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行次昭陵(杜甫)

行次昭陵
行(ゆ)きて昭陵(しょうりょう)に次(やど)る
杜甫(とほ)
  • 五言排律。夫・都・謨・衢・儒・嶇・蘇・鑪・湖・趨・途・隅(上平声虞韻)。
  • ウィキソース「全唐詩/卷225」「九家集注杜詩 (四庫全書本)/卷17」「分門集註杜工部詩 (四部叢刊本)/卷第六」「文苑英華 (四庫全書本)/卷0306」参照。
  • 詩題 … 『文苑英華』では「行次昭陵十二韻」に作る。
  • 昭陵 … 唐の太宗李世民の陵墓。陝西省礼泉(旧称は醴泉)県の北東、九(きゅう)(そう)山(ざん)にある。ウィキペディア【昭陵 (唐)】参照。
  • 次 … 宿泊する。
  • この詩は、至徳二載(757)、(ふ)州(しゅう)へ帰る途中、昭陵のほとりに宿泊して作ったもの。
  • 杜甫 … 712~770。盛唐の詩人。河南府鞏(きょう)県(河南省鄭(てい)州(しゅう)市鞏(きょう)義(ぎ)市)生まれ。本籍は襄(じょう)州襄(じょう)陽(よう)県(湖北省襄陽市襄州区)の人。字(あざな)は子美(しび)。祖父は初唐の詩人、杜審言。若い頃、科挙を受験したが及第できず、各地を放浪して李白らと親交を結んだ。安史の乱では賊軍に捕らえられたが、やがて脱出し、新帝粛(しゅく)宗(そう)のもとで左拾遺(天子に諫言する職)に任じられた。その翌年左遷されたため官を捨てた。四十八歳の時、成都(四川省成都市)の近くの浣(かん)花(か)渓(けい)に草堂を建てて四年ほど過ごしたが、再び各地を転々とし一生を終えた。中国最高の詩人として「詩聖」と呼ばれ、李白とともに「李杜(りと)」と並称される。『杜工部集』『草堂詩箋』などがある。ウィキペディア【杜甫】参照。
舊俗疲庸主
旧(きゅう)俗(ぞく) 庸主(ようしゅ)に疲(つか)れ
  • 旧俗 … 前の王朝の民衆、その気風。隋の人民を指す。「毛詩の序」(『文選』巻四十五)に「事(じ)変(へん)に達(たっ)して其(そ)の旧(きゅう)俗(ぞく)を懐(おも)う者(もの)なり」(達於事變而懷其舊俗者也)とある。ウィキソース「詩經/序」「詩經/關雎」参照。
  • 庸主 … 平凡な君主。凡庸な君主。六朝の諸君主を指す。
  • 疲 … 疲れ果てる。
群雄問獨夫
群雄(ぐんゆう) 独(どく)夫(ふ)を問(と)う
  • 群雄 … 多くの英雄たち。隋末に天下を取ろうとした李密・竇(とう)建徳などを指す。
  • 独夫 … 暴虐無道の君主のこと。民心が離れ、孤独な状態にあるので、こういう。元は殷の紂王のことを指したが、ここでは隋の煬帝(ようだい)を指す。『書経』泰誓下篇に「独(どく)夫(ふ)受(じゅ)、洪(おお)いに惟(こ)れ威(い)を作(な)す、乃(すなわ)ち汝(なんじ)の世(せい)讐(しゅう)たり」(獨夫受、洪惟作威、乃汝世讎)とある。受は、紂王の名。世讐は、代々のかたき。ウィキソース「尚書/泰誓下」参照。
  • 問 … 煬帝の罪を問う。煬帝の責任を問う。
讖歸龍鳳質
讖(しん)は帰(き)す 竜(りゅう)鳳(ほう)の質(しつ)
  • 讖 … 予言。ここでは天子の位に就くという予言。
  • 帰 … 帝位が太宗のもとに落ち着いたということ。
  • 竜鳳質 … 天子となるべき素質。太宗が四歳のとき、ある人がその姿を見て、「竜鳳の姿があり、将来必ず世を済(すく)い民を安んずるだろう」と予言したという故事に基づく。『旧唐書』太宗紀に「太宗時に年四歳、書生有り、……太宗を見て曰く、竜(りゅう)鳳(ほう)の姿(すがた)、天日(てんじつ)の表(すがた)、年将(まさ)に二(に)十(じゅう)にならんとして、必ず能く世を済(すく)い民を安(やす)んぜん」(太宗時年四歲、有書生、……見太宗曰、龍鳳之姿、天日之表、年將二十、必能濟世安民矣)とある。ウィキソース「舊唐書/卷2」参照。
