>   その他   >   孫子   >   九地篇

孫子 きゅう

孫子曰、用兵之法、有散地、有輕地、有爭地、有交地、有衢地、有重地、有圮地、有圍地、有死地。
そんわく、へいもちいるのほうに、さんり、けいり、そうり、こうり、衢地くちり、ちょうり、圮地ひちり、囲地いちり、死地しちり。
  • 九地篇 … 『武経本』では「九地第十一」に作る。
  • 用兵之法 … 戦闘を行なう場合の原則。
  • 散地 … 兵士たちが故郷を懐かしんで離散しやすい土地。
  • 軽地 … 兵士たちが浮ついた気持ちになりやすい土地。
  • 争地 … 敵と奪い合いになる土地。
  • 交地 … 敵と味方が交錯する土地。
  • 衢地 … あちこちへ通じている土地。
  • 重地 … 兵士たちが重苦しい気持ちになりやすい土地。「軽地」に対して言う。
  • 圮地 … 軍を進めにくい土地。
  • 囲地 … 囲まれた土地。
  • 死地 … 敗北しやすい土地。
諸侯自戰其地、爲散地。
諸侯しょこうみずかたたかうをさんす。
  • 諸侯自戦其地 … 諸侯が自国の領地内で戦う場合、その戦場となる所を。
  • 其地 … 『武経本』では「其地者」に作る。
  • 散地 … 兵士たちが故郷を懐かしんで離散しやすい土地。
入人之地而不深者、爲輕地。
ひとりてふかからざるものけいす。
  • 入人之地而不深者 … 敵の領地に侵入して戦う場合、敵国の内部に深く侵入していない所を。「人」は、敵国を指す。
  • 軽地 … 兵士たちが浮ついた気持ちになりやすい土地。
我得則利、彼得亦利者、爲爭地。
われればすなわあり、かれるもあるものそうす。
  • 我得則利 … 味方が奪い取れば味方に有利となる。
  • 則 … 『武経本』では「亦」に作る。
  • 彼得亦利者 … 敵が奪い取れば敵に有利となる所を。
  • 争地 … 敵と奪い合いになる土地。
我可以往、彼可以來者、爲交地。
われもっく、かれもっきたものこうす。
  • 我可以往 … こちらから行くことができる。
  • 彼可以来者 … 敵もこちらに来ることができる所を。
  • 交地 … 敵と味方が交錯する土地。
諸侯之地三屬、先至而得天下之衆者、爲衢地。
諸侯しょこう三属さんぞくし、さきいたればてんしゅうもの衢地くちす。
  • 諸侯之地三属 … 諸侯の領土と三方で接していて。
  • 先至而得天下之衆者 … 先に到着すれば天下の人々をも掌握できる所を。
  • 衢地 … あちこちへ通じている土地。
入人之地深、背城邑多者、爲重地。
ひとることふかく、じょうゆうにすることおおもの重地じゅうちす。
  • 入人之地深 … 敵の領地に深く侵入して。「人」は、敵を指す。
  • 背城邑多者 … 敵の都市を背後にして戦わねばならぬ所を。
  • 城邑 … 都市。「ゆう」とほぼ同じ。
  • 重地 … 兵士たちが重苦しい気持ちになりやすい土地。「軽地」に対して言う。
行山林、險阻、沮澤、凡難行之道者、爲圮地。
山林さんりんけんたくくこと、およがたきのみちなるもの圮地ひちす。
  • 行山林 … 『武経本』には「行」の字なし。
  • 険阻 … 険しい場所。「嶮岨」とも書く。
  • 沮沢 … 湿地帯。しょうたくじょとも。
  • 難行之道者 … 行軍し難い土地を。
  • 圮地 … 軍を進めにくい土地。
所由入者隘、所從歸者迂、彼寡可以撃吾之衆者、爲圍地。
りてところものせまく、りてかえところものにして、かれにしてもっわれしゅうもの囲地いちす。
  • 所由入者隘 … 入っていく道が狭く。
  • 隘 … 道が狭いこと。
  • 所従帰者迂 … 退却するには回り道をしなければならず。
  • 迂 … 回り道。
