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冬日洛城北謁玄元皇帝廟、廟有呉道士画五聖図(杜甫)

冬日洛城北謁玄元皇帝廟、廟有吳道士畫五聖圖
冬日(とうじつ)洛(らく)城(じょう)の北(きた)にて玄元(げんげん)皇帝(こうてい)の廟(びょう)に謁(えつ)す、廟(びょう)に呉(ご)道(どう)士(し)が画(えが)ける五(ご)聖(せい)の図(ず)有(あ)り
杜甫(とほ)
  • 五言排律。長・常・旁・梁・光・王・場・牆・行・揚・霜・牀・皇・郷(下平声陽韻)。
  • ウィキソース「全唐詩/卷224」「分門集註杜工部詩 (四部叢刊本)/卷第六」参照。
  • 詩題 … 『全唐詩』『宋本』『銭注本』『鏡銓本』では「冬日洛城北謁玄元皇帝廟」に作り、「廟有呉道士畫五聖圖」を自注(原注)とする。『九家集注本』『四部叢刊本』『杜陵詩史』『詳注本』『心解本』『唐詩品彙』『古今詩刪』では「冬日洛城北謁玄元皇帝廟」に作る(「廟有」以下の自注はない)。
  • 冬日 … 冬の日。
  • 洛城 … 洛陽。
  • 玄元皇帝 … 老子の尊号。老子は姓は李、名は耳(じ)、字(あざな)は伯陽、諡(おくりな)は聃(たん)。唐王室の姓が同じ李であることから、始祖として尊び、高宗の乾封(けんふう)元年(666)、玄元皇帝の尊号を贈った。『資治通鑑』高宗皇帝乾封元年の条に「癸未(きび)、亳(はく)州(しゅう)に至り、老君の廟に謁し、尊号を上(たてまつ)りて太上玄元皇帝と曰う」(癸未、至亳州、謁老君廟、上尊號曰太上玄元皇帝)とある。ウィキソース「資治通鑑/卷201」参照。また玄宗の開元二十九年(741)には、長安・洛陽の両京および諸州に廟を建てて祀った。『資治通鑑』玄宗皇帝開元二十九年の条に「五月、命じて玄元の真容を画(えが)かしめ、分ちて諸州の開元観に置く」(五月、命畫玄元眞容、分置諸州開元觀)とある。ウィキソース「資治通鑑/卷214」参照。
  • 謁 … 拝謁する。
  • 呉道士 … 呉道玄。字(あざな)は道子。玄宗に寵愛された宮廷画家。陽翟(ようてき)(河南省禹州市)の人。人物・山水・仏像・草木などを描いて、唐朝随一といわれた。『唐朝名画録』に「呉道玄、字は道子、東京(とうけい)陽翟(ようてき)の人なり。……時に明皇其の名を知り、召して入内(じゅだい)供奉せしむ。……凡そ人物、仏像、神鬼、禽獣、山水、台殿、草木を画(えが)くに、皆世に冠絶(かんぜつ)す、国朝第一なり。」(吳道玄字道子、東京陽翟人也。……時明皇知其名、召入內供奉。……凡畫人物、佛像、神鬼、禽獸、山水、臺殿、草木、皆冠絕於世、國朝第一。)とある。冠絶は、飛び抜けて優れていること。ウィキソース「唐朝名畫錄」参照。ウィキペディア【呉道玄】参照。
  • 五聖 … 天宝八載(749)六月、玄宗が唐の初代以下五人の皇帝に贈った尊号、神堯大聖皇帝(高祖)、文武大聖皇帝(太宗)、天皇大聖皇帝(高宗)、孝和大聖皇帝(中宗)、玄貞大聖皇帝(睿宗(えいそう))の総称。『資治通鑑』玄宗皇帝天宝八載の条に「六月戊(ぼ)申(しん)、聖祖に号を上(たてまつ)りて大道玄元皇帝と曰い、高祖に諡(おくりな)を上(たてまつ)りて神堯大聖皇帝と曰い、大宗の謚を文武大聖皇帝と曰い、高宗の謚を天皇大聖皇帝と曰い、中宗の謚を孝和大聖皇帝と曰い、睿宗の謚を玄真大聖皇帝と曰う」(六月戊申、上聖祖號曰大道玄元皇帝、上髙祖謚曰神堯大聖皇帝、大宗謚曰文武大聖皇帝、髙宗謚曰天皇大聖皇帝、中宗謚曰孝和大聖皇帝、睿宗謚曰玄眞大聖皇帝)とある。ウィキソース「資治通鑑/卷216」参照。
  • この詩は、作者が洛陽の北にある老子廟を参拝し、呉道士の描いた五聖の像を見て詠んだもの。天宝八載(749)冬の作。
  • 杜甫 … 712~770。盛唐の詩人。河南府鞏(きょう)県(河南省鄭(てい)州(しゅう)市鞏(きょう)義(ぎ)市)生まれ。本籍は襄(じょう)州襄(じょう)陽(よう)県(湖北省襄陽市襄州区)の人。字(あざな)は子美(しび)。祖父は初唐の詩人、杜審言。若い頃、科挙を受験したが及第できず、各地を放浪して李白らと親交を結んだ。安史の乱では賊軍に捕らえられたが、やがて脱出し、新帝粛(しゅく)宗(そう)のもとで左拾遺(天子に諫言する職)に任じられた。その翌年左遷されたため官を捨てた。四十八歳の時、成都(四川省成都市)の近くの浣(かん)花(か)渓(けい)に草堂を建てて四年ほど過ごしたが、再び各地を転々とし一生を終えた。中国最高の詩人として「詩聖」と呼ばれ、李白とともに「李杜(りと)」と並称される。『杜工部集』『草堂詩箋』などがある。ウィキペディア【杜甫】参照。
