大学 伝五章補伝
此謂知本。此謂知之至也。
此を本を知ると謂う。此を知の至りと謂うなり。
- ウィキソース「四書章句集註/大學章句」参照。
- 此謂知本 … これを本を知るというのである。「本」は、本末の本、明徳を指す。この句は伝四章にも重出している。朱注には「程子曰く、衍文なり」(程子曰、衍文也)とある。「衍文」とは、文章の中に誤って入っている余計な文句のこと。「程子」は程伊川。『程氏経説』巻六「伊川先生改正大学」に「四字衍」とあるのに基づく。ウィキソース「程氏經説 (四庫全書本)/卷6」参照。
- 此謂知之至也 … これを知識を推し極めるというのである。朱注には「此の句の上に、別に闕文有り。此は特其の結語のみ」(此句之上、別有闕文。此特其結語耳)とある。
右傳之五章、蓋釋格物致知之義。而今亡矣。
右伝の五章、蓋し格物致知の義を釈す。而して今亡ぶ。
- 蓋 … 「けだし」と読み、「思うに」と訳す。
- 格物 … 物事の道理を窮める。物事の本質に突き当たるまで窮め尽くす。「物」は、物事。事物。「格」は、至る。八条目の一つ。
- 致知 … 知識を推し極めて物事の道理を悟り極めること。八条目の一つ。
- 釈 … 解釈したものである。
- 而今亡矣 … だが、今は滅びて(最後の六字以外は)伝わらない。「而」は「しかして」と読むが、逆接に訳す。
閒嘗竊取程子之意、以補之曰、
間嘗みに窃かに程子の意を取りて、以て之を補いて曰く、
- 間 … 「このごろ」と読み、「近頃」と訳す。
- 嘗 … 「こころみに」と読み、「試しに~してみる」と訳す。
- 窃 … 「ひそかに」と読み、「私個人として」「自分勝手に」と訳す。私見を述べる場合の謙譲の意を示す。
- 程子之意 … 程子の考え。程伊川(名は頤、1033~1107)が『大学』を改定し、「此謂知本」を衍文としたことを指す。
- 補之 … 欠けた部分を補う。亡失部分を補綴する。
〔補伝〕
所謂致知在格物者、言欲致吾之知、在卽物而窮其理也。
所謂致知在格物者、言欲致吾之知、在卽物而窮其理也。
所謂知を致すは物に格るに在りとは、吾の知を致さんと欲すれば、物に即きて其の理を窮むるに在るを言うなり。
- 欲致吾之知 … 自分自身の知識を推し極めようと思うならば。
- 在即物而窮其理 … 物事についてその道理を窮め尽くすことである。
蓋人心之靈、莫不有知、而天下之物、莫不有理。
蓋し人心の霊は、知有らざる莫くして、天下の物は、理有らざる莫し。
- 蓋 … 「けだし」と読み、「思うに」と訳す。
- 人心之霊、莫不有知 … 人間の心の霊妙なる働きとして、物事の道理を知る能力がある。
- 天下之物、莫不有理 … 天下の物事には必ず理が備わっている。
惟於理有未窮、故其知有不盡也。
惟理に於いて未だ窮めざる有り、故に其の知尽くさざる有るなり。
- 惟 … ただ。
- 於理有未窮 … 理について十分に窮め尽くしていない。
- 故其知有不尽也 … そのためにその知識が極点まで到達しないことになるのである。
是以大學始教、必使學者卽凡天下之物、莫不因其已知之理、而益窮之、以求至乎其極。
是を以て大学の始教は、必ず学者をして凡そ天下の物に即きて、其の已に知るの理に因って、益〻之を窮め、以て其の極に至ることを求めざる莫からしむ。
- 是以 … 「ここをもって」と読み、「こういうわけで」「このゆえに」「それゆえに」「だから」と訳す。「以是」は「これをもって」と読み、「この点から」「これにより」「これを用いて」と訳す。
- 大学始教 … 大学で最初に教えること。
- 必使学者即凡天下之物 … 必ず学ぶ者に、すべての天下の物事について。
- 莫不因其已知之理 … すでに知られた理に基づいて。
- 益窮之 … ますますこれを推し窮めて。
- 以求至乎其極 … そのようにして理の極点にまで到達することを追求させたのである。
至於用力之久、而一旦豁然貫通焉、則衆物之表裏精粗無不到、而吾心之全體大用、無不明矣。
力を用うること久しくして、一旦豁然として貫通するに至れば、則ち衆物の表裏精粗到らざる無く、而して吾が心の全体大用も明らかならざる無し。
- 至於用力之久 … 長い間努力を重ねて。
- 一旦 … あるとき。
- 豁然 … ぱっと目の前が開ける。
- 貫通 … 疑いが解けて筋道が明らかになる。
- 衆物 … 多くの事物。万物。
- 表裏 … 表と裏。
- 精粗 … 細かいことと粗いこと。詳しいことと大ざっぱなこと。
- 無不到 … すべてを窮め尽くす。すべて解ってしまう。
- 全体大用 … 「全体」は、心の完全な本体。完全な本質。「大用」は、その大きな作用。その偉大な働き。
- 無不明 … すべて明らかとなる。すべて明白になる。
此謂物格、此謂知之至也。
此を物格ると謂い、此を知の至りと謂うなり。
- 此謂物格 … これを「物が格る」というのである。「物が格る」とは、物事の道理が窮め尽くされること。
- 此謂知之至 … これを「知の至り」というのである。「知の至り」とは、知識が十分に推し極められ、すべてを知り尽くすこと。
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