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大学 伝十章

01 所謂平天下在治其國者、上老老而民興孝、上長長而民興弟、上恤孤而民不倍。
所謂(いわゆる)天(てん)下(か)を平(たい)らかにするは其(そ)の国(くに)を治(おさ)むるに在(あ)りとは、上(かみ)老(ろう)を老(ろう)として民(たみ)孝(こう)に興(おこ)り、上(かみ)長(ちょう)を長(ちょう)として民(たみ)弟(てい)に興(おこ)り、上(かみ)孤(こ)を恤(あわ)れみて民(たみ)倍(そむ)かず。
  • ウィキソース「四書章句集註/大學章句」参照。
  • 平天下在治其国者 … 「天下を平和にするには、まずその国をよく治めることにある」というのは。
  • 上老老而民興孝 … 上に立つ君主がその国の老人を敬って大切にすれば、民衆も感化されて孝行に励むようになる。朱注には「老を老とすとは、所謂吾が老を老とするなり。興は、感発して興起する所有るを謂うなり」(老老、所謂老吾老也。興、謂有所感發而興起也)とある。
  • 上長長而民興弟 … 上に立つ君主がその国の年長者を敬えば、民衆も感化されて従順になろうと励むようになる。
  • 弟 … 兄や年長者に仕えて従順なこと。「悌」に同じ。
  • 上恤孤而民不倍 … 上に立つ君主が孤児を憐れんで救えば、民衆も感化され人を慈しむようになり、背かなくなる。朱注には「孤とは、幼にして父無きの称」(孤者、幼而無父之稱)とある。
  • 恤 … 憐れむ。気の毒な人に思いをめぐらす。
是以君子有絜矩之道也。
是(ここ)を以(もっ)て君(くん)子(し)は絜(けっ)矩(く)の道(みち)有(あ)るなり。
  • 是以 … 「ここをもって」と読み、「こういうわけで」「このゆえに」「それゆえに」「だから」と訳す。「以是」は「これをもって」と読み、「この点から」「これにより」「これを用いて」と訳す。
  • 絜矩之道 … 自分の心を物差しとして、万民の心を推し量る方法。「絜」は、ひもに結び目の目じるしをつけて長さを測ること。「矩」は、さしがね。かぎ型の定規。曲(かね)尺(じゃく)。朱注には「絜は、度(はか)るなり。矩は、方を為(つく)る所以なり」(絜、度也。矩、所以爲方也)とある。
  • 朱注には「言うこころは、此の三者は、上行いて下効(なら)うこと、影響より捷(はや)く、所謂家斉いて国治まる、となり。亦た以て人心の同じき所にして、一夫の獲(え)ざる有らしむ可からざるを見る可し。是(ここ)を以て君子は必ず当に其の同じき所に因りて、推して以て物を度り、彼我の間、各〻分願を得しむべし。則ち上下四旁(ほう)、均斉方正にして、天下平らかなり」(言此三者、上行下效、捷於影響、所謂家齊而國治也。亦可以見人心之所同、而不可使有一夫之不獲矣。是以君子必當因其所同、推以度物、使彼我之間、各得分願。則上下四旁、均齊方正、而天下平矣)とある。「三者」は、老老・長長・恤孤を指す。
02 所惡於上、毋以使下。所惡於下、毋以事上。
上(かみ)に悪(にく)む所(ところ)、以(もっ)て下(しも)を使(つか)う毋(な)かれ。下(しも)に悪(にく)む所(ところ)、以(もっ)て上(かみ)に事(つか)うる毋(な)かれ。
  • 所悪於上、毋以使下 … 目上の人のすることで嫌だと思ったことは、それと同じやり方で目下の者を使ってはならない。
  • 悪 … 嫌だと思う。嫌がる。
  • 毋 … 「なかれ」と読み、「~するな」と訳す。禁止・命令の意を示す。「無」「勿」「莫」も同じ。
  • 所悪於下、毋以事上 … 目下の者のすることで嫌だと思ったことは、それと同じやり方で目上の人に仕えてはならない。
所惡於前、毋以先後。所惡於後、毋以從前。
前(まえ)に悪(にく)む所(ところ)、以(もっ)て後(うし)ろに先(さき)だつ毋(な)かれ。後(うし)ろに悪(にく)む所(ところ)、以(もっ)て前(まえ)に従(したが)う毋(な)かれ。
  • 所悪於前、毋以先後 … 前を行く人のすることで嫌だと思ったことは、それと同じやり方で後から来る人の前に立ってはならない。「前・後」は、前任者・後任者の意。
  • 所悪於後、毋以従前 … 後から来る人のすることで嫌だと思ったことは、それと同じやり方で前を行く人の後についてはならない。
所惡於右、毋以交於左。所惡於左、毋以交於右。
右(みぎ)に悪(にく)む所(ところ)、以(もっ)て左(ひだり)に交(まじ)わる毋(な)かれ。左(ひだり)に悪(にく)む所(ところ)、以(もっ)て右(みぎ)に交(まじ)わる毋(な)かれ。
  • 所悪於右、毋以交於左 … 右隣にいる人のすることで嫌だと思ったことは、それと同じやり方で左隣の人と交わってはならない。
  • 所悪於左、毋以交於右 … 左隣にいる人のすることで嫌だと思ったことは、それと同じやり方で右隣の人と交わってはならない。
此之謂絜矩之道。
此(これ)を之(こ)れ絜(けっ)矩(く)の道(みち)と謂(い)う。
  • 絜矩之道 … 自分の心を物差しとして、万民の心を推し量る方法。