威定虎狼都
威(い)は定(さだ)む 虎(こ)狼(ろう)の都(みやこ)
  • 威 … 太宗の威力。太宗の威勢。
  • 定 … 「さだまる」と読んでもよい。平定すること。
  • 虎狼都 … 隋の都、長安を指す。虎狼は、暴虐なものの喩え。『史記』蘇秦伝に「夫(そ)れ秦(しん)は、虎(こ)狼(ろう)の国(くに)なり。天(てん)下(か)を吞(の)むの心(こころ)有(あ)り」(夫秦、虎狼之國也。有吞天下之心)とあるのに基づく。天下を吞むの心とは、天下を併呑しようとする野心のこと。ウィキソース「史記/卷069」参照。なお、清の顧炎武はこれを否定し、秦の分野が白虎星と狼星にあたるからだという。顧炎武『日知録』巻二十七、杜子美詩注に「注(ちゅう)に蘇(そ)秦(しん)伝(でん)を引(ひ)く、秦(しん)は虎(こ)狼(ろう)の国(くに)、甚(はなは)だ無理(むり)たり。此(こ)れ乃(すなわ)ち秦(しん)本(ほん)紀(ぎ)の賛(さん)を用(もち)う、狼(ろう)弧(こ)に拠(よ)り、参伐(さんばつ)を蹈(ふ)む。参(さん)は白(びゃっ)虎(こ)たり、秦(しん)の分星(ぶんせい)なり」(注引蘇秦傳、秦虎狼之國、甚爲無理。此乃用秦本紀贊、據狼弧、蹈參伐。參為白虎、秦之分星也)とある。ウィキソース「日知錄/卷27」参照。なお、秦本紀賛は、秦始皇本紀の賛に見える。ウィキソース「史記/卷006」参照。
天屬尊堯典
天属(てんぞく) 堯(ぎょう)典(てん)を尊(たっと)び
  • 天属 … 天然の関係。父子・兄弟のつながりをいう。ここでは高祖と太宗との父子関係を指す。『荘子』山木篇に「彼(かれ)は利(り)を以(もっ)て合(あ)い、此(これ)は天(てん)を以(もっ)て属(ぞく)せるなり」(彼以利合、此以天屬也)とある。ウィキソース「莊子/山木」参照。
  • 尊堯典 … 『書経』堯典篇の教えを尊重する。堯が実子の丹朱ではなく、賢者の舜に譲位したことを尊重すること。高祖が長子の李建成ではなく、次男の李世民(太宗)に譲位したことになぞらえる。堯典は、『書経』冒頭の篇名。堯の言行と舜に譲位したことが書かれている。
神功協禹謨
神功(しんこう) 禹謨(うぼ)に協(かな)う
  • 神功 … 太宗の神のごとき偉大な功績。
  • 禹謨 … 『書経』篇名。大禹謨。謨は、はかりごと。夏の禹帝の言行と功績が書かれている。
  • 協 … 太宗の功績が禹帝の功績にも匹敵するほどである。
風雲隨絕足
風雲(ふううん) 絶足(ぜっそく)に随(したが)い
  • 風雲 … 太宗とその臣下とのめぐり逢いに喩える。『易経』乾卦に「雲(くも)は竜(りゅう)に従(したが)い、風(かぜ)は虎(とら)に従(したが)う」(雲從龍、風從虎)とある。ウィキソース「周易/乾」参照。また、漢の王褒(おうほう)「聖主(せいしゅ)賢臣(けんしん)を得(う)るの頌(しょう)」(『文選』巻四十七)に「世(よ)に必(かなら)ず聖(せい)智(ち)の君(きみ)有(あ)りて、而(しか)る後(のち)賢明(けんめい)の臣(しん)有(あ)り。虎(とら)嘯(うそぶ)きて谷風(こくふう)冽(れつ)たり、竜(りゅう)興(おこ)りて雲(うん)気(き)を致(いた)す」(世必有聖智之君、而後有賢明之臣。虎嘯而谷風冽、龍興而致雲氣)とある。ウィキソース「聖主得賢臣頌」参照。
