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大学 伝七章

01 所謂脩身在正其心者、身有所忿懥、則不得其正。
所謂いわゆるおさむるはこころただすにりとは、こころ)に忿ふんするところれば、すなわせいず。
  • ウィキソース「四書章句集註/大學章句」参照。
  • 修身在正其心者 … 「自分の身を修めるには、まず自分の心を正しくしなければならない」とは。
  • 修身 … 自分の身を修めて正しい行いをするように努力すること。八条目の一つ。
  • 正心 … 心を正しくすること。八条目の一つ。
  • 身有 … 朱子は「程子曰わく、身有の身は当に心に作るべし」(程子曰、身有之身當作心)といい、程伊川の説(『程氏経説』巻六「伊川先生改正大学」)に従って「身」を「心」に改めている。程伊川の説は、ウィキソース「程氏經説 (四庫全書本)/卷6」参照。
  • 忿懥 … 怒ること。朱注には「忿懥は、怒るなり」(忿懥、怒也)とある。
  • 不得其正 … 心の正しさを保てない。正常な状態を失う。
有所恐懼、則不得其正。
きょうするところれば、すなわせいず。
  • 恐懼 … 恐れおののくこと。
有所好樂、則不得其正。
好楽こうごうするところれば、すなわせいず。
  • 好楽 … 「こうごう」と読み、好み願うこと。ちなみに、「こうらく」と読めば、好み楽しむこと。「こうがく」と読めば、音楽を好むこと。
有所憂患、則不得其正。
憂患ゆうかんするところれば、すなわせいず。
  • 憂患 … 憂い患うこと。心配事があること。
  • 朱注には「蓋し是の四者は、皆心の用にして、人の無き能わざる所の者なり。然れども一たび之れ有りて察する能わざれば、則ち欲動き情勝ちて、其の用の行わるる所、或いは其の正を失わざる能わず」(蓋是四者、皆心之用、而人所不能無者。然一有之而不能察、則欲動情勝、而其用之所行、或不能不失其正矣)とある。「四者」は、忿懥・恐懼・好楽・憂患を指す。
02 心不在焉、視而不見、聽而不聞、食而不知其味。
こころここらざれば、れどもえず、けどもこえず、くらえどもあじらず。
  • 心不在焉 … 心がここに存在しないと。心が正常に保たれていないと。他の事に心を奪われていて、眼前のことに集中できず、放心状態にあること。
  • 焉 … 「ここに」と読み、「ここに」と訳す。一字で「於是」「於此」の意を示す。文末に置かれる。
  • 視而不見 … じっと見ても見えない。
  • 聴而不聞 … じっと聴いても聞き分けられない。
  • 食而不知其味 … 食べてもその味がわからない。
  • 朱注には「心存せざる有れば、則ち以て其の身を検すること無し。ここを以て君子は必ずここに察して、敬以て之を直くす。然る後此の心常に存して、身修まらざること無きなり」(心有不存、則無以檢其身。是以君子必察乎此、而敬以直之。然後此心常存、而身無不脩也)とある。
03 此謂脩身在正其心。
これおさむるはこころただすにりとう。
  • 此謂修身在正其心 … これを「自分の身を修めるには、まず自分の心を正しくしなければならない」というのである。
右傳之七章、釋正心脩身。
みぎでんしちしょうこころただしくしておさむるをしゃくす。
  • 正心修身 … 心を正しくし身を修めること。
  • 釈 … 解釈したものである。
  • 朱注には「これた上章をけて以て下章を起こす。蓋し意誠なれば則ち真に悪無くして、まことに善有り。能く是の心を存して以て其の身を検する所以なり。然れども或いは但〻ただただ意を誠にするを知るのみにて、此の心の存否を密察する能わざれば、則ち又以て内を直くして身を修むること無きなり。此より以下は、並びに旧文を以て正と為す」(此亦承上章以起下章。蓋意誠則眞無惡、而實有善矣。所以能存是心以檢其身。然或但知誠意、而不能密察此心之存否、則又無以直內而脩身也。自此以下、竝以舊文爲正)とある。
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