  • 朱注には「此れ覆(かさ)ねて上文の絜矩の二字の義を解く。如(も)し上の我に無礼なるを欲せざれば、則ち必ず此を以て下の心を度(はか)りて、亦た敢えて此の無礼を以て之を使わず。下の我に不忠なるを欲せざれば、則ち必ず此を以て上の心を度(はか)りて、亦た敢えて此の不忠を以て之に事えず。前後左右に至るまで皆然らざる無ければ、則ち身の処する所、上下四旁、長短広狭、彼此一の如くにして、方(みち)ならざるは無し。彼は同じく是の心有りて興起する者なれば、又豈に一夫の獲ざることも有らんや。操(と)る所の者は約にして、及ぶ所の者は広し。此れ天下を平らかにするの要道なり。故に章内の意は、皆此よりして之を推せ」(此覆解上文絜矩二字之義。如不欲上之無禮於我、則必以此度下之心、而亦不敢以此無禮使之。不欲下之不忠於我、則必以此度上之心、而亦不敢以此不忠事之。至於前後左右無不皆然、則身之所處、上下四旁、長短廣狹、彼此如一、而無不方矣。彼同有是心而興起焉者、又豈有一夫之不獲哉。所操者約、而所及者廣。此平天下之要道也。故章內之意、皆自此而推之)とある。
03 詩云、樂只君子、民之父母。民之所好好之、民之所惡惡之。此之謂民之父母。
詩(し)に云(いわ)く、楽(たの)しき君(くん)子(し)は民(たみ)の父母(ふぼ)、と。民(たみ)の好(この)む所(ところ)は之(これ)を好(この)み、民(たみ)の悪(にく)む所(ところ)は之(これ)を悪(にく)む。此(これ)を之(こ)れ民(たみ)の父母(ふぼ)と謂(い)う。
  • 詩 … 『詩経』小雅・南山(なんざん)有台(ゆうたい)篇の一節。朱注には「詩は、小雅南山有台の篇」(詩、小雅南山有臺之篇)とある。ウィキソース「詩經/南山有臺」参照。
  • 楽只君子 … めでたき君子。「楽只」について、白川静は「祭事詩などで、主人をほめて冠する語」といっている(『詩経雅頌1』東洋文庫)。
  • 只 … 語調を整える助辞。訓読では読まない。朱注には「只は、語助の辞」(只、語助辭)とある。
  • 民之所好好之、民之所悪悪之 … 民衆が好むことはそれを好み、民衆が忌み嫌うことはそれを忌み嫌う。
  • 朱注には「言うこころは、能く絜矩して、民の心を以て己の心と為せば、則ち是れ民を愛すること子の如くして、民も之を愛すること父母の如し、となり」(言能絜矩而以民心爲己心、則是愛民如子、而民愛之如父母矣)とある。
04 詩云、節彼南山、維石巖巖。赫赫師尹、民具爾瞻。有國者不可以不愼。辟則爲天下僇矣。
詩(し)に云(いわ)く、節(せつ)たる彼(か)の南山(なんざん)、維(こ)れ石(いし)巌巌(がんがん)たり。赫赫(かくかく)たる師(し)尹(いん)、民(たみ)具(とも)に爾(なんじ)を瞻(み)る、と。国(くに)を有(たも)つ者(もの)は以(もっ)て慎(つつし)まざる可(べ)からず。辟(へき)すれば則(すなわ)ち天(てん)下(か)の僇(りく)と為(な)る。
  • 詩 … 『詩経』小雅・節(せつ)南山(なんざん)篇の一節。朱注には「詩は、小雅節南山の篇」(詩、小雅節南山之篇)とある。ウィキソース「詩經/節南山」参照。
  • 節 … 山が切り立って聳(そび)えるさま。山の高峻なるさま。朱注には「節は、截然として高大なる貌」(節、截然高大貌)とある。
  • 南山 … 終南山。周の都鎬京(こうけい)(今の陝西省西安市の西)の南方にあった。ウィキペディア【終南山】参照。
  • 巌巌 … 岩石などが重なり、高く険しい様子。
  • 赫赫師尹 … 権勢の盛んな太(たい)師(し)の尹(いん)氏(し)。朱注には「師尹は、周の太師の尹氏なり」(師尹、周太師尹氏也)とある。
  • 赫赫 … 光り輝くさま。転じて、勢いが盛んなさま。
  • 師 … 太(たい)師(し)。三公の一つ。三公とは、周代の文官の最高位。太師・太(たい)傅(ふ)・太(たい)保(ほ)。
  • 尹 … 人名。尹氏。
  • 民具爾瞻 … 民衆が倶(とも)に仰ぎ見るところである。
  • 具 … 「ともに」と読む。倶(とも)に。いっしょに。朱注には「具は、俱(とも)なり」(具、俱也)とある。
  • 爾 … 尹氏の言動や振る舞いを指す。
  • 瞻 … 「みる」と読む。仰ぎ見る。
  • 有国者不可以不慎 … 国を治める者は慎重でなければならない。
  • 辟則爲天下僇矣 … (絜(けっ)矩(く)の道(みち)によらないで)偏ったことをしていたら、(身は殺され国は滅び)天下の大恥辱を蒙ることになる。
  • 辟 … 偏る。「僻」の仮借。『集注』に「辟は、読んで僻(へき)と為す」(辟、讀爲僻)とある。朱注には「辟は、偏(かたよ)るなり」(辟、偏也)とある。
  • 僇 … 辱(はずかし)める。または、殺す。『集注』に「僇(りく)は、戮(りく)と同じ」(僇、與戮同)とある。荻生徂徠『大学解』には「辱(はずかし)めなり。悪名天下に播(ま)くを謂う」(辱也。謂悪名播於天下)とある。『大学解』(国立国会図書館デジタルコレクション)参照。
  • 朱注には「言うこころは、上に在る者は、人の瞻(せん)仰(ぎょう)する所なれば、謹まざる可からず。若し絜矩する能わずして、好悪一己の偏に殉(したが)えば、則ち身は弑(しい)せられ国は亡ぼされて、天下の大戮(たいりく)と為る、となり」(言在上者、人所瞻仰、不可不謹。若不能絜矩而好惡殉於一己之偏、則身弑國亡、爲天下之大戮矣)とある。
05 詩云、殷之未喪師、克配上帝。儀監於殷、峻命不易。道得衆則得國、失衆則失國。