配極玄都閟
極(きょく)に配(はい)して玄(げん)都(と)閟(とざ)し
  • 配極 … 天の北極に配する。極は、天の中心である北極のこと。配は、その位置に対応させて祀ること。『孝経』聖治章に「孝(こう)は、父(ちち)を厳(げん)にするより大(だい)なるは莫(な)し。父(ちち)を厳(げん)にするは天(てん)に配(はい)するより大(だい)なるは莫(な)し。則(すなわ)ち周(しゅう)公(こう)は其(そ)の人(ひと)なり。昔者(むかし)、周(しゅう)公(こう)は后(こう)稷(しょく)を郊(こう)祀(し)して以(もっ)て天(てん)に配(はい)し、文王(ぶんおう)を明堂(めいどう)に宗(そう)祀(し)して以(もっ)て上(じょう)帝(てい)に配(はい)す」(孝、莫大於嚴父。嚴父莫大於配天。則周公其人也。昔者、周公郊祀后稷以配天、宗祀文王於明堂以配上帝)とある。ウィキソース「今文孝經」参照。また『史記』秦始皇本紀に「已(すで)にして信(しん)宮(きゅう)を更(あらた)め命(なづ)けて極廟(きょくびょう)と為(な)し、天(てん)極(きょく)に象(かたど)る」(已更命信宮爲極廟、象天極)とあり、『索隠』に「宮廟と為し天極に象る、故に極廟と曰う」(爲宮廟象天極、故曰極廟)とある。ウィキソース「史記三家註/卷006」参照。
  • 配 … 『唐詩品彙』では「記」に作る。
  • 玄都 … 道教でいう最高神のいる都。ここでは、老子の祀られたこの廟を指す。『枕中書』(『説郛』巻七)に「真記に曰く、玄都玉京七宝山は、週廻九万里、大羅の上に在り。城上の七宝宮、宮内の七宝台に、上中下の三宮有り、一の如し。……上宮は是れ盤古真人・元始天王・太元聖母の治むる所なり」(眞記曰、玄都玉京七寳山、週廻九萬里、在大羅之上。城上七寳宮、宮内七寳臺、有上中下三宮、如一。……上宮是盤古眞人、元始天王、太元聖母所治)とある。ウィキソース「説郛 (四庫全書本)/卷007下」参照。また、康駢『劇談録』老君廟画の条に「東都の北邙山に、玄元観有り、南に老君廟有り、台殿高(こう)敞(しょう)、伊(い)洛(らく)を下(か)瞰(かん)す」(東都北邙山、有玄元觀、南有老君廟、臺殿高敞、下瞰伊洛)とある。ウィキソース「劇談錄」参照。また、南朝陳の張正見の楽府「神仙篇」(『楽府詩集』巻六十四)に「玄都府内青牛に駕(が)す」(玄都府内駕青牛)とある。ウィキソース「樂府詩集/064卷」参照。
  • 閟 … 奥深く閉ざすこと。『詩経』魯頌・閟宮に「閟(ひ)宮(きゅう)侐(きょく)なる有(あ)り、実実(じつじつ)枚枚(ばいばい)たり」(閟宮有侐、實實枚枚)とある。ウィキソース「詩經/閟宮」参照。また、その毛伝に「閟は、閉なり。先妣姜原の廟は周に在り。常に閉じて事無し」(閟、閉也。先妣姜原之廟在周。常閉而無事)とある。ウィキソース「毛詩正義/卷二十」参照。
憑高禁蘌長
高(たか)きに憑(よ)りて禁蘌(きんぎょ)長(なが)し
  • 憑高 … 高い所に寄りかかって。この廟は北邙山の上にあった。南朝梁の王僧孺「落日登高」詩に「高(たか)きに憑(よ)りて且(しばら)く一望(いちぼう)す」(憑髙且一望)とある。ウィキソース「古詩紀 (四庫全書本)/卷088」参照。
  • 高 … 『全唐詩』では「虚」に作り、「一作高、一作空」と注する。『銭注本』でも「虚」に作り、「一作高、又作空」と注する。『詳注本』には「一作虚」と注する。
  • 禁蘌 … 人の通行を禁止する竹矢来。蘌は、竹を折り、縄をめぐらした宮中の庭の意。前漢の揚雄「羽(う)猟(りょう)の賦」(『文選』巻八)に「然(しか)れども羽(う)猟(りょう)に至(いた)れば、甲車(こうしゃ)戎(じゅう)馬(ば)、器(き)械(かい)儲(ちょ)偫(じ)、禁禦(きんぎょ)の営(いとな)む所(ところ)、尚(な)お泰(はなは)だ奢麗(しゃれい)誇詡(こく)にして、堯(ぎょう)舜(しゅん)成湯(せいとう)文王(ぶんおう)の三(さん)駆(く)の意(い)に非(あら)ざるなり」(然至羽獵、甲車戎馬、器械儲偫、禁禦所營、尚泰奢麗誇詡、非堯舜成湯文王三驅之意也)とある。ウィキソース「羽獵賦」参照。
