崔五丈図屏風賦得烏孫佩刀(李頎)
崔五丈圖屏風賦得烏孫佩刀
崔五丈が図ける屏風 烏孫の佩刀を賦し得たり
崔五丈が図ける屏風 烏孫の佩刀を賦し得たり
- 七言古詩。帯(去声泰韻)・塞(去声隊韻)通押、前・辺・泉(平声先韻)、状・向・上(去声漾韻)。
- 崔五丈圖屏風賦得烏孫佩刀 … 『全唐詩』では「崔五六圖屏風各賦一物得烏孫佩刀」に作る。
- 崔五丈 … 人物については不明。崔は姓。五は排行。丈は年上の人や長老に対する敬称。
- 賦 … ここでは詩に作ること。
- 烏孫 … 漢代から南北朝にかけて西域にいたトルコ系遊牧民族。『史記』大宛伝に「烏孫は大宛の東北二千里可りに在り。行国にして畜に随い、匈奴と俗を同じくす。控弦の者数万、敢戦す。故匈奴に服するも、盛んなるに及びて、其の羈属を取り、往きて朝会するを肯んぜず」(烏孫在大宛東北可二千里。行國隨畜、與匈奴同俗。控弦者數萬、敢戰。故服匈奴、及盛、取其羈屬、不肯往朝會焉)とある。行国は、遊牧民の国。控弦は、弓を引く兵。敢戦は、死にものぐるいで戦うこと。羈属は、帰属すること。ウィキソース「史記/卷123」参照。また『漢書』西域伝に「烏孫国の大昆彌、赤谷城に治し、長安を去ること八千九百里。……烏孫是に於いて恐れて、使いをして馬を献じしめ、漢の公主を尚して昆弟と為らんことを得んと願う。……漢の元封中に、江都王建の女細君を遣わして公主と為し、以て妻す。……哀帝の元寿二年に、大昆彌伊秩靡、単于と並びて入朝す。漢以て栄と為す」(烏孫國大昆彌、治赤谷城、去長安八千九百里。……烏孫於是恐、使使獻馬、願得尚漢公主爲昆弟。……漢元封中、遣江都王建女細君爲公主、以妻焉。……哀帝元壽二年、大昆彌伊秩靡與單于並入朝。漢以爲榮)とある。尚は、天子の娘をめとること。ウィキソース「漢書/卷096下」参照。ウィキペディア【烏孫】参照。
- 佩刀 … 腰につけた刀。
- 李頎 … 690~751?。盛唐の詩人。本籍は趙州(河北省趙県)の人。開元二十三年(735)、進士に及第。新郷(河南省)の尉となったが、官を辞し、神仙を慕って隠棲生活を送ったという。ウィキペディア【李頎】参照。
烏孫腰閒佩兩刀
烏孫 腰間 両刀を佩ぶ
- 腰間 … 腰のあたり。
- 佩 … 身につける。
- 両刀 … 二つの刀。
刃可吹毛錦爲帶
刃は毛を吹くべく錦を帯と為す
- 吹毛 … 吹きつけた毛をも断ち切るほどよく切れる刃。
- 錦為帯 … 錦の帯で腰に下げている。
握中枕宿穹廬室
握中枕宿す 穹廬の室
- 握中 … 刀を握りしめたままでいること。
- 枕宿 … 枕につく。
- 穹廬 … 匈奴の住居で、アーチ型の天幕の住居。
馬上割飛翳螉塞
馬上割飛す 翳螉の塞
- 割飛 … 「真っ二つにする」程度の意か。
- 翳螉塞 … 翳螉はジガバチ。とりでの上に土室を作り物見台とした。形がジガバチの巣に似ていたので、この名が付いた。
執之魍魎誰能前
之を執らば魍魎 誰か能く前まん
- 魍魎 … 山川の怪物。
氣凜清風沙漠邊
気は凜たり 清風 沙漠の辺
- 凜 … ぴりっと身が引き締まる感じ。
磨用陰山一片玉
磨くに陰山一片の玉を用い
洗將胡地獨流泉
洗うに胡地独流の泉を将ってす
- 胡地 … えびすの国の土地。
- 独流泉 … 一すじ流れる川の水。また、固有名詞とする説もある。
主人屏風寫奇狀
主人の屏風 奇状を写す
- 奇状 … めずらしい姿。
鐵鞘金鐶儼相向
鉄鞘 金鐶 儼として相向う
- 鉄鞘 … 鉄製のさや。
- 金鐶 … 黄金でできた環状の柄がしら。
- 儼相向 … さながらこちらを向いているようだ。
囘頭瞪目時一看
頭を回らし目を瞪りて時に一たび看れば
- 回頭 … ふりむく。
- 瞪目 … 目をみはる。直視する。
使予心在江湖上
予が心をして江湖の上に在らしむ
- 江湖 … 広い世界。
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