  • 絶足 … 駿馬。足の速い優れた馬。逸足。太宗に喩える。孔融「禰衡(でいこう)を薦(すす)むる表(ひょう)」(『文選』巻三十七)に「飛兔(ひと)・騕(よう)䮍(じょう)、絶足(ぜっそく)奔放(ほんぽう)は、良(りょう)楽(らく)の急(きゅう)にする所(ところ)なり」(飛兔・騕䮍、絕足奔放、良樂之所急也)とある。飛兔・騕䮍は、古の駿馬の名。良楽は、王良と伯楽。ともに馬の名鑑定人。ウィキソース「薦禰衡表」参照。また、孔融と禰衡については、ウィキペディア【孔融】【禰衡】参照。
  • 絶 … 『全唐詩』『銭注本』『詳注本』には「一作逸」と注する。『文苑英華』では「逸」に作り、「集作絶」と注する。
  • 随 … 多くの名臣たち(房玄齢・杜如晦ら)が太宗に付き従った。ウィキペディア【房玄齢】【杜如晦】参照。
日月繼高衢
日月(じつげつ) 高(こう)衢(く)に継(つ)ぐ
  • 日月 … 太宗の徳光が光り輝くことに喩える。
  • 高衢 … 立派な政治の大道。衢は、四方に通じる大通り。三国魏の王粲「登楼の賦」(『文選』巻十一)に「冀(こいねが)わくは王道(おうどう)の一(ひと)たび平(たい)らかに、高(こう)衢(く)を仮(か)りて力(ちから)を騁(は)せんことを」(冀王道之一平兮、假高衢而騁力)とあるのを踏まえる。ウィキソース「登樓賦」参照。
  • 継 … あとに続く。『全唐詩』『銭注本』『詳注本』には「一作享」と注する。
文物多師古
文物(ぶんぶつ) 多(おお)く古(いにしえ)を師(し)とし
  • 文物 … 朝廷の文物制度。学問・芸術・宗教・法律・制度など、文化の生み出したもの。
  • 師古 … 古代の堯舜の理想的な時代を手本として従う。
朝廷半老儒
朝(ちょう)廷(てい) 半(なか)ばは老儒(ろうじゅ)
  • 朝廷 … 朝廷の百官たち。
  • 老儒 … 老成して学徳の高い儒者。
直詞寧戮辱
直(ちょく)詞(し) 寧(なん)ぞ戮(りく)辱(じょく)せられん
  • 直詞 … はばからずに言って諫める言葉。率直な諫言。
  • 寧 … 「いずくんぞ」「なんぞ」と読み、「どうして~であろうか」「まさか~ではあるまい」と訳す。反語の意を示す。
  • 戮辱 … 刑罰の辱めを受けること。畳韻(二字が同じ母音で終わる)の語。
賢路不崎嶇
賢(けん)路(ろ) 崎嶇(きく)ならず
  • 賢路 … 賢者が朝廷に登用される道。
  • 崎嶇 … 山道の険しいさま。賢者登用の障害に喩える。双声(二字の語頭子音が同じ)語。東晋の陶潜「帰去来の辞」に「既(すで)に窈(よう)窕(ちょう)として以(もっ)て壑(たに)を尋(たず)ね、亦(ま)た崎嶇(きく)として丘(おか)を経(ふ)」(既窈窕以尋壑、亦崎嶇而經丘)とある。ウィキソース「歸去來辭並序」参照。
往者災猶降
往者(おうしゃ) 災(わざわ)い猶(な)お降(くだ)り
  • 往者 … 先頃。
  • 災猶降 … 隋末から唐初にかけて、水害や旱魃などの天災が続いたことを指す。
蒼生喘未蘇
蒼生(そうせい) 喘(あえ)ぎて未(いま)だ蘇(よみがえ)らず
  • 蒼生 … 人民。あおひとぐさ。蒼民。蒼氓(そうぼう)。人民を青々と茂った草に喩えた言葉。『書経』益稷篇に「兪(しか)るかな。帝(てい)は天(てん)の下(した)に光(かがや)き、海隅(かいぐう)の蒼生(そうせい)に至(いた)る」(兪哉。帝光天之下、至于海隅蒼生)とある。ウィキソース「尚書/益稷」参照。
  • 喘 … 喘ぎ苦しんで。
  • 未蘇 … 十分に回復していなかった。生きた心地もなかった。
指揮安率土
指揮(しき)して率(そつ)土(ど)を安(やす)んじ