  • 蘌 … 『全唐詩』『銭注本』では「禦」に作り、「一作蘌」と注する。『宋本』『杜陵詩史』『四部叢刊本』『唐詩品彙』『古今詩刪』では「禦」に作る。『詳注本』には「一作禦、《正異》作蘌」と注する。『心解本』には「一作禦」と注する。
  • 長 … 長く張り巡らされている。
守祧嚴具禮
守(しゅ)祧(ちょう) 具(ぐ)礼(れい)を厳(おごそ)かにし
  • 守祧 … 官名。春官に属し、宗廟を守って祭祀を担当する役人。廟(びょう)守(もり)。祧(ちょう)は、先祖の位牌を祀る廟(みたまや)。『周礼』春官に「守祧は、先王先公の廟祧を守ることを掌る」(守祧、掌守先王先公之廟祧)とある。ウィキソース「周禮/春官宗伯」参照。また『旧唐書』高宗紀に「其の廟に令・丞各〻一員を置く」(其廟置令丞各一員)とある。ウィキソース「舊唐書/卷5」参照。
  • 具礼 … 礼式をととのえ、供物を供えること。『史記』韓信伝に「王(おう)、素(もと)より慢(まん)にして礼(れい)無(な)し。今(いま)、大(たい)将(しょう)を拝(はい)するに、小(しょう)児(に)を呼(よ)ぶが如(ごと)きのみ、此(こ)れ乃(すなわ)ち信(しん)の去(さ)る所以(ゆえん)なり。王(おう)必(かなら)ず之(これ)を拝(はい)せんと欲(ほっ)せば、良(りょう)日(じつ)を択(えら)び、斎戒(さいかい)し、壇(だん)場(じょう)を設(もう)け、礼(れい)を具(そな)えば、乃(すなわ)ち可(か)ならんのみ」(王素慢無禮。今拜大將如呼小兒耳、此乃信所以去也。王必欲拜之、擇良日、齋戒、設壇場、具禮、乃可耳)とある。ウィキソース「史記/卷092」参照。
掌節鎭非常
掌(しょう)節(せつ) 非(ひ)常(じょう)を鎮(しず)む
  • 掌節 … 官名。天子から授けられた符節(割り符)を管理する職。ここでは廟の警備にあたる役人を指す。『周礼』地官に「掌節は、邦節を守りて其の用を弁じ、以て王命を輔(たす)くることを掌る」(掌節、掌守邦節而辨其用、以輔王命)とある。ウィキソース「周禮/地官司徒」参照。
  • 鎮非常 … 非常事態に備え、その取締りに当たる。鎮は、鎮護の意。『史記』項羽本紀に「将を遣(つか)わして関を守らしめし所以は、他の盗の出入と非常とに備えしなり」(所以遣將守關者、備他盜之出入與非常也)とある。ウィキソース「史記/卷007」参照。
碧瓦初寒外
碧(へき)瓦(が) 初寒(しょかん)の外(そと)
  • 碧瓦 … 青緑色の瓦(かわら)。瑠璃色の瓦。晩唐の呉融「廃宅」(『全唐詩』巻六百八十六、『唐詩品彙』巻九十)に「風(かぜ)碧(へき)瓦(が)を飄(ひるがえ)し雨(あめ)垣(かき)を摧(くだ)く、却(かえ)って鄰人(りんじん)有(あ)り為(ため)に門(もん)を鎖(とざ)す」(風飄碧瓦雨摧垣、卻有鄰人爲鎖門)とある。ウィキソース「唐詩品彚 (四庫全書本)/卷90」参照。
  • 初寒 … 冬の初め。冬の初めの寒空。劉宋の謝霊運の楽府「燕歌行」(『古詩紀』巻五十七、『楽府詩集』巻三十二)に「孟冬(もうとう)初寒(しょかん)節(せっ)気(き)成(な)り、悲(ひ)風(ふう)閨(ねや)に入(い)って霜(しも)庭(にわ)に依(よ)る」(孟冬初寒節氣成、悲風入閨霜依庭)とある。ウィキソース「燕歌行 (謝靈運)」「古詩紀 (四庫全書本)/卷057」「樂府詩集/032卷」参照。
  • 外 … 彼方。
金莖一氣旁
金茎(きんけい) 一(いっ)気(き)の旁(かたわら)
  • 金茎 … 承露盤(天から降る露を受ける盤)を支える銅製の柱。ここでは廟前の銅柱。後漢の班固「西都の賦」(『文選』巻一)に「仙(せん)掌(しょう)を抗(あ)げて以(もっ)て露(つゆ)を承(う)け、双立(そうりつ)せる金茎(きんけい)を擢(ぬ)く」(抗仙掌以承露、擢雙立之金莖)とある。ウィキソース「西都賦」参照。また『漢書』郊祀志に「其の後又た柏梁・銅柱・承露・仙人掌の属を作る」(其後又作柏梁、銅柱、承露、仙人掌之屬矣)とある。ウィキソース「漢書/卷025上」参照。その顔師古注に「三輔故事に云く、建章宮の承露盤は、高さ二十丈、大いさ七囲、銅を以て之を為る。上に仙人掌有りて露を承け、玉(ぎょく)屑(せつ)に和して之を飲む」(三輔故事云、建章宮承露盤、高二十丈、大七圍、以銅爲之。上有仙人掌承露、和玉屑飮之)とある。玉屑は、玉を砕いた粉末。『漢書評林』巻二十五上(国立国会図書館デジタルコレクション)参照。
