孫子 形篇
01 孫子曰、昔之善戰者、先爲不可勝、以待敵之可勝。
孫子曰く、昔の善く戦う者は、先ず勝つ可からざるを為して、以て敵の勝つ可きを待つ。
- 形篇 … 武経本では「軍形第四」に作る。
- 昔之善戦者 … 昔の巧みに戦争をした者。
- 先為不可勝 … まず敵が味方の軍を攻撃しても勝てない態勢を作り。
- 以待敵之可勝 … 敵を攻撃して勝つことができる時機を待った。
不可勝在己、可勝在敵。
勝つ可からざるは己に在るも、勝つ可きは敵に在り。
- 不可勝在己 … 敵が我が軍に勝てないのは、我が軍の態勢にあるが。
- 可勝在敵 … 我が軍が敵に勝てるかどうかは、敵の態勢次第である。
故善戰者、能爲不可勝、不能使敵可勝。
故に善く戦う者は、能く勝つ可からざるを為すも、敵をして勝つ可からしむること能わず。
- 善戦者 … 巧みに戦争をする者。
- 能為不可勝 … 敵が決して我が軍に勝てない態勢を作ることはできるが。
- 不能使敵可勝 … 敵が弱点を見せて、我が軍が必ず勝てるような態勢にしむけることはできない。『孫子集注』(明嘉靖刊本、『四部叢刊 初篇子部』所収)では「不能使敵之可勝」に作るが、竹簡本には「之」の字がない。ここでは竹簡本に従った。武経本では「不能使敵之必可勝」に作る。
故曰、勝可知、而不可爲。
故に曰く、勝は知る可くして、為す可からず、と。
- 勝可知、而不可為 … 勝利は知ることはできるが、作り出すことはできない。
02 不可勝者守也。可勝者攻也。
勝つ可からざるは守るなり。勝つ可きは攻むるなり。
- 不可勝者守也 … 敵が我々に勝てない態勢とは、守備に関わることである。
- 可勝者攻也 … 我々が敵に勝てる態勢とは、攻撃に関わることである。
守則不足、攻則有餘。
守るは則ち足らざればなり、攻むるは則ち余り有ればなり。
- 守則不足 … 守備するということは、我々の兵力が足りないからである。
- 攻則有余 … 攻撃するということは、我々の兵力に余裕があるからである。
善守者、藏於九地之下、善攻者、動於九天之上。
善く守る者は、九地の下に蔵れ、善く攻むる者は九天の上に動く。
- 善守者 … 守備に巧みな者。
- 九地之下 … 地下の最も深い所。地の底。敵に見つけられにくい所。「九」は、数の極まり、窮極の意。
- 蔵 … 潜み隠れる。潜伏する。
- 善攻者 … 攻撃に巧みな者。
- 九天之上 … 天の最も高い所。
- 動 … 行動する。
故能自保而全勝也。
故に能く自ら保ちて勝を全うするなり。
- 能自保 … 自軍を無傷のまま保全する。
- 全勝也 … 勝利を完全に得る。
03 見勝不過衆人之所知、非善之善者也。
勝を見ること衆人の知る所に過ぎざるは、善の善なる者に非ざるなり。
- 見勝不過衆人之所知 … 勝利を見抜くのに、世間一般の誰にでもわかるような勝ち方では。「衆人」は、大勢の人。世間の人。
- 非善之善者也 … 最上のものとは言えない。
戰勝而天下曰善、非善之善者也。
戦い勝ちて天下善しと曰うも、善の善なる者に非ざるなり。
- 戰勝而天下曰善 … 戦いに勝って、世間の人々に称賛されても。
- 非善之善者也 … 最上のものとは言えない。
故舉秋毫不爲多力。
故に秋亳を挙ぐるは多力と為さず。
- 秋毫 … 秋に生え変わる獣の細い毛。軽い毛。
- 挙 … 持ち上げる。
- 為多力 … 力持ちだとは言わない。
見日月不爲明目。
日月を見るは明目と為さず。
- 日月 … 太陽や月。
- 明目 … よく見える眼。目がよい。視力がよい。
聞雷霆不爲聰耳。
雷霆を聞くは聡耳と為さず。
- 雷霆 … 激しい雷。雷鳴。
- 聡耳 … 耳聡い。聴覚が鋭い。早耳。
古之所謂善戰者、勝於易勝者也。
古の所謂善く戦う者は、勝ち易きに勝つ者なり。
- 古之所謂善戦者 … 昔のいわゆる戦争に巧みな人。
- 勝於易勝者也 … 勝ちやすいところで敵に勝ったものである。
故善戰者之勝也、無智名、無勇功。
故に善く戦う者の勝つや、智名無く、勇功無し。
- 善戦者之勝也 … 戦争に巧みな人が戦いに勝った場合には。
