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先んずれば人を制す

先(さき)んずれば人(ひと)を制(せい)す
  • 出典:『史記』項羽本紀(ウィキソース「史記/卷007」参照)
  • 解釈:他人よりも先に事を行えば、有利な立場に立つことができる。
     秦の二世皇帝の元年(前209)、陳勝(字(あざな)は渉)が沛(はい)県の大沢で反乱を起こした。会稽郡(江南一帯)の長官である殷通(いんとう)が、郡の有力者項(こう)梁(りょう)(項羽の叔父)に向かって、「江西地方はみな秦に背いている。天が秦を見放されたのだ。人より先に手を下せば、相手を制することができるが、後手に回ると人に支配されてしまうという。この機に挙兵し、あなたと桓楚とを将軍にしたいと思う」と言った故事に基づく。このとき、桓楚は秦から逃亡しており、項梁は甥の項羽と相談し、殷通を殺害して反乱を起こした。
  • 史記 … 前漢の司馬遷がまとめた歴史書。二十四史の一つ。事実を年代順に書き並べる編年体と違い、人物の伝記を中心とする紀伝体で編纂されている。本紀十二巻、表十巻、書八巻、世家三十巻、列伝七十巻の全百三十巻。ウィキペディア【史記】参照。
秦二世元年七月、陳渉等起大澤中。
秦(しん)の二(に)世(せい)元年(がんねん)七月(しちがつ)、陳(ちん)渉(しょう)等(ら)、大沢(だいたく)の中(うち)に起(た)つ。
其九月、會稽守通謂梁曰、江西皆反。此亦天亡秦之時也。
其(そ)の九(く)月(がつ)、会稽(かいけい)の守(しゅ)、通(とう)、梁(りょう)に謂(い)いて曰(いわ)く、江西(こうせい)皆(み)な反(はん)す。此(こ)れ亦(ま)た天(てん)、秦(しん)を亡(ほろ)ぼすの時(とき)なり。
  • 会稽 … 会稽郡。秦・漢を通じて江南全体が会稽郡と呼ばれた。ウィキペディア【会稽郡】参照。
  • 守 … 郡の長官。
  • 通 … 殷通(いんとう)。通は名。
  • 梁 … 項梁。項羽の叔父。ウィキペディア【項梁】参照。
  • 反 … 反旗を翻す。
吾聞、先即制人、後則爲人所制。吾欲發兵使公及桓楚將。
吾(われ)聞(き)く、先(さき)んずれば即(すなわ)ち人(ひと)を制(せい)し、後(おく)るれば則(すなわ)ち人(ひと)の制(せい)する所(ところ)と為(な)る、と。吾(われ)、兵(へい)を発(はっ)し、公(こう)及(およ)び桓(かん)楚(そ)をして将(しょう)たらしめんと欲(ほっ)す、と。
  • 公 … あなた。項梁を指す。
  • 桓楚 … 楚の武将。生没年不詳。このとき、桓楚は秦から逃亡していた。ウィキペディア【桓楚 (秦末)】参照。
  • 将 … 将軍。
……須臾、梁眴籍曰、可行矣。於是籍遂拔劍斬守頭。項梁持守頭、佩其印綬。門下大驚、擾亂。籍所撃殺數十百人、一府中皆慴伏、莫敢起。
……須(しゅ)臾(ゆ)にして、梁(りょう)、籍(せき)に眴(めくばせ)して曰(いわ)く、行(おこな)う可(べ)し、と。是(ここ)に於(お)いて籍(せき)、遂(つい)に剣(けん)を抜(ぬ)きて守(しゅ)の頭(こうべ)を斬(き)る。項(こう)梁(りょう)、守(しゅ)の頭(こうべ)を持(じ)し、其(そ)の印綬(いんじゅ)を佩(お)ぶ。門(もん)下(か)大(おお)いに驚(おどろ)き、擾(じょう)乱(らん)す。籍(せき)が撃殺(げきさつ)する所(ところ)、数(すう)十百(じゅうひゃく)人(にん)、一(いっ)府(ぷ)中(ちゅう)皆(み)な慴(しょう)伏(ふく)し、敢(あ)えて起(た)つもの莫(な)し。
  • 須臾 … ほんのわずかの時間。
  • 印綬 … 官職任命のしるしとして、天子が与えた印と、それをつるす紐(ひも)。
  • 佩 … ここでは、項梁が郡守の印綬を身につけ、殷通(いんとう)に代わって郡の長官に無理やりなったことを指す。
  • 擾乱 … 乱れ騒ぐ。
  • 一府中 … ここでは、府庁の役人たちを指す。
  • 慴伏 … 恐れてひれ伏すこと。
  • 起 … ここでは、敵対する者。
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