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陪族叔刑部侍郎曄及中書舍人賈至遊洞庭湖(李白)

陪族叔刑部侍郎曄及中書舎人賈至遊洞庭湖
ぞくしゅくけいろうようおよちゅうしょ舎人しゃじん賈至かしばいして洞庭どうていあそ
はく
  • 〔テキスト〕 『唐詩選』巻七、『全唐詩』巻一百七十九、他
  • 七言絶句。分・雲・君(平声文韻)。
  • ウィキソース「陪族叔刑部侍郎曄及中書賈舍人至遊洞庭 (洞庭西望楚江分)」参照。
  • 詩題 … 『全唐詩』等では「陪族叔刑部侍郎曄及中書賈舎人至遊洞庭五首 其一」に作る。
  • 族叔 … 同族で父より年少の者。
  • 刑部侍郎 … 刑罰および刑事行政を司る刑部の次官。
  • 曄 … 李曄。
  • 中書舎人 … 官名。中書省に属し、詔勅の作成などを司った。
  • 賈至 … 718~772。盛唐の詩人。洛陽(河南省)の人。あざなよう、一説には幼隣ようりんともいう。そうの子。開元二十三年(735)、李頎りき李華りかしょうえいらとともに進士に及第し、さらに天宝十載(751)、明経の科に及第した。ぜん(山東省)の尉をはじめ、起居舎人・知制誥などを歴任。至徳二載(757)、長安に帰って中書舎人となった。のちに岳州(湖南省岳陽市)に流されたが、宝応元年(762)、召還されて中書舎人に復帰した。大暦五年(770)、京兆尹兼御史大夫に進み、右散騎常侍に至って卒した。ウィキペディア【賈至】参照。
  • 陪 … 随従する。随行する。お伴する。
  • 李白 … 701~762。盛唐の詩人。あざなは太白。蜀の隆昌県青蓮郷(四川省江油市青蓮鎮)の人。青蓮居士と号した。科挙を受験せず、各地を遊歴。天宝元年(742)、玄宗に召されて翰林かんりん供奉ぐぶ(天子側近の文学侍従)となった。しかし、玄宗の側近で宦官の高力士らに憎まれて都を追われ、再び放浪の生活を送った。杜甫と並び称される大詩人で「詩仙」と仰がれた。『李太白集』がある。ウィキペディア【李白】参照。
洞庭西望楚江分
洞庭どうてい 西にしのぞめば こうわか
水盡南天不見雲
みずきて 南天なんてん くも
日落長沙秋色遠
ちて ちょう 秋色しゅうしょくとお
不知何處弔湘君
らず いずれのところにか しょうくんとむらわん
  • 湘君 … 洞庭湖に注ぐ湘水の女神のこと。堯帝の二人の娘、姉のこうと妹の女英じょえいは、ともに舜帝の妃となったが、舜帝が没した時、その後を追って湘水に身を投げて死に、水神になったという。姉を湘君、妹を湘夫人と呼ぶ。後世、二人を総称して、湘君・湘夫人・湘霊・湘妃・湘娥などという。また、湘君を男神、湘夫人を女神とし、二人を夫婦とする説もある。『楚辞』九歌に「湘君」「湘夫人」の歌がある。
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