越中覧古(李白)
越中覽古
越中覧古
越中覧古
- 七言絶句。帰・衣・飛(平声微韻)。
- ウィキソース「越中覽古」参照。
- 越中 … 春秋時代の越の都会稽(浙江省紹興市)。ウィキペディア【越】参照。
- 覧古 … 古の跡を覧る。古跡を訪れて当時を偲ぶこと。『唐詩選』では「懐古」に作る。ほぼ同義。
- この詩は、作者が春秋時代の越の都会稽(浙江省紹興市)の遺跡を訪れ、越王勾践の昔を偲んで詠んだもの。安旗主編『新版 李白全集編年注釋』(巴蜀書社、2000年)によると、天宝六載(747)、四十七歳の作。
- 李白 … 701~762。盛唐の詩人。字は太白。蜀の隆昌県青蓮郷(四川省江油市青蓮鎮)の人。青蓮居士と号した。科挙を受験せず、各地を遊歴。天宝元年(742)、玄宗に召されて翰林供奉(天子側近の文学侍従)となった。しかし、玄宗の側近で宦官の高力士らに憎まれて都を追われ、再び放浪の生活を送った。杜甫と並び称される大詩人で「詩仙」と仰がれた。『李太白集』がある。ウィキペディア【李白】参照。
越王句踐破吳歸
越王句践 呉を破って帰る
- 越王句践 … ?~前465。春秋時代の越の王。勾践とも。はじめ呉王夫差に敗れ屈辱を受けたが(会稽の恥)、その後二十年臥薪嘗胆して呉を滅ぼし、会稽の恥をすすいだ。ウィキペディア【勾践】参照。
- 句 … 『宋本』『繆本』『文苑英華』『唐詩品彙』『唐詩別裁集』『唐詩解』では「勾」に作る。
- 破呉帰 … 呉を打ち破って国に凱旋した。『史記』呉太伯世家に「越、呉を敗る。越王句践、呉王夫差を甬東に遷し、百家を予え、之に居らしめんと欲す。呉王曰く、孤老いたり。君王に事うること能わざるなり。吾、子胥の言を用いずして、自ら此に陥らしめたることを悔ゆ、と。遂に自ら剄ねて死す。越王、呉を滅ぼし、太宰嚭を誅し、以て不忠と為し、而して帰る」(越敗呉。越王句踐欲遷呉王夫差於甬東、予百家居之。呉王曰、孤老矣。不能事君王也。吾悔不用子胥之言、自令陷此。遂自剄死。越王滅呉、誅太宰嚭、以爲不忠、而歸)とある。孤は、王侯謙遜の自称。ウィキソース「史記/卷031」参照。
- 呉 … 春秋時代の国の一つ。紀元前473年、夫差が越の王勾践に敗れ、滅びた。ウィキペディア【呉 (春秋)】参照。
義士還家盡錦衣
義士 家に還りて 尽く錦衣す
- 義士 … 越王とともに戦った忠義の戦士たち。『王本』の注に「呉舒鳧以為らく戦士伝写の訛なり。越人、安んぞ義士云云を称するを得んやと謂う。未だ是否を知らず」(呉舒鳧以爲戰士傳寫之訛。謂越人安得稱義士云云。未知是否)とある。『唐宋詩醇』では「戦士」に作る。
- 家 … 『全唐詩』では「郷」に作り、「一作家」とある。『許本』『唐宋詩醇』では「郷」に作る。『王本』には「許本作郷」とある。
- 錦衣 … 勝利の恩賞として与えられた錦の着物を身にまとっていた。誇らしげに故郷に帰ることの喩え。故郷に錦を飾る。『詩経』秦風・終南の詩に「君子至る、錦衣狐裘」(君子至止、錦衣狐裘)とある。止は、句末にそえる助辞。狐裘は、狐の毛皮。ウィキソース「詩經/終南」参照。
宮女如花滿春殿
宮女は花の如く 春殿に満つ
- 宮女 … 宮中の女性たち。宮殿の美女たち。
- 如花 … 花のように美しい様子。宋玉の「神女の賦」(『文選』巻十九)に「須臾の間に、美貌横に生ず。曄けること華の如く、温かなること瑩の如し」(須臾之閒、美貌橫生。曄兮如華、溫乎如瑩)とある。ウィキソース「神女賦 (宋玉)」参照。
- 春殿 … 春の宮殿。