詩(し)に云(いわ)く、殷(いん)の未(いま)だ師(もろもろ)を喪(うしな)わざるや、克(よ)く上(じょう)帝(てい)に配(はい)す。儀(よろ)しく殷(いん)に監(かんが)みるべし、峻(しゅん)命(めい)易(やす)からず、と。衆(しゅう)を得(う)れば則(すなわ)ち国(くに)を得(え)、衆(しゅう)を失(うしな)えば則(すなわ)ち国(くに)を失(うしな)うを道(い)う。
  • 詩 … 『詩経』大雅・文王(ぶんのう)篇の一節。朱注には「詩は、文王篇」(詩、文王篇)とある。ウィキソース「詩經/文王」参照。
  • 殷 … 殷王朝。
  • 未喪師 … まだ民衆から見放されなかったときは。「師」は、民衆。人民。朱注には「師は、衆なり」(師、衆也)とある。
  • 克配上帝 … よく天下の君主となって、天の神に対した。「上帝」は、天上にあって万物を支配する神。天帝。朱注には「配は、対(こた)うるなり。上帝に配すとは、其の天下の君と為りて、上帝に対するを言うなり」(配、對也。配上帝、言其爲天下君、而對乎上帝也)とある。
  • 儀監於殷 … (わが周王朝は)滅びた殷をよく見て戒めとするのがよい。朱注には「監は、視るなり」(監、視也)とある。
  • 儀 … 「宜」と同義。『集注』に「儀は、詩には宜に作る」(儀、詩作宜)とある。ここでは「宜」と同様、「よろしく~すべし」と読み、「~するのがよい」と訳す。
  • 峻命不易 … 大いなる天命を維持するのは容易ではない。『集注』に「峻は、詩には駿に作る」(峻、詩作駿)とある。朱注には「峻は、大なり。易からずとは、保ち難きを言うなり」(峻、大也。不易、言難保也)とある。
  • 得衆則得国 … 民衆の心をつかまえたら、国家を保持できる。
  • 失衆則失国 … 民衆の心を失えば、国家を滅ぼすことになる。
  • 道 … ~と言うことである。朱注には「道は、言うなり」(道、言也)とある。
  • 朱注には「詩を引きて此(これ)を言い、以て上文の両節の意を結ぶ。天下を有(たも)つ者は、能く此の心を存して失わざれば、則ち絜矩して民と欲を同じくする所以の者、自(おの)ずから已む能わず」(引詩而言此、以結上文兩節之意。有天下者、能存此心而不失、則所以絜矩而與民同欲者、自不能已矣)とある。
06 是故君子先愼乎德。有德此有人、有人此有土、有土此有財、有財此有用。
是(こ)の故(ゆえ)に君(くん)子(し)は先(ま)ず徳(とく)を慎(つつし)む。徳(とく)有(あ)れば此(ここ)に人(ひと)有(あ)り、人(ひと)有(あ)れば此(ここ)に土(ど)有(あ)り、土(ど)有(あ)れば此(ここ)に財(ざい)有(あ)り、財(ざい)有(あ)れば此(ここ)に用(よう)有(あ)り。
  • 是故 … こういうわけで。
  • 君子先慎乎徳 … 君子はまず明徳(天から授かった立派な徳)を明らかにすることに気をつける。朱注には「先ず徳を慎むとは、上文の慎まざる可からずを承けて言う。徳は、即ち所謂明徳なり」(先慎乎德、承上文不可不慎而言。德、即所謂明德)とある。
  • 有徳此有人 … 立派な徳を備えれば、民衆を得られる。朱注には「人有りとは、衆を得るを謂う」(有人、謂得衆)とある。
  • 有人此有土 … 民衆を得られれば、国土を保持できる。朱注には「土(ど)有りとは、国を得るを謂う。国有れば、則ち財用無きを患(うれ)えず」(有土、謂得國。有國則不患無財用矣)とある。
  • 有土此有財 … 国土を保持できれば、財物も豊かになる。
  • 有財此有用 … 財物が豊かになれば、それがさまざまに用いられ、流通が盛んになる。
07 徳者本也。財者末也。
徳(とく)は本(もと)なり。財(ざい)は末(すえ)なり。
  • 徳者本也。財者末也 … 徳は根本であり、財物はその末端である。
  • 朱注には「上文に本づきて言う」(本上文而言)とある。
08 外本内末、爭民施奪。
本(もと)を外(そと)にし末(すえ)を内(うち)にすれば、民(たみ)を争(あらそ)わしめて奪(うば)うことを施(ほどこ)す。
  • 外本内末、争民施奪 … 根本である徳をなおざりにし、末端である財物に力を入れると、民衆を争わせて奪い合いを教えることになる。
  • 朱注には「人君、徳を以て外と為し、財を以て内と為せば、則ち是れ其の民を争闘せしめて、之に施すに劫奪の教えを以てするなり。蓋し財は、人の同じく欲する所、絜矩する能わずして之を専らにせんと欲すれば、則ち民も亦た起って争奪す」(人君以德爲外、以財爲內、則是爭鬭其民、而施之以劫奪之教也。蓋財者人之所同欲、不能絜矩而欲專之、則民亦起而爭奪矣)とある。
09 是故財聚則民散。財散則民聚。
是(こ)の故(ゆえ)に財(ざい)聚(あつま)れば則(すなわ)ち民(たみ)散(さん)ず。財(ざい)散(さん)ずれば則(すなわ)ち民(たみ)聚(あつ)まる。
  • 是故 … こういうわけで。
  • 財聚則民散 … 財物がお上(かみ)の倉庫に集まると、民衆は散り散りになる。
  • 財散則民聚 … 財物を分散して流通させると、民衆は君主のもとへ集まってくる。
10 是故言悖而出者、亦悖而入。貨悖而入者、亦悖而出。
是(こ)の故(ゆえ)に言(げん)悖(もと)りて出(い)づる者(もの)は、亦(ま)た悖(もと)りて入(い)る。貨(か)悖(もと)りて入(い)る者(もの)は、亦(ま)た悖(もと)りて出(い)づ。
  • 是故 … こういうわけで。
