>   漢詩   >   唐詩選   >   巻四 五排   >   春帰(杜甫)

春帰(杜甫)

春歸
春(しゅん)帰(き)
杜甫(とほ)
  • 五言排律。花・華・沙・斜・涯・家(下平声麻韻)。
  • ウィキソース「全唐詩/卷228」「分門集註杜工部詩 (四部叢刊本)/卷第二」参照。
  • 春帰 … 春に帰る。
  • この詩は、広徳二年(764)三月、厳武が成都尹兼剣南東西川節度使に再任されたことを聞き、成都の浣花草堂に立ち帰ったときに作ったもの。
  • 杜甫 … 712~770。盛唐の詩人。河南府鞏(きょう)県(河南省鄭(てい)州(しゅう)市鞏(きょう)義(ぎ)市)生まれ。本籍は襄(じょう)州襄(じょう)陽(よう)県(湖北省襄陽市襄州区)の人。字(あざな)は子美(しび)。祖父は初唐の詩人、杜審言。若い頃、科挙を受験したが及第できず、各地を放浪して李白らと親交を結んだ。安史の乱では賊軍に捕らえられたが、やがて脱出し、新帝粛(しゅく)宗(そう)のもとで左拾遺(天子に諫言する職)に任じられた。その翌年左遷されたため官を捨てた。四十八歳の時、成都(四川省成都市)の近くの浣(かん)花(か)渓(けい)に草堂を建てて四年ほど過ごしたが、再び各地を転々とし一生を終えた。中国最高の詩人として「詩聖」と呼ばれ、李白とともに「李杜(りと)」と並称される。『杜工部集』『草堂詩箋』などがある。ウィキペディア【杜甫】参照。
苔徑臨江竹
苔径(たいけい) 江(こう)に臨(のぞ)む竹(たけ)
  • 苔径 … 苔が一面に生えている小道。径は、小道。
  • 臨江竹 … 川に臨んで生えている竹。
茅簷覆地花
茅簷(ぼうえん) 地(ち)を覆(おお)う花(はな)
  • 茅簷 … かやぶきの軒(のき)。浣花草堂を指す。東晋の陶潜「飲酒」詩の第九首に「繿(らん)縷(る)茅簷(ぼうえん)の下(もと)、未(いま)だ高棲(こうせい)と為(な)すに足(た)らず」(繿縷茅簷下、未足爲高棲)とある。繿縷は、ぼろを着ること。高棲は、高尚な生活。ウィキソース「飲酒二十首」参照。
  • 覆地花 … 地面を覆うように花が咲いている。
別來頻甲子
別(わか)れて来(このかた)頻(しき)りに甲(こう)子(し)
  • 別来 … この草堂と別れてから。
  • 来 … 「このかた」と読む。ある時点からのち、今まで。
  • 頻甲子 … 季節が次々と過ぎ去った。随分と歳月が過ぎ去った。
  • 頻 … 続けて繰り返される様子。たびたび。しばしば。
  • 甲子 … 甲は十干の最初の一字、子は十二支の最初の一字。転じて年月・歳月を指す。『春秋左氏伝』襄公三十年に「絳県(こうけん)の人(ひと)、或(ある)もの年(とし)長(ちょう)ぜり。子(こ)無(な)くして往(ゆ)き、食(しょく)に与(あずか)る。与(とも)にするもの有(あ)りて年(とし)を疑(うたが)い、之(これ)をして年(ねん)せしむ。曰(いわ)く、臣(しん)は小(しょう)人(じん)なり。紀(き)年(ねん)を知(し)らず。臣(しん)生(う)まるるの歳(とし)は、正(しょう)月(がつ)甲(こう)子(し)朔(さく)にして、四(し)百(ひゃく)有(ゆう)四(し)十(じゅう)五(ご)甲(こう)子(し)なり。其(そ)の季(き)、今(いま)に於(お)いて三(さん)の一(いち)なり、と」(絳縣人或年長矣。無子而往、與於食。有與疑年、使之年。曰、臣小人也。不知紀年。臣生之歲、正月甲子朔、四百有四十五甲子矣。其季於今三之一也)とある。ウィキソース「春秋左氏傳/襄公」参照。
歸到忽春華
帰(かえ)り到(いた)れば忽(たちま)ち春(しゅん)華(か)
  • 帰到 … 帰ってみれば。『詳注本』には「一作倏忽」と注する。『全唐詩』『銭注本』『心解本』では「倏忽」に作り、「一作歸到」と注する。『草堂詩箋』では「倏忽」に作る。
  • 忽 … いつのまにか。『詳注本』には「一作又」と注する。『全唐詩』『草堂詩箋』『銭注本』『心解本』では「又」に作る。
