聞王昌齢左遷竜標尉遙有此寄(李白)
聞王昌齡左遷龍標尉遙有此寄
王昌齢の竜標の尉に左遷せらるるを聞き、遙かに此の寄有り
王昌齢の竜標の尉に左遷せらるるを聞き、遙かに此の寄有り
- 七言絶句。啼・溪・西(平声斉韻)。
- ウィキソース「聞王昌齡左遷龍標遙有此寄」参照。
- 王昌齢 … 698~755。盛唐の詩人。京兆(陝西省西安市)の人。字は少伯。開元十五年(727)、進士に及第。秘書省の校書郎に任ぜられたが、素行が悪かったため、竜標(湖南省黔陽)の尉に左遷された。のちに安禄山の乱が起こったので故郷に逃げ帰ったが、刺史の閭丘暁に殺されたという。李白とともに七言絶句の名手として有名。また、高適・岑参とともに辺塞詩人のひとりに数えられる。『王昌齢詩集』がある。ウィキペディア【王昌齢】参照。
- 竜標 … 県名。今の湖南省黔陽県(1997年から洪江市)西南の黔城鎮。沅江のほとりにある。『中国歴史地図集 第五冊』(地図出版社、1982年、国学导航「黔中道:龙摽」59~60頁⑤6)参照。『旧唐書』地理志、江南西道、巫州竜標の条に「武徳七年(624)置く、辰州に属す。貞観八年(634)、巫州に置く、理所と為る」(武德七年置、屬辰州。貞觀八年、置巫州、爲理所也)とある。理所は、役所のこと。ウィキソース「舊唐書/卷40」参照。また『元和郡県図志』江南道、叙州、竜標県の条に「武徳七年竜標県を置く、竜標山に因みて名と為す」(武德七年置龍標縣、因龍標山爲名)とある。ウィキソース「元和郡縣圖志/卷30」参照。
- 尉 … 官名。県の検察事務をつかさどった属官(部下としてつき従う下級の官吏)。『全唐詩』『宋本』『繆本』『蕭本』『郭本』『許本』『劉本』『王本』『唐詩別裁集』『唐詩解』『唐宋詩醇』には、この字なし。
- 左遷 … それまでの官位から低い官位に下げられること。戦国時代、左より右を尊いとしたことから。『漢書』周昌伝に「吾れ極めて其の左遷することを知れり」(吾極知其左遷)とある。ウィキソース「漢書/卷042」参照。その顔師古の注に「是の時、右を尊びて左を卑しとす、故に秩位を貶すを謂って左遷と為す」(是時尊右而卑左、故謂貶秩位爲左遷)とある。『漢書評林』巻四十二(国立国会図書館デジタルコレクション)参照。
- 寄 … 詩を人に託して送り届けること。「贈」は、詩を直接手渡すこと。
- この詩は、作者の友人である王昌齢が竜標の尉に左遷されたことを聞き、同情して遠く離れた地から詠んだもの。安旗主編『新版 李白全集編年注釋』(巴蜀書社、2000年)によると、天宝七載(748)、四十八歳の作。
- 李白 … 701~762。盛唐の詩人。字は太白。蜀の隆昌県青蓮郷(四川省江油市青蓮鎮)の人。青蓮居士と号した。科挙を受験せず、各地を遊歴。天宝元年(742)、玄宗に召されて翰林供奉(天子側近の文学侍従)となった。しかし、玄宗の側近で宦官の高力士らに憎まれて都を追われ、再び放浪の生活を送った。杜甫と並び称される大詩人で「詩仙」と仰がれた。『李太白集』がある。ウィキペディア【李白】参照。
楊花落盡子規啼
楊花落ち尽くして 子規啼く
- 楊花 … 柳の綿毛。柳絮。庾信の「春の賦」(『六朝文絜』巻一)に「新年の鳥声千種に囀り、二月の楊花路に満ちて飛ぶ」(新年鳥聲千種囀、二月楊花滿路飛)とある。ウィキソース「春賦 (庾信)」参照。
- 落尽 … 散り尽くす。落ち尽くす。
- 楊花落盡 … 『全唐詩』(上海古籍出版社縮印本)には「一作楊州花落」とある。『全唐詩』(中華書局点校本)には「一作〔揚〕(楊)州花落」とある。『王本』には「一作揚州花落」とある。『宋本』『繆本』では「楊州花落」に作り、「一作楊花落盡」とある。
- 子規 … ホトトギス。晩春から初夏にかけて鳴く。「時鳥」「杜宇」「杜鵑」「不如帰」ともいう。左思「蜀都の賦」(『文選』巻四)の旧注に引く『蜀記』に「昔、人有り。姓は杜、名は宇、蜀に王たり、号して望帝と曰う。宇死す。俗説に云う、宇化して子規と為る。子規は鳥の名なり。蜀人、子規の鳴くを聞けば、皆な望帝と曰うなり」(昔有人。姓杜名宇、王蜀、號曰望帝。宇死。俗說云、宇化爲子規。子規鳥名也。蜀人聞子規鳴、皆曰望帝也)とある。ウィキソース「昭明文選/卷4」参照。また『本草綱目』禽部、林禽類、杜鵑の項に「其の鳴は、不如帰去と曰うが若し」(其鳴、若曰不如歸去)とある。ウィキソース「本草綱目/禽之三」参照。
聞道龍標過五溪
聞道らく 竜標 五渓を過ぐと
- 聞道 … 「きくならく」と読み、「聞くところによれば」「人の話によると」と訳す。『唐詩選』では「聞説」に作る。