  • 言悖而出者、亦悖而入 … 人に道理に外れた言葉を言えば、相手からも道理に外れた言葉を返される。道理に背いた政令を出せば、民衆から怨嗟の声が上がって反発される。朱注には「悖(はい)は、逆(さかしま)なり」(悖、逆也)とある。
  • 悖 … 道理に外れる。道理に背く。道理に反する。
  • 貨悖而入者、亦悖而出 … 不正な手段で得た財貨は、思いがけない形で出ていってしまう。道理に背いて集められた財貨は、思いもよらない形で失うことになる。
  • 朱注には「此は言の出入を以て、貨の出入を明らかにするなり。先ず徳を慎むより以下此に至るまでは、又財貨に因りて以て絜矩を能くすると能くせざる者との得失を明らかにするなり」(此以言之出入、明貨之出入也。自先愼乎德以下至此、又因財貨以明能絜矩與不能者之得失也)とある。
11 康誥曰、惟命不于常。道善則得之、不善則失之矣。
康誥(こうこう)に曰(いわ)く、惟(こ)れ命(めい)は常(つね)に于(おい)てせず、と。善(ぜん)なれば則(すなわ)ち之(これ)を得(え)、不(ふ)善(ぜん)なれば則(すなわ)ち之(これ)を失(うしな)うを道(い)う。
  • 康誥 … 『書経』周(しゅう)書(しょ)・康誥(こうこう)篇の一節。ウィキソース「尚書/康誥」参照。
  • 惟命不于常 … そもそも天命というものは、いつまでも変わらぬものではない。
  • 善則得之、不善則失之矣 … 君主が徳を積んで善ならば天命を得られるが、不善ならば天命を失う。
  • 道 … (~ということを)言ったのである。朱注には「道は、言うなり」(道、言也)とある。
  • 朱注には「上文の文王の詩を引けるの意に因って、之を申(かさ)ね言う。其の丁寧反覆の意、益〻(ますます)深切なり」(因上文引文王詩之意而申言之。其丁寧反覆之意益深切矣)とある。
12 楚書曰、楚國無以爲寶、惟善以爲寶。
楚(そ)書(しょ)に曰(いわ)く、楚(そ)国(こく)は以(もっ)て宝(たから)と為(な)す無(な)きも、惟(ただ)善(ぜん)以(もっ)て宝(たから)と為(な)す、と。
  • 楚書 … 春秋時代の楚の国の歴史書。現在は亡失。朱注には「楚書は、楚語」(楚書、楚語)とある。『国語』巻十八、楚語下に楚の大夫王孫(おうそん)圉(ぎょ)と晋の大夫趙(ちょう)簡(かん)子(し)との対話が見える。原文は以下の通り。「王孫(おうそん)圉(ぎょ)晋に聘(へい)す。定公之を饗す。趙簡子玉を鳴らして以て相(たす)く。王孫圉に問いて曰く、楚の白珩(はくこう)猶お在りや。対えて曰く、然り、と。簡子曰く、其の宝たるや幾何ぞや。曰く、未だ嘗て宝と為さず。楚の宝とする所の者は観(かん)射(しゃ)父(ふ)と曰う。……」(王孫圉聘於晉。定公饗之。趙簡子鳴玉以相。問於王孫圉曰、楚之白珩猶在乎。對曰、然。簡子曰、其爲寶也幾何矣。曰、未嘗爲寶。楚之所寶者曰觀射父。……)。観(かん)射(しゃ)父(ふ)は、楚の大夫。
  • 楚国無以為宝、惟善以為宝 … 楚の国には財宝というべきものは特になく、ただ善人を宝としている。朱注には「金(きん)玉(ぎょく)を宝とせずして善人を宝とするを言うなり」(言不寶金玉而寶善人也)とある。
13 舅犯曰、亡人無以爲寶。仁親以爲寶。
舅(きゅう)犯(はん)曰(いわ)く、亡人(ぼうじん)は以(もっ)て宝(たから)と為(な)す無(な)し、親(しん)を仁(じん)するを以(もっ)て宝(たから)と為(な)す、と。
  • 舅犯 … 晋の文公の名臣。姓は狐(こ)、名は偃(えん)、字(あざな)は子(し)犯(はん)。晋の公子の重(ちょう)耳(じ)(のちの文公)の舅(しゅうと)(母方のおじ)に当たるので舅犯と呼ばれた。朱注には「舅犯は、晋の文公の舅の狐偃、字は子犯」(舅犯、晉文公舅狐偃、字子犯)とある。ウィキペディア【狐偃】参照。
  • 亡人無以為宝 … 亡命者にとって宝というようなものは何もない。「亡人」は、公子の重(ちょう)耳(じ)を指す。朱注には「亡人とは、文公、時に公子たるも、出亡して外に在ればなり」(亡人、文公時爲公子、出亡在外也)とある。
  • 仁親以為宝 … 親を愛することこそが宝である。朱注には「仁は、愛するなり。事は檀弓(だんぐう)に見ゆ。此の両節は又、本を外にして末を内にせざるの意を明らかにす」(仁、愛也。事見檀弓。此兩節又明不外本而內末之意)とある。「檀弓」は、『礼記』檀弓下篇を指す。
14 秦誓曰、若有一个臣、斷斷兮無他技、其心休休焉、其如有容焉。
秦誓(しんせい)に曰(いわ)く、若(も)し一(いっ)个(か)の臣(しん)有(あ)り、断断兮(だんだんけい)として他技(たぎ)無(な)く、其(そ)の心(こころ)休休(きゅうきゅう)焉(えん)として、其(そ)れ容(い)るる有(あ)るが如(ごと)し。
  • 秦誓 … 『書経』周(しゅう)書(しょ)・秦誓(しんせい)篇の一節。ウィキソース「尚書/秦誓」参照。
  • 若有一个臣 … もし一人の臣下がいたとして。『書経』では「如有一介臣」に作る。
  • 一个 … 一箇。一個。「个」は、物を数える助数詞。『集注』に「書には介に作る」(書作介)とある。「介」は「个」に同じ。
  • 断断兮 … 純粋で偽りがないさま。誠実。「兮」は、形容詞・副詞などに添える助字。朱注には「断断は、誠一の貌」(斷斷、誠一之貌)とある。
  • 無他技 … 格別の技能があるわけではない。