  • 彼寡可以撃吾之衆者 … 敵が少ない人数で味方の大軍を攻撃できるような土地を。
  • 囲地 … 囲まれた土地。
疾戰則存、不疾戰則亡者、爲死地。
たたかえばそんし、たたかわざればほろもの死地しちす。
  • 疾戦則存 … 迅速に奮戦すれば生き残れるが。
  • 不疾戰則亡者 … 迅速に奮戦しなければ全滅する土地を。
  • 死地 … 敗北しやすい土地。
是故散地則無戰、輕地則無止、爭地則無攻、交地則無絶、衢地則合交、重地則掠、圮地則行、圍地則謀、死地則戰。
ゆえさんにはすなわたたかうことく、けいにはすなわとどまることく、そうにはすなわむることく、こうにはすなわつことく、衢地くちにはすなわまじわりをわせ、ちょうにはすなわかすめ、圮地ひちにはすなわき、囲地いちにはすなわはかり、死地しちにはすなわたたかう。
  • 散地則無戦 … 兵士たちが離散しやすい土地では戦ってはならず。
  • 軽地則無止 … 兵士たちが浮ついた気持ちになりやすい土地ではとどまってはならず。
  • 争地則無攻 … 敵と奪い合いになる土地ではもし敵が先に占領していたら攻撃してはならず。
  • 交地則無絶 … 敵と味方が交錯する土地では部隊相互の連絡を密にしていなければならず。
  • 衢地則合交 … あちこちへ通じている土地では諸侯と同盟を結ぶ。
  • 重地則掠 … 兵士たちが重苦しい気持ちになりやすい土地では食糧を掠奪する。
  • 圮地則行 … 軍を進めにくい土地ではすばやく通過する。
  • 囲地則謀 … 囲まれた土地では策略をめぐらす。
  • 謀 … 『武経本』では「説」に作る。
  • 死地則戦 … 敗北しやすい土地では決戦するのみである。
  • 死 … 『武経本』では「戎」に作る。
所謂古之善用兵者、能使敵人前後不相及、衆寡不相恃、貴賤不相救、上下不相収、卒離而不集、兵合而不齋。
所謂いわゆるいにしえへいもちうるものは、敵人てきじんをしてぜんあいおよばず、しゅうあいたのまず、せんあいすくわず、じょうあいおさめず、そつはなれてあつまらず、へいがっしてととのわざらしむ。
  • 所謂 … 世間で一般に言われている。世に言う。いわゆる。『武経本』にはこの字なし。
  • 古之善用兵者 … 昔の戦闘に巧みな人。昔のいくさ上手。
  • 能使敵人前後不相及 … 敵の先鋒部隊と後衛部隊との連絡ができないようにさせる。
  • 衆寡不相恃 … 大部隊と小部隊とが互いに助け合えないようにさせる。
  • 恃 … たのむ。あてにする。
  • 貴賤不相救 … 身分の高い者と低い者とが互いに救えないようにさせる。
  • 上下不相収 … 上官と部下とが互いに助け合えないようにさせる。
  • 卒離而不集 … 兵士が離散して集まらず。
  • 兵合而不斉 … 兵士が集まっても戦列が整わないように仕向ける。
合於利而動、不合於利而止。
えばすなわうごき、わざればすなわとどまる。
  • 合於利而動 … 敵の戦闘態勢が味方に有利な状況であれば戦闘を開始する。
  • 而 … 「すなわち」と読み、「そうであれば」と訳す。「則」と同じ。
  • 不合於利而止 … 味方に不利な状況であれば戦闘を開始しない。
敢問、敵衆整而將來。待之若何。
あえう、てきおおととのいてまさきたらんとす。これつこと若何いかん、と。
  • 敢問 … あえてお尋ねします。思い切って質問します。
  • 敵衆整而将来 … 敵が大勢で整然として攻めてこようとしている。
  • 待之若何 … これをどのように迎え撃てばよいだろうか。
曰、先奪其所愛、則聽矣。
わく、あいするところうばわば、すなわかん。
  • 先奪其所愛 … まず敵の大切にいているものを奪取すれば。
  • 則聴矣 … こちらの言うことを聞き入れるだろう。