  • 春華 … 春たけなわの華やかさ。南朝梁の柳(りゅう)惲(うん)「江南の曲」(『玉台新詠』巻五)に「故(こ)人(じん)何(なん)ぞ返(かえ)らざる、春(しゅん)華(か)復(ま)た応(まさ)に晩(く)るるなるべし」(故人何不返、春華復應晚)とある。ウィキソース「江南曲 (柳惲)」参照。また、前漢の蘇武「詩四首」(『文選』巻二十九、『玉台新詠』巻一・留別妻一首)の第三首に「努(ど)力(りょく)して春(しゅん)華(か)を愛(あい)し、歓楽(かんらく)の時(とき)を忘(わす)るる莫(な)かれ」(努力愛春華、莫忘歡樂時)とある。ウィキソース「昭明文選/卷29」「留別妻」参照。
倚杖看孤石
杖(つえ)に倚(よ)りて孤(こ)石(せき)を看(み)
  • 倚杖 … 杖にもたれながら。杖に寄りかかって。
  • 孤石 … たった一つ横たわる石。
  • 倚杖看孤石 … 晋の謝安が隠棲していたとき、庭に一つの石があり、杖に寄りかかっていつもその石を眺めていたという故事に基づく。底本に「晋(しん)春秋(しゅんじゅう)に曰(いわ)く、謝安(しゃあん)居(お)る所(ところ)石(いし)一株(いっしゅ)有(あ)り。常(つね)に杖(つえ)に倚(よ)りて相(あい)対(たい)す」(晉春秋曰、謝安所居有石一株。常倚杖相對)とある。
傾壺就淺沙
壺(つぼ)を傾(かたむ)けて浅(せん)沙(さ)に就(つ)く
  • 傾壺 … 酒壺を傾けて酒を酌む。東晋の陶潜「飲酒」詩の第七首に「一(いっ)觴(しょう)独(ひと)り進(すす)むと雖(いえど)も、杯(さかずき)尽(つ)きて壺(つぼ)自(おの)ずから傾(かたむ)く」(一觴雖獨進、杯盡壺自傾)とある。ウィキソース「飲酒二十首」参照。また唐の太宗「除夜」に「壺を傾けて曙光(しょこう)を待つ」(傾壺待曙光)とある。ウィキソース「除夜 (李世民)」参照。
  • 浅沙 … 川べりの浅い砂地。
  • 就 … 腰を下ろす。
遠鷗浮水靜
遠鷗(えんおう) 水(みず)に浮(うか)んで静(しず)かに
  • 遠鷗 … 遠くに見える鷗(かもめ)。
  • 浮水静 … 水に浮かんで静かに漂っている。
輕燕受風斜
軽燕(けいえん) 風(かぜ)を受(う)けて斜(なな)めなり
  • 軽燕 … 軽やかに飛ぶ燕(つばめ)。南朝梁の何遜「王左丞に贈る」詩に「遊魚は水葉を乱し、軽燕は風花を逐う」(遊魚亂水葉、輕燕逐風花)とある。ウィキソース「古詩紀 (四庫全書本)/卷094」参照。
  • 受風斜 … 春風を受けて斜めに飛んでいる。
世路雖多梗
世(せい)路(ろ) 梗(ふさが)ること多(おお)しと雖(いえど)も
  • 世路 … 世渡りの道。人生の行路。「せろ」とも読む。東晋の陶潜「飲酒二十首」の第十九首に「世(せい)路(ろ)廓(ひろ)くして悠悠(ゆうゆう)たり、楊朱(ようしゅ)の止(とど)まりし所以(ゆえん)なり」(世路廓悠悠、楊朱所以止)とある。ウィキソース「飲酒二十首」参照。
  • 梗 … 塞がる。行き詰まる。南朝梁の劉孝標「広絶交論」(『文選』巻五十五)に「徳(とく)を敗(やぶ)り義(ぎ)を殄(ほろ)ぼし、禽(きん)獣(じゅう)に相(あい)若(し)くは、一釁(いっきん)なり。難(なん)固(こ)携(はな)れ易(やす)く、讐訟(しゅうしょう)の聚(あつ)まる所(ところ)は、二(に)釁(きん)なり。名(な)は饕餮(とうてつ)に陥(おちい)り、貞介(ていかい)の羞(は)じる所(ところ)は、三釁(さんきん)なり。古(こ)人(じん)は三釁(さんきん)の梗(やまい)たるを知(し)り、五(ご)交(こう)の尤(とが)めを速(まね)くを懼(おそ)る」(敗德殄義、禽獸相若、一釁也。難固易攜、讎訟所聚、二釁也。名陷饕餮、貞介所羞、三釁也。古人知三釁之爲梗、懼五交之速尤)とある。ウィキソース「廣絕交論」参照。
吾生亦有涯
吾(わ)が生(せい)も亦(ま)た涯(かぎ)り有(あ)り
  • 吾生 … 自分の人生。または、われわれの人生。
  • 吾生亦有涯 … われわれの人生も限りのあるものだ。『荘子』養生主篇に「吾(わ)が生(せい)や涯(かぎ)り有(あ)り、而(しか)も知(ち)や涯(かぎ)り無(な)し。涯(かぎ)り有(あ)るを以(もっ)て涯(かぎ)り無(な)きに随(したが)えば、殆(あや)うきのみ」(吾生也有涯、而知也無涯。以有涯隨無涯、殆已)とあるのを踏まえる。ウィキソース「莊子/養生主」参照。