  • 指揮 … 太宗が群臣を指揮する。『全唐詩』『宋本』『九家集注本』『草堂詩箋』『銭注本』『詳注本』『文苑英華』『唐詩別裁集』では「指麾(しき)」に作る。指揮に同じ。
  • 率土 … 陸地の続くかぎり。国中すべて。『詩経』小雅・北山に「溥(ふ)天(てん)の下(もと)、王(おう)土(ど)に非(あら)ざる莫(な)く、率(そつ)土(ど)の浜(ひん)、王臣(おうしん)に非(あら)ざる莫(な)し」(溥天之下、莫非王土、率土之濱、莫非王臣)とある。溥天は、天のおおうかぎり。浜は、天と地の接する所。ウィキソース「詩經/北山」参照。
  • 安 … 平穏に治める。
盪滌撫洪鑪
盪滌(とうでき)して洪(こう)鑪(ろ)を撫(ぶ)す
  • 盪滌 … 災害を洗い去ること。後漢の班固「東都の賦」(『文選』巻一)に「百(ひゃく)王(おう)の荒(こう)屯(ちゅん)を紹(つ)ぎ、造(ぞう)化(か)の盪滌(とうでき)に因(よ)り、元(げん)を体(たい)し制(せい)を立(た)て、天(てん)に継(つ)いで作(おこ)る」(紹百王之荒屯、因造化之盪滌、體元立制、繼天而作)とある。荒屯は、艱難。ウィキソース「東都賦」参照。
  • 洪鑪 … 大きな炉。天地・天下に喩える。『荘子』大宗師篇に「天(てん)地(ち)を以(もっ)て大(だい)鑪(ろ)と為(な)し、造(ぞう)化(か)を以(もっ)て大(だい)冶(や)と為(な)さば、悪(いず)くにか往(ゆ)くとして可(か)ならざらん」(以天地爲大鑪、以造化爲大冶、惡乎往而不可哉)とある。大冶は、鋳物を作る職人。ウィキソース「莊子/大宗師」参照。
  • 撫 … なで育てる。天下を大切に治めること。
壯士悲陵邑
壮(そう)士(し) 陵(りょう)邑(ゆう)に悲(かな)しみ
  • 壮士 … 勇士。
  • 陵邑 … 天子の墓地を守るために置いた村。昭陵を指す。
幽人拜鼎湖
幽人(ゆうじん) 鼎(てい)湖(こ)に拝(はい)す
  • 幽人 … 俗世間を離れてひっそり暮らしている人。隠者。杜甫自身を指す。『易経』履卦に「九(きゅう)二(じ)、道(みち)を履(ふ)むこと坦坦(たんたん)たり。幽人(ゆうじん)なれば貞(てい)にして吉(きつ)」(九二、履道坦坦。幽人貞吉)とある。ウィキソース「周易/履」参照。
  • 鼎湖 … 黄帝が荊山(湖北省)のふもとで鼎(かなえ)を鋳造し、竜に乗って昇天したという所。ここでは昭陵になぞらえる。『史記』封禅書に「黄帝(こうてい)、首山(しゅざん)の銅(どう)を采(と)り、鼎(かなえ)を荊山(けいざん)の下(もと)に鋳(い)る。鼎(かなえ)既(すで)に成(な)りしとき、竜(りゅう)有(あ)りて胡(こ)髯(ぜん)を垂(た)れ、下(くだ)りて黄帝(こうてい)を迎(むか)う。黄帝(こうてい)、上(のぼ)り騎(の)る。群臣(ぐんしん)後(こう)宮(きゅう)従(したが)いて上(のぼ)る者(もの)七(しち)十(じゅう)余(よ)人(にん)、竜(りゅう)乃(すなわ)ち上(のぼ)り去(さ)りぬ。余(よ)の小(しょう)臣(しん)は上(のぼ)ることを得(え)ず。乃(すなわ)ち悉(ことごと)く竜(りゅう)髯(ぜん)を持(も)つ。竜(りゅう)髯(ぜん)抜(ぬ)け、黄帝(こうてい)の弓(ゆみ)を堕(おと)せり。百(ひゃく)姓(せい)仰(あお)ぎ望(のぞ)む。黄帝(こうてい)、既(すで)に天(てん)に上(のぼ)りぬ。乃(すなわ)ち其(そ)の弓(ゆみ)と竜(りゅう)の胡(こ)髯(ぜん)とを抱(いだ)きて号(さけ)べり。故(ゆえ)に後世(こうせい)因(よ)って其(そ)の処(ところ)を名(な)づけて鼎(てい)湖(こ)と曰(い)い、其(そ)の弓(ゆみ)を烏(う)号(ごう)と曰(い)えり」(黃帝采首山銅、鑄鼎於荊山下。鼎既成、有龍垂胡髯、下迎黃帝。黃帝上騎。羣臣後宮從上者七十餘人、龍乃上去。餘小臣不得上。乃悉持龍髯。龍髯拔、墮黃帝之弓。百姓仰望。黃帝既上天。乃抱其弓與龍胡髯號。故後世因名其處曰鼎湖、其弓曰烏號)とある。ウィキソース「史記/卷028」参照。