兵之情主速。
へいじょうすみやかなるをしゅとす。
  • 兵之情主速 … 戦闘の要諦は迅速を旨とする。
乗人之不及、由不虞之道、攻其所不戒也。
ひとおよばざるにじょうじ、おもんぱからざるのみちり、いましめざるところむるなり。
  • 乗人之不及 … 敵の不備につけ込む。敵の隙に乗じる。
  • 由不虞之道 … 敵の思いもよらない奇策を使う。
  • 攻其所不戒也 … 敵の警戒していない所を攻撃する。
凡爲客之道、深入則專、主人不克。
およかくたるのみちは、ふかればすなわもっぱらにして、主人しゅじんたず。
  • 為客之道 … 敵国に侵入して攻撃する場合の道理として。「客」は、敵国に攻め入る我が軍を指す。
  • 深入則専 … 深く敵国に侵入した時は、味方は団結して。
  • 主人不克 … 敵は勝てない。「主人」は、敵国の軍を指す。
掠於饒野、三軍足食。
じょうかすむれば、三軍さんぐんしょくる。
  • 掠於饒野 … 敵の豊かな土地から食糧を略奪すれば。
  • 饒野 … 豊かな土地。豊饒な平野。
  • 三軍足食 … 全軍の食糧は間に合う。
謹養而勿勞、併氣積力、運兵計謀、爲不可測、投之無所往、死且不北、死焉不得、士人盡力。
つつしやしないてろうすることく、あわちからみ、へいめぐらして計謀けいぼうし、はかからざるをし、これところきにとうずれば、すともげず、いずくんぞざらん、士人しじんちからくす。
  • 謹養而勿労 … 慎重に兵士たちを休養させ、無駄に疲労させない。
  • 併気積力 … 士気を高め、戦力を蓄える。
  • 併 … 『武経本』では「并」に作る。
  • 運兵計謀 … 軍を動かし、計略をめぐらす。
  • 為不可測 … 敵の思いもよらない作戦を実行する。
  • 投之無所往 … 軍を敵と戦う以外に行き場のない状況に投入する。
  • 死且不北 … 兵士は死んでも敗走することはない。
  • 死焉不得 … どうして必死の覚悟での死闘が実現されないことがあろうか、いや実現される。
  • 士人尽力 … 兵卒たちは死力を尽くすことになる。
兵士甚陷則不懼、無所往則固、深入則拘、不得已則鬪。
へいはなはおちいればすなわおそれず、ところければすなわかたく、ふかればすなわこうし、むをざればすなわたたかう。
  • 兵士甚陥則不懼 … 兵士たちはあまりに危険な状況に陥ると、かえって恐怖を忘れる。
  • 無所往則固 … 行き場のない状況になると、決死の覚悟を固める。
  • 深入則拘 … 敵国に深く侵入すると、心が一つに収束されて一致団結する。
  • 深入 … 『武経本』では「入深」に作る。
  • 拘 … とらえられる。拘束される。心が一つに収束される。一説に、動きが取れなくなる。
  • 不得已則闘 … 戦うしかない場合には必死に戦う。
是故其兵不修而戒、不求而得、不約而親、不令而信。
ゆえへいおさめずしていましめ、もとめずしてやくせずしてしたしみ、れいせずしてしんなり。
  • 其兵不修而戒 … 兵士たちは教えなくても自ら規律を守る。
  • 不求而得 … 将軍が求めなくても力を発揮する。
  • 不約而親 … 軍規で拘束しなくても親しみ合う。
  • 不令而信 … 将軍が命令を下さなくても信頼を裏切らない。
禁祥去疑、至死無所之。
しょうきんうたがいをれば、いたるまでところし。
  • 禁祥去疑 … 占いや迷信ごとを禁じ、兵士に疑念の心を起こさせないようにすれば。
  • 至死無所之 … 死ぬまで心を他所よそに奪われることがない。
吾士無餘財、非惡貨也。
ざいきも、にくむにあらざるなり。
  • 吾士無余財 … 我が方の兵士たちが余分な財貨を持たないのは。
  • 非悪貨也 … 財貨を持つことを嫌っているからではない。
