賦」参照。
  • 欲望 … (黄山に向かう道を)望み見ようとしても。古詩「亀(き)山(ざん)の操(そう)」に「予(よ)は魯を望まんと欲すれども、亀山之を蔽(おお)う」(予欲望魯兮、龜山蔽之)とある。亀山は、魯の山名。操は、琴の曲のこと。ウィキソース「龜山操」参照。また、南朝梁の何遜「虞(ぐ)記室の楼に登り遠帰を望むに同ず」詩(『古詩紀』巻九十四)に「楼に登りて遠きを望まんと欲し、遥遥として白(はく)衣(い)を見る」(登樓欲望遠、遙遙見白衣)とある。白衣は、白い服を着た人。出張の官吏は白衣を支給されたという。ウィキソース「古詩紀 (四庫全書本)/卷094」参照。
無由見所思
所(しょ)思(し)を見(み)るに由(よし)無(な)し
  • 所思 … 思う所の人。自分が慕い思う人。ここでは、綦毋潜を指す。『楚辞』九歌・山鬼に「石蘭を被(き)て杜(と)衡(こう)を帯(おび)とし、芳馨(ほうけい)を折りて思う所に遺(おく)る」(被石蘭兮帶杜衡、折芳馨兮遺所思)とある。石蘭は、蘭の一種で香草。根が岩石の形をしているという。杜衡は、草の名。寒(かん)葵(あおい)。山谷・湿地に生ず。芳馨は、香りのよい花。ウィキソース「九歌」参照。また、南朝斉の謝朓「故人(とも)を懐う」詩(『古詩紀』巻六十九)に「望望(ぼうぼう) 忽(たちま)ち超遠となる、何に由りてか思う所を見ん」(望望忽超遠、何由見所思)とある。望望は、心を残して去ってゆくさま。超遠は、離れて遠いこと。ウィキソース「古詩紀 (四庫全書本)/卷069」参照。
  • 無由 … ~するすべもない。~する手段がない。~する方法がない。三国魏の曹植「七啓」(『文選』巻三十四)に「雲際(うんさい)を望めば好(こう)仇(きゅう)有り、天路長くして往くに由無し」(望雲際兮有好仇、天路長兮往無由)とある。雲際は、はるかな雲の果て。好仇は、よい配偶者。仇は、相手。ウィキソース「七啟」参照。
詩型・韻字
  • 五言絶句。
  • 時・思(上平声支韻)。
テキスト
  • 『箋註唐詩選』巻六(『漢文大系 第二巻』、冨山房、1910年)※底本
  • 『全唐詩』巻一百三十四(排印本、中華書局、1960年)
  • 『唐詩解』巻二十二(順治十六年刊、内閣文庫蔵)
  • 『唐詩品彙』巻四十([明]高棅編、[明]汪宗尼校訂、上海古籍出版社、1982年)
  • 『古今詩刪』巻二十(寛保三年刊、『和刻本漢詩集成 総集篇9』所収、汲古書院)
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