  • 拝 … 伏し拝む。参拝する。
玉衣晨自舉
玉(ぎょく)衣(い) 晨(あした)に自(おの)ずから挙(あ)がり
  • 玉衣 … 玉を綴って作った衣。
  • 晨 … 早朝。『史記』淮陰侯列伝に「晨(あした)に炊(かし)ぎては蓐(しとね)に食(しょく)す」(晨炊蓐食)とある。蓐は、寝床。ウィキソース「史記/淮陰侯列傳」参照。
  • 玉衣晨自挙 … 漢の武帝のとき、高祖の廟に納められていた御衣が箱の中からひとりでに出て、殿上で舞ったという故事に基づく。『漢武故事』に「高皇(こうこう)廟中(びょうちゅう)の御(ぎょ)衣(い)、篋中(きょうちゅう)より出(い)で、殿(でん)上(じょう)に舞(ま)う」(高皇廟中御衣、自篋中出、舞於殿上)とある。高皇は、漢の高祖のこと。ウィキソース「漢武故事」参照。
鐵馬汗常趨
鉄(てつ)馬(ば) 汗(あせ)して常(つね)に趨(はし)る
  • 鉄馬 … 鉄製の鎧(よろい)をつけた馬。昭陵のわきに置かれた、太宗が愛した六匹の駿馬をかたどった石馬をいう。
  • 鐵 … 『全唐詩』には「一作石」と注する。『銭注本』『詳注本』には「英華作石」と注する。『文苑英華』では「石」に作り、「集作鐵」と注する。
  • 汗常趨 … 安史の乱のとき、潼関(どうかん)の戦いで黄旗を立てた所属不明の一隊が現れ、しばらくして忽然として消えた。この日、昭陵の石馬がみな汗を流していたという伝説を踏まえる。明の楊慎『升庵集』巻五十九に「安(あん)禄山(ろくざん)の乱(らん)に、哥(か)舒(じょ)翰(かん)、賊(ぞく)将(しょう)崔(さい)乾祐(けんゆう)と戦(たたか)う。黄(こう)旗(き)の軍(ぐん)数(すう)百(ひゃく)隊(たい)を見(み)る。官軍(かんぐん)以(もっ)て賊(ぞく)と為(な)し、賊(ぞく)以(もっ)て官軍(かんぐん)と為(な)す。相(あい)持(じ)すること之(これ)を久(ひさ)しくして、忽(たちま)ち見(み)えず。是(こ)の日(ひ)昭陵(しょうりょう)内(ない)の石(せき)馬(ば)皆(みな)汗(あせ)流(なが)る」(安祿山之亂、哥舒翰、與賊將崔乾祐戰。見黄旗軍數百隊。官軍以爲賊、賊以爲官軍。相持久之、忽不見。是日昭陵内石馬皆汗流)とある。ウィキソース「升菴集 (四庫全書本)/卷59」参照。
  • 常 … 『文苑英華』では「甞」に作る。
  • 趨 … 『宋本』では「馳」に作る。『文苑英華』では「驅」に作る。
松柏瞻虛殿
松(しょう)柏(はく) 虚殿(きょでん)を瞻(み)
  • 松柏 … 松と柏(コノテガシワ)。墓地に植えられる木。天子の陵墓には松を植え、諸侯の陵墓には柏を植えたという。コノテガシワについては、ウィキペディア【コノテガシワ】参照。『詩経』商頌・殷武に「彼(か)の景山(けいざん)に陟(のぼ)れば、松(しょう)柏(はく)丸丸(がんがん)たり、是(こ)れ断(た)ち是(こ)れ遷(うつ)し、方(まさ)に(けず)り是(こ)れ虔(き)る」(陟彼景山、松柏丸丸、是斷是遷、方是虔)とある。景山は、商の都に近くにある山の名。陟は、登る。丸丸は、すらりとよく伸びている様子。断は、切り取ること。遷は、運搬すること。は、斧で削ること。虔は、木を伐ること。ウィキソース「詩經/殷武」参照。また「古詩十九首」第十三首(『文選』巻二十九)に「白楊(はくよう)何(なん)ぞ蕭蕭(しょうしょう)たる、松(しょう)栢(はく)広(こう)路(ろ)を夾(はさ)む」(白楊何蕭蕭、松栢夾廣路)とある。ウィキソース「驅車上東門」参照。同じく第十四首に「古墓(こぼ)は犂(す)かれて田(た)と為(な)り、松(しょう)柏(はく)は摧(くだ)かれて薪(たきぎ)と為(な)る」(古墓犁爲田、松柏摧爲薪)とある。ウィキソース「去者日以疎」参照。