無餘命、非惡壽也。
めいきも、寿じゅにくむにあらざるなり。
  • 無余命 … 命さえ投げ出すのは。
  • 非悪寿也 … 長生きすることを嫌っているからではない。
令發之日、士卒坐者涕霑襟、偃臥者涕交頤。
れいはっするのそつするものなみだえりうるおし、えんするものなみだあごまじわる。
  • 令発之日 … 決戦の命令が下された日。
  • 士卒坐者涕霑襟 … 兵士で座っている者は涙で襟を濡らす。
  • 涕霑 … 『武経本』では「沸」に作る。
  • 偃臥者涕交頤 … 横になって寝ている者は涙がほおを伝ってあごまで流れる。
  • 偃臥 … 横になって寝る。
  • 頤 … あご。「顎」と同じ。
投之無所往者、諸劌之勇也。
これところきにとうずれば、しょけいゆうなり。
  • 投之無所往者 … 兵士たちをほかに行き場のない所へ投入すると。
  • 者 … 『武経本』にはこの字なし。
  • 諸劌之勇也 … 専諸せんしょ曹劌そうけいのような勇敢な兵士になる。
  • 諸 … 春秋時代の勇者、専諸せんしょのこと。呉の公子光(後の呉王闔閭)に仕え、呉王僚を刺殺したが、専諸も呉王僚の側近にすぐさま殺された。ウィキペディア【専諸】参照。
  • 劌 … 春秋時代の勇将、曹劌そうけいのこと。曹沫そうばつともいう。魯の荘公に仕えた。斉と戦って三度敗れ、和睦のとき、斉の桓公に短剣をもって迫り、魯の領地を返させた。ウィキペディア【曹沫】参照。『武経本』では「歳」に作る。
故善用兵者、譬如率然。
ゆえへいもちうるものは、たとえば率然そつぜんごとし。
  • 善用兵者 … 戦争に巧みな者。
  • 譬如率然 … 譬えて言うと率然のようなものである。
  • 率然 … にわかなさま。ただし、ここでは蛇の名。
率然者、常山之蛇也。
率然そつぜんとは、じょうざんへびなり。
  • 常山之蛇 … 常山に住む蛇。
  • 常山 … 山の名。五岳の北方に位する恒山のこと。ウィキペディア【恒山】参照。
撃其首則尾至、撃其尾則首至、撃其中則首尾倶至。
かしらてばすなわいたり、てばすなわかしらいたり、なかてばすなわしゅともいたる。
  • 撃其首則尾至 … 頭を撃つと尾が助けにくる。
  • 撃其尾則首至 … 尾を撃つと頭が助けにくる。
  • 撃其中則首尾倶至 … 中腹を撃つと頭と尾とがともに助けにくる。
敢問、兵可使如率然乎。
えてう、へい率然そつぜんごとくならしむきか、と。
  • 敢問 … あえてお尋ねします。
  • 兵可使如率然乎 … 軍隊をこの率然のように動かすことができましょうか。
  • 兵 … 『武経本』にはこの字なし。
曰、可。
わく、なり。
  • 可 … それはできる。
夫呉人與越人相惡也、當其同舟而濟遇風、其相救也、如左右手。
ひと越人えつひとあいにくむも、ふねおなじくしてわたかぜうにあたりては、あいすくうやゆうごとし。
  • 夫 … そもそも。文の冒頭に置いて話題の転換の意を示す。
  • 呉人与越人相悪也 … 呉の人と越の人とは互いに憎み合う仲である。
  • 呉人 … 呉国の人。国の下に「人」がつく場合は「じん」とは読まず、「ひと」と読む慣習がある。
  • 越人 … 越国の人。
  • 当其同舟而済遇風 … 同じ舟に乗って川を舟で渡るとき、強風にあった場合には。
  • 而濟 … 『武経本』では「濟而」に作る。
  • 其相救也 … 互いに助け合う様子は。
  • 如左右手 … 左右の手のようである。左右の手が互いに助け合い、かばい合うということ。
是故方馬埋輪、未足恃也。
ゆえうまならうずむるも、いまたのむにらざるなり。
  • 方馬埋輪 … 馬を並べてつなぎ、戦車の車輪を土の中に埋めて陣固めをしても。
