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王閬州筵奉酬十一舅惜別之作(杜甫)

王閬州筵奉酬十一舅惜別之作
おうろうしゅうえんにてじゅういちきゅう惜別せきべつさくむくたてまつ
杜甫とほ
  • 〔テキスト〕 『唐詩選』巻四、『全唐詩』巻二百二十八、『宋本杜工部集』巻十三、『九家集注杜詩』巻二十五(『杜詩引得』第二冊)、『杜陵詩史』巻十八(『杜詩又叢』所収)、『分門集注杜工部詩』巻九(『四部叢刊 初編集部』所収)、『草堂詩箋補遺』巻五(『古逸叢書』所収)、『銭注杜詩』巻十、『杜詩詳注』巻十二、『読杜心解』巻五之二、『杜詩鏡銓』巻十、『唐詩品彙』巻七十五、『唐詩別裁集』巻十七、他
  • 五言排律。高・濤・勞・毛・袍・號(平声豪韻)。
  • ウィキソース「全唐詩/卷228」「分門集註杜工部詩 (四部叢刊本)/卷第九」参照。
  • 王閬州 … 閬州(今の四川省南充市閬中市)の刺史(長官)であった王某。人物については不明。『新唐書』地理志に「閬州閬中郡、上。もとは隆州西せい郡、先天せんてん二年、玄宗の名をけて州名をあらたむ。天宝元年、郡名をあらたむ」(閬州閬中郡、上。本隆州巴西郡、先天二年避玄宗名更州名。天寶元年更郡名)とある。ウィキソース「新唐書/卷040」参照。ウィキペディア【ロウ州】参照。
  • 筵 … 宴席。ここでは送別の宴。
  • 十一舅 … 十一は、排行(一族中の兄弟やいとこなどの年齢による序列)。舅は、母方のおじ。『爾雅』釈親篇に「はは晜弟こんていしゅうす」(母之晜弟爲舅)とある。晜弟は、兄弟。ウィキソース「爾雅」参照。ここでは母方のおじ、崔氏のこと。近親者なので崔十一といわず、十一舅と呼んでいる。この時、十一舅は同じく母方のおじ、崔二十四が都から青城県(四川省成都市都江堰市)へ赴任するのに同行したという。ウィキソース「閬州奉送二十四舅使自京赴任青城」参照。
  • 惜別之作 … 十一舅が作った別れを惜しむ詩。
  • 酬 … お返しをする。ここでは十一舅から留別の詩を贈られたので、作者がこの詩を作って答えたもの。『唐詩品彙』では「酧」に作る。異体字。
  • この詩は、広徳元年(763)の秋、閬州刺史の王某が開いた送別の宴で、母方のおじの崔十一から贈られた留別の詩に答えて作ったもの。このほか、この宴席で「昏」の字を割り当てられ、「閬州東楼の筵にて十一舅の青城県に往くを送り奉る、昏の字を得たり」(閬州東樓筵奉送十一舅往靑城縣得昏字)という詩も作っている。ウィキソース「全唐詩/卷220」参照。
  • 杜甫 … 712~770。盛唐の詩人。じょうよう(湖北省)の人。あざな子美しび。祖父は初唐の詩人、杜審言。若い頃、科挙を受験したが及第できず、各地を放浪して李白らと親交を結んだ。安史の乱では賊軍に捕らえられたが、やがて脱出し、新帝しゅくそうのもとで左拾遺に任じられた。その翌年左遷されたため官を捨てた。四十八歳の時、成都(四川省成都市)の近くのかんけいに草堂を建てて四年ほど過ごしたが、再び各地を転々とし一生を終えた。中国最高の詩人として「詩聖」と呼ばれ、李白とともに「李杜りと」と並称される。『杜工部集』がある。ウィキペディア【杜甫】参照。
萬壑樹聲滿
万壑ばんがく 樹声じゅせい
  • 万壑 … 多くの谷々。壑は谷。『世説新語』言語篇に「千巌せんがんしゅうきそい、万壑ばんがくながれをあらそう」(千巖競秀、萬壑爭流)とある。ウィキソース「世說新語/言語」参照。
  • 樹声 … 落葉を吹く風の音。