- 五渓 … 地名。洞庭湖の西南端、湖南省常徳市の西方にあった五つの川。沅江の支流。『水経注』沅水の注に「武陵に五渓有り。雄渓・樠渓・無渓・酉渓・辰渓と謂うは、其の一なり。渓を夾みて悉く是れ蛮左の居る所なり。故に此の蛮を五渓の蛮と謂うなり」(武陵有五溪。謂雄溪、樠溪、無溪、酉溪、辰溪、其一焉。夾溪悉是蠻左所居。故謂此蠻五溪蠻也)とある。蛮左は、えびす。蛮夷に同じ。ウィキソース「水經注/37」参照。また『後漢書』馬援伝の注に「酈元、水経を注して云く、武陵に五渓有り。雄渓・樠渓・西渓・潕渓・辰渓と謂う。悉く是れ蛮夷の居る所なり。故に五渓の蛮と謂う」(酈元注水經云、武陵有五溪。謂雄溪、樠溪、西溪、潕溪、辰溪。悉是蠻夷所居。故謂五溪蠻)とある。ウィキソース「後漢書 (四庫全書本)/卷054」参照。また『通典』州郡、古荊州、黔中郡の条に「五渓は酉・辰・巫・武・沅等の五渓を謂うなり」(五溪謂酉、辰、巫、武、沅等五溪也)とある。ウィキソース「通典/卷183」参照。
- 渓 … 『唐詩品彙』では「谿」に作る。同義。
- 過 … 通り過ぎてゆかれたとのこと。
我寄愁心與明月
我 愁心を寄せて 明月に与う
- 我 … わたしは。
- 寄愁心与明月 … 君を思う愁いの心を明月に託そう。愁いの心を明月に言付けよう。斉澣の「長門怨」(『全唐詩』巻九十四)に「心を将て明月に寄す、影を流して君が懐に入らん」(將心寄明月、流影入君懷)とある。ウィキソース「長門怨 (煢煢孤思逼)」参照。
- 愁心 … 君を思う愁いの心。
隨風直到夜郎西
風に随って直ちに到れ 夜郎の西
- 随風 … どうか風に乗って。どうか風に吹かれるまま。曹植の「怨詩行」(『楽府詩集』巻四十一・相和歌辞)に「願わくは東北の風と作りて、我を吹いて君が懐に入らん」(願作東北風、吹我入君懷)とある。ウィキソース「樂府詩集/041卷」参照。
- 風 … 『王本』には「繆本作君」とある。『宋本』『繆本』では「君」に作る。
- 直 … 「ただちに」「じきに」と読み、「すぐに」「まっすぐに」と訳す。『史記』項羽本紀に「直ちに夜、囲みを潰し、南に出でて馳走す」(直夜潰圍、南出馳走)とある。ウィキソース「史記/卷007」参照。
- 到 … 届いてくれ。
- 夜郎 … ここでは珍州夜郎県(今の貴州省遵義市桐梓県夜郎鎮)ではなく、竜標の西北にある夜郎県(今の湖南省懐化市新晃侗族自治県)のあたりを指す。ウィキペディア【新晃トン族自治県】参照。『中国歴史地図集 第五冊』(地図出版社、1982年、国学导航「黔中道:夜郎」59~60頁、貴州省⑤6・湖南省④4)参照。『旧唐書』地理志、江南西道、巫州の条に「貞観八年(634)、辰州の竜標県を分かちて巫州に置く。其の年、夜郎・朗渓・思征の三県を置く」(貞觀八年、分辰州龍標縣置巫州。其年、置夜郎、朗溪、思征三縣)とある。ウィキソース「舊唐書/卷40」参照。
- 西 … 竜標は夜郎の西にはない。作者の勘違いか、あるいは「夜郎なる西」程度の意か。
テキスト
- 『箋註唐詩選』巻七(『漢文大系 第二巻』冨山房、1910年)
- 『全唐詩』巻一百七十二(揚州詩局本縮印、上海古籍出版社、1985年)
- 『全唐詩』巻一百七十二(点校本、中華書局、1960年)
- 『李太白文集』巻十二(静嘉堂文庫蔵宋刊本影印、平岡武夫編『李白の作品』所収、略称:宋本)
- 『李太白文集』巻十二(繆曰芑重刊、雙泉草堂本、略称:繆本)
- 『分類補註李太白詩』巻十三(蕭士贇補注、内閣文庫蔵、略称:蕭本)
- 『分類補註李太白詩』巻十三(蕭士贇補注、郭雲鵬校刻、『四部叢刊 初篇集部』所収、略称:郭本)
- 『分類補註李太白詩』巻十三(蕭士贇補注、許自昌校刻、『和刻本漢詩集成 唐詩2』所収、略称:許本)
- 『李翰林集』巻九(景宋咸淳本、劉世珩刊、江蘇広陵古籍刻印社、略称:劉本)
- 『李太白全集』巻十三(王琦編注、『四部備要 集部』所収、略称:王本)
- 趙宦光校訂/黄習遠補訂『万首唐人絶句』巻十三(万暦三十五年刊、内閣文庫蔵)
- 『唐詩品彙』巻四十七(汪宗尼本影印、上海古籍出版社、1981年)
- 『唐詩別裁集』巻二十(乾隆二十八年教忠堂重訂本縮印、中華書局、1975年)
- 『古今詩刪』巻二十一(寛保三年刊、『和刻本漢詩集成 総集篇9』所収、54頁)
- 『唐詩解』巻二十五(清順治十六年刊、内閣文庫蔵)
- 『唐宋詩醇』巻六(乾隆二十五年重刊、紫陽書院、内閣文庫蔵)
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