  • 未足恃也 … まだ頼りとするには十分ではない。
齋勇若一、政之道也。
ゆうととのえていつごとくするは、まつりごとみちなり。
  • 斉勇若一 … 兵士たちを奮い立たせ、勇敢な軍隊として統一させるには。
  • 政之道也 … 将軍の政治指導によるものである。
剛柔皆得、地之理也。
ごうじゅうみなるは、なり。
  • 剛柔皆得 … 強い者も弱い者も、みな存分の働きをするには。
  • 地之理也 … 地勢の道理によるものである。
故善用兵者、攜手若使一人、不得已也。
ゆえへいもちうるものは、たずさえて一人いちにん使つかうがごときは、むをざらしむればなり。
  • 善用兵者 … 戦争に巧みな者。
  • 携手若使一人 … 手をとって一人の人間を使いこなすかのように、軍を自在に動かすのは。「攜」は「携」の正字。
  • 不得已也 … 軍隊がそうならざるを得ないように仕向けるからである。
將軍之事、靜以幽、正以治。
しょうぐんことは、しずかにしてもっふかく、ただしくしてもっおさまる。
  • 将軍之事 … 将軍たる者の務めは。
  • 静以幽 … 表面は物静かで、内面は奥深くて窺えない。
  • 正以治 … 厳正に処理されるので、軍隊は整然と統治される。
能愚士卒之耳目、使之無知。
そつもくにして、これをしてることからしむ。
  • 能愚士卒之耳目 … 兵士の耳目をくらます。兵士の認識能力を無力化する。
  • 使之無知 … 将軍がすることを兵士が読めないようにする。
易其事、革其謀、使人無識。
ことえ、はかりごとあらため、ひとをしてることからしむ。
  • 易其事 … 軍の行動目標を変える。
  • 革其謀 … 軍の作戦計画を変える。
  • 使人無識 … 兵士たちには将軍の真の意図を気づかれないようにする。「人」は兵士を指す。
易其居、迂其途、使人不得慮。
きょえ、みちにし、ひとをしておもんぱかることをざらしむ。
  • 易其居 … 軍の駐屯地を転々と変える。
  • 迂其途 … 行軍する道をわざと遠回りに行く。
  • 使人不得慮 … 兵士たちに真の行き先を推測されないようにする。
帥與之期、如登高而去其梯、帥與之深入諸侯之地、而發其機、焚舟破釜、若驅羣羊、驅而往、驅而來、莫知所之。
ひきいてこれすれば、たかきにのぼりてはしごるがごとく、ひきいてこれふか諸侯しょこうりて、はっすれば、ふねかまやぶり、群羊ぐんようるがごとく、られてき、られてきたるも、ところし。
  • 帥与之期 … 軍隊を率いて、決戦の時が来たならば。
  • 如登高而去其梯 … 高い所に登らせて、そのはしごを取り外してしまうように。
  • 帥與之深入諸侯之地 … 軍隊を率いて、諸侯の領地に深く侵入して。
  • 而発其機 … 決戦に踏み切るときは。
  • 焚舟破釜 … 今まで乗っていた舟を焼き払い、今まで使っていた釜を打ち壊す。『武経本』にはこの字なし。
  • 若駆群羊 … 羊の群れを追いやるように。
  • 駆而往、駆而来 … 兵士たちは追いやられて行ったり来たりする。
  • 莫知所之 … どこに向かっているのかわからない。
聚三軍之衆、投之於險、此謂將軍之事也。
三軍さんぐんしゅうあつめ、これけんとうず。しょうぐんことうなり。
  • 聚三軍之衆 … 全軍の兵士を結集して。
  • 投之於険 … 彼らを危険な場所に投入する。
  • 此謂将軍之事也 … これを将軍たる者の務めと言う。
  • 謂 … 『武経本』にはこの字なし。
九地之變、屈伸之利、人情之理、不可不察。
きゅうへん屈伸くっしん人情にんじょうさっせざるからず。
  • 九地之変 … 九つの地勢に応じた変化。「九地」は、散地・軽地・争地・交地・衢地・重地・圮地・囲地・死地を指す。