  • 休休焉 … 心が広いさま。寛容なさま。「焉」は、形容詞につけて状態を表す助字。
  • 其如有容焉 … 他人を受け容れる度量があるようにみえる。
人之有技、若己有之、人之彥聖、其心好之。
人(ひと)の技(ぎ)有(あ)るは、己(おのれ)之(こ)れ有(あ)るが若(ごと)く、人(ひと)の彦聖(げんせい)なるは、其(そ)の心(こころ)之(これ)を好(よ)みす。
  • 人之有技、若己有之 … 他人が技能を持っていれば、まるで自分がその技能を持っているようにする。
  • 人之彦聖、其心好之 … 他人が聡明で優秀ならば、心からその人を良(よ)しとして尊重する。
  • 彦聖 … 優秀で賢いこと。朱注には「彦は、美士なり。聖は、通明なり」(彥、美士也。聖、通明也)とある。「美士」は、見た目が格好よく、立派な人物。賢士。「通明」は、その物事をよく知っていること。通暁。
不啻若自其口出、寔能容之、以能保我子孫黎民。
啻(ただ)に其(そ)の口(くち)より出(い)づるが若(ごと)くなるのみならず、寔(まこと)に能(よ)く之(これ)を容(い)れ、以(もっ)て能(よ)く我(わ)が子(し)孫(そん)・黎民(れいみん)を保(やす)んず。
  • 不啻若自其口出 … ただ単に口先だけで褒めそやすだけでなく。
  • 不啻 … 「ただに~のみならず」と読み、「ただ単に~だけではない」と訳す。限定の意を示す。
  • 寔能容之 … 本当にその人物をよく受け容れて。
  • 寔 … 「まことに」と読み、「本当に」「実に」「まったく」と訳す。
  • 以能保我子孫黎民 … そうしてわが子孫や民衆を安らかにすることができる。
  • 黎民 … 庶民。人民。
尚亦有利哉。
尚(こいねが)わくは亦(ま)た利(り)有(あ)らんかな。
  • 尚亦有利哉 … どうか民衆のためにもまた利益となってほしいものである。
  • 尚 … 「こいねがわくは」と読み、「~を願う」「どうか~してほしい」と訳す。相応以上の願望を述べる意を示す。朱注には「尚は、庶幾(こいねが)うなり」(尚、庶幾也)とある。
人之有技、媢疾以悪之、人之彦聖、而違之俾不通。
人(ひと)の技(ぎ)有(あ)る、媢疾(ぼうしつ)して以(もっ)て之(これ)を悪(にく)み、人(ひと)の彦聖(げんせい)なる、之(これ)に違(たが)いて通(つう)ぜざらしむ。
  • 人之有技、媢疾以悪之 … 他人に技能があれば、妬(ねた)み憎む。
  • 媢疾 … ねたみ憎むこと。「媢嫉」とも書く。朱注には「媢(ぼう)は、忌(い)むなり」(媢、忌也)とある。
  • 人之彦聖、而違之俾不通 … 他人が聡明で優秀ならば、それに逆らって君主にその才能を知らせないようにする。
  • 違 … 逆らって。邪魔をして。朱注には「違(い)は、払戻(ふつれい)なり」(違、拂戾也)とある。
  • 俾 … 「~(をして)…(せ)しむ」と読み、「~に…させる」と訳す。使役の意を示す。
寔不能容、以不能保我子孫黎民。亦曰殆哉。
寔(まこと)に容(い)るる能(あた)わず、以(もっ)て我(わ)が子(し)孫(そん)・黎民(れいみん)を保(やす)んずる能(あた)わず。亦(ま)た曰(いわ)く殆(あや)ういかな、と。
  • 寔不能容 … 本当にその人物を受け容れることができず。
  • 寔 … 「まことに」と読み、「本当に」「実に」「まったく」と訳す。
  • 以不能保我子孫黎民 … そうしてわが子孫や民衆を安らかにすることができない。
  • 黎民 … 庶民。人民。
  • 殆 … 危(あや)うい。朱注には「殆(たい)は、危(あや)うきなり」(殆、危也)とある。
15 唯仁人放流之、逬諸四夷、不與同中國。
唯(た)だ仁人(じんじん)のみ之(これ)を放(ほう)流(りゅう)し、諸(これ)を四夷(しい)に迸(しりぞ)け、与(とも)に中(ちゅう)国(ごく)を同(おな)じくせず。
  • 唯仁人放流之 … ただ仁徳を備えた人だけが、このような(妬み深い)人を追放する。
  • 仁人 … 仁徳を備えた人。情け深い人。仁者(じんしゃ)。
  • 放流 … 追放すること。島流しにする。日本語での、稚魚などを川や海に放すことではない。
  • 逬諸四夷 … 四方の未開の土地に退ける。
  • 四夷 … 四方の未開異民族の住む土地。「夷」は、えびす。未開の人。東(とう)夷(い)・西(せい)戎(じゅう)・南蛮(なんばん)・北狄(ほくてき)を指す。
  • 逬 … 退ける。『集注』に「迸は、読んで屏(へい)と為す。古字通用す」(逬、讀爲屛。古字通用)とある。朱注には「迸(へい)は、猶お逐(ちく)のごときなり」(逬、猶逐也)とある。
  • 不与同中国 … 中国の地では善良な人々といっしょに住めないようにする。
  • 中国 … ここでは朝廷の御膝元の意。
此謂唯仁人爲能愛人能惡人。
此(これ)を唯(た)だ仁人(じんじん)のみ能(よ)く人(ひと)を愛(あい)し能(よ)く人(ひと)を悪(にく)むを為(な)すと謂(い)う。
  • 唯仁人為能愛人能悪人 … ただ仁徳を備えた人だけが、本当に人を愛することができ、また本当に人を憎むことができる。『論語』里仁篇の孔子の語とほぼ同じ。
  • 朱注には「言うこころは、此の媢疾(ぼうしつ)の人、賢を妨(さまた)げて国を病(や)ましむる有らば、則ち仁人必ず深く悪みて痛く之を絶つ。其の至公無私を以てす。故に能く好悪の正を得ること此(かく)の如し、となり」(言有此媢疾之人、妨賢而病國、則仁人必深惡而痛絕之。以其至公無私。故能得好惡之正如此也)とある。