- 満 … 満ちあふれていた。
只今惟有鷓鴣飛
只今 惟だ鷓鴣の飛ぶ有るのみ
- 只今 … 今はただ。只は、祗に同じ。
- 只 … 『文苑英華』では「至」に作る。『唐詩別裁集』では「祇」に作る。祇(ただ)は、祗と同様に用いる。
- 惟有鷓鴣飛 … 鷓鴣がわびしく飛んでいるだけだ。
- 惟 … ただ~だけだ。『宋本』『繆本』『蕭本』『郭本』『劉本』『唐詩品彙』『唐詩解』では「唯」に作る。同義。
- 鷓鴣 … キジ科シャコ属の鳥。鳩ぐらいの大きさで、ウズラに似ている。越の地方に多く生息している。越雉ともいう。鳴き声が物悲しいので、詩によく用いられる。ウィキペディア【コモンシャコ】参照。『禽経』(『説郛』巻一百七)に「飛べば必ず南に翥ぶ」(飛必南翥)とある。ウィキソース「説郛 (四庫全書本)/卷107」参照。また馬縞『中華古今注』巻下、鷓鴣の条に「南方に鷓鴣と曰う鳥有り、其の名は自ら呼ぶ。常に日に向いて飛び、霜露を畏れ、早晩には出ずること稀なり、有る時には夜飛び、飛べば則ち出で樹葉を以て背上を覆う」(南方有鳥曰鷓鴣、其名自呼。常向日而飛、畏霜露、早晚稀出、有時夜飛、飛則出以樹葉覆背上)とある。ウィキソース「古今注/中華古今註」参照。また鷓鴣の鳴き声は、俗に「行不得也哥哥」(行ってはだめだよ、お兄さん)(明の丘濬「禽言」詩)と鳴くと言われている。『本草綱目』禽部、原禽類、鷓鴣の項に「今の俗、其の鳴くを謂いて行不得哥と曰う」(今俗謂其鳴曰、行不得哥也)とある。ウィキソース「本草綱目/禽之二」、『本草綱目』巻四十八(国立国会図書館デジタルコレクション)参照。
- 飛 … 『蕭本』『郭本』『許本』『劉本』では「啼」に作る。『王本』には「蕭本作啼」とある。
- 服部南郭『唐詩選国字解』には「今は野原となり、鷓鴣のとぶのみぢや、越國には鷓鴣が大分あるゆへに云ふなり」とある。『漢籍国字解全書』第10巻(国立国会図書館デジタルコレクション)参照。
テキスト
- 『箋註唐詩選』巻七(『漢文大系 第二巻』冨山房、1910年)
- 『全唐詩』巻一百八十一(揚州詩局本縮印、上海古籍出版社、1985年)
- 『李太白文集』巻二十(静嘉堂文庫蔵宋刊本影印、平岡武夫編『李白の作品』所収、略称:宋本)
- 『李太白文集』巻二十(繆曰芑重刊、雙泉草堂本、略称:繆本)
- 『分類補註李太白詩』巻二十二(蕭士贇補注、内閣文庫蔵、略称:蕭本)
- 『分類補註李太白詩』巻二十二(蕭士贇補注、郭雲鵬校刻、『四部叢刊 初篇集部』所収、略称:郭本)
- 『分類補註李太白詩』巻二十二(蕭士贇補注、許自昌校刻、『和刻本漢詩集成 唐詩2』所収、略称:許本)
- 『李翰林集』巻十四(景宋咸淳本、劉世珩刊、江蘇広陵古籍刻印社、略称:劉本)
- 『李太白全集』巻二十二(王琦編注、『四部備要 集部』所収、略称:王本)
- 『文苑英華』巻三百九(影印本、中華書局、1966年)
- 趙宦光校訂/黄習遠補訂『万首唐人絶句』巻十三(万暦三十五年刊、内閣文庫蔵)
- 『唐詩品彙』巻四十七(汪宗尼本影印、上海古籍出版社、1981年)
- 『唐詩別裁集』巻二十(乾隆二十八年教忠堂重訂本縮印、中華書局、1975年)
- 『古今詩刪』巻二十一(寛保三年刊、『和刻本漢詩集成 総集篇9』所収、55頁)
- 『唐詩解』巻二十五(清順治十六年刊、内閣文庫蔵)
- 『唐宋詩醇』巻八(乾隆二十五年重刊、紫陽書院、内閣文庫蔵)
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