  • 一気 … 万物を生み出す根源の気。『荘子』知北遊篇に「天下を通じて一気のみ」(通天下一氣耳)とある。ウィキソース「莊子/知北遊」参照。また、西晋の潘岳「西征の賦」(『文選』巻十)に「寥(りょう)廓(かく)惚恍(こつこう)として、一(いっ)気(き)を化(か)して三才(さんさい)を甄(つく)る」(寥廓惚恍、化一氣而甄三才)とある。ウィキソース「西征賦」参照。
  • 旁 … すぐ近くのあたり。そば。ここでは銅柱が天上にある根源の気のあたりまでそびえ立つこと。
山河扶繡戶
山(さん)河(が) 繡(しゅう)戸(こ)を扶(たす)け
  • 山河 … 山や川。南朝陳の後主叔宝「隋に入り宴に侍す 応詔」詩(『古詩紀』巻一百八、『文苑英華』巻一百六十九)に「日月天徳を光(かがや)かし、山河帝居を壮んにす」(日月光天德、山河壯帝居)とある。ウィキソース「古詩紀 (四庫全書本)/卷108」参照。
  • 繡戸 … 刺繡を施した美しい部屋。
  • 扶 … 左右から抱えるように取り巻くこと。
日月近雕梁
日月(じつげつ) 雕梁(ちょうりょう)に近(ちか)し
  • 日月 … 日や月。
  • 雕梁 … 彫刻を施した梁(うつばり)。南朝斉の檀約の楽府「陽春の歌」(『古詩紀』巻七十一、『文苑英華』巻一百九十三、『楽府詩集』巻五十一)に「青春初歳を献じ、白日雕梁に映ゆ」(青春獻初歲、白日映雕梁)とある。ウィキソース「古詩紀 (四庫全書本)/卷071」参照。
  • 近 … (梁の)近くを巡っていく。
仙李盤根大
仙(せん)李(り) 盤根(ばんこん)大(だい)にして
  • 仙李 … 仙界の李(すもも)。ここでは廟前に植えられている李(すもも)の木を指す。老子は生まれてすぐに李(すもも)の木を指さして、これを我が姓とすると宣言したという。『太平広記』巻一、神仙に「老子生れて能く言う、李樹を指して曰く、此(これ)を以て我が姓と為(な)さん」(老子生而能言、指李樹曰、以此爲我姓)とある。ウィキソース「太平廣記/卷第001」参照。また『述異記』巻下に「中山に縹(ひょう)李(り)有り、大いさ拳の如き者を、呼んで仙李と為す」(中山有縹李大如拳者、呼爲仙李)とある。縹李は、縹(はなだ)色(薄い藍色)の李(すもも)。また巻上に「瀬郷に老子の祠(ほこら)あり、紫石榴・紅縹李有り、一李二色」(瀨鄉老子祠有紫石榴紅縹李、一李二色)とある。ウィキソース「述異記」参照。
  • 盤根 … 曲がりくねった根。老子の子孫であるという唐王室がしっかりと根を張って繁栄しているということの譬え。畳韻の語。唐の太宗「李を探得す」詩(『全唐詩』巻一)に「盤根盈渚(えいしょ)に直し、幹を交えて天に倚って横たう」(盤根直盈渚、交幹橫倚天)とある。ウィキソース「探得李」参照。また、北周の庾信「老子の廟に至る、詔(みことのり)に応ず」詩(『古詩紀』巻一百二十五、『文苑英華』巻一百七十)に「毻(た)毛(もう)新鵠(しんこく)小(ちい)さく、盤根(ばんこん)古(こ)樹(じゅ)低(ひく)し」(毻毛新鵠小、盤根古樹低)とある。毻毛は、羽毛が抜けかわること。新鵠は、若い白鳥。ウィキソース「古詩紀 (四庫全書本)/卷125」参照。
  • 大 … 根が太いこと。
猗蘭奕葉光
猗(い)蘭(らん) 奕葉(えきよう)光(かがや)く
  • 猗蘭 … 茂った蘭。また漢の武帝が生まれた宮殿の名。ここでは武帝を玄宗皇帝になぞらえている。『漢武故事』に「帝は乙酉(いつゆう)の年(とし)七月七日の旦(あした)を以て、猗(い)蘭(らん)殿(でん)に生(うま)る。年(とし)四(し)歳(さい)、立ちて膠東(こうとう)王(おう)と為る」(帝以乙酉年七月七日旦、生於猗蘭殿。年四歲、立爲膠東王)とある。ウィキソース「漢武故事」参照。
  • 奕葉 … 幾重にも重なった葉。また、代々の意味もあり、唐王室が代々繁栄していることに譬える。双声の語。三国魏の曹植「王仲宣の誄(るい)」(『文選』巻五十六)に「伊(こ)れ君(きみ)の顕考(けんこう)、葉(よ)を奕(かさ)ねて時(とき)を佐(たす)く」(伊君顯考、奕葉佐時)とある。ウィキソース「王仲宣誄」参照。
  • 光 … 輝く。
世家遺舊史
世(せい)家(か) 旧(きゅう)史(し)に遺(のこ)し