  • 満 … 満ちあふれる。
千崖秋氣髙
千崖せんがい しゅうたか
  • 千崖 … 多くの崖。数々のそそり立った崖。
  • 秋気高 … 秋の気配が天高く澄みわたっている。『楚辞』の「九弁」に「かなしいかな、あきたるや。しょうしつたり、草木そうもく揺落ようらくして変衰へんすいす。りょうりつたり、遠行えんこうりて、やまのぼみずのぞみ、まさかえらんとするをおくるがごとし。けつりょうたり、てんたかくしてきよし。せきりょうたり、りょうおさめてみずきよし」(悲哉、秋之為氣也。蕭瑟兮、草木搖落而變衰。憭慄兮、若在遠行、登山臨水兮、送將歸。泬寥兮、天高而氣清。寂寥兮、收潦而水清)とある。蕭瑟は、ひゅうひゅうと風が鳴っているさま。憭慄は、心が悲しみ痛むさま。泬寥は、雲がなく空虚なさま。寂寥は、静かで物寂しいさま。潦は、にわたずみ。雨が降って地上に溜まり流れる水。ウィキソース「楚辭/九辯」参照。
浮舟出郡郭
しゅう 郡郭ぐんかく
  • 浮舟 … 川面に浮かべた舟。
  • 舟 … 『全唐詩』『銭注本』『詳注本』には「一作雲」とある。『宋本』には「一云雲」とある。
  • 郡郭 … 郡城(郡の役所の置かれた所)の外郭。閬州の町を指す。
別酒寄江濤
別酒べっしゅ 江濤こうとう
  • 別酒 … 別れに酌み交わす酒。別れの酒宴。
  • 江濤 … 川の波。
  • 寄 … ゆだねる。まかせる。ここでは波に揺られながら酒を酌み交わすこと。
良會不復久
りょうかい ひさしからず
  • 良会 … 良き集い。楽しい宴。曹植の「洛神らくしん」(『文選』巻十九)に「りょうかいながゆるをいたみ、ひとたびきてきょうことにするをかなしむ」(悼良會之永絕兮、哀一逝而異鄉)とある。洛神は、洛水の女神。ウィキソース「洛神賦」参照。
  • 不復久 … 長くは続かない。
此生何太勞
せい なんはなはろうする
  • 此生 … 我々のこの人生。
  • 何太労 … どうして苦労ばかり多いのだろうか。『荘子』大宗師篇に「大塊だいかいわれするにかたちもってし、われろうするにせいもってし、われいっするにろうもってし、われそくするにもってす」(夫大塊載我以形、勞我以生、佚我以老、息我以死)とある。大塊は、大地。ウィキソース「莊子/大宗師」参照。
  • 何 … 「なんぞ」と読み、「どうして~か」と訳す。疑問の意を示す。
  • 太 … ~でありすぎる。ひどく。
窮愁但有骨
窮愁きゅうしゅう ほねのみ
  • 窮愁 … 困窮して悲しみ憂うること。『史記』虞卿伝の論賛に「けい窮愁きゅうしゅうするにあらざりせば、しょあらわしてもっみずか後世こうせいあらわすことあたわざりしならんとしかう」(虞卿非窮愁、亦不能著書以自見於後世云)とある。ウィキソース「史記/卷076」参照。
  • 但有骨 … 身は痩せ細って骨ばかり。『孔子家語』弁楽解篇に「子路しろおそれてみずかゆ。せいしてくらわず、もっ骨立こつりついたる」(子路懼而自悔。靜思不食、以至骨立)とある。骨立は、痩せて骨ばかりになること。ウィキソース「孔子家語/卷八」参照。
  • 但 … 『全唐詩』『銭注本』『詳注本』『心解本』には「一作惟」とある。『宋本』には「一云唯」とある。
羣盜尙如毛
群盗ぐんとう ごと
  • 群盗 … 大勢で集団をなしている盗賊。ここでは吐蕃の侵入や、安史の乱の残党による暴動などを指す。
  • 如毛 … 数の多いことをいう。賈誼の『新書しんじょ』益壌篇に「はんするものもうごとくにしておこる」(反者如蝟毛而起)とあるのを踏まえる。蝟毛は、はりねずみの毛。ウィキソース「新書 (四部叢刊本)/卷第一」参照。