16 見賢而不能舉、舉而不能先、命也。
賢(けん)を見(み)て挙(あ)ぐる能(あた)わず、挙(あ)げて先(さき)んずる能(あた)わざるは、命(おこた)りなり。
  • 見賢而不能挙 … 賢者を見て(官吏として)登用することができず。
  • 挙 … 挙用。登用。
  • 挙而不能先 … 登用しても重く用いることができないのは。
  • 命 … 鄭玄は「慢」の誤り、程伊川は「怠」の誤りとし、朱子はどちらか決定し難いと言っている。程伊川の説については、『程氏経説』巻六「伊川先生改正大学」に「怠に作るの誤りなり」(作怠之誤也)とある。ウィキソース「程氏經説 (四庫全書本)/卷6」参照。『集注』に「命は、鄭氏云う、当に慢(まん)に作るべし、と。程子云う、当に怠(たい)に作るべし、と。未だ孰(いず)れの是(ぜ)なるかを詳(つまび)らかにせず」(命、鄭氏云、當作慢。程子云、當作怠。未詳孰是)とある。ここでは程伊川の説に従い、「怠(おこた)り」「怠慢」と解釈する。
見不善而不能退、退而不能遠、過也。
不(ふ)善(ぜん)を見(み)て退(しりぞ)くる能(あた)わず、退(しりぞ)けて遠(とお)ざくる能(あた)わざるは、過(あやま)ちなり。
  • 見不善而不能退 … 善くない人物を見て(官位から)退けることができず。
  • 退而不能遠 … 退けたとしても遠くへ追い払いことができないのは。
  • 過 … 過(あやま)ち。過失。
  • 朱注には「此(かく)の若(ごと)き者は、愛(あい)悪(お)する所を知れども、未だ愛悪の道を尽くす能わず。蓋し君子にして未だ仁ならざる者なり」(若此者、知所愛惡矣、而未能盡愛惡之道。蓋君子而未仁者也)とある。
17 好人之所惡、惡人之所好、是謂拂人之性。葘必逮夫身。
人(ひと)の悪(にく)む所(ところ)を好(この)み、人(ひと)の好(この)む所(ところ)を悪(にく)む、是(これ)を人(ひと)の性(せい)に払(もと)ると謂(い)う。菑(わざわ)い必(かなら)ず夫(そ)の身(み)に逮(およ)ぶ。
  • 好人之所悪、悪人之所好 … 人々が忌み嫌うことを好み、人々が好むことを忌み嫌う。
  • 是謂払人之性 … これを「人の本性(ほんせい)に逆らう」という。
  • 払 … 悖(もと)る。背く。逆らう。朱注には「払(ふつ)は、逆らうなり」(拂、逆也)とある。
  • 菑必逮夫身 … 災難が必ずその身に及ぶであろう。
  • 菑 … 災い。災難。「菑」は「葘」の異体字。『集注』に「葘は、古の災(さい)の字」(葘、古災字)とある。
  • 逮 … 及ぶ。そこまで届く。
  • 朱注には「善を好みて悪を悪むは、人の性なり。人の性に払(さから)うに至っては、則ち不仁の甚だしき者なり。秦誓より此(ここ)に至るまで、又皆以て好悪の公私の極を申(かさ)ね言いて、以て上文引く所の南山有台・節南山の意を明らかにす」(好善而惡惡、人之性也。至於拂人之性、則不仁之甚者也。自秦誓至此、又皆以申言好惡公私之極、以明上文所引南山有臺、節南山之意)とある。
18 是故君子有大道。必忠信以得之、驕泰以失之。
是(こ)の故(ゆえ)に君(くん)子(し)に大道(だいどう)有(あ)り。必(かなら)ず忠(ちゅう)信(しん)以(もっ)て之(これ)を得(え)、驕(きょう)泰(たい)以(もっ)て之(これ)を失(うしな)う。
  • 是故 … こういうわけで。
  • 君子有大道 … 立派な地位にある君子には行うべき最上のやり方がある。朱注には「君子は、位を以て之を言う。道は、其の位に居りて己を修め人を治むるの術を謂う」(君子、以位言之。道、謂居其位而修己治人之術)とある。
  • 必忠信以得之 … 必ず真心を尽くし、他人に対してうそ偽りがないならば、民衆や国を得られる。
  • 忠信 … 真心を尽くし、うそ偽りのないこと。朱注には「己より発して自ら尽くすを忠と為し、物に循いて違(たが)う無きを信と謂う」(發己自盡爲忠、循物無違謂信)とある。
  • 驕泰以失之 … 驕(おご)り高ぶり、わがまま勝手に振る舞えば、民衆や国を失う。
  • 驕泰 … 驕(おご)り高ぶって、自分勝手な振る舞いをすること。朱注には「驕は矜(きょう)高(こう)、泰は侈肆(しし)なり」(驕者矜高、泰者侈肆)とある。「矜高」は、矜(ほこ)り高ぶること。「侈肆」は、驕(おご)って勝手気ままにすること。
  • 朱注には「此は上に引く所の文王・康誥の意に因りて言う。章内に得失を三たび言いて、語益〻切を加う。蓋し此に至りて天理存亡の幾決せり」(此因上所引文王康誥之意而言。章內三言得失、而語益加切。蓋至此而天理存亡之幾決矣)とある。
19 生財有大道。生之者衆、食之者寡、爲之者疾、用之者舒、則財恆足矣。
財(ざい)を生(しょう)ずるに大道(だいどう)有(あ)り。之(これ)を生(しょう)ずる者(もの)衆(おお)くして、之(これ)を食(く)らう者(もの)寡(すく)なく、之(これ)を為(つく)る者(もの)疾(はや)くして、之(これ)を用(もち)うる者(もの)舒(ゆる)やかなれば、則(すなわ)ち財(ざい)恒(つね)に足(た)る。
  • 生財有大道 … 財物を生み出して国家の財政を豊かにするのには最上の法則がある。