  • 世家 … 『史記』の中で、主として諸侯や王の家柄の歴史を述べた部分。孔子の伝記は世家の中に含められたが、老子は列伝に入れられた。玄宗のとき、老子伝を列伝の冒頭に置いた。『正義』に「老子・荘子、開元二十三年、勅し奉り升して列伝の首と為す。夷・斉の上に処く」(老子莊子、開元二十三年、奉敕升爲列傳首。處夷齊上)とある。ウィキソース「史記正義 (四庫全書本)/卷061」「史記三家註/卷061」参照。
  • 旧史 … ここでは『史記』を指す。
  • 遺 … 忘れる。遺忘。『全唐詩』『銭注本』には「一作隨」と注する。『詳注本』には「一作貽」と注する。
道德付今王
道徳(どうとく) 今王(きんおう)に付(ふ)す
  • 道徳 … 『老子道徳経』の教え。ウィキペディア【老子道徳経】参照。
  • 今王 … 今上皇帝。玄宗を指す。『書経』太甲下篇に「今王嗣(つ)いで令緒(れいしょ)を有す」(今王嗣有令緒)とある。ウィキソース「尚書/太甲下」参照。
  • 王 … 『文苑英華』では「主」に作る。
  • 付 … 伝えられた。授けられた。『封氏聞見記』巻一に「玄宗開元二十一年、親(みずか)ら老子道徳経を註し、学者をして之を習わしむ」(玄宗開元二十一年、親註老子道德經、令學者習之)とある。ウィキソース「封氏聞見記/卷一」参照。『全唐詩』『銭注本』には「一作冠」と注する。
畫手看前輩
画(が)手(しゅ) 前輩(ぜんぱい)を看(み)るに
  • 画手 … 画家。画工・画師・画匠なども同じ。
  • 前輩 … 先輩。後漢末の孔融「盛孝章を論ずるの書」(『文選』巻四十一)に「今の少年、喜(この)んで前輩を謗(そし)り、或いは能く孝章を譏(き)評(ひょう)す」(今之少年、喜謗前輩、或能譏評孝章)とある。ウィキソース「論盛孝章書」参照。『唐詩選』では「先輩」に作る。
  • 看 … 見る。較べる。
吳生遠擅場
呉(ご)生(せい) 遠(とお)く場(じょう)を擅(ほしいまま)にす
  • 呉生 … 呉道子。生は、敬称。
  • 遠 … 遥かに。
  • 擅場 … その場に匹敵する者がいない。擅は、ほしいままにすること。後漢の張衡「東京(とうけい)の賦」(『文選』巻三)に「秦政(しんせい)利觜(りし)長(ちょう)距(きょ)ありて、終(つい)に場(じょう)を擅(ほしいまま)にするを得(え)、其(そ)の侈(おご)りを専(もっぱ)らにせんことを思(おも)えり」(秦政利觜長距、終得擅場、思專其侈)とある。ウィキソース「東京賦」参照。また、三国魏の曹植「闘雞篇」(『楽府詩集』巻六十四)に「願(ねが)わくは狸(り)膏(こう)の助(たす)けを蒙(こうむ)りて、常(つね)に此(こ)の場(じょう)を擅(ほしいまま)にするを得(え)ん」(願蒙狸膏助、常得擅此場)とある。ウィキソース「樂府詩集/064卷」参照。
森羅移地軸
森(しん)羅(ら) 地(ち)軸(じく)を移(うつ)し
  • 森羅 … 森羅万象の略。天地間のありとあらゆる物や、一切の現象。ここでは画中の森羅万象を指す。『証道歌』に「万(ばん)象(しょう)森(しん)羅(ら)影(かげ)中(うち)に現(げん)ず、一(いっ)顆(か)の円光(えんこう)内(ない)外(げ)に非(あら)ず」(萬象森羅影現中、一顆圓光非内外)とある。ウィキソース「永嘉證道歌」参照。
  • 地軸 … 大地の回転を支えていると想像された心棒。地中に三千六百本あるという。『太平御覧』に引く『河図括地象』に「昆侖は、地の中なり。下に八柱有り、柱の広さ十万里、三千六百軸有り、互いに相牽制し、名山大川、孔穴相通ず」(昆侖者、地之中也。下有八柱、柱廣十萬里、有三千六百軸、互相牽制、名山大川、孔穴相通)とある。ウィキソース「太平御覽/0036」参照。また、西晋の木華「海の賦」(『文選』巻十二)に「状(かたち)は天輪(てんりん)の膠戻(こうれい)して激転(げきてん)するが如(ごと)く、又(また)た地(ち)軸(じく)の挺抜(ていばつ)して争迴(そうかい)するに似(に)たり」(狀如天輪膠戾而激轉、又似地軸挺拔而爭迴)とある。ウィキソース「海賦 (木華)」参照。
  • 移 … 絵の中に移動させる。
妙絕動宮牆
妙(みょう)絶(ぜつ) 宮牆(きゅうしょう)を動(うご)かす
  • 妙絶 … 非常にすぐれていること。絶妙の技。
