孫子 作戰篇
01 孫子曰、凡用兵之法、馳車千駟、革車千乘、帶甲十萬、千里饋糧、則内外之費、賓客之用、膠漆之材、車甲之奉、日費千金。
孫子曰く、凡そ兵を用うるの法は、馳車 千駟、革車千乗、帯甲十万、千里にして糧を饋れば、則ち内外の費、賓客の用、膠漆の材、車甲の奉、日に千金を費す。
- 作戦篇 … 武経本では「作戦第二」に作る。
- 凡 … およそ。
- 用兵之法 … 戦闘を行なう場合の原則。
- 馳車 … 四頭だての小型の戦車。軽戦車。
- 千駟 … 千台。「駟」は、馬四頭のこと。戦車一台を馬四頭で引く。
- 革車 … 皮革で表面をおおった大型の戦車。重戦車。輜重車(輸送車)。
- 千乗 … 千台。「乗」は、兵車を数える単位詞。
- 帯甲 … 武装した兵士。「帯」は、身につける。「甲」は、よろい・かぶと。
- 千里 … 千里先まで。古代中国の一里は約四百メートル。
- 饋糧 … 食糧を輸送する。
- 則 … 武経本にはこの字なし。
- 内外之費 … 国内・国外での経費。
- 賓客之用 … 外交使節の接待費。
- 膠漆之材 … 膠や漆など、兵器に使う材料。
- 車甲之奉 … 戦車や甲冑(よろい・かぶと)などの供給。「奉」は、まかなうこと。供給。
- 日費千金 … 一日に千金もの大金を要することとなる。
然後十萬之師舉矣。
然る後に十万の師挙がる。
- 然後 … 「しかるのち」と読み、「そうしたあとで」「こうしてはじめて」と訳す。事柄や時間の前後関係を示す。
- 十万之師 … 十万の大軍。「師」は、大軍。大部隊。「師団」の略。
- 挙 … 挙兵させることができる。動かせる。
02 其用戰也、勝久則鈍兵挫鋭。
其の戦いを用うるや、勝つも久しければ、則ち兵を鈍らし鋭を挫く。
- 其用戦也 … そうした戦いをして。「其」は、前文の「十万之師」を指す。「用」は、行なう。
- 久 … 戦いが長期間になれば。長期戦ともなれば。持久戦ともなれば。
- 鈍兵 … 軍を疲弊させる。
- 挫鋭 … 士気を挫く。
攻城、則力屈。
城を攻むれば、則ち力屈す。
- 力屈 … 戦力が尽きる。
久暴師、則國用不足。
久しく師を暴せば、則ち国用足らず。
- 師 … 大軍。大部隊。「師団」の略。
- 暴 … 戦場にさらす。露営させる。
- 国用 … 国家の費用。国の経済力。
夫鈍兵挫鋭、屈力殫貨、則諸侯乘其弊而起。
夫れ兵を鈍らせ鋭を挫き、力を屈し貨を殫くさば、則ち諸侯其の弊に乗じて起る。
- 殫貨 … 財貨が尽きてしまえば。「殫」は、尽きる。なくならせる。
- 乗其弊 … その疲弊につけ込んで。
- 起 … 攻め込んでくる。
雖有智者、不能善其後矣。
智者有りと雖も、其の後を善くする能わず。
- 智者 … 知恵ある者。智謀の人。
- 有 … 竹簡本にはこの字なし。
- 善其後 … 出兵の後始末。善後策。
- 不能 … うまく行なうことができない。
故兵聞拙速、未睹巧之久也。
故に兵は拙速を聞くも、未だ巧の久しきを睹ざるなり。
- 兵 … 戦争。
- 拙速 … 戦術がまずくとも素早くやること。速やかに勝って戦争を終わらせること。
- 巧之久 … 戦術が巧みで長期戦になること。
- 未睹 … いままで見たことがない。そのような事例は聞いたことがない。「睹」は、武経本では「覩」に作る。
夫兵久而國利者、未之有也。
夫れ兵久しくして国に利ある者は、未だ之有らざるなり。
- 兵久而国利者 … 戦闘が長期化して国家に利益をもたらしたということは。
- 未之有也 … 今までそういうことは一度もない。
故不盡知用兵之害者、則不能盡知用兵之利也、
故に尽く用兵の害を知らざる者は、則ち尽く用兵の利をも知る能わざるなり。
- 用兵 … 軍隊を動かすこと。戦争を行なうこと。
- 害 … 損害。
- 利 … 利益。
03 善用兵者、役不再籍、糧不三載。
善く兵を用うる者は、役は再びは籍せず、糧は三たびは載せず。
- 善用兵者 … 軍隊を巧みに動かす者。戦争を巧みに行なう者。
- 役 … 兵役。
- 再籍 … 二度も徴兵すること。
- 糧 … 食糧。
- 三載 … 三度も輸送すること。「載」は、載せて運ぶ。
取用於國、因糧於敵、故軍食可足也。
用を国に取り、糧を敵に因る。故に軍食足る可きなり。
- 取用於国 … 軍需物資は自国で調達する。「用」は、軍需品。
- 因糧於敵 … 食糧は敵地のものに依存する。
- 故軍食可足也 … だから全軍の食糧は充分なのである。
國之貧於師者、遠輸。遠輸、則百姓貧。