  • 生之者衆、食之者寡 … (農産物を)生産する者が多くて、消費する者が少なく。
  • 為之者疾、用之者舒 … (農産物を)生産する速度が速くて、消費する速度が緩やかであれば。
  • 財恒足矣 … 国家の財物は常に十分である。
  • 朱注には「呂氏曰く、国に游民無ければ、則ち生ずる者衆し。朝に幸位無ければ、則ち食(く)らう者寡し。農時を奪わざれば、則ち之を為(つく)ること疾(はや)し。入るを量りて出ずるを為せば、則ち之を用うること舒(ゆる)やかなり、と。愚(ぐ)按(あん)ずるに、此(これ)は土有り財有るに因って言い、以て国を足すの道は、本を務めて用を節するに在りて、必ず本を外にし末を内にして後財聚(あつ)む可きに非ざるを明らかにするなり。此より以て篇を終うるに至るまで、皆一意なり」(呂氏曰、國無游民、則生者衆矣。朝無幸位、則食者寡矣。不奪農時、則爲之疾矣。量入爲出、則用之舒矣。愚按、此因有土有財而言、以明足國之道在乎務本而節用、非必外本內末而後財可聚也。自此以至終篇、皆一意也)とある。
20 仁者以財發身、不仁者以身發財。
仁者(じんしゃ)は財(ざい)を以(もっ)て身(み)を発(おこ)し、不(ふ)仁者(じんしゃ)は身(み)を以(もっ)て財(ざい)を発(おこ)す。
  • 仁者以財発身、不仁者以身発財 … 仁徳を備えた君主は財物を民衆に施すことによって君主としての地位を向上させるが、仁徳を備えていない君主は自分を犠牲にすることによって財物を盛んにする。朱注には「発は、猶お起こすのごときなり。仁者は財を散じて以て民を得、不仁者は身を亡ぼして以て貨を殖(ふや)す」(發、猶起也。仁者散財以得民、不仁者亡身以殖貨)とある。
21 未有上好仁、而下不好義者也。未有好義、其事不終者也。未有府庫財非其財者也。
未(いま)だ上(かみ)仁(じん)を好(この)みて、下(しも)義(ぎ)を好(この)まざる者(もの)有(あ)らざるなり。未(いま)だ義(ぎ)を好(この)みて、其(そ)の事(こと)終(おわ)らざる者(もの)有(あ)らざるなり。未(いま)だ府庫(ふこ)の財(ざい)其(そ)の財(ざい)に非(あら)ざる者(もの)有(あ)らざるなり。
  • 未有上好仁、而下不好義者也 … 上(かみ)に立つ君主が仁を好んで下々(しもじも)の民衆を愛し、その民衆が道義を好まないということは、あった例(ためし)がない。
  • 未有好義、其事不終者也 … 民衆が道義を好みながら、国家の事業が成就しないということは、あった例(ためし)がない。
  • 未有府庫財非其財者也 … 政府の倉庫に蓄えられた財物が、国家の財物でなくなるということは、あった例(ためし)がない。
  • 府庫 … 政府の倉庫。文書や財物などを納める。
  • 朱注には「上、仁を好みて以て其の下を愛すれば、則ち下、義を好みて、以て其の上に忠なるは、事必ず終り有りて、府庫の財に悖(はい)出(しゅつ)の患い無き所以なり」(上好仁以愛其下、則下好義以忠其上、所以事必有終、而府庫之財無悖出之患也)とある。「悖出」は、道理に悖った言葉を出すこと。
22 孟獻子曰、畜馬乘、不察於雞豚。伐冰之家、不畜牛羊。百乘之家、不畜聚斂之臣。與其有聚斂之臣、寧有盜臣。
孟(もう)献(けん)子(し)曰(いわ)く、馬(ば)乗(じょう)を畜(か)うものは、鶏豚(けいとん)を察(さっ)せず。伐(ばっ)氷(ぴょう)の家(いえ)は、牛(ぎゅう)羊(よう)を畜(か)わず。百乗(ひゃくじょう)の家(いえ)は、聚(しゅう)斂(れん)の臣(しん)を畜(か)わず。其(そ)の聚(しゅう)斂(れん)の臣(しん)有(あ)らんよりは、寧(むし)ろ盗臣(とうしん)有(あ)れ、と。
  • 孟献子 … 魯の賢大夫、仲(ちゅう)孫(そん)蔑(べつ)のこと。朱注には「孟献子は、魯の賢大夫、仲孫蔑なり」(孟獻子、魯之賢大夫仲孫蔑也)とある。ウィキペディア(中文)【孟獻子】参照。
  • 畜馬乗 … 四頭の馬を飼う身分の者は。ここは大夫の身分を指す。「乗」は、乗り物一般を数える単位詞。馬四頭で一車を引いた。「畜」は、飼う。朱注には「馬乗を畜うとは、士初めて試(もち)いられて大夫と為れる者なり」(畜馬乘、士初試爲大夫者也)とある。
  • 不察於鶏豚 … 小さな利益を当てにして鶏や豚を飼育しようとは考えない。
  • 伐冰之家 … 葬儀や祖先の祭りのときに氷室から氷を切り出して使える家柄の者。卿・大夫以上の家柄を指す。朱注には「伐冰の家は、卿大夫以上にして、喪祭に冰(こおり)を用うる者なり」(伐冰之家、卿大夫以上、喪祭用冰者也)とある。
  • 不畜牛羊 … 牛や羊を飼育しない。
  • 百乗之家 … 戦車百台を出すくらいの領地を持っている卿・大夫の家。朱注には「百乗の家は、采(さい)地(ち)有る者なり」(百乘之家、有采地者也)とある。「采地」は、卿・大夫が、自分の俸禄としての租税を取り立てる土地のこと。
  • 不畜聚斂之臣 … 領民から重税を厳しく取り立てる家臣を雇ったりしない。
  • 聚斂 … 厳しく重税を取り立てること。
  • 与其有聚斂之臣、寧有盗臣 … 重税を厳しく取り立てる家臣がいるくらいなら、むしろ領主の財物をこっそり盗む家臣がいた方がましだ。朱注には「君子は寧(むし)ろ己の財を亡(うしな)うも、民の力を傷つくるに忍びず。故に寧(むし)ろ盗臣有らんも、聚(しゅう)斂(れん)の臣を畜(か)わず」(君子寧亡己之財、而不忍傷民之力。故寧有盜臣、而不畜聚斂之臣)とある。