  • 宮牆 … 宮殿の垣根。三国魏の応璩(おうきょ)「百一詩三首」の第二首に「奈何なれば季(すえ)の世の人は、侈靡(しび)を宮墻に在(お)いてするや」(奈何季世人、侈靡在宮墻)とある。侈靡は、身分不相応に贅沢すること。ウィキソース「古詩紀 (四庫全書本)/卷027」参照。
  • 動 … 揺り動かすほどである。
五聖聯龍袞
五(ご)聖(せい) 竜(りょう)袞(こん)を聯(つら)ね
  • 五聖 … 五人の聖天子。上記の注参照。また『淮南子』脩務訓に「此の五聖は天下の盛主なり」(此五聖者天下之盛主)とある。ウィキソース「淮南子/脩務訓」参照。
  • 竜袞 … 竜の模様が刺繡された天子の衣服。『礼記』礼器篇に「礼(れい)に文(ぶん)を以(もっ)て貴(たっと)しと為(な)す者(もの)有(あ)り。天(てん)子(し)は竜(りょう)袞(こん)、諸侯(しょこう)は黼(ほ)、大(たい)夫(ふ)は黻(ふつ)、士(し)は玄(げん)衣(い)纁(くん)裳(しょう)」(禮有以文爲貴者。天子龍袞、諸侯黼、大夫黻、士玄衣纁裳)とある。黼は、斧紋。黻は、弓紋。玄衣纁裳は、黒衣に薄赤の裳で無紋。ウィキソース「禮記/禮器」参照。
  • 聯 … つらねて立つ。列になって立つ。『全唐詩』には「一作連」と注する。『銭注本』『詳注本』には「晉作連」と注する。
千官列雁行
千官(せんかん) 雁行(がんこう)を列(つら)ぬ
  • 千官 … 数多くの役人。百官にほぼ同じ。『荀子』正論篇に「古(いにしえ)は天子に千官あり、諸侯に百官あり」(古者天子千官、諸侯百官)とある。ウィキソース「荀子/正論篇」参照。また『呂氏春秋』君守篇に「大聖(たいせい)は事(こと)無くして、千官、能を尽くす」(大聖無事、而千官盡能)とある。大聖は、偉大なる聖王。無事は、自ら手を下さないこと。能は、職能。ウィキソース「呂氏春秋/卷十七」参照。
  • 雁行 … 空を飛ぶ雁の列のように、整然と隊列を組んで並ぶこと。『礼記』王制篇に「父(ちち)の歯(よわい)には随行(ずいこう)し、兄(あに)の歯(よわい)には雁行(がんこう)し、朋友(ほうゆう)には相(あい)踰(こ)えず」(父之齒隨行、兄之齒鴈行、朋友不相踰)とある。ウィキソース「禮記/王制」参照。
  • 列 … 列になって続く。『全唐詩』『銭注本』『詳注本』には「一作引」と注する。
冕旒倶秀發
冕(べん)旒(りゅう) 倶(とも)に秀(しゅう)発(はつ)
  • 冕旒 … 天子の冠(かんむり)。冕は、天子がかぶる冠。旒は、冠の前後に、流れるように垂らした玉飾り。『礼記』礼器篇に「天(てん)子(し)の冕(べん)は、朱(しゅ)緑(りょく)の藻(そう)、十(じゅう)有(ゆう)二(に)旒(りゅう)」(天子之冕、朱綠藻、十有二旒)とある。朱緑藻は、朱と緑との飾り玉を貫いた紐。ウィキソース「禮記/禮器」参照。
  • 倶 … いずれも。
  • 秀発 … 光鮮やかなさま。光彩の美しく盛んなさま。西晋の左思「蜀都の賦」(『文選』巻四)に「王褒(おうほう)は暐(い)曄(よう)として秀(しゅう)発(はつ)し、楊雄(ようゆう)は章(しょう)を含(ふく)んで挺生(ていせい)す」(王褒暐曄而秀發、楊雄含章而挺生)とある。ウィキソース「蜀都賦 (左思)」参照。
旌旆盡飛揚
旌旆(せいはい) 尽(ことごと)く飛(ひ)揚(よう)す
  • 旌旆 … 色鮮やかな旗。旗指物(はたさしもの)。旌旗・旌旃(せいせん)も同じ。
  • 飛揚 … 高く翻っている。漢の高祖「大風の歌」に「大風(たいふう)起(おこ)りて雲(くも)飛(ひ)揚(よう)す」(大風起兮雲飛揚)とある。ウィキソース「大風歌 (劉邦)」参照。
翠柏深留景
翠柏(すいはく) 深(ふか)く景(かげ)を留(とど)め
  • 翠柏 … 緑色の柏の木。柏は、ヒノキ科の常緑樹の一種。コノテガシワ。日本でいうブナ科のカシワとは違う。『水経注』涑水篇に「翠柏(すいはく)峰(みね)を蔭(おお)い、清泉(せいせん)頂(いただき)に灌(そそ)ぐ」(翠柏蔭峯、清泉灌頂)とある。ウィキソース「水經注/06」参照。ウィキペディア【コノテガシワ】参照。
  • 深留景 … 地面に深い影を留めている。南朝斉の謝朓「高松の賦」に「懐風陰にして声を送り、当月露にして影を留む」(懷風陰而送聲、當月露而留影)とある。ウィキソース「高松賦 (謝朓)」参照。
紅梨迥得霜
紅(こう)梨(り) 迥(はる)かに霜(しも)を得(え)たり
  • 紅梨 … りんご。