  • 屈伸之利 … 軍を進撃させたり撤退させたりの利害。
  • 人情之理 … 人情の自然な道理。人情の機微。
  • 不可不察 … 十分わきまえなければならない。
凡爲客之道、深則專、淺則散。
およかくたるのみちは、ふかければすなわもっぱらに、あさければすなわさんず。
  • 為客之道 … 敵国に侵入して攻撃する場合の道理として。「客」は、敵国に攻め入る我が軍を指す。
  • 深則専 … 深く侵入すれば兵士たちは一致団結する。
  • 浅則散 … 浅いときは兵士たちの心が散漫になり、逃げ帰ろうとする。
去國越境而師者、絶地也。
くにさかいえてするものは、ぜっなり。
  • 去国越境而師者 … 自国を離れ、国境を越えて軍を率いて戦う所は。「師」は、ここではいくさを起こす。征伐する。
  • 絶地 … 孤立した土地。
四達者、衢地也。
たつするものは、衢地くちなり。
  • 四達者 … 道が四方に通じている所は。
  • 達 … 『武経本』では「通」に作る。
  • 衢地 … あちこちへ通じている土地。
入深者、重地也。
ることふかものは、ちょうなり。
  • 入深者 … 敵国に深く侵入した所は。
  • 重地 … 兵士たちが重苦しい気持ちになりやすい土地。「軽地」に対して言う。
入淺者、輕地也。
ることあさものは、けいなり。
  • 入浅者 … 敵国に浅く侵入した所は。
  • 軽地 … 兵士たちが浮ついた気持ちになりやすい土地。
背固前隘者、圍地也。
はいにしてまえあいなるものは、囲地いちなり。
  • 背固前隘者 … 背後が険しく、前方が狭い所は。
  • 囲地 … 囲まれた土地。
無所徃者、死地也。
ところものは、死地しちなり。
  • 無所往者 … どこにも行き場のない所は。「徃」は「往」の異体字。
  • 死地 … 敗北しやすい土地。
是故散地吾將一其志。
ゆえさんにはわれまさこころざしいつにせんとす。
  • 散地吾将一其志 … 兵士たちが離散しやすい土地では、兵士たちの心を一つにまとめようとする。
輕地吾將使之屬。
けいにはわれまさこれをしてつづかしめんとす。
  • 軽地吾将使之属 … 兵士たちが浮ついた気持ちになりやすい土地では、部隊間の連携を密にしなければならない。
爭地吾將趨其後。
そうにはわれまさうしろおもむかんとす。
  • 争地吾将趨其後 … 敵と奪い合いになる土地では、急いで敵の背後に回らなければならない。
交地吾將謹其守。
こうにはわれまさまもりをつつしまんとす。
  • 交地吾将謹其守 … 敵と味方が交錯する土地では、念入りに守備を固めていく。
衢地吾將固其結。
衢地くちにはわれまさむすびをかたくせんとす。
  • 衢地吾将固其結 … あちこちへ通じている土地では、諸侯との同盟を固く結ぶ。
重地吾將繼其食。
ちょうにはわれまさしょくがんとす。
  • 重地吾将継其食 … 兵士たちが重苦しい気持ちになりやすい土地では、食糧の補給を確保する。
圮地吾將進其塗。
圮地ひちにはわれまさみちすすまんとす。
  • 圮地吾將進其塗 … 軍隊を進めにくい土地では、すばやく通り過ぎるようにしなければならない。
  • 塗 … 『武経本』では「途」に作る。
圍地吾將塞其闕。
囲地いちにはわれまさけつふさがんとす。
  • 囲地吾将塞其闕 … 囲まれた土地では、味方の逃げ道を塞いで兵士に必死に戦わせる。
  • 闕 … 『武経本』では「」に作る。
死地吾將示之以不活。
死地しちにはわれまさこれしめすにきざるをもってせんとす。
  • 死地吾将示之以不活 … 敗北しやすい土地では、戦う以外に生き残れないことを認識させようとする。
故兵之情、圍則禦、不得已則鬪、過則從。