国の師に貧なるは、遠く輸ればなり。遠く輸れば、百姓貧し。
- 国之貧於師者 … 国家が軍隊のために貧しくなるのは。「師」は、大軍。軍隊。「師団」の略。
- 遠輸 … 軍需物資を遠方に輸送するからである。
- 百姓貧 … 人民の負担が重くなり、貧窮する。「百姓」は、人民。庶民。
近於師者貴賣。貴賣、則百姓財竭。財竭、則急於丘役。
師に近き者は貴売す。貴売すれば、則ち百姓は財竭く。財竭くれば、則ち丘役に急なり。
- 近於師者 … 軍の駐屯地に近い所。武経本には「於」の字なし。
- 貴売 … 物価が騰貴する。
- 百姓財竭 … 人民の蓄えがなくなる。
- 丘役 … 一丘(百二十八家の民)ごとに課す税。
- 急 … 差し迫って厳しく求める。
力屈財殫中原、内虚於家。百姓之費、十去其七。
力屈し財中原に殫き、内家に虚し。百姓の費、十に其の七を去る。
- 力屈財殫中原、内虚於家 … 戦場では戦力が尽きてなくなり、国内でも財貨が底をつき、どの家も家財が空っぽになる。ここでは「中原」を取り敢えず「国内」と解釈したが、異説が多く難解。武経本に「財殫」の二字なし。
- 百姓之費 … 人民の生活費。
- 十去其七 … 七割までが軍事費に持っていかれる。
公家之費、破車罷馬、甲冑矢弩、戟楯蔽櫓、丘牛大車、十去其六。
公家の費、破車罷馬、甲冑矢弩、戟楯蔽櫓、丘牛大車、十に其の六を去る。
- 公家之費 … 国家の費用。朝廷の費用。
- 破車 … 破損した戦車。
- 罷馬 … 疲労した軍馬。
- 甲冑 … よろいと、かぶと。
- 矢弩 … 矢と石弓。「弩」は武経本では「弓」に作る。
- 戟楯 … 「戟」は、柄の先に刺すための刃とひっかけるための刃をつけた戈。「楯」は、たて。矢・槍・刀などから身を守るための武器。厚い木板・金属板などで作られている。
- 蔽櫓 … 櫓。「蔽」は武経本では「矛」に作る。
- 丘牛 … 大きな牛。
- 十去其六 … 六割までを消費してしまう。
故智將務食於敵。食敵一鍾、當吾二十鍾、秆一石、當吾二十石。
故に智将は務めて敵に食む。敵の一鍾を食むは、吾が二十鍾に当り、(き)秆一石は、吾が二十石に当る。
- 智将 … 知恵ある将軍。
- 務食於敵 … 食糧を敵地で調達するよう努力する。
- 食敵一鍾 … 敵地で調達した食糧の一鍾は。「鍾」は、周代の容量の単位。一鍾は約五十リットル。一説に、約百二十リットル。
- 当吾二十鍾 … 自国から運んだ食糧の二十鍾分に相当する。
- 秆 … 「」は、豆がら。「秆」は、「稈」と同じで、わら。どちらも牛馬の飼料。
- 一石 … 「石」は、ここでは容量の単位ではなく、重さの単位。一石は約三十キログラム。
04 故殺敵者怒也。取敵之利者貨也。
故に敵を殺す者は怒なり。敵の利を取る者は貨なり。
- 怒 … 敵愾心。忿怒の感情。戦意。
- 取敵之利者貨也 … 敵から奪い取って我々に有利なものは敵の財貨である。この句は種々の解釈がある。
故車戰得車十乘已上、賞其先得者、而更其旌旗、車雜而乘之、卒善而養之。
故に車戦に車十乗已上を得れば、其の先に得たる者を賞し、而して其の旌旗を更め、車は雑えて之に乗らしめ、卒は善くして之を養う。
- 故 … 従って。武経本にはこの字なし。
- 車戦 … 戦車戦において。
- 得車十乗已上 … 戦車十台以上を捕獲したときは。「乗」は、兵車を数える単位詞。
- 已 … 武経本では「以」に作る。
- 賞其先得者 … 最初に捕獲した者に褒美を与える。
- 更其旌旗 … 敵の旗印を味方のものに取り替える。
- 車雑而乗之 … 味方の戦車の中に混ぜて乗車させる。
- 卒善而養之 … 捕虜にした敵兵は優遇して自軍に編入する。
是謂勝敵而益強。
是を敵に勝ちて強を益すと謂う。
- 是謂勝敵而益強 … これが敵に勝ってますます強さを増すということである。
05 故兵貴勝、不貴久。
故に兵は勝つことを貴びて、久しきを貴ばず。
- 兵貴勝、不貴久 … 戦争は敵に勝つことを第一とするが、長期戦となるのはよくない。
故知兵之將、生民之司命、國家安危之主也。
故に兵を知るの将は、生民の司命、国家安危の主なり。
- 知兵之将 … 戦争の道理をわきまえた将軍。
- 生民之司命 … 人民の生死を左右する者。「生民」は、人民。武経本には「生」の字なし。
- 国家安危之主也 … 国家の運命を司る者である。「安危」は、安全であるか危険であるかということ。運命。「主」は、主宰者。
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