  • 迥得霜 … 霜に打たれた姿を遠くに見せている。
風箏吹玉柱
風箏(ふうそう) 玉柱(ぎょくちゅう)に吹(ふ)き
  • 風箏 … 軒の下につるした風鈴。風鐸。明の楊慎『丹鉛総録』風箏詩に「古人殿閣簷(えん)稜(りょう)の間、風琴・風箏有り、皆風に因りて動きて音を成し、自ら宮商に諧(かな)う」(古人殿閣簷稜間、有風琴、風箏、皆因風動成音、自諧宮商)とある。簷稜は、軒端。宮商は、音楽の調子。ウィキソース「丹鉛總録 (四庫全書本)/卷20」参照。
  • 玉柱 … 玉(ぎょく)で作った立派な柱。南朝梁の柳(りゅう)惲(うん)「七夕(たなばた)穿針(せんしん)」(『玉台新詠』巻五)に「清(せい)露(ろ)羅衣(らい)に下(くだ)り、秋(しゅう)風(ふう)玉柱(ぎょくちゅう)を吹(ふ)く」(清露下羅衣、秋風吹玉柱)とある。ウィキソース「七夕穿針」参照。
  • 吹 … 風が吹く。玉柱に風が吹いて風鈴が音を響かせる様子。
露井凍銀牀
露(ろ)井(せい) 銀(ぎん)牀(しょう)に凍(こお)る
  • 露井 … 屋根のない井戸。古楽府「雞鳴」に「桃露井の上に生じ、李樹桃傍に生ず」(桃生露井上、李樹生桃傍)とある。ウィキソース「樂府詩集/028卷」参照。
  • 銀牀 … 銀で作った井桁。古楽府「淮南王篇」に「後園に井を鑿(うが)ち、銀を牀と作(な)し、金瓶素(そ)綆(こう)、寒(かん)漿(しょう)を汲む」(後園鑿井銀作牀、金瓶素綆汲寒漿)とある。素綆は、白絹のつるべの縄。ウィキソース「樂府詩集/054卷」参照。また、轆(ろく)轤(ろ)架(だな)(つるべを上下させるのに用いる滑車の棚)とする説もある。また『名義考』金井銀床の条に「銀床は亦た井欄に非ず、蓋し轆轤架なり」(銀床亦非井欄、蓋轆轤架也)とある。ウィキソース「名義考 (四庫全書本)/卷12」参照。
  • 凍 … 凍(い)てついている。『全唐詩』には「一作動」と注する。『銭注本』『詳注本』には「《英華》作動」と注する。『文苑英華』では「動」に作る。
身退卑周室
身(み)は退(しりぞ)いて周(しゅう)室(しつ)に卑(いや)しく
  • 身退卑周室 … 老子は世俗の栄達を嫌い、周の守蔵室の史(蔵書番)という低い地位に就いていたことを指す。『老子』第九章に「功(こう)成(な)り名(な)遂(と)げて身(み)退(しりぞ)くは、天(てん)の道(みち)なり」(功成名遂身退、天之道)とある。ウィキソース「老子河上公章句/上」参照。また『史記』老子伝に「老(ろう)子(し)は、……周(しゅう)の守蔵室(しゅぞうしつ)の史(し)なり。……周(しゅう)に居(お)ること之(これ)を久(ひさ)しくし、周(しゅう)の衰(おとろ)うるを見(み)て乃(すなわ)ち遂(つい)に去(さ)り、関(かん)に至(いた)る。関令(かんれい)尹(いん)喜(き)曰(いわ)く、子(し)将(まさ)に隠(いん)せんとす。彊(つと)めて我(わ)が為(ため)に書(しょ)を著(あらわ)せ、と。是(ここ)に於(お)いて老(ろう)子(し)乃(すなわ)ち書(しょ)上(じょう)下(げ)篇(へん)を著(あらわ)し、道徳(どうとく)の意(い)を言(い)うこと、五(ご)千(せん)余(よ)言(げん)にして去(さ)る」(老子者、……周守藏室之史也。……居周久之、見周之衰乃遂去、至關。關令尹喜曰、子將隱矣。彊爲我著書。於是老子乃著書上下篇、言道德之意、五千餘言而去)とある。史は、下級の官吏。小吏。小役人。『正義』に「抱朴子に云く、老子西遊し、関令尹喜に散関に遇い、喜の為に道徳経一巻を著し、之を老子と謂う」(抱朴子云、老子西遊、遇關令尹喜於散關、爲喜著道德經一卷、謂之老子)とある。ウィキソース「史記正義 (四庫全書本)/卷061」「史記三家註/卷063」参照。
  • 周室 … 周の王室。『孔叢子』巡狩篇に「今、周室卑微(ひび)にして諸侯に霸無し」(今周室卑微諸侯無霸)とある。卑微は、衰えて小さくなること。ウィキソース「孔叢子/08」参照。
經傳拱漢皇
経(けい)は伝(つた)わりて漢皇(かんこう)を拱(きょう)せしむ
  • 経 … 『老子道徳経』を指す。ウィキペディア【老子道徳経】参照。
  • 伝 … 後世に伝えられた。