- 無智名 … 智謀の名声もなく。
- 無勇功 … 武勇の功績もない。
故其戰勝不忒。
故に其の戦い勝ちて忒わず。
- 其戦勝不忒 … 戦えば必ず勝つ。戦って勝つことは間違いない。「不忒」は、違わない。食い違わない。間違いない。
不忒者、其所措必勝。
忒わざる者は、其の措く所必ず勝つ。
- 不忒者 … 間違いないとは。
- 其所措必勝 … その手を下すところ必ず勝つことを言う。「措」は、手を下す。
- 必 … 武経本にはこの字なし。
勝已敗者也。
已に敗るる者に勝てばなり。
- 勝已敗者也 … すでに負けている者に勝つからである。すでに負けている者を相手として戦うからである。
故善戰者、立於不敗之地、而不失敵之敗也。
故に善く戦う者は、不敗の地に立ちて、敵の敗を失わざるなり。
- 善戦者 … 巧みに戦争をする者。
- 立於不敗之地 … 敵に負けない態勢に立って。
- 不失敵之敗也 … 敵の敗北する機会を見逃さない。
是故勝兵先勝而後求戰、敗兵先戰而後求勝。
是の故に勝兵は先ず勝ちて、而る後に戦いを求め、敗兵は先ず戦いて、而る後に勝ちを求む。
- 勝兵 … 勝利する軍隊。
- 先勝而後求戦 … 勝利する態勢を整えてから戦いを始める。
- 敗兵 … 敗北する軍隊。
- 先戦而後求勝 … 先ず戦いを挑んでから勝利を求める。
04 善用兵者、修道而保法。
善く兵を用うる者は、道を修めて法を保つ。
- 善用兵者 … 戦争に巧みな者。
- 修道而保法 … 勝敗を分ける道理を修め、軍の法制を守らせる。
故能爲勝敗之政。
故に能く勝敗の政を為す。
- 能為勝敗之政 … 思うがままに勝敗を決することができる。
兵法、一曰度、二曰量、三曰數、四曰稱、五曰勝。
兵法は、一に曰く、度。二に曰く、量。三に曰く、数。四に曰く、称。五に曰く、勝。
- 兵法 … 戦争の原則。
- 度 … ものさしで測ること。
- 量 … 升目で量ること。
- 数 … 数え測ること。
- 称 … 比較して測ること。
- 勝 … 勝敗を測ること。
地生度、度生量、量生數、數生稱、稱生勝。
地は度を生じ、度は量を生じ、量は数を生じ、数は称を生じ、称は勝を生ず。
- 地生度 … 戦場となる土地は、戦場の広さや距離を測る「度」という問題が起こる。
- 度生量 … 「度」の結果は、戦場で使用する兵器などの物量を量る「量」という問題が起こる。
- 量生数 … 「量」の結果は、戦場で動員すべき兵士の数を測る「数」という問題が起こる。
- 数生称 … 「数」の結果は、敵と味方の戦力を比較して測る「称」という問題が起こる。
- 称生勝 … 「称」の結果は、勝敗を決定する「勝」という問題が起こる。
故勝兵若以鎰稱銖、敗兵若以銖稱鎰。
故に勝兵は鎰を以て銖を称るが若く、敗兵は銖を以て鎰を称るが若し。
- 勝兵 … 勝利する軍。
- 若以鎰稱銖 … 重い鎰のおもりで軽い銖のおもりを比べるようなもので、勝つに決まっている。「鎰」は、重さの単位。一鎰は二十両(一説に二十四両)。「銖」は、一両の二十四分の一。一鎰の四百八十分の一。
- 敗兵 … 敗北する軍。
- 若以銖稱鎰 … 軽い銖のおもりで重い鎰のおもりを比べるようなもので、負けるに決まっている。
勝者之戰民也、若決積水於千仞之谿者、形也。
勝者の民を戦わしむるや、積水を千仞の谿に決するが若きは、形なり。
- 勝者 … 戦いに勝つ者が。
- 戦民也 … 人民を戦わせるのは。
- 民也 … 武経本にはこの二字なし。
- 若決積水於千仞之谿 … 満々と蓄えた水を深い谷底に一気に落とすようなもの。
- 積水 … 水をたくさん集めること。
- 千仞 … 「仞」は、長さの単位。八尺(一説に七尺)。「千仞」は、一仞の千倍。非常に高いこと。また、非常に深いこと。
- 谿 … 谷。
- 決 … 決壊させる。
- 形也 … これが戦闘上の形(態勢)である。
計篇 | 作戦篇 |
謀攻篇 | 形篇 |
勢篇 | 虚実篇 |
軍争篇 | 九変篇 |
行軍篇 | 地形篇 |
九地篇 | 火攻篇 |
用間篇 |