ゆえへいじょうかこまるればすなわふせぎ、むをざればすなわたたかい、ぐればすなわしたがう。
  • 兵之情 … 兵士の心情としては。
  • 囲則禦 … 包囲されれば抵抗する。
  • 禦 … ふせぐ。逆らって抵抗する。
  • 不得已則闘 … 戦う以外に方法がないときは必死に戦う。
  • 過則従 … 切羽詰まれば将軍の命令に従順になる。一説に、敵が通り過ぎた時は追撃する。
是故不知諸侯之謀者、不能預交。
ゆえ諸侯しょこうはかりごとらざるものは、あらかじまじわることあたわず。
  • この文は「軍争篇」にも見える。
  • 不知諸侯之謀者 … 近隣諸侯たちの胸の内を知らなければ。
  • 不能預交 … 前もって諸侯たちと親交を結ぶことができない。
  • 預 … あらかじめ。前もって。「予」と同じ。『武経本』では「豫」に作る。「豫」は「予」の旧字。
不知山林險阻沮澤之形者、不能行軍。
山林さんりんけんたくかたちらざるものは、ぐんることあたわず。
  • この文は「軍争篇」にも見える。
  • 険阻 … 険しい場所。「嶮岨」とも書く。
  • 沮沢 … 湿地帯。しょうたくじょとも。
  • 形 … 地形。
  • 不能行軍 … 軍を進めることができない。行軍することができない。
不用郷導者、不能得地利。
きょうどうもちいざるものは、ることあたわず。
  • この文は「軍争篇」にも見える。
  • 不用郷導者 … その土地の道案内を用いなければ。
  • 郷導 … 道案内。
  • 不能得地利 … 地形がもたらす利益を得ることができない。
四五者、不知一、非霸王之兵也。
四五しごものいつらざれば、おうへいあらざるなり。
  • 四五者 … これらのうち。通説では、四と五で九となり、九地を指す。
  • 不知一 … 一つでも知らないことがあるようでは。『武経本』では「一不知」に作る。
  • 非霸王之兵也 … 天下の諸侯を征服する覇者の軍隊ではない。
夫霸王之兵、伐大國、則其衆不得聚、威加於敵、則其交不得合。
おうへい大国たいこくてば、すなわしゅうあつまるをず、てきくわうれば、すなわまじわり、がっすることをず。
  • 伐大国 … 大国を討伐するときには。
  • 其衆不得聚 … 大国の兵士たちは集結することができず。
  • 威加於敵 … 敵に威圧を加えれば。
  • 其交不得合 … 敵国は他国と同盟することができない。
是故不爭天下之交、不養天下之權、信己之私、威加於敵。
ゆえてんまじわりをあらそわず、てんけんやしなわず、おのれべ、てきくわわる。
  • 不争天下之交 … 諸侯の国と同盟を結ぶことを敵国と競ったりせず。
  • 不養天下之権 … 天下の覇権を築き上げなくても。
  • 信己之私 … 自分の欲望の思うがままに振る舞って。
  • 威加於敵 … 威勢が敵国に加わっていく。
故其城可拔、其國可隳。
ゆえしろく、くにやぶし。
  • 其城可拔 … 敵の城を陥落させることができる。
  • 其国可隳 … 敵の国を滅ぼすことができる。
  • 隳 … 破る。崩す。土壁が崩れ落ちることを示す。「堕」の俗字。
施無法之賞、懸無政之令、犯三軍之衆、若使一人。
ほうしょうほどこし、せいれいけ、三軍さんぐんしゅうもちうること、一人いちにん使つかうがごとし。
  • 施無法之賞 … 規定外の褒賞を与える。
  • 懸無政之令 … 非常措置の命令を掲げる。
  • 犯三軍之衆、若使一人 … 全軍の兵士たちを一人を使うように動かすことができる。
犯之以事、勿告以言。
これもちうるにこともってし、ぐるにげんもってすることかれ。
  • 犯之以事 … 軍隊を動かすときは、任務を命じるだけにする。「之」は「三軍之衆」を指す。
  • 勿告以言 … その理由を詳しく説明してはならない。