  • 漢皇 … 漢の皇帝。ここでは漢の文帝を指す。文帝は『老子道徳経』を愛読し、河上公という隠者に師事したという。今も『老子河上公注』という本が伝わっている。『神仙伝』河上公の条に「河上公は、其の姓名を知る莫し。漢の孝文帝の時、草を結びて庵(いおり)を河の浜に為(つく)る。常に老子道徳経を読む。時に文帝、老子の道を好む。……帝、経中に於いて疑義有り、人能く通ずる莫し、侍郎裴楷奏して云く、陜州の河上に人有り、老子を誦す。即ち詔使を遣わして疑義する所を齎(もたら)し之に問わしむ」(河上公者、莫知其姓名也。漢孝文帝時、結草爲庵於河之濱。常讀老子道德經。時文帝好老子之道。……帝於經中有疑義、人莫能通、侍郎裴楷奏云、陜州河上有人誦老子。即遣詔使賫所疑義問之)とある。ウィキソース「神仙傳/卷八」参照。ウィキペディア【文帝 (漢)】参照。
  • 拱 … 拱(こまぬ)く。敬意を表すために、両手を胸の前で組み合わせて礼をすること。
谷神如不死
谷神(こくしん) 如(も)し死(し)せずんば
  • 谷神 … 谷の中の空虚な所にある不思議な力。万物を産み出す働き。『老子』第六章に「谷神(こくしん)は死(し)せず、是(これ)を玄牝(げんぴん)と謂(い)う」(谷神不死、是謂玄牝)とあるのに基づく。ここでは老子の精神を指す。北周の庾信「道士歩虚詞十首其五」(『楽府詩集』巻七十八、『文苑英華』巻一百九十三、『古詩紀』巻一百二十四)に「要(よう)妙(びょう)は玄牝を思い、虚無は谷神を養う」(要妙思玄牝、虛無養谷神)とある。ウィキソース「樂府詩集/078卷」「文苑英華 (四庫全書本)/卷0193」参照。
  • 如不死 … もし今も死なずに生き続けているならば。
  • 如 … 「もし~せば」と読み、「もし~ならば」と訳す。順接の仮定条件の意を示す。
養拙更何鄉
拙(せつ)を養(やしな)うは更(さら)に何(いず)れの郷(きょう)ぞ
  • 養拙 … 生まれつき有する素朴さを養い保つこと。西晋の潘岳「閑居の賦」(『文選』巻十六)に「衆妙(しゅうみょう)を仰(あお)ぎて思(おも)いを絶(た)ち、終(つい)に優游(ゆうゆう)して以(もっ)て拙(せつ)を養(やしな)わん」(仰衆妙而絕思、終優游以養拙)とある。ウィキソース「閑居賦」参照。
  • 更何郷 … この廟以外に、いったいどこにあるのだろうか。『荘子』逍遙遊篇に「何(なん)ぞ之(これ)を無何(むか)有(ゆう)の郷(きょう)、広莫(こうばく)の野(や)に樹(う)え、彷徨(ほうこう)として其(そ)の側(かたわら)に為(な)す無(な)く、逍(しょう)遥(よう)として其(そ)の下(した)に寝(しん)臥(が)せざる」(何不樹之於無何有之鄉、廣莫之野、彷徨乎無爲其側、逍遙乎寢臥其下)とある。ウィキソース「莊子/逍遙遊」参照。
  • 郷 … 『全唐詩』『宋本』『銭注本』『詳注本』には「一作方」と注する。
テキスト
  • 『箋註唐詩選』巻四(『漢文大系 第二巻』、冨山房、1910年)※底本
  • 『全唐詩』巻二百二十四(排印本、中華書局、1960年)
  • 『宋本杜工部集』巻九(影印本、台湾学生書局、1967年)
  • 『九家集注杜詩』巻十七(『哈佛燕京學社引得特刊 14 杜詩引得』第二冊、1966年)
  • 『杜陵詩史』巻一(王状元集注、『杜詩又叢』所収、中文出版社、1977年)
  • 『分門集注杜工部詩』巻六(『四部叢刊 初編集部』所収)
  • 『草堂詩箋』巻二(蔡夢弼注、『古逸叢書(中)』所収、江蘇廣陵古籍刻印社、1997年)
  • 『銭注杜詩』巻九(銭謙益箋注、上海古籍出版社、1979年)
  • 『杜詩詳注』巻二(仇兆鰲注、中華書局、1979年)
  • 『読杜心解』巻五之一(浦起龍著、中華書局、1961年)
  • 『杜詩鏡銓』巻一(楊倫箋注、上海古籍出版社、1980年)
  • 『唐詩品彙』巻七十五([明]高棅編、[明]汪宗尼校訂、上海古籍出版社、1982年)
  • 『文苑英華』巻三百二十(影印本、中華書局、1966年)
  • 『古今詩刪』巻十九(寛保三年刊、『和刻本漢詩集成 総集篇9』所収、汲古書院)
歴代詩選
古代 前漢
後漢 魏
晋 南北朝
初唐 盛唐
中唐 晩唐
北宋 南宋
金 元
明 清
唐詩選
巻一 五言古詩 巻二 七言古詩
巻三 五言律詩 巻四 五言排律
巻五 七言律詩 巻六 五言絶句
巻七 七言絶句
詩人別
あ行 か行 さ行
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や行 ら行