孫子 火攻篇
01 孫子曰、凡火攻有五。
孫子曰く、凡そ火攻に五有り。
- 火攻篇 … 武経本では「火攻第十二」に作る。
- 火攻 … 火攻め。火を使って敵を攻撃すること。
- 有五 … 五種類ある。
一曰火人、二曰火積、三曰火輜、四曰火庫、五曰火隊。
一に曰く、人を火く、二に曰く、積を火く、三に曰く、輜を火く、四に曰く、庫を火く、五に曰く、隊を火く。
- 火人 … 敵の兵士を焼き討ちする。「人」は、ここでは兵士を指す。
- 火積 … 野外に積み蓄えられている敵の物資を焼き払う。
- 火輜 … 敵の輜重車(兵器・食糧などを輸送する車)を焼き払う。
- 火庫 … 敵の物資が保管されている倉庫を焼き払う。
- 火隊 … 敵の部隊・宿営を焼き払う。一説に、敵の行路(隧)を焼き払う。
行火必有因、煙火必素具。
火を行なうに必ず因有り、煙火は必ず素より具う。
- 行火必有因 … 火攻めをするには必ず都合のよい条件がなくてはならない。
- 煙火必素具 … 火攻めをするには必ず前もって道具を準備しなくてはならない。
- 素 … 前もって。事前に。
- 具 … そなえる。準備する。
發火有時、起火有日。
火を発するに時有り、火を起すに日有り。
- 発火有時 … 火攻めには適当な時がある。
- 起火有日 … 火攻めを起こすには適当な日がある。
時者天之燥也。
時とは天の燥けるなり。
- 時者天之燥也 … 適当な時とは、空気の乾燥した時である。
日者月在箕壁翼軫也。
日とは月の箕・壁・翼・軫に在るなり。
- 日者月在箕壁翼軫也 … 適当な日とは、月が二十八宿(星座)の箕・壁・翼・軫に通りかかる日のことである。二十八宿とは、黄道に沿って天球を二十八等分し、それぞれに一つの星座(星宿)を選んで一宿としたもの。ウィキペディア【二十八宿】参照。
凡此四宿者、風起之日也。
凡そ此の四宿は、風の起るの日なり。
- 此四宿者 … 月がこれら四つの星座に通りかかるときは。
- 風起之日也 … 風が起こる日である。
02 凡火攻、必因五火之變而應之。
凡そ火攻は、必ず五火の変に因りて之に応ず。
- 凡火攻 … およそ火攻めに際しては。
- 必因五火之変而応之 … 五種類の火攻めの変化に応じて、臨機応変に行動しなければならない。
火發於内、則早應之於外。
火、内に発すれば、則ち早く之に外に応ず。
- 火発於内 … 味方の放火により、敵陣の内部から火が上がった場合は。
- 則早応之於外 … すばやく呼応して外から攻撃をしかける。
火發兵靜者、待而勿攻、極其火力、可從而從之、不可從而止。
火発して兵静かなる者は、待ちて攻むること勿く、其の火力を極め、従う可くして之に従い、従う可からずして止む。
- 火発兵静者 … 火が上がっても敵陣が静まり返っているのは。武経本では「火発而其兵静者」に作る。
- 待而勿攻 … 攻撃しないで待機し、様子を見る。
- 極其火力 … 火力が強くなってから。一説に、火の燃える勢いを見極めた上で。
- 可従而従之 … 敵の動きに従って攻撃してよければ攻撃する。武経本では「可従則従之」に作る。
- 不可従而止 … 敵の動きに従って攻撃すべきでないときは止める。武経本では「不可従則止」に作る。
火可發於外、無待於内、以時發之。
火、外より発す可くんば、内に待つこと無く、時を以て之を発せよ。
- 火可発於外 … 敵陣の外から火をかけて攻撃できそうなときは。
- 無待於内 … 敵陣の内部から火の手が上がるのを待つことなく。
- 以時発之 … 好機をとらえて火を放つのがよい。
火發上風、無攻下風。
火、上風に発すれば、下風を攻むること無かれ。
- 火発上風 … 火の手が風上から上がったときは。
- 無攻下風 … 風下から攻撃してはいけない。
晝風久、夜風止。
昼の風は久しく、夜の風は止む。