吾舅惜分手
きゅう わかつことをしみ
  • 吾舅 … 叔父上は。
  • 分手 … 別れること。別離。謝瞻しゃせんの「おうぐん西陽せいようとのつどいにてわかる。ときしょう太守たいしゅる、されてひがしかえる」(『文選』巻二十)に「とうじょうくまわかち、さお西江せいこうくまはっす」(分手東城闉、發櫂西江隩)とある。ウィキソース「王撫軍庾西陽集別時為豫章太守庾被徴還東」参照。
  • 惜 … 惜しんで下さった。惜別の詩を詠んで下さった。
使君寒贈袍
使くん かんほうおくらる
  • 使君 … 地方長官を呼ぶときの呼称。王閬州を指す。漢代、太守(郡の長官。秦代は郡守)を府君と称し、刺史を使君と称した。また天子の命を受け使いする官も使君と称した。なお刺史は、漢代は郡国の監察官、隋・唐代では州の長官をいう。唐代において郡は州に改められ、太守も州刺史と改められたため、太守と刺史とは同じ官の異名となった。『後漢書』郭伋伝に「使くんいたるをきてよろこぶ。ゆえきたりて奉迎ほうげいす」(聞使君到喜。故來奉迎)とある。ウィキソース「後漢書/卷31」参照。
  • 寒 … 寒天。寒空。
  • 贈袍 … 綿入れの着物を恵んで下さった。袍は、綿入れの着物。秦の宰相となった范雎はんしょは、当初、魏の中大夫しゅという人物に仕えていたが、冤罪で屈辱を受け、命からがら魏を出ることとなった。のちに秦の宰相となったとき、須賈が魏の使者として秦にやってきた。范雎は身分を隠し、見すぼらしい格好で須賈の前に現れた。何も知らない須賈は范雎を憐れんで綿入れの着物を恵んでやったという故事に基づく。『史記』范雎伝に「范雎はんしょは、ひとなり。あざなしゅく諸侯しょこう游説ゆうぜいし、おうつかえんとほっす。いえまずしくもっみずかするし。すなわちゅうたいしゅつかう。……しゅいわく、いましゅくなにをかこととする、と。范雎はんしょいわく、しんひとため庸賃ようちんす、と。しゅこころこれあわれみ、とどめてともいんしょくす。いわく、はんしゅく一寒いっかんかくごときか、と。すなわいち綈袍てうほうりてもっこれたまう」(范雎者、魏人也。字叔。游說諸侯、欲事魏王。家貧無以自資。乃先事魏中大夫須賈。……須賈曰、今叔何事。范雎曰、臣爲人庸賃。須賈意哀之、留與坐飮食。曰、范叔一寒如此哉。乃取其一綈袍以賜之)とある。ウィキソース「史記/卷079」参照。また范雎と須賈については、ウィキペディア【范雎】【須賈】参照。
沙頭暮黃鶴
とう くれ黄鶴こうかく
  • 沙頭 … 水のない砂の河原のほとり。
  • 暮 … 夕暮れ。
  • 黄鶴 … 黄色い鶴。
  • 鶴 … 『詳注本』『心解本』には「一作鵠」とある。『全唐詩』『草堂詩箋』『銭注本』『鏡銓本』『唐詩別裁集』では「鵠」に作る。黄鵠こうこくは、黄色みを帯びた白鳥のこと。
失侶亦哀號
ともうしないて哀号あいごう
  • 侶 … 仲間。
  • 亦 … 『全唐詩』『宋本』『分門集注本』『杜陵詩史』『銭注本』『心解本』では「自」に作り、「一作亦」とある。『詳注本』には「一作自」とある。
  • 哀号 … 悲しげに鳴き声をあげること。司馬相如の「長門賦」(『文選』巻十六)に「白鶴はくかくきてもっ哀号あいごうし、孤雌こしようつ」(白鶴噭以哀號兮、孤雌跱於枯楊)とある。噭は、叫ぶ。枯楊は、枯れた柳の木。ウィキソース「長門賦」参照。
  • 最後の二句は、作者自身の境遇に喩えている。
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