此身醒復醉
此(こ)の身(み) 醒(さ)めて復(ま)た酔(よ)う
  • 此身 … この身は。『全唐詩』『宋本』『九家集注本』『杜陵詩史』『分門集注本』『草堂詩箋』『詳注本』には「一作且應」と注する。『銭注本』には「一云且應」と注する。『心解本』では「且應」に作り、「一作此身」と注する。
  • 醒復酔 … 酔いから醒めて、また酔うことの繰り返し。
乘興即爲家
興(きょう)に乗(じょう)じて即(すなわ)ち家(いえ)と為(な)さん
  • 乗興 … 感興のわくままに。興の赴くままに。東晋の王(おう)徽之(きし)が冬の夜、雪を愛でながら酒を飲み、左思の「招隠の詩」を詠じていたが、ふと剡渓にいる友人の戴(たい)逵(き)を訪ねようと思いたち、小舟に乗って出かけた。しかし、門前まで来て引き返してしまった。人がその理由を尋ねたところ、「自分は興に乗じて来て、興が尽きて帰ったのだ」と答えたという故事を踏まえる。『晋書』王徽之伝に「嘗(かつ)て山陰(さんいん)に居(お)り、夜(よる)雪(ゆき)初(はじ)めて霽(は)れ、月(げっ)色(しょく)清朗(せいろう)、四(し)望(ぼう)皓然(こうぜん)たり。独(ひと)り酒(さけ)を酌(く)みて、左思(さし)の招(しょう)隠(いん)の詩(し)を詠(えい)じ、忽(たちま)ち戴(たい)逵(き)を憶(おも)う。逵(き)時(とき)に剡(せん)に在(あ)り、便(すなわ)ち夜(よる)小(しょう)船(せん)に乗(じょう)じて之(これ)に詣(いた)り、宿(しゅく)を経(へ)て方(まさ)に至(いた)り、門(もん)に造(いた)りて前(すす)まずして反(かえ)る。人(ひと)其(そ)の故(ゆえ)を問(と)う、徽之(きし)曰(いわ)く、本(もと)興(きょう)に乗(じょう)じて行(ゆ)き、興(きょう)尽(つ)きて反(かえ)る。何(なん)ぞ必(かなら)ずしも安道(あんどう)を見(み)んや、と」(嘗居山陰、夜雪初霽、月色清朗、四望皓然。獨酌酒、詠左思招隱詩、忽憶戴逵。逵時在剡、便夜乘小船詣之、經宿方至、造門不前而反。人問其故、徽之曰、本乘興而行、興盡而反。何必見安道邪)とある。安道は、戴逵の字(あざな)。ウィキソース「晉書/卷080」参照。
  • 為家 … そこをそのままわが家とするまでのことさ。『史記』孟嘗君伝に「長鋏(ちょうきょう)帰(かえ)らんか、以(もっ)て家(いえ)を為(な)す無(な)し」(長鋏歸來乎、無以爲家)とある。「来」は、文末について「~しよう」の意を表す助辞。特定の読み癖のある場合以外は読まない。ウィキソース「史記/卷075」参照。
テキスト
  • 『箋註唐詩選』巻四(『漢文大系 第二巻』、冨山房、1910年)※底本
  • 『全唐詩』巻二百二十八(排印本、中華書局、1960年)
  • 『宋本杜工部集』巻十一(影印本、台湾学生書局、1967年)
  • 『九家集注杜詩』巻二十一(『哈佛燕京學社引得特刊 14 杜詩引得』第二冊、1966年)
  • 『杜陵詩史』巻二十(王状元集注、『杜詩又叢』所収、中文出版社、1977年)
  • 『分門集注杜工部詩』巻二(『四部叢刊 初編集部』所収)
  • 『草堂詩箋』巻二十二(蔡夢弼注、『古逸叢書(中)』所収、江蘇廣陵古籍刻印社、1997年)
  • 『銭注杜詩』巻十三(銭謙益箋注、上海古籍出版社、1979年)
  • 『杜詩詳注』巻十三(仇兆鰲注、中華書局、1979年)
  • 『読杜心解』巻五之二(浦起龍著、中華書局、1961年)
  • 『杜詩鏡銓』巻十一(楊倫箋注、上海古籍出版社、1980年)
  • 『唐詩品彙』巻七十五([明]高棅編、[明]汪宗尼校訂、上海古籍出版社、1982年)
  • 『唐詩別裁集』巻十七([清]沈徳潜編、乾隆二十八年教忠堂重訂本縮印、中華書局、1975年)
歴代詩選
古代 前漢
後漢 魏
晋 南北朝
初唐 盛唐
中唐 晩唐
北宋 南宋
金 元
明 清
唐詩選
巻一 五言古詩 巻二 七言古詩
巻三 五言律詩 巻四 五言排律
巻五 七言律詩 巻六 五言絶句
巻七 七言絶句
詩人別
あ行 か行 さ行
た行 は行 ま行
や行 ら行