- 昼風久 … 昼間にずっと吹いていた風は。
- 夜風止 … 夜になるとぴたりと止んでしまうものである。
凡軍必知有五火之變、以數守之。
凡そ軍は必ず五火の変有るを知り、数を以て之を守る。
- 軍必知有五火之変 … 軍隊は、必ず五種類の火攻めの変化があることを把握して。
- 有 … 武経本にはこの字なし。
- 以数守之 … 技術を駆使して、これを遂行し守らなければならない。「数」は、術の意。
03 故以火佐攻者明。
故に火を以て攻を佐くる者は明なり。
- 以火佐攻者明 … 火を攻撃の助けとするのは、聡明な知恵による。
- 佐 … 助ける。補助する。
以水佐攻者強。
水を以て攻を佐くる者は強なり。
- 以水佐攻者強 … 水を攻撃の助けとするのは、戦力の強大さによる。
水可以絶、不可以奪。
水は以て絶つ可くして、以て奪う可からず。
- 水可以絶 … 水攻めは敵を分断することはできるが。
- 不可以奪 … 敵の城を奪取するまでには至らない。
04 夫戰勝攻取、而不修其功者凶。
夫れ戦勝攻取して、其の功を修めざる者は凶なり。
- 夫戦勝攻取 … そもそも戦いに勝ち、攻撃して敵軍のものを奪い取っても。
- 而不修其功者凶 … その戦果を立派に収めず、無駄な戦争を続けるようでは、後々の災難となって不吉である。戦いに勝っても、短期決着させなければ失敗であるということ。
命曰費留。
命づけて費留と曰う。
- 命 … 「なづける」と読む。名をつける。「名」と同じ。
- 費留 … 無駄な費用を使って、軍隊を長逗留させること。
故曰、明主慮之、良將修之。
故に曰く、明主は之を慮り、良将は之を修む。
- 明主慮之 … 賢明な君主はこのことを熟慮する。
- 良将修之 … 優れた将軍はこのことを大切に扱う。
05 非利不動、非得不用、非危不戰。
利に非ざれば動かず、得るに非ざれば用いず、危うきに非ざれば戦わず。
- 非利不動 … 利益にならなければ軍隊を動かさない。
- 非得不用 … 得るものがなければ軍隊を用いない。
- 非危不戦 … 危険が迫ってこなければ敵と戦わない。
主不可以怒而興師、將不可以慍而致戰。
主は怒りを以て師を興す可からず、将は慍りを以て戦いを致す可からず。
- 主不可以怒而興師 … 君主は怒りにまかせて軍事行動を起こしてはならない。
- 師 … 大軍。大部隊。「師団」の略。
- 将不可以慍而致戦 … 将軍は憤りから戦いを始めてはいけない。
- 慍 … 憤り。心中の怒りや恨み。
合於利而動、不合於利而止。
利に合して動き、利に合せずして止む。
- 合於利而動 … 利益に合致すれば軍隊を動かす。
- 不合於利而止 … 利益に合致しなければ軍隊を動かさない。
怒可以復喜、慍可以復悦。
怒りは以て復た喜ぶ可く、慍りは以て復た悦ぶ可し。
- 怒可以復喜 … 君主の怒りはやがて喜びにも変わる。
- 慍可以復悦 … 将軍の憤りもやがて愉快な気持ちになることができる。
- 悦 … 武経本では「説」に作る。
亡國不可以復存、死者不可以復生。
亡国は以て復た存す可からず、死者は以て復た生く可からず。
- 亡国不可以復存 … 滅んだ国は再び存立することができない。
- 死者不可以復生 … 死んだ人は再び生きかえらない。
故明君愼之、良將警之。
故に明君は之を慎み、良将は之を警む。
- 明君慎之 … 賢明な君主は戦うべきかどうか慎重になる。「之」は戦争を指す。
- 君 … 武経本では「主」に作る。
- 良将警之 … 優れた将軍は軽々しく戦争をしないよう自戒する。
此安國全軍之道也。
此れ国を安んじ軍を全うするの道なり。
- 此安国全軍之道也 … これこそが国家を安泰にし、軍隊を保全する方法である。
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