此謂國不以利爲利、以義爲利也。
此(これ)を国(くに)は利(り)を以(もっ)て利(り)と為(な)さず、義(ぎ)を以(もっ)て利(り)と為(な)すと謂(い)う。
  • 此謂 … これを~というのである。朱注には「此謂以下は、献子の言を釈すなり」(此謂以下、釋獻子之言也)とある。
  • 国不以利為利、以義為利 … 国にとって財物を得る利益を真の利益とはせず、道義を守ることを真の利益としている。
23 長國家而務財用者、必自小人矣。
国(こっ)家(か)に長(ちょう)として財用(ざいよう)を務(つと)むる者(もの)は、必(かなら)ず小(しょう)人(じん)に自(よ)る。
  • 長國家而務財用者、必自小人矣 … 国家の長として財政に力を入れる者は、必ずつまらない人物がこれを導くことによる。朱注には「自(じ)は、由(よ)るなり。小人之を導くに由るを言うなり」(自、由也。言由小人導之也)とある。
(彼爲善之、)小人之使爲國家、葘害並至。
(彼(かれ)は之(これ)を善(よ)くすと為(な)し、)小(しょう)人(じん)をして国(こっ)家(か)を為(おさ)めしむれば、菑害(さいがい)並(なら)び至(いた)る。
  • 彼為善之 … 『集注』に「彼為善之、此の句の上下に、疑うらくは闕文誤字有らん」(彼爲善之、此句上下、疑有闕文誤字)とある。
  • 小人之使為国家 … つまらない人物に国家を治めさせると。
  • 菑害並至 … 天災や人災が次々に起こることになるだろう。「菑害」は「災害」に同じ。「菑」は「葘」の異体字。
雖有善者、亦無如之何矣。
善者(ぜんしゃ)有(あ)りと雖(いえど)も、亦(ま)た之(これ)を如何(いかん)ともする無(な)し。
  • 雖有善者 … たとえ優れた人物がいたとしても。
  • 亦無如之何矣 … もはやこれをどうすることもできない。
此謂國不以利爲利、以義爲利也。
此(これ)を国(くに)は利(り)を以(もっ)て利(り)と為(な)さずして、義(ぎ)を以(もっ)て利(り)と為(な)すと謂(い)うなり。
  • 此謂 … これを~というのである。
  • 国不以利為利、以義為利 … 国にとって財物を得る利益を真の利益とはせず、道義を守ることを真の利益としている。
  • 朱注には「此の一節は、深く利を以て利と為すの害を明らかにして、重ね言い以て之を結ぶ、其の丁寧の意切なり」(此一節、深明以利爲利之害、而重言以結之、其丁寧之意切矣)とある。
右傳之十章、釋治國平天下。
右(みぎ)は伝(でん)の十(じっ)章(しょう)、国(くに)を治(おさ)め天(てん)下(か)を平(たい)らかにすることを釈(しゃく)す。
  • 治国平天下 … 国を治め、天下を平和にする。
  • 釈 … 解釈したものである。
  • 朱注には「此の章の義は、務(つと)めは民と好悪を同じくして、其の利を専(もっぱ)らにせざるに在りとし、皆絜矩の意推し広むるなり。能く是(かく)の如くなれば、則ち賢に親しみ利を楽しみ、各〻其の所を得て、天下平らかなり」(此章之義、務在與民同好惡而不專其利、皆推廣絜矩之意也。能如是、則親賢樂利各得其所、而天下平矣)とある。
凡傳十章。前四章統論綱領指趣。後六章細論條目工夫。
凡(およ)そ伝(でん)十(じっ)章(しょう)、前(まえ)の四(し)章(しょう)は綱(こう)領(りょう)の指(し)趣(しゅ)を統論(とうろん)す。後(のち)の六(ろく)章(しょう)は条(じょう)目(もく)の工(く)夫(ふう)を細論(さいろん)す。
  • 綱領 … 明明徳・新民・止至善の三綱領。
  • 指趣 … 主旨。要旨。
  • 統論 … 全体の要旨をまとめて説くこと。総括的に論ずること。総論。
  • 条目 … 格物・致知・誠意・正心・修身・斉家・治国・平天下の八条目。
  • 工夫 … 思いめぐらすこと。
  • 細論 … 事細かに論ずること。
其第五章、乃明善之要。第六章、乃誠身之本。
其(そ)の第(だい)五(ご)章(しょう)は、乃(すなわ)ち善(ぜん)を明(あき)らかにするの要(よう)、第(だい)六(ろく)章(しょう)は、乃(すなわ)ち身(み)を誠(まこと)にするの本(もと)。
  • 明善之要 … (格物・致知の解釈であって)善を明らかにすることの要点である。
  • 誠身之本 … (誠意の解釈であって)自分の思いを誠実にするための根本である。
在初學、尤爲當務之急。讀者不可以其近而忽之也。
初学(しょがく)に在(あ)りて、尤(もっと)も当(まさ)に務(つと)むべきの急(きゅう)と為(な)す。読者(どくしゃ)其(そ)の近(ちか)きを以(もっ)て之(これ)を忽(ゆるが)せにす可(べ)からざるなり。
  • 在初学 … 初学者によって。
  • 尤為当務之急 … 最も努めなければならない急務である。
  • 読者 … 読む者。読み手。
  • 不可以其近而忽之也 … その内容が分かり切ったことだからといって、これをなおざりにしてはいけない。
  • 近 … 身近なこと。卑近なこと。分かり切ったこと。
  • 忽 … なおざりにする。いいかげんにしておく。
大学章句序 大学 朱熹章句
経一章 伝一章
伝二章 伝三章
伝四章 伝五章補伝
伝六章 伝七章
伝八章 伝九章
伝十章