犯之以利、勿告以害。
これもちうるにもってし、ぐるにがいもってすることかれ。
  • 犯之以利 … 軍隊を動かすときは、利益になることだけを告げる。
  • 勿告以害 … 害になることを告げてはならない。
投之亡地、然後存、陷之死地、然後生。
これぼうとうじてしかのちそんし、これ死地しちおとしいれてしかのちく。
  • 投之亡地、然後存 … 軍隊を全滅するような状況に投げ込んで、はじめて存続する。
  • 陥之死地、然後生 … 軍隊を死滅するような状況に陥れてこそ、はじめて生きのびる。
夫衆陷於害、然後能爲勝敗。
しゅうがいおちいりて、しかのちしょうはいす。
  • 夫衆陥於害 … そもそも兵士たちは危険な状況に陥ってこそ。
  • 然後能為勝敗 … はじめて死力を尽くして奮戦するものである。
故爲兵之事、在於順詳敵之意。
ゆえへいすのことは、てき順詳じゅんしょうするにり。
  • 為兵之事 … 戦争を行なう上で大切なことは。
  • 在於順詳敵之意 … 敵の意向に従いつつ、敵の意図を十分に把握することである。
  • 順詳 … 敵の意向に従いつつ、敵の意図をつまびらかに知ること。
  • 於 … 『武経本』にはこの字なし。
并敵一向、千里殺將。
てきあわせてかうさきをいつにし、せんにしてしょうころす。
  • 并敵一向 … 敵の意図に合わせて、敵の目的地を目指す。
  • 千里殺將 … 千里先の遠方でも、敵の将軍を討ち取る。
此謂巧能成事者也。
これたくみにことものうなり。
  • 此 … 『武経本』では「是」に作る。
  • 巧能成事者 … 巧妙に戦争をうまく成し遂げた者。いくさ上手。
  • 者也 … 『武経本』にはこの字なし。
是故政舉之日、夷關折符、無通其使、厲於廊廟之上、以誅其事。
ゆえせいがるのかんとどりて、使つうずることく、ろうびょううえきびしくして、もっことむ。
  • 政挙之日 … 開戦が決められた日。宣戦布告の日。「政挙」は、開戦の政令が行われること。
  • 夷関 … 関所を封鎖する。「夷」は、ここでは閉鎖するの意。
  • 折符 … 旅券を破棄して無効にする。「符」は、割り符。ここでは関所を通過するための旅券。
  • 無通其使 … 敵の使節の往来を禁じる。
  • 厲於廊廟之上 … 朝廷の宗廟において、厳しく軍議を行なう。
  • 以誅其事 … 作戦計画を決定する。
敵人開闔、必亟入之、先其所愛、微與之期、踐墨隨敵、以決戰事。
敵人てきじん開闔かいこうすれば、かならすみやかにこれり、あいするところさきにして、ひそかにこれし、践墨せんぼくしててきしたがい、もっせんけっす。
  • 敵人開闔 … 敵がすきを見せたら。
  • 開闔 … 扉を開く。転じて、すきを見せる。
  • 必亟入之 … 必ず速やかに侵入する。
  • 亟 … 「すみやかに」と読み、「すみやかに」「急いで」と訳す。
  • 先其所愛 … 敵が大切にしている所に先制攻撃をかける。
  • 微與之期 … 隠密裡に行動する。
  • 践墨随敵 … ここでは、敵の行動に従って味方も行動する。
  • 以決戦事 … 決戦し、勝敗を決する。「戦事」は、戦争という出来事。
是故始如處女、敵人開戸、後如脱兎、敵不及拒。
ゆえはじめは処女しょじょごとく、敵人てきじんひらき、のちにはだっごとくにして、てきふせぐにおよばず。
  • 始如処女 … 最初は処女のように従順に振る舞う。
  • 敵人開戸 … 敵が侵入口を開ける。敵を油断させる。
  • 後如脱兎 … 後には罠から逃げ出す兎のようにすばやく攻撃する。
  • 敵不及拒 … 敵は防ぐことができない。
計篇 作戦篇
謀攻篇 形篇
勢篇 虚実篇
軍争篇 九変篇
行軍篇 地形篇
九地篇 火攻篇
用間篇