  • 虚殿 … 人(ひと)気(け)のない御殿。陵墓を指す。
  • 虚 … 『全唐詩』『宋本』『九家集注本』『銭注本』『詳注本』には「一作靈」と注する。『文苑英華』には「集作靈」と注する。
  • 瞻 … 見る。
塵沙立暝途
塵(じん)沙(さ) 暝(めい)途(と)に立(た)つ
  • 塵沙 … 巻き上がる砂塵。
  • 沙立 … 『文苑英華』では「沙暗」に作り、「集作立暝」と注する。
  • 暝途 … 夕暮れの暗い道。『文苑英華』では「指途」に作る。
  • 暝 … 『全唐詩』には「一作暗」と注する。『銭注本』『詳注本』には「樊作暗」と注する。
  • 立 … 立ち尽くす。佇む。
寂寥開國日
寂(せき)寥(りょう)たり 開国(かいこく)の日(ひ)
  • 寂寥 … わびしく、物寂しいこと。
  • 寥 … 『文苑英華』では「寞」に作る。
  • 開国日 … わが唐王朝の建国の日。『易経』師卦に「上(しょう)六(りく)、大君(たいくん)命(めい)有(あ)り、国(くに)を開(ひら)き家(いえ)を承(う)く。小(しょう)人(じん)は用(もち)うる勿(なか)れ」(上六、大君有命、開國承家、小人勿用)とある。ウィキソース「周易/師」参照。
流恨滿山隅
流(りゅう)恨(こん) 山隅(さんぐう)に満(み)つ
  • 流恨 … いつまでも尽きせぬ恨み。後漢の蔡琰(さいえん)(一説に蔡琰に仮託したもの)の楽府「胡笳十八拍」(『楽府詩集』巻五十九、『楚辞後語』巻三)の第七拍に「七拍(しちはく)恨(うら)みを流(なが)して悪(いず)くんぞ此(ここ)に居(お)らん」(七拍流恨兮惡居於此)とある。ウィキソース「胡笳十八拍」「樂府詩集/059卷」「楚辭集注 (四庫全書本)/後語卷3」参照。
  • 山隅 … 山陵の隅々まで。
  • 満 … 満ちあふれる。
テキスト
  • 『箋註唐詩選』巻四(『漢文大系 第二巻』、冨山房、1910年)※底本
  • 『全唐詩』巻二百二十五(排印本、中華書局、1960年)
  • 『宋本杜工部集』巻九(影印本、台湾学生書局、1967年)
  • 『九家集注杜詩』巻十七(『哈佛燕京學社引得特刊 14 杜詩引得』第二冊、1966年)
  • 『杜陵詩史』巻六(王状元集注、『杜詩又叢』所収、中文出版社、1977年)
  • 『分門集注杜工部詩』巻六(『四部叢刊 初編集部』所収)
  • 『草堂詩箋』巻十一(蔡夢弼注、『古逸叢書(中)』所収、江蘇廣陵古籍刻印社、1997年)
  • 『銭注杜詩』巻十(銭謙益箋注、上海古籍出版社、1979年)
  • 『杜詩詳注』巻五(仇兆鰲注、中華書局、1979年)
  • 『文苑英華』巻三百六(影印本、中華書局、1966年)
  • 『唐詩品彙』巻七十五([明]高棅編、[明]汪宗尼校訂、上海古籍出版社、1982年)
  • 『唐詩別裁集』巻十七([清]沈徳潜編、乾隆二十八年教忠堂重訂本縮印、中華書局、1975年)
歴代詩選
古代 前漢
後漢 魏
晋 南北朝
初唐 盛唐
中唐 晩唐
北宋 南宋
金 元
明 清
唐詩選
巻一 五言古詩 巻二 七言古詩
巻三 五言律詩 巻四 五言排律
巻五 七言律詩 巻六 五言絶句
巻七 七言絶句
詩人別
あ行 か行 さ行
た行 は